「赤き猫牙登場!」
獅子神 凛が一年三組の教室でドン!と机の上に立ち上
がった。周囲のクラスメイトたちが「また何か始った」と言いたげな視線を向ける中、凛は堂々と宣言する。
「さあ、私たちの名を轟かせるために早速新しい部活を作るわよ!」
勢いよく指を天に突き上げ、何かのヒーローのようなポーズを決める凛。その熱意に満ちた目はキラッキラに輝いていた。
「すごいね、凛ちゃん…それで具体的には何をするの?」
陽鞠は凛の前に座り、ほがらかな笑顔を浮かべながら凛に問いかける。
「何でもよ!」
凛は胸を張り、これでもかという自信を見せつけた。だが、言葉の曖昧さが逆に不安感を煽る。
「な、何でも…?」
陽鞠は驚きのあまり目を丸くする。内心では(凛ちゃん、多分何も考えてないんだろうな〜…)と思いつつ、笑顔を保つプロの対応力を見せる。
「そうよ!そもそもこの私が全ての委員会や部活動に参加できないなんてこの学園の損失よ!」
凛は声高らかに宣言し、勢い余って机の上で指を振り回す。その姿はまるで誰かに演説でもしているかのようだ。
「だから何でもするの!」
言い切った凛の表情には一切の迷いがない。これには陽鞠も思わず苦笑いだ。
「そ、そうなんだ〜」
頷きつつ、陽鞠は内心で冷静にツッコむ。(つまり、具体案ゼロってことだよね、これ)
「ところで、部活動には部員が最低でも3人必要だよ〜」
そんなことをふと思い出した陽鞠が、凛にやんわりと指摘する。
「ふふん、大丈夫よ!私のカリスマがあれば部員なんかすぐに集まるわ!」
凛は胸を張り、完全無欠の笑みを浮かべた。その自信たっぷりの態度には一切の曇りがない。
(いや、そのカリスマが通用するかどうかはともかく、そもそも誰か心当たりあるのかな…?)陽鞠は呟きそうになるのをギリギリで堪えた。
教室の隅では赤いサイドテールが揺らぐ
凛は首から手作り感満載の「部員募集中!」と書かれた看板をぶら下げ、学園内を堂々と闊歩していた。その横には陽鞠がついて歩いている。
「さあ、目標は100人!これくらいの人数なら私のカリスマで余裕よ!」
凛は拳を高く突き上げ、意気揚々と宣言する。陽鞠は(さすがに盛りすぎじゃないかな〜)と思いつつ、あえて言わない。
しかし、周囲の生徒たちはそんな凛を見てヒソヒソと話を始める。
「ねえ、あの子って入学式で『生徒会長になる』って叫んでた子だよね?」
「ああ、高等部から編入してきた子でしょ。きっとこの学校のこと全然わかってないんだよ」
「…あんまり関わらない方がよくない?」
そんな会話が背後で繰り広げられていることに、当の凛は全く気づいていない。むしろ近くにいた生徒たちに真っ直ぐ向かっていき、にこやかに声をかけた。
「ねえ、あなた!私の部に入ってくれない?」
凛の自信満々の問いかけに、生徒Aは苦笑いを浮かべながら後ずさる。
「ごめん、私もう部活決まってるから…」
「そう?じゃああなたは?」
凛はすかさず隣の生徒Bに切り替えるが、Bは頭を下げながらそそくさと立ち去る。
「私も委員会が忙しくて…じゃ!」
生徒たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「……」凛は一瞬ポカンとした顔を見せるが、次の瞬間、胸を張り誇らしげに笑った。
「フフ、なるほどね!みんな恐れ多くて私に遠慮してるのね!」
その場面を見ていた陽鞠は心の中で冷静にツッコむ。(いや〜、ただ悪目立ちしてるだけなんだよな〜…)
その後も凛は懲りることなく学園中の生徒たちに声をかけ続けるが、誰一人として部に入る者はいなかった。
「まったく、みんな遠慮しすぎよ。いくら私のオーラが輝いてるからって、もっとフレンドリーに接してくれてもいいのに!」
凛は軽く呆れたように言うが、その輝きとやらは完全に空回りしていた。
「そうだね〜…まさか一人も入ってくれないなんてね」
陽鞠は苦笑いを浮かべながら、心の中で(そりゃそうだよ…)とため息をつく。
「まあいいわ、一回休憩しましょう!」
凛の提案に、二人は近くの自販機に向かった。
