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ほぞをかむ

掲載日:2025/12/20




恋だと気づいたのは、昼休みだった。

校舎裏の自販機で、彼女が硬貨を落とした。ただそれだけのことを、なぜか目で追っていた。


それからの日常は、簡単に壊れた。

教室に入ると、まず彼女を探す。

見つけると安心して、見つからないと胸がざわつく。


授業中も、休み時間も、

彼女が笑うたび、理由もなくうれしくなった。


隣の席になった日、世界が少し近づいた。

ノートを取る彼女の腕が、何度も視界に入る。

触れない距離なのに、そこだけ空気が熱を持っていた。


彼女は時々、ちらりと視線を動かす。

その先にいるのは、いつも同じだった。


俺の友達。


何気ない冗談に、彼女は少しだけ声を高くする。

名前を呼ぶとき、柔らかくなる。

その変化を、俺は全部見てしまった。


ある放課後、三人で並んで帰った。

俺と彼女のあいだには、指一本分の距離があった。


彼女の手が、わずかに揺れる。

触れたい、という衝動が伝わってくる。

でもその熱は、俺に向いていなかった。


彼女の体は俺の隣にあって、

心だけが、斜め前を歩く友達のほうへ伸びている。


その瞬間、すべてが理解に変わった。


――ああ、俺はもう負けてる。


告白する前に、失恋していた。

声に出す必要も、確かめる必要もなかった。


彼女は何も知らないまま笑っている。

友達も、いつも通りの顔で歩いている。


俺だけが、

触れない距離を、正確に覚えてしまった。




───



卒業の日、体育館の空気は少しだけ甘かった。

校歌が終わり、名前を呼ばれ、拍手が流れる。

彼女は前の席で、いつもより背筋を伸ばしていた。


式が終われば、もう同じ教室には戻らない。

それだけで、胸の奥が忙しくなる。


校門の前で、彼女を見つけた。

友達に囲まれて笑っている。

その輪の少し外側に、あいつもいた。


声をかけようとして、喉が動く。

「好きだったよ」

その一言は、最後の切符みたいに指先まで来ていた。


でも、言わなかった。


言えば、何かが変わる気がした。

言わなければ、何も起きないと信じたかった。


彼女は振り返らずに歩いていく。

俺も、ただ見送った。


そのときの俺は、知らなかった。

告げない恋のほうが、

何十年経っても、ふいに思い出してしまうことを。


触れなかった距離と、

向けられなかった言葉だけが、

記憶の中で、ずっと温かいままだということを。






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