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 これは、とある農夫の話。


 彼は昔、冒険者の仕事に憧れていた。憧れてはいたが、戦闘の才能がないため、冒険者の仕事に務まらない。


 練習しても、頑張っていてもダメだったことに、一時期落ち込んでいたが、彼はこのことに立ち向かって、立ち直った。


 別に冒険者の仕事に勤まらなくていい。他のことで頑張ればいい――ちゃんと生きていれば、何かの花が咲く。何かが生まれる……このように色々な思いをはせて、彼の人生はちゃんと実った。


 彼は農業の仕事に務めた。順調に進んでいた。


 そして、こつこつと努力して生きている彼の姿に惹かれる女性もいた。その女性と家庭を築き、一人の娘もいた。


 幸せな生活だ。ちまちまとした不満はあるが、幸福な暮らしだ。


 しかし、幸せな生活は不意にいなくなることがある。



 妻のリサは冒険者だった。


「なあ、リサ。本当に行くつもり?」


 ある日、徴兵令がうちに来た。


 村長が領主に知らせなきゃいけないし、冒険者ということは、国にとって大事な存在だからだ……あるいは、“大事な兵力”かもしれない。


 どのみち、同じことだ。これは逆らえられないこと。運命みたいなもん。


「ええ、行くよ……だって、徴兵されたんだ。この村では一番実力があるのは私なんだし……」


 ああ……行かないでって言いたい。言いたい――っ!


「でも、この遠征に参加したら、君はきっと……」けど……俺は言えなかった。


 彼女はもう……まともに生きたいのだ。


「大丈夫よ。必ず帰ってくるさ。だからこの間、娘は君に任せるよ?」


「……」ああ……やだな。なぜ俺は、何の戦いの才能もないんだろう。


 なぜ俺は、彼女に代えられないんだろう。もし、俺が戦えることができるのなら……


「仕方ないねー」


 チュッ。嬉しくないキス。それでも暖かい。暖かいキスに泣きそうだ。


「……」


「……ふふ。娘の世話をする時、君はカッコイイよ。」


「……」ああ、俺の頬に、一歳未満の娘の顔に触っているこの手。この人を大事にしたいのに……


「もう……行ってくるね。」


「……行っ、てらしゃい……」俺はこの言葉しか伝えられなかった。



 彼女と初めての出会いは極めつけ良くない話だが、野菜泥棒だったリサは、俺にとって大事な人だ。


 大事な妻、大好きな家族。


 お互いに惹かれ合い、一人の娘が生んだ時、その喜びも言葉では形容しがたい感情だった。


 ……なのに、俺は何も守れなかった。



 リサが遠征しに行った後、一枚の紙切れに、たった一つの通達で、俺は一人の家族を失った。


 失われた。



「……とーちゃん?」……ああ、君にも聞いてほしい。娘は、喋れるようになったよ。



 そして、娘が五歳に成長したある日。


「ねぇー父さん!」パターンと、娘はドアを開き、俺の近くに走ってくる。


「なーに?」俺は娘のサリナを宥めて、まるで寝かしつけるために、ポンポンとその小さな頭を軽く叩く。


「どうしてかあさんはいなくなったの?」この言葉を聞いて、俺は嫌な予感を覚えた。


 俺はなるべく彼女の母のことを触れないよう育つつもりだったが、このことが間違いのようだった。ずっと娘の前にこれが正常であるかのように振る舞っていたが、子どもの好奇心に満たされるはずがない。


 いずれこの時が来るとは思った。時期が来たら教えようとも思った。だが、5歳の彼女にはやはり早すぎたと思った。


「……どうしたの?急に。」


「き、きになったんだから……!」娘は何を隠している。


「……もしかして、誰かさんに言われた?まさか、あのオーデロという小僧か?!」


「ち、ちがうよ!あの子とかんけいないの!ただほかの……!いや……なんでもない!」


「本当か……?」


「あーもーう!もういい!父さんがおしえてくれないなら、村ちょうにきくもん!」


「あ、ちょっ!」


 どうして……村長に?


