9:帰路
早乙女阿戸と泉山京香の帰り道・・・
尻甕自然公園のベンチに座り、街灯に照らされ缶コーヒーを飲む二人。
重い口を開いた京香。アドベンチャー部が嫌いだと呟いた。
「・・・そう、なんだ。それは、どうしてなの?」
「・・・悪ぃな。突然愚痴言ってしまってよ。」
缶コーヒーを一気飲みする京香。
傍に合ったゴミ箱に空き缶を放り投げる。
「どうしてウチがあの部嫌いか・・・ね。
それは、アンタ等が・・・怖いからだ。」
怖い。
どうしてだろう。
強気な京香にも「怖いモノ」というモノがある事が
阿戸にとって意外に思えた。
・・・まさか、その対象が自分達とは。
「ウチはな・・・この尻甕市に来る前によ、
スラム街で暮らしていたんだよ。」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
京香がかつて住んでいた所は、
尻甕市から地下鉄で40分程の距離にある山田県の県庁所在地「天沢市」。
大都会である天沢市の治安最悪の最下層エリアで暮らしていた。
ここは路地裏。不良数人が子供の頃の京香を取り囲んでいる。
「オラァ!!!これを食らいやがれ!!!!」
羽交い締めにされている京香に蹴りを入れるヤンキー。
ドスッ!!!!!
「グハァ!!!」
幼い京香からおにぎりを取り上げる不良少年達。
「ぐへへ、こいつは貰っていくぜ!!これでおめーら一家も餓死確定だな!」
「そんな・・・!!私達、仲間だったでしょう!?
一緒に今まで過ごしてきたんでしょう!?!?!?
何で・・・何でこんなことを・・・!」
「うるせー!!!!俺等を信じた奴が負けなんだよ!!!
二度とその面晒すな!あばよ!!!
ひゃっひゃひゃ!!!」
おにぎりを踏み潰すヤンキー共。
路地裏に唐突に表れるリムジン。
窓を開けるドライバーの執事。
「お坊ちゃま方!迎えに参りました!!」
不良少年たちはそれに乗り込む。
「そうそう、俺たちは実は天沢市の上層部の住人だったんだよ!
定期的に、下層の住人を冷やかして騙して奪うのはサイコーだぜ!!!
・・・てめえが俺たちの本性を知らず、仲間面してたのは最高に滑稽だったぜ!
へっへっへ・・・楽しかったぜ?てめえとの・・・
友 情 ご っ こ は よ ! ! ! ! !
・・・ひゃあーっはっはっはっはー!!!!!!」
不良たちは仲間と笑いながらリムジンで去っていった・・・
友情ごっこはよ!!!!!
友情ごっこはよ!!!
友情ごっこはよ・・・
「・・・!!!!!」
京香の心は何度も先程の言葉を反芻していた。
・・・リムジンを追いかけながら走る京香。
ボロボロの服で、何度も転びながら、リムジンを追いかける。
それを窓から面白そうに眺めるヤンキー達。
「おい、あのくそガキ女、まだ俺たちに希望もってんぜ?」
「ホントだ!あひゃひゃひゃははははは!!!」
上層へと繋がる大型エレベーターの中に入っていくリムジン。
エレベーターの扉を叩きながらかすれた声で叫ぶ京香。
「許さない許さない許さない許さない!!!
