3:自己紹介と遭遇
校舎の角、給湯室の隣に存在する多目的室。
金曜日の放課後、ここにアドベンチャー部は存在する。
今日は仮入部の日。
メンバー全員がこの部室に集合していた。
「えーそれでは、新しく入った仲間を紹介する。」
リーゼントの様なくせ毛の女の子が、
ホワイトボードにマーカーで名前を書き始める。
「・・・以上が、闇に集いし我らの・・・
我々の新たなる同志。というわけか・・・
クク・・・ワクワクしてきたじゃないか・・・」
長くシャープな黒髪をポニーテールに纏めた女子が、
突然立ち上がり、決めポーズを決めながら独り言を言っていた。
彼女の片目は眼帯で隠れている。
「おっと、私の悪い癖でつい興奮してしまったよ・・・
私の『本性』は、ここで出すわけにはいかんので、ね・・・」
彼女は再び着席した。
「あーじゃあ、新しく入部した方々、
自己紹介してくださーい。」
くせ毛の不良っぽい感じのギャルがそういうと、
ホワイトボードの前に新たに入部した女子が集まった。
まず、軽い茶髪のポニーテールの女子が自己紹介する。
「皆さん、初めまして!
2年の早乙女阿戸です!
以前はテニス部に所属していましたが、
新しく入ったこの部活でどんな冒険が待っているのか楽しみです!
普段は毎日の朝練とトレーニングをしています!
よろしくお願いします!!」
そう言うと彼女は元気に、深々と頭を下げお辞儀した。
次に現れたのは・・・
なんと女子高生とは思えぬ程の低身長の女子であった。
「皆ちゃま、こんにちは。
はじめまちて、同じく2年の工藤亜香子でちゅ。」
その瞬間、部室内がざわめく・・・
あまりにも奇妙なその女子に、全員が目を向ける。
彼女は制服の袖を馬鹿みたいに伸ばしまくり腕を隠し、
何とおしゃぶりまでしているのだ・・・
身長から見て、よくて小学生、未就学児にしか見えない・・・
彼女は自己紹介を続ける。
「後、コンピューター研究部にも所属してまちゅ。
パソコン関係の事ならあたちにお任せでちゅ。
改めて、よろちくお願いちまちゅ。」
・・・・・・
「え~っと、顧問の細川さん・・・?
貴女は何という生徒をこの部活に招いてしまったのですか・・・?
ぶっちゃけ、コレ・・・ギリギリのラインだと思うんすけど・・・」
「・・・・あ、え~ッと・・・・・」
周りの空気がしばらく凍り付いた後、
くせ毛の女子が顧問の教師に事情を尋ねるが、
彼女は気まずい表情で冷や汗を流しながら黙秘権を貫くだけであった・・・
・・・
「はーい、次ウチね。」
次に自己紹介を始めたのは、
先程まで司会をしていたギャルっぽいくせ毛の女子だった。
「えーと、泉山京香でーっす。
2年でーす。バイク乗り回してまーす。
よろしくお願いしまーす。」
彼女はそれだけ言うと、すぐに着席してしまった。
良く言えばシンプル、批判するなら適当な自己紹介であった。
また、次の女子が自己紹介を始める。
「はーい、次の方どうぞー。」
「は、はいっ!!」
次の女子は、髪の毛をピンク一色に染め上げた、
ツインテールの女子であった・・・
亜香子程ではないにしろ低身長ではあるが、
「アレ」もまるでスイカの様に大きく、皆の視線は釘付けになっていた・・・
・・・所詮変態女子の集まりである。
「わ・・・わたしの名前は、
アドレーヌ・・・です・・・!」
その女子は、おどおどしながら自己紹介を続ける。
「えっと・・・わたしは、1年生・・・なんです。
まだまだ、分からない事・・・多いですけど、
一生懸命頑張ります・・・!
よろしくお願いします!」
彼女は急いでお辞儀する。
「あーいいよいいよ!アドレーヌちゃん。
ここの子達皆結構シャイだから、
のびのび過ごしてゆっくり慣れてもらってもらって構わないからね!」
顧問の細川先生がフォローしてくれた。
こういう時だけは気が利く教師である。
「あーっと・・・次に今所属している桐子さん、お願いしまーっす。」
「やれやれ、ようやく私の・・・
いや、『俺』の出番が訪れたというわけか・・・
まあ良い・・・暗黒の夜の幕開けといこうか。」
次に現れた女子は先ほども独り言をボソボソ呟いていた、
ポニーテールで安物の眼帯をした女子である。
しかも腕には包帯を巻いている・・・
彼女はホワイトボードの前に立ちながら、
眼帯を外すと、紅い瞳(※カラコン)を覗かせ、
ポーズを決め、話し始めた。
手には「獄の書」と書かれた黒いノート・・・
所謂台本を持っていた。
「俺の名は・・・いや、前置きは置いておこう・・・
俺は数々の名を持っている・・・
ある時は『漆黒の追跡者』、
またある時は『常闇の騎士』・・・
この世界・・・いわば人間界において、
俺は普段『加藤桐子』と呼ばれ、そう名乗っている。
だが・・・何という運命の因果か、
俺は片目にこの『深淵の紅魔神』を宿し、
この運命の広場へと翼を広げ、立たされた訳だ・・・
まさに、これは罪深き者たちの宴の場、というわけか・・・
したがって俺は「はいはい、そのくらいにしましょうね~。」
彼女の囁きを遮ったのは、京香であった。
「えーっと、改めまして、自己紹介を続けてもらおうと思うんですが、
今所属している部員も一応新しく入部する人に向けて、
この場を借りて自己紹介してもらいましょう。」
そのまま次の自己紹介に移るその時、部室のドアが開いた。
「おっといけねえ。もう始まっちまったか。
遅刻してすいやせん、真美江先生。」
身長180を優に超える、
普通の女子高生ではありえない程の筋肉質な女子であった。
顔には幾つかの深い傷が走っている。
「えっ!?かなた先輩・・・!」
声を上げたのは、阿戸であった。
「おっ、あんた阿戸か。あんたもここに居たんだ。
ま、後で色々話そうや。自己紹介とやらがあるんでな。」
そう言いながら彼女は全員に軽く会釈すると、
ホワイトボードの前に立った。
鍛え上げられた肉体は、彼女のたくましさを物語っている。
「こんにちは。あたしは戸谷かなたってもんだ。
受験で忙しいからあんまりおたくらと話せないかもだけど、
まあ、よろしくね。以上。」
「かなたちゃんありがとうね。
遅れて来たけど、適当な場所座っていいよ。」
細川先生に指示され、かなたは阿戸の隣に座った。
阿戸の目は彼女に釘付けになっていた。
(かなた先輩・・・かっこよすぎで凄くドキドキする・・・
恋・・・とは違うんだろうけど・・・
これが『憧れ』っていう感情なのかなあ・・・?)
京香が再び進行役を務める。
「えー、次に、山岡さん、お願いしまーす。」
「はーいっ。」
次の女子は、京香と同じく、ギャルっぽい雰囲気の女子だった。
ほわほわした、どこか甘ったるい雰囲気を纏っている。
「え~っとぉ~。
さっちんは、山岡幸で~す。
お料理とかが得意で~っす。
最近拳法のど~じょ~に通い始めました~。
ど~じょ~といっても生き物の方のどじょ~じゃないよ~?
なんちゃって☆
彼氏ぼしゅ~ちゅ~♪さっちんに合いそうな子いたら教えてね~。
仲良くしてねぇ~。」
・・・
再び部室内が凍り付く。
・・・・・
「・・・え~っと。ありがとうございましたー・・・
では、次の方どうぞ~。」
京香が催促するが、
「あ・・・え・・・えっと・・・」
次の女子はまごまごして中々話せない。
「・・・おい。」
「は・・・はい・・・」
突然京香の声色が変わる。
「何やってんだよテメーはよ。」
「あ・・・あっあの・・・」
「おめーまたウチに迷惑かけるつもりかよ?
こないだの件で懲りたんじゃねえのか?ああ??」
そして京香は突然立ち上がり、その女子の胸ぐらを掴む。
京香は彼女を睨みつけ、その女子の目は泳いでいる。
「自己紹介くらいスムーズにやれや。
何でそんな単純なコミュニケーション能力も無えの?
おい。なあ。」
「・・・え、えっと・・・」
しばらくその状態が続き、部室内に緊張した空気が流れた後、
「あ・・・はい・・・分かりました・・・」
漸く彼女は言葉を発した。
普通ならば数分程度の時間だろうが、
この部室の中の者の間でだけ、何時間もの時が流れた様に感じる。
「・・・チッ。」
京香は彼女を放す。
そして胸ぐらを掴まれていた女子が話し始めた。
彼女は比較的低身長で、
あまり手入れしていないボサボサの黒髪。
眼鏡をかけている。
体つきも、かなりやせ細ってしまっている様だ。
「あっ・・・あの・・・
私は・・・秋葉楓と、申します・・・
以上です・・・よろしくお願いします・・・」
「おい、学年忘れてっぞ。」
「あっ・・・今年から三年です・・・
すみませんでした・・・」
彼女はそれだけ言うと、足早に席に戻り着席した。
「はい、どっかの誰かのせいでちょっと支障が出ましたが、
次の自己紹介いってみましょーう。水香さーん。」
次に現れたのは、
髪の毛を金髪に染めた、おかっぱ系ショートヘアの女子だった。
眼鏡をかけており、鋭い眼光で全員を睨みつける。
「・・・ねえ、京香さん。」
「何でしょうか。」
「こんなクズナード共に私の美しーい御名前を知らせるのは、
どうかと思うのですが、どう思われてますの?」
「・・・それは、どういった意味でしょうか?」
その女子生徒は、全員に向かってこう吐き捨てた。
「正直に言うと、私は貴女方の様なクソナード共を
統制する為にこのオタサー・・・部活に入ったのですわ。
いくら自己紹介とは言えど、このような屈辱・・・
このような仕打ちはあんまり・・・と言いたいのだけど。」
「いいからとっとと名を名乗れよ、このクソアマがよ。」
再び京香の声色が変わった。
すると意外にも彼女はそれに従った。
「ちっ・・・分かりましたわ。
貴女方に名乗るにはもったいない名前だけど、
私は2年の山崎水香といいますの。
よろしくお願いいたしますわ。
水泳部所属であり、通称「尻甕校の人魚」。
全国大会では金賞を受賞しましたの。
・・・良いですか、皆様、最初に言っておきます。
これからこの部活にやっかいになるからといって、
私に威張るような真似は許しませんわ。
・・・私は『一番』が好きなの。
ナンバーワンよ!
誰であろうと、私の前で威張らせはしませんわ!!」
さらに彼女は続ける。
「もう一つ!
私はオタクが嫌いですわ。
自分よりも上のクラスの人間にへーこらする態度に虫唾が走るのよ!
この部活の楓とかいうクソナードを私に近づけるなよな。
以上。終わります。」
彼女は優雅に着席した。
次に現れたのは・・・
「あ、あ、あ、あの!!
私の名前は1年田本羽矢ですすすー!!!!
よろしくお願いします!!!」
彼女は素早くお辞儀し素早く着席する。
・・・速攻で終わった。
「さて、皆さん。
色々とアクシデントはあったが、
無事に10人分の自己紹介が終わりましたね。
これからこの部活はいる人は・・・まあよろしくね。
それでは、今日は解散って事で!
お疲れ様でした~・・・」
細川先生がそう言うと、
部員は蜘蛛の子を散らしたように帰宅していった・・・
・・・ただ一人、阿戸を残して。
「この部活・・・ノリで入っちゃったけど・・・
大丈夫なのかな・・・?」
彼女は沈む夕日を眺め、物思いにふけっていた・・・