 そして、俺は間違っていた。


 娘が聞きたいのは子どもの好奇心ではない。むしろ……逆だ。




「おい!村長のやつはどこだ!」


「おやおや、何ですか?バルードくん。」


「何ですかって、ふざけんなよお前!一体俺の娘に何を吹き込んだ?!!なんで彼女は冒険者になりたいって言った?!!」


「おっと……バルードくん。君は何を言っているのかわかりませんね。わしはただ、彼女の母はいかに偉大な冒険者様という話を言ってあげただけなんですが、何が問題でも?」


「大ありだ!村のやつらはお前の差し金だな!娘にそうなるよう、でたらめの噂を操作したな!」


「ふっ!そんなのは、教えない方が悪いだろう?でも……実に良い子ですね。あの泥棒の子どもとは思えないくらいに、誠実な子ですねー。」


「……ふざけやがって――!」


「お、おい!誰が――!早くこいつをつまみ出せ――!」



 冒険とは、何なんだろう。


 冒険者とは、何者なんだろう。



 妻は冒険者だった。彼女は大遠征の戦役で、乱戦中に死んでいた。俺は誇りに思うが、彼女は俺と出会う前に、ただの泥棒だった。


 そして俺は反対したが、娘はやはり冒険者になったのだ……


 彼女はたった一回の冒険の旅で、偵察中に魔物に襲われて、死んでいた。


 別の誰かに役に立たないと思われても、俺は誇りに思う……でも、娘は所詮泥棒の子だと――簡単に思われてしまった。



 俺は突然、何もかもがわからなくなってきた。


 大切なものが失われていけばいくほど、何もわからなくなっていた。



 冒険とは、何だ?


 冒険者とは、何者だ?



 それはこいつらのために、死んでもいいという存在か?


 それとも、俺は大切じゃないから、この世にいなくてもいいってこと?



 わからない。


 わからないから、何もかもが意味がなくなっている。感じなくなる。



 俺は冒険したかった。これは間違いない。嘘をついていない。


 ただし、俺が冒険したい理由は……その本当の理由は、一つしかない。


 

 ねえ。


 こうすれば、会えるんだろうか?


 君たちに、会えるんだろうか?


 自ら冒険することによって、何かを通じて、魔法のあるこの世界で何かが感じられるかもしれない。



 そう、思ったのだ。



 ****


「起きました?」


「……最悪の感じだ。」


「バルードさんは、闇に囚われましたね。」


「あっそ……」俺は自分が仰向けの態勢になっているのをわかって、すぐさま上半身をあげた。


 彼女に向けて、座り態勢になる。彼女はその闇とは何なのか詳しく説明するつもりはないようだが、俺も知るつもりはない。


「なあ……」


「なんですか?」


「……なぜ、俺を蘇ってくれた?」


 彼女は目を閉じるだけの瞬く間なんだが、なぜかその時間が長く感じる。


 そして、ほんの少しの間を空けて、彼女はやっとその理由を口にした。


「君に、会わせたい人がいるから。」


「俺に……?」


「ええ。」


「誰だ?」


「君に会いたい人。」


 俺に会いたい人……


「……俺の娘として騙ろうとしているわけじゃないよな?」俺はあの日記のことを思い出してこう言った。


 たとえ学がなくても、馬鹿ではない。あんなものを見たら、ある程度の行動が予測できる。


 にしても、俺は娘の顔を覚えているのに、よく騙ろうとしているな。


「もしバルードさんが見たいなら、私がそのように騙ってもいいんですが?」


「いや、いいんです。」


「ならば、ついてきて。」


「ちなみに、俺が断っても?」


「別に構いませんよ。でも、バルードさんは後悔すると思います。」


 その真面目な様子に、俺は断れなかった。


 何故か行くべきだと俺は感じた。


「……わかった。」と俺はそう言った後、彼女は珍しく安心した微笑みを浮かべた。


 まるで綺麗な幻覚のように、簡単にも消えそうな微笑み。


「では、行きましょう。」と

これは、とある農夫の話。


彼は昔、冒険者の仕事に憧れていた。憧れてはいたが、戦闘の才能がないため、冒険者の仕事に務まらない。


練習しても、頑張っていてもダメだったことに、一時期落ち込んでいたが、彼はこのことに立ち向かって、立ち直った。


別に冒険者の仕事に勤まらなくていい。他のことで頑張ればいい――ちゃんと生きていれば、何かの花が咲く。何かが生まれる……このように色々な思いをはせて、彼の人生はちゃんと実った。


