第3章 命の重さのこと
第3章「命の重さのこと」
「命と言うものには重さがあるのよね。
命、というよりこの場合精神と言った方が適切なのかしら。
重さと言っても単純に重量と言う意味ではなく、存在感と言ったようなもの。肉体として死んだ以上重量的なもの、質量的なものはなくなってしまうけれど、精神だけは変わらず確かな存在感をもってそこに存在している。
それを簡単に幽霊と言ったりするわね。
私にとっては別に幽かでもないから霊と言ってしまってもいいけれど。
とにもかくにもその霊。
霊にはどこまでの意識が残っていて、思考しているのか。
え?思考なんてしているのかですって?
それはあなた、意識と精神の塊みたいな存在が逆に何も考えないっていう方が些か無理がある話じゃないの?
よくあるスプラッター映画のゾンビみたく、ひたすら同じことを繰り返すだけ…と言ってもよく考えてみてよ。彼彼女をそうまでして駆り立てて同じ動作を繰り返させるのは一体何なのかしら。
それこそ意識であり精神そのものではないの。
同じことを繰り返すのも同じ場所に留まり続けるのも、明確な意識、拘泥する事柄に対して向けられる意識があってこそ成り立つこと。
…霊とは言っても全く興味のないことを繰り返すのはかわいそうだものね。
ともあれ、そうね、こうしましょう。
あなたは意地でも霊を信じたくなくて、…言ってしまえば死後に意識や精神がこの世に留まり続けることに懐疑的だというならば、今から私があなたをその意識と精神の塊にしてあげましょう。
俗に言う所の幽体離脱ってやつね。
できるのかって?失礼ね、出来なければ案として提示もしないしそもそも言わないでしょう?
あぁ…そうね、麻乃実ちゃん。
ちょっと今からこの人が幽霊の仲間入りするからちょっと色々教えてあげて欲しいの。そんな難しいことじゃなくて、簡単な挨拶くらいで大丈夫。
さて…準備はいい?そこの机に横になってくれる?」
認めよう。
僕は参月綾音が言うように霊などと言うものの存在に対して限りなく懐疑的だ…懐疑的だった。死してなお意識が精神がこの世に留まり続ける…なんて、なんともぞっとしない話ではないか。
死んだら限りない無。それでいい。
少なくとも僕は今死んだとしても思い残すことなど…いや少しはあるか。
参月に指示されたように机に横になる。
見上げる天井と参月に妙な圧迫感を感じる。
「すぐ済むから、そんな気負わな
くてもいいわよ、後もう終わってる」
一瞬ノイズみたいなものが聞こえて…もう終わり。
見回す世界は変わらない…否、変わっていることが一つ。
体を起こした僕は、彼女と目が合った。
参月にしがみつくようにしてそこにいる彼女。
なぜかパジャマ姿だが、年の程は中学生くらいか。
「…は、はじめまして」
「…はじめまして」
彼女の方からおずおずと話し掛けてきた。
わかっている。あぁもう十分わかっている。
彼女は幽霊で、今僕は彼女と同じものであること。
僕の下には、変わらず僕が横になったままなのだから。
「うまくいったようね、どう?」
参月が聞いてきた。何となく声がぼやけたように聞こえる。
「どう…って、そうだね。認めるよ」
霊の存在も、参月綾音が風変りであることも。
他の追随を許さない証左である。
幽体離脱させられる高校生なんているだろうか。
「…驚いたな、痛みも何も感じない」
「まぁ肉体はそこに横になっているしね。…あなたは麻乃実ちゃんほど感受性がよくないみたいね」
「なにそれ」
こっちの話、と参月は薄く笑う。
「えーっと、マノミちゃん?
参月とはどこで会ったの?」
「病院です。気が付いたらわたし、死んでたみたいで…。参月おねぇさんに助けてもらったんです」
霊の友達を作って来いとは言ったが、人助けしてきたらしい。
「ごめん、ありがとう。…それで君は何で参月にしがみついているの?」
さっきから気になっていたが…。
「これはね、彼女が地縛霊になりかかってから応急処置と言うかね。
今、彼女は私に憑いているのよ。私が彼女にとっての場所になってあげているわけ。依り代がない霊はいつか消えてしまうから」
「消えるってどういうこと?」
「意識も精神も不眠不休ってわけにはいかないでしょう?人間が眠りにつくように霊もその力が尽きると眠りにつくように消えてしまうのよ。
戻ってこられるかはその人の意志の力によるけれど」
つまり、僕も肉体を離れてしばらくすると消えてしまうという事か。
その場合肉体はどうなるんだろう…。
「あぁ、あなたの場合まだ肉体もあるしね。眠気に襲われて眠ってしまう感じに近いでしょうね。目覚めた時にはいつも通り肉体からリスタート」
なるほど、今自分が置かれた状態は充分理解できた。
肉体に戻してもらって、…当たり前のようにマノミちゃんは見えなくなって、僕はゆっくりと体を起こした。
それと同時に、意識の片隅に押しやっていたそれを思い出す。
僕が好きな彼女は、『普通』ではないのだと。
『普通』ではないから好きになっていけないわけではないが、『普通』でないならばどこまで行っても『普通』な僕は釣り合わない。
張り合えない。
「今回は大分ボリューミーな内容だったけれど、これでいよいよあなたを信用させられたと思うと嬉しいわね」
そうだね、残念ながら君は『変人』だ。
「…合っているけれど、変人ってなんか響きがよくないのよね。まだ風変りとかの方がいいわ」
一風どころか三風は変わっている、参月綾音。
ここから何を目指せばいいだろう…図らずしも、僕が彼女を『普通』だと判断しようとした企みはものの見事に裏切られ『風変り』だと証明されてしまったわけだけど。
「…なんか寂しそうね、センチメンタル?」
そんなんじゃないよ、とは言いつつそうかもしれないが。
「証明出来ちゃったからとか」
その通り…いや、待てよ。
参月が『風変り』だと証明できたのならば、そう、僕自身が同じ土俵で張り合いたいのならば、僕が『風変り』になればいい。
単純な話だった。
方法はわからないけれど。
「次は何を証明すればいいかしら?」
僕が参月に並ぶのはまだこれからだってこと。
気持ちを伝えられるも、まだこれからだってこと。