出てこいクソヤロー!!!!」
手に血が滲んでも、扉を叩き続ける・・・
車の窓からあっかんべーするヤンキー一同。
そのまま、リムジンはエレベーターで運ばれていった。
煌びやかな高層ビルやタワマンが立ち並ぶ上層エリアへ・・・
悔しさ、怒り、憎しみ、悲しみ・・・そして涙。
全てを含んだ京香の顔は腫れてグシャグシャになっていた・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「それ以来、ウチはもう泣かねェって決めたんだよ・・・
人を信じねェ事が結果的に勝利に繋がる事もこの時知った。
でも、あの時・・・もしも奴らに一発食らわせられたらって・・・
そう思ったんだ。
・・・人を信じるのが、怖くて仕方ねえんだよ。」
京香の顔は、涙は流してはいないものの、虚しさで歪んでいた。
「・・・そう、だったんだ・・・」
阿戸はいつの間にか、京香と共にため息をこぼす。
「・・・悪いな。下らねェ過去の話をしてよ。
本当ならそんな事普段はぜってェしねェけどな。
・・・アンタになら、ウチの事話しても良いんじゃねェかと思ったんだよ。」
荷物をまとめ、立ち上がる京香。
阿戸はそっと声をかける。
「あ・・・あのさ、京香ちゃん。」
「・・・あ?何だ?」
阿戸はそっと囁く。
「・・・突然で申し訳ないんだけど・・・もし、嫌じゃなければさ、
どうか・・・私の事、信じてくれないかな・・・?」
「・・・何のつもりだ?」
「京香ちゃんが、人を本当に心の底から信じられない事は分かってる。
でも、誰か信じられる人がいないと、そのうち一人じゃ抱えきれなくなっちゃうよ。
『仲間がいるから、どんな困難も乗り越えられる。
支えてくれる人がいるから、自分たちはここに居られる。
自分は強く見えるが、仲間がいなければここまで強くなれなかった。』・・・って、
昔読んだ漫画のキャラクターが言ってたんだ。
今では、それも分かる気がする。」
「・・・アンタに、ウチの何が分かる・・・?」
阿戸はそっと京香に手を差し伸べる。
「私もね。中学生の頃、勉強でライバルを追い越す事だけ考えてた事があるの。
自分以外はみんな敵だって・・・予備校の先生も言ってた。
・・・ずっとそう思っていたら、私の友達がどんどん離れていっちゃったんだ。
・・・それでもね、尻甕高校のクラスの皆や
アドベンチャー部でみんなと知り合えた事、凄く嬉しいの。
さっき京香ちゃんが私に話しかけてくれたのは、
京香ちゃんが誰かを信じたいと思ってる気持ちから来たんじゃないかな・・・?
・・・だから、さ。京香ちゃん、私と一緒に・・・」
・・・しかし京香は阿戸の手を振り払う。
「・・・本当にすまねェ。
気持ちはありがてェが、ウチはアンタと親しくする権利なんて無ぇ・・・」
京香はその後、何も言わず走り去っていった・・・
・・・・・・・・
・・・・・
・・・
京香と話していたら、すっかり帰りが遅くなってしまった。
バス停でバスを待つ阿戸。
しかし、そこにリムジンが現れる。
「・・・最近下層に行くの飽きたよな~wもっと面白ぇ所ねーかなァ~???w」
「だから今回は尻甕市とかいう糞田舎に来てやったぜ!!」
中からぞろぞろと出てくる6人のヤンキー達。
運悪く阿戸と目が合う。
「おっ、女の子じゃ~ん!」
「ねえ君今夜暇?」
「えっ、な・・・何ですか?」
動揺する阿戸。
無理やり阿戸の腕を掴むヤンキーの一人。
「この女、暇っぽいぜ!!俺たちと仲良く遊ばね??」
「おいおいおめーこんなブスでいいのかよ?w」
「いやいやwww普通にキャワイイじゃ~んww」
「ちょ、ちょっとやめてください!!警察呼びますよ!?」
「うるせえ!!!」
阿戸を突き飛ばし、彼女からスマホを奪う不良少年。
勝手にホーム画面を開き、色々見始める。
「おい!!この女、女のアニメキャラを壁紙にしてるぜ!!!」
「オタクかァ~?エロゲとか萌えアニメ見ながらブヒってそうだなw」
「や!止めて!!勝手に見ないでください!!!」
「ちょっと黙れビッチ!!!」
阿戸を羽交い締めにするヤンキーの一人。
「SMSの連絡先見てやろうぜwww」
ポチポチスマホを操作するヤンキー一同。
某SMSのアイコンを開き、連絡先を確認する。
「おっ!!何人かアニメアイコンの友達いんじゃ~んwww」
「『蛙の子は蛙』ってか??wwwww」
「お前それ言葉の意味間違ってるって!wwww
それを言うなら『類は友を呼ぶ』だろーがwwwwww」
阿戸に目を向けるヤンキー達。
「おいお前さ、『アドちゃん』っていうんだっけ?w
俺達とさ、ホテル来ないと全部の連絡先にさ、
今から恥ずかし~画像撮って送っちゃうぞ?wwww」
「そ・・・そんな・・・やめてよ・・・?」
バシィン!!!!!!
しかし阿戸を平手打ちするヤンキー。
「うっせえわ。テメエに黙秘権なんざあるわけねーだろーが!