 彼は農業の仕事に務めた。順調に進んでいた。


そして、こつこつと努力して生きている彼の姿に惹かれる女性もいた。その女性と家庭を築き、一人の娘もいた。


幸せな生活だ。ちまちまとした不満はあるが、幸福な暮らしだ。


しかし、幸せな生活は不意にいなくなることがある。



妻のリサは冒険者だった。


「なあ、リサ。本当に行くつもり?」


ある日、徴兵令がうちに来た。


村長が領主に知らせなきゃいけないし、冒険者ということは、国にとって大事な存在だからだ……あるいは、“大事な兵力”かもしれない。


どのみち、同じことだ。これは逆らえられないこと。運命みたいなもん。


 「ええ、行くよ……だって、徴兵されたんだ。この村では一番実力があるのは私なんだし……」


ああ……行かないでって言いたい。言いたい――っ!


 「でも、この遠征に参加したら、君はきっと……」けど……俺は言えなかった。


彼女はもう……まともに生きたいのだ。


 「大丈夫よ。必ず帰ってくるさ。だからこの間、娘は君に任せるよ?」


 「……」ああ……やだな。なぜ俺は、何の戦いの才能もないんだろう。


 なぜ俺は、彼女に代えられないんだろう。もし、俺が戦えることができるのなら……


 「仕方ないねー」


 チュッ。嬉しくないキス。それでも暖かい。暖かいキスに泣きそうだ。


 「……」


 「……ふふ。娘の世話をする時、君はカッコイイよ。」


 「……」ああ、俺の頬に、一歳未満の娘の顔に触っているこの手。この人を大事にしたいのに……


 「もう……行ってくるね。」


 「……行っ、てらしゃい……」俺はこの言葉しか伝えられなかった。



彼女と初めての出会いは極めつけ良くない話だが、野菜泥棒だったリサは、俺にとって大事な人だ。


大事な妻、大好きな家族。


お互いに惹かれ合い、一人の娘が生んだ時、その喜びも言葉では形容しがたい感情だった。


……なのに、俺は何も守れなかった。



リサが遠征しに行った後、一枚の紙切れに、たった一つの通達で、俺は一人の家族を失った。


失われた。



「……とーちゃん?」……ああ、君にも聞いてほしい。娘は、喋れるようになったよ。



 そして、娘が五歳に成長したある日。


 「ねぇー父さん!」パターンと、娘はドアを開き、俺の近くに走ってくる。


 「なーに?」俺は娘のサリナを宥めて、まるで寝かしつけるために、ポンポンとその小さな頭を軽く叩く。


 「どうしてかあさんはいなくなったの?」この言葉を聞いて、俺は嫌な予感を覚えた。


 俺はなるべく彼女の母のことを触れないよう育つつもりだったが、このことが間違いのようだった。ずっと娘の前にこれが正常であるかのように振る舞っていたが、子どもの好奇心に満たされるはずがない。


いずれこの時が来るとは思った。時期が来たら教えようとも思った。だが、5歳の彼女にはやはり早すぎたと思った。


 「……どうしたの?急に。」


 「き、きになったんだから……!」娘は何を隠している。


 「……もしかして、誰かさんに言われた?まさか、あのオーデロという小僧か?!」


 「ち、ちがうよ!あの子とかんけいないの!ただほかの……!いや……なんでもない!」


 「本当か……?」


 「あーもーう!もういい!父さんがおしえてくれないなら、村ちょうにきくもん!」


 「あ、ちょっ!」


どうして……村長に?


 そして、俺は間違っていた。


 娘が聞きたいのは子どもの好奇心ではない。むしろ……逆だ。


 


