翼の落ちた日
村民達は日頃から、重い枷からの救済を願っていた。労働に追い立てられる苦しい日々が続く中、少しでも神に、そして、神の住まう楽園がある天へと近づきたいと願っていた。
教会の鐘の音で目が覚める。穏やかな日差しを受けつつベッドから出ようと体を起こした時、驚きを覚えた。普段より軽い力で体が持ち上がったのだ。村民達は驚きを隠せず、教会に押し掛けた。その日の内に、村の教会が「これは神の加護である。我々は神に近づける。我々は神に選ばれたのだ。」と結論付けた。人々は神の存在と来るべき救済の日を確信し、より足しげく教会に通い、神に祈りを捧げた。日々、加護は少しづつ強まり、彼らにとって世界はより良くなっていった。荷物は軽くなり、沢山の物を一度に運ぶ事が出来るようになった。高所からでもゆっくりと落ちる事が出来るようになった為、落下による事故が大きく減った。高く飛ぶ事が出来るようになったため、更に空へ近づけるようになった。人々は束縛からの解放を与えた神に感謝し、自由へ思いを馳せた。
数日が経った今も、未だに神の加護は強まっていくばかりである。建築の為の石材が軽くなり、石積みの建物は更に高くなった。寝たきりの老人も立てるようになった。人々は「神の施し」「救済」として疑うことも無く大いに喜び、これまでよりも熱狂的に神を崇め、祀った。その陰で、違和感を覚えることも増えた。飛べない鳥が徐々に増えていった。火を起こしにくくなった。雨の回数が減った。然し、それでも尚、彼らは宴を続けた。神は我々人類が飛び立つための手立てをしてくれているのだと信じて疑わなかった。
そして数週後の夕方。宴会中の村中の火が突如ふっと消えた。村民は驚き、手元のランタンに火をつけようとしながら人々は不安と期待が入り混じったようにざわめきだす。空を見上げれば、命を感じさせない、炯々と光る赤い夕焼けと吸い込まれるような無限の闇、これまでよりずっと鮮明に輝く星々。口々に人々は「神が現れるのだ」「新世界がやってくるのだ」と叫び、喜ぶ。しかし、喜びも束の間。その声もやがて聞こえなくなる。先程の熱狂が嘘のように、村民がゆっくりと跪き、倒れ、泡を吐く。血が沸騰する感覚に聞こえない悲鳴を上げながら、村民は1人、また1人と息絶えてゆく。村の中は動乱に包まれる間もなく、ゆっくりと浮き上がる。重さを失い、天へと旅立つ村民だった物達。解ける石積みの建築物。総てが天へと向かい、赤い残光と共に闇へと沈んでゆく。もはや地上と呼べるものは何も無く、ただ、空虚が生まれ始めているのみである。彼らを現に繋ぎ止めていたものはもうない。上りゆく先は地獄か、はたまた楽園か。