0話 はじまり
●主人公
...生まれてこの方、楽しくない...
...生まれた時から、誰かのしもべ...
...生まれたのが運の尽き...
...あんまりにも、ひどすぎる...
「起きろ!奴隷!」
”バシャッ!”
野太い男の怒声とともに、顔に水を浴びせられる。
「お前には生きる価値なんてないんだ!しっかり働いて養ってる分の恩を返せ!」
「...はい。ハジット様...」
俺を怒鳴りつけているこの男こそ、ご主人様であるハジット様だ。
チビでひげの濃い糞野郎だ。
濡れた体をそのままに、仕事を始める。
「...さすがに、冷たいな...」
それもそうだ。今は冬。手足も凍るほどの冷たさだ。
寝ていた馬小屋の一角にある掃除道具入れから、ほうきを取り出し敷地内の道を掃いていく。
”サ、サ、サ”っという音が耳に心地よい。
「おい。奴隷」
後ろから声がし、そちらに振り向くとニヤニヤと笑顔を浮かべる青年がいた。
「...おはようございます。フレック様...」
ハジット様の三男、ニヤニヤとした気持ち悪い笑顔が特徴のいやな男だ。
「あぁ、おはよう。それじゃあ、「ベチャベチャ!」」
目の前に馬の糞が捨てられる。
「おっと~、こんなところに糞が落ちているぞ~?
奴隷!早く掃除しなさい!」
わざわざ俺をいじめるために、糞をもってきて捨てたのだ。
ほんと腐っている...
「...わかりました。すぐに片づけます...」
そういい、掃除道具を取りに帰ろうとするとフレックが止める。
「何を言っている?手で持って帰ればいいだろう~?」
信じられなかったが、本人は終始楽しそうだ。
「...はい。わかりました...」
言われた通り、両手で糞を拾う。
ベトベトした感触が、実に不快感を増す。
「...このまま捨ててまいります...」
「あぁ。頼んだぞ」
フレックは鼻歌を歌いながら歩いて行った。
それを見送ると、糞を捨てる為に馬小屋へと戻る。
手で掬った糞を捨て、そのまま立ち尽くす。
「...なんのために生きてるんだろう...」
ふと、そんなことを考える。
惨めなまま生きてても仕方がない。
そう思ってしまう。
”クシュ!”
ふと、くしゃみが出た。
「...さすがに風邪ひいたか...」
気づけば、濡れたままの状態で今まで掃除していた。
とっくに太陽は真上だ。
「...食事なんて、夜しかないしな...着替えるか...」
これが日常。
奴隷としての彼の人生。
●フレック視点
やはり、奴隷をいじめるのは楽しいな~。
今度は何をしてやろうか。
「そうだ!間違えたとか言って、弓矢でも射かけるか!」
そうなればもっと怯えた表情をするに違いない!
「フフフッ」
ニヤニヤが止まらないフレック。
奴隷とは、何をしてもいい存在。
それが死ぬことだとしても...
●ハジット視点
「うぅむ。困った...」
ハジットは悩んでいた。
「奴隷の金を払うのももったいないな...」
そう、支払いで困っていた。
奴隷の相場は通常100万ユルほどだ。
(ユルとはお金の単価である。100万円だとでも思ってくれ)
しかし、男の収入では来月の支払いができないでいた。
「...いっそのこと売るか?」
奴隷にさせている仕事は幅広く、いなくなれば手間が増えることに違いなかった。
そのことで売るかどうか悩んでいたのだ。
「...闘技場だ。もし勝てれば一攫千金。勝てなくても、死ねばこれ以上の維持費はちゃらだ!」
ハジットにとって、奴隷とは道具。
消耗品である。
●主人公視点
「...闘技場、ですか...」
「あぁ、そうだ。お前を闘技場に出すことにした」
「ですが...俺では勝てないと思いますが...」
少年の体は、いかにもガリガリで、栄養失調状態。
しかも、栄養不足から肌も変色していた。
「フン!勝てるなんぞ思っておらん。
少しでも長く戦え、そして、死ね」
奴隷は道具。
まさしく金儲けの為の道具。