二人が飲み物を買いに行くと自販機の前には、赤髪のサイドテールを揺らす少女が立っていた。猫崎 萌音だ。彼女は飲み物を買いながら二人に気づき、一瞬露骨に嫌な顔をする。
「げっ!」
そして、気づかないふりをしてその場を立ち去ろうとした。
「あの子知ってるわ!同じクラスの子よね!」
凛はすぐに萌音に目をつけると、陽鞠を振り返る。
「猫崎 萌音ちゃんだね。私、寮の部屋が一緒なんだよ〜」
陽鞠は凛に説明しつつ、(うーん、萌音ちゃん、絶対嫌がりそうだな…)と察する。
「ならちょうどいいじゃない!さっそく誘ってくるわ!」
凛はそう言うと、迷いなく萌音に突撃する。
「ねえ、あなたちょっといい?」
「だめ」即答する萌音。しかし凛は気にせず、腕を掴んで食い下がる。
「待って待って!話だけでも聞いてよ!」
凛はしがみつきながら懇願するが、萌音はその手を振り払おうとする。
「離しなさいよ!あんたの話なんて私には関係ないわ!」
バタバタと揉み合う二人を見て、陽鞠が小さくため息をついた。そして、何かを思いついたように萌音に耳打ちする。
「話を聞いてあげないと、凛ちゃんず〜っと付き纏ってくると思うよ〜、ず〜っとだよずーっと」
その悪い顔に、萌音は一瞬絶句した。
「ぐっ…話だけなら」
しぶしぶながらも、萌音は話を聞くことに同意した。
「やったわ!」
凛は満面の笑みを浮かべ、手を叩いて喜ぶ。陽鞠はそっと心の中でつぶやいた。(ごめんね萌音ちゃん、ご愁傷さま…)
凛、陽鞠、そしてしぶしぶ引っ張り込まれた萌音の3人は近くの空き教室に移動してきた。部屋の中心で、凛が机の上に飛び乗り、堂々と演説をしている。
「というわけで、私たちの名を轟かせるための活動をするのよ!さあ、どう?今の素晴らしい説明を聞いて入る気になった?」
キラキラした目で力説する凛。しかし、その熱意を受け取る前に、萌音はすでに椅子から立ち上がり、出口に向かって歩き始めていた。
「遠慮しておくわ」
話が終わるや否や、即答で断りを入れる萌音。
「待って待って!」
凛は慌てて萌音のスカートを鷲掴んで引き止めた。
「よく考えてみなさい!この私と一緒にいることができるのよ!」
「スカート引っ張んな!」
萌音は顔を赤くしながらスカートを押さえ、振り返って怒鳴る。
「大体、入学早々『生徒会長になる!』とか言ってるやつと一緒にいたいわけないでしょ!」
「ええ?どうしてよ!」
「どうしてってあんたね…」
呆れた様子の萌音が凛の手を振りほどき、冷静に説明を始めた。
「いい?この学園の生徒会長ってのは、初等部から高等部までの全生徒会組織を束ねる立場なの。生徒の自主性を重んじるこの学園じゃ、ほぼ支配者も同然よ」
「ほうほう、なるほどね」
凛は頷いているが、その顔には危機感の欠片もない。
「進学や就職にも特権と言えるほどのアドバンテージがつく。つまり、それだけ重みのある役職ってこと」「うんうん、それで?」
「それで、多くの生徒がその立場を狙って、蹴落とし合いをしているのよ!入学式で悪目立ちしたあんたなんか、すぐに潰されて終わりよ!」
萌音は机をバン!と叩いて凛に詰め寄る。
「だから、そんな奴と一緒にいるなんて私はごめんなの!」
最後にはっきりと断言し、萌音は再び教室を出ようとした。
しかし、凛は全く動じない。それどころか、にんまりと笑いながら口を開いた。
「じゃあ、私に協力してくれたら、あなたを生徒会役員にしてあげるわ!」
「は?」
萌音が振り返る。
「会長にそれだけの力があるなら、役員にも相応の価値があるはずよ!ね?これならどう?」
凛は胸を張り、名案を思いついたかのような顔で萌音を見つめた。
「絶っ対嫌!」
萌音は一瞬の迷いもなく断り、そのまま足早に教室を出ていった。
教室に残された二人
「話は聞いてくれたから、もう少しだと思ったんだけどな〜」陽鞠は肩をすくめ、少し心配そうに凛を見つめる。
「どうする、凛ちゃん?」
「大丈夫!」
凛は自信満々の表情を浮かべ、親指を立ててみせた。
「私に良い考えがあるわ!」
その言葉に、陽鞠は「ほんとに?」と不安そうに思わず首をかしげるが、凛の勢いに流されて口には出さない。
(大丈夫かなぁ…いや、多分、大丈夫じゃないよね)陽鞠は心の中でそっとため息をついたのだった。