次なんか言ったら今度はグーで腹と顔同時にいくぞ?」
「今から送ろうぜ!!おい!!!このクソガキ女を路地裏まで運搬しろ!!!!」
「イエッサー!!」
「い、嫌!!やめ・・・」
しかし阿戸の口は塞がれ、路地裏まで無理やり連れられて行った・・・
その状況を見つめる一人の影。
「・・・・・・」
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「お前の連絡先をさ、見てみたんだけどさ、その中にさ、
『泉山京香』って女がいたんだよ。その女に今すぐ連絡しろよ。
纏めて楽しんでやるからよ。」
「えっ・・・そんな・・・貴方達と京香さんは何も関係ないはず・・・」
「関係あるんだよ!!!!昔こいつ俺らの事仲間だと思っててよwwww
あまりに当時滑稽だったもんで、久しぶりに顔を拝んでやろうと思ってよ!!
どんな間抜け面してんだろうなァ!?!?wwwwwww
いいからとっとと召喚しろや!!!!」
そんな・・・そんな事をしてしまえば、私のせいで彼女を危険に巻き込んでしまう・・・
「・・・それは・・・できません。」
「は?お前自分の事何様だと思ってんの??
いい加減にしないと腹殴って内臓メチャクチャにするよ???」
ドガァッ!!!!!
「グハッ・・・」
阿戸の顔をグーで殴る男。
「・・・ダメです。嫌です。彼女はここに呼びません・・・!!」
ドガバキボコ!!!!
「おめ―なんか勘違いしてない?俺らはさ、天沢市のエリートなんだわ。
豚小屋で暮らすお前らと違ってさ、タワマンに住んでんの。執事もメイドもいんの。
いわゆる上層部の人間なの。多少問題起こしても、すぐ揉み消せんだよ。
例え、お前を始末しても・・・ね?」
「・・・・・・」
「京香を呼べぇっ!!!!!!」
胸ぐらを掴み、ナイフを首に突き立てるヤンキー。
(・・・もう・・・ダメ・・・?)
「さあ、京香をここに呼べ。警察とか呼んだらぶっ殺すぞ。」
スマホを返すヤンキー。
「・・・・」
SMSを開く。
阿戸の指が震えている。
京香のプロフィールを出した。
自撮りアイコンの下の電話のボタンに指が伸びる・・・
「わたしは・・・きょうかさん・・・を・・・」
「おう、どうしたの?お嬢さん??」
「京香・・・さん・・・を・・・」
「早く呼べよ。何やってんの?」
「・・・・絶対京香さんを!!!!!!
呼ばないっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼女のしわがれた大声で、辺りはしんと静まり返った。
「・・・もういいよ。」
「え?」
「・・・もういい。」
「・・・どういう事?」
「楽しむのはてめぇが死体になった後でいいってことだよ。」
ヤンキーの手元に光る何か・・・
懐からバタフライナイフが飛び出し、阿戸を貫こうとしたその時!!!
カッ
「「「「「「「・・・ッ!?!?!?!?!?」」」」」」」
刹那、瞬く閃光!!
「何もんだ!?!?」
ドカッ!!!
ぶっとばされる一人のヤンキー。
そこには阿戸と同じ制服を着ている女子高生。
手には竹刀が握られている。
「・・・テメエ、舐めた真似してくれんじゃねえか!?!?!?」
5人のヤンキー達は戦闘態勢に入る。
先程の閃光はバイクの発したハイビームの様だった。
阿戸とヤンキー達の目が激しい光に慣れた時、
そこに立っていたのは・・・・
「き・・・京香・・・ちゃん・・・?」
見慣れた特徴的なくせ毛。
靡くスカート。竹刀。
「・・・阿戸、後はウチに任せな。」
「てめええええええ!!!!」
メリケンサックをはめ、殴りかかる二人の不良。
しかし、京香の竹刀が片方のヤンキーのドタマにクリティカルヒット。
「ぐげええええええええ!!!!!」
倒れるヤンキー。
「後四人・・・!」
もう一人のヤンキーのパンチが京香の顔に命中!!
一筋の血が京香の頭から流れる。焦る阿戸。
「やったぜ!!」
しかし涼しげな顔の京香。
「・・・なんだ。そよ風でも吹いたのか?」
そのまま京香のキックがヤンキーの顔に炸裂!!!
顔にめり込む不良娘のドリルキック。
「ほぶしっっっっ!!!!」
顔面が陥没したヤンキー。
「後3人!」
「このクソ女!!前より遥かに強くなってやがる!!!」
「こいつはヤベェ・・・一斉に袋叩きにすんぞ!!!」
三人のヤンキーが一斉に襲い掛かる!!
一人はナイフ、もう一人は金属バット、もう一人はスタンガンを所持。
「「「「オラァアアアアアアア!!!!!!」」」」
四人の怒号が一斉に響いたその時!!