「おい!村長のやつはどこだ!」


「おやおや、何ですか?バルードくん。」


「何ですかって、ふざけんなよお前!一体俺の娘に何を吹き込んだ?!!なんで彼女は冒険者になりたいって言った?!!」


「おっと……バルードくん。君は何を言っているのかわかりませんね。わしはただ、彼女の母はいかに偉大な冒険者様という話を言ってあげただけなんですが、何が問題でも?」


「大ありだ!村のやつらはお前の差し金だな!娘にそうなるよう、でたらめの噂を操作したな!」


「ふっ!そんなのは、教えない方が悪いだろう?でも……実に良い子ですね。あの泥棒の子どもとは思えないくらいに、誠実な子ですねー。」


「……ふざけやがって――!」


「お、おい!誰が――!早くこいつをつまみ出せ――!」



冒険とは、何なんだろう。


冒険者とは、何者なんだろう。



妻は冒険者だった。彼女は大遠征の戦役で、乱戦中に死んでいた。俺は誇りに思うが、彼女は俺と出会う前に、ただの泥棒だった。


そして俺は反対したが、娘はやはり冒険者になったのだ……


彼女はたった一回の冒険の旅で、偵察中に魔物に襲われて、死んでいた。


別の誰かに役に立たないと思われても、俺は誇りに思う……でも、娘は所詮泥棒の子だと――簡単に思われてしまった。



俺は突然、何もかもがわからなくなってきた。


大切なものが失われていけばいくほど、何もわからなくなっていた。



冒険とは、何だ?


冒険者とは、何者だ?



それはこいつらのために、死んでもいいという存在か?


それとも、俺は大切じゃないから、この世にいなくてもいいってこと?



わからない。


わからないから、何もかもが意味がなくなっている。感じなくなる。



俺は冒険したかった。これは間違いない。嘘をついていない。


 ただし、俺が冒険したい理由は……その本当の理由は、一つしかない。

 

 

 ねえ。


 こうすれば、会えるんだろうか?


 君たちに、会えるんだろうか?


自ら冒険することによって、何かを通じて、魔法のあるこの世界で何かが感じられるかもしれない。



そう、思ったのだ。



****


「起きました?」


「……最悪の感じだ。」


「バルードさんは、闇に囚われましたね。」


「あっそ……」俺は自分が仰向けの態勢になっているのをわかって、すぐさま上半身をあげた。


彼女に向けて、座り態勢になる。彼女はその闇とは何なのか詳しく説明するつもりはないようだが、俺も知るつもりはない。


「なあ……」


「なんですか?」


「……なぜ、俺を蘇ってくれた?」


彼女は目を閉じるだけの瞬く間なんだが、なぜかその時間が長く感じる。


そして、ほんの少しの間を空けて、彼女はやっとその理由を口にした。


「君に、会わせたい人がいるから。」


 「俺に……?」


 「ええ。」


 「誰だ?」


 「君に会いたい人。」


 俺に会いたい人……


 「……俺の娘として騙ろうとしているわけじゃないよな?」俺はあの日記のことを思い出してこう言った。


 たとえ学がなくても、馬鹿ではない。あんなものを見たら、ある程度の行動が予測できる。


 にしても、俺は娘の顔を覚えているのに、よく騙ろうとしているな。


 「もしバルードさんが見たいなら、私がそのように騙ってもいいんですが?」


 「いや、いいんです。」


 「ならば、ついてきて。」


 「ちなみに、俺が断っても?」


 「別に構いませんよ。でも、バルードさんは後悔すると思います。」


 その真面目な様子に、俺は断れなかった。


 何故か行くべきだと俺は感じた。


 「……わかった。」と俺はそう言った後、彼女は珍しく安心した微笑みを浮かべた。


 まるで綺麗な幻覚のように、簡単にも消えそうな微笑み。


 「では、行きましょう。」と言って、彼女はその表情を無表情に戻った。


 ****


 三日後。


「ここは……」


「バルードさんの故郷の村。」


「わかっている、でも……」ああ、なんで俺はここに戻らなきゃ――心の中から何かが湧き上がると思うやいなや、俺は村の景色に絶句した。


 俺たち最終的にたどり着いたのは俺の故郷であった村だ……いや、村だったところというべきだろうか。


 記憶に残っている村の風貌はすでになくなり、遺跡でもなったかくらいに残骸の建物が何もかも廃墟と化していた。


 黄色い砂と茶色の塵が積み重ねて、一歩踏み出しれば、足跡が残るくらいまるで雪のような地面に形成している。


 長い年月が経っていたということが一目瞭然。


 元々寂れた村だったが、今はもはや……何も残ってはいない。人の姿も。


 ホッとするべきか、懐かしむべきか、それとも喜ぶべきなのか、はっきりと言えない。


 ただただ複雑な気持ち。それとほんの少し……寂しい気持ち。


「バルードさん。こっちです。」寂しい気持ちに浸っているのが許されていないだろうか、それとも気遣っているからこそ話しかけてきただろうか、俺は変な気持ちに陥りかけた瞬間、彼女はこう言って、ある方向に進んでいた。


「おい、ちょっと……!」俺は慌てて彼女の後ろについた。


 そして、彼女はどこに向かっているのかすぐわかってしまった。


 風貌が昔の様子でなくても、ある程度原型に留めた家がある。それのおかげで、彼女はどこに向かっているのか俺はすぐわかった。


 この方向は……俺の家。


 でも、なぜ……?


 静かに彼女の後ろについていて、一緒に足を止めた際、俺たちが着いたのは、本当に俺の家だった。


「君に会わせたい人は、この中に待っています。」彼女は扉の前に立ってこう言った。


 相変わらずの無表情だが、どこか関心を向けてくるのを感じていた。


 俺は戸惑いながら、ドアの前に近づいた。彼女はドアノブに手を添えて、俺の方に「準備はいいか」というように動きを止めている。


 ここまで来れば、さすがの俺でも鈍感ではない。自分の家に一体誰が待っているのか、何となく想像がつくものだ。


 でも、もし俺が想像したのと全然違ったら?


 本当はこの子は何かの算段で、罠で俺をはめようとしたら?


 言葉で謂われない恐怖心が心の中から湧き上がった瞬間、彼女は扉を開けた。


 かチャリ。


 小さな家に小さな客間。一目で奥まで直視できるほどの狭さ。そして、その客間の中に、木製の円卓の周りに二つの骸骨が座っている……いいや。


 頭蓋骨が動いていて、もう間違いないだろう。


 あれは「アンデッド」。


 アンデッドである存在が、聞き覚えのある女性の声で俺に話しかけてくる。


「父さん……」


「バルード……」


 ああ……紛れもない俺の家族の声だ。


「リサ、サリナ……!」


 ****


 家族とは、何なんでしょう。


 その形は歪であっても、変わらないことがあるでしょうか。


 私はそんな疑問を自分の心の中にしまって、目の前の家族の団らんを見ている。


 傍らに見れば、それはただの骸骨たちが喋っているのが目に見えている。


 冒険者二人だったものとその家族の一人だったもの、三人とも全員アンデッドになっていて、自分の家に話し合っている。世の中はこれ以上変な光景がいないであろう。


「リサ、サリナ……」男のスケルトン――バルードが二つの名前を口にした。


 二つの名前はそれぞれ彼の家族――妻の名前と娘の名前だ。


「俺はずっと……ずっと君たちに、会いたかったんだ!」バルードさんはやっと本当の「未練」に気付いたようだ。


 彼は、冒険したいわけではない。彼の未練は……


「私も会いたかったよ。バルード。」


「……私も。父さん。」


 三人はしばらくこのまま話し合っていた。


 一段落した後、一人の女性のスケルトンは私に近づいて、話しかけてきた。


「ありがとう……モルーナさん。」彼女リサは先にお礼を申してから、続いて言った。


「私はずっと、彼に会いたかったです。自分の子に、自分の夫に。」


 リサ。彼女は「未練」が残っている。自分の子に会いたいこと、自分の夫に申し訳ない気持ちを述べたいこと。


 人は心残りがあると、「未練」が残される。死んでいたら増幅される。だから、未練は「一つ」だけに限っていない。人によって、二つ以上の可能性もある。


「……良かったですね。」と私が返事した。微笑むつもりだが、うまくできていないようだ。


 私が返事した後、続いてもう一人が近づいた。二人の娘、サリナちゃん。


「私も……モルーナさんに感謝の気持ちを伝えたい……あの時、喧嘩のままで父さんと別れて、謝りたかった。でも――」


 でも――冒険者になった彼女は、すぐに家を出て、初めてのクエストに死んでいた。


 サリナ。彼女も「未練」が残っている。父への罪悪感、あと母に関する風景……ただ、それは「話」では得られないもの。彼女の「未練」に少し苦労したが、一緒に乗り越えてきた。


 そして、彼女に会わせていた。彼女の母に。


「……ありがとう。モルーナさん。」サリナは話を終えて、私に礼を伝えた。


「うん。どういたしまして。」と私がそう返事した。


 最後――


「あ、あの……俺……俺にも、