京香はスタンガンを持った男の胸ぐらを掴み、
そのままバットの男に放り投げる!!!
・・・金属バットがスタンガンの電気を誘導し、片方のバット男を感電させる!!
「あべべべべべべべべ!!!!」
感電し、気絶する男。
「てめえ!!!上等じゃねえか!!!!!」
スタンガンの男は体制を立て直し、
「喰らえー!!ビリビリの~銃~!!!!!」
ワイヤーで接続されたスタンガンの先端が、
電撃を帯びながら京香に向かって放たれる!!!
京香は複雑なスタンガンのワイヤーでぐるぐる巻きにされる!
「死ねー!最大電圧~!!!」
スタンガンの男がダイヤルに指を伸ばしたその瞬間!
スタンガンのワイヤーを手繰り寄せる京香!!
「おおっ!?!?」
「オラァあああああああああああ!!!!」
そして男を逆に投げ飛ばし、壁に叩きつける!!
「ウボァ!!!!」
ドスン。
「後一人ってところか・・・」
(くそっ・・・この女、強すぎる・・・!!
マトモに戦っても勝ち目がねえ!!!
・・・ならば!)
「動くんじゃねえ!!!!」
阿戸を掴み、ナイフを突き立てる男。
彼女を人質に取ったのだ。
「・・・!」
「き・・・京香ちゃん・・・逃げて・・・」
「動くんじゃねえ!!!動いたらこの女を刺身にしてやるぜ!!!」
絶体絶命の状況・・・
「へへへ・・・さすがの京香ちゃんでも、
まだ甘さが抜けてねぇ様だな!!!」
「・・・・・・」
沈黙の京香。
「この女の命が惜しかったら、俺たちと来い・・・!!
楽しませてやるからよ・・・!!!」
(ぐへへ・・・このままこいつを縛り上げたら、
纏めて殺してやるぜ!!どうせバレねえんだ・・・
さあ、来い・・・来い・・・!来い!!!)
京香が竹刀を手放そうとしたその時・・・
「警察だ!!なんの騒ぎだこれは!!!」
警官が複数人現れた。警棒で武装している。
既に地面に倒れ伏した5人のヤンキーを拘束している。
「やべえ!!ポリ公だ!!!おい、じいや!!とっとと来い!!ずらかるぞ!!!」
執事に連絡を入れ、仲間を見捨て逃げようとするヤンキーのリーダーだったが・・・
「無駄だ。先程、妙なリムジンを駐車違反で差し押さえた。
もう貴様に逃げ場はない!」
阿戸は保護され、京香とヤンキーのリーダーは連行されていった・・・
(京香ちゃん・・・ごめんね・・・)
阿戸の心は後悔で満ちていた・・・
・・・・・・・・・
数日後、阿戸は普通に登校していた。
晴れた校門の前。そこには包帯を頭に巻いた京香の姿が。
「・・・京香・・・ちゃん・・・」
「・・・阿戸、か。」
「ごめんね・・・京香ちゃん・・・怪我、大丈夫?」
「ああ、これか。大した事ねえよ。」
「・・・そう、良かった・・・」
後から聞いた話によると、京香は正当防衛で釈放されたらしい。
怪我も軽傷との事だ。
それでも、京香を危険に巻き込んでしまった阿戸はずっと自分を責めていた。
「あの時は・・・本当にありがとう。
でも、ごめんね・・・ごめんなさい・・・
謝って許される事じゃないのは分かってるけど・・・・」
そんな阿戸を抱きしめる京香。
「・・・?」
そっと囁く京香。
「阿戸、アンタさ、ウチに対して『私の事を信じろ』って・・・
言ってくれたじゃねえかよ・・・
そのアンタが自分の事を信じなくてどうする・・・?」
「・・・・・」
涙を流す阿戸。
「・・・少なくともアンタはあの時、ウチを呼ばなかった。
ウチを巻き込まないために・・・な。
その気持ちだけで、十分幸せだったんだよ。ウチが、な。」
阿戸は顔を上げる。
そこには涙を流している京香が。
「・・・約束してやる。
今度はウチがアンタに借りを返す時だ。今度は・・・ウチがアンタを守ってやる。
・・・こっちこそありがとう、信じられる仲間になってくれて・・・」
阿戸は声にならない涙を流す。
「京香ちゃん・・・ありがとう・・・!」
木々から差し込む木漏れ日が、抱擁する二人の少女を照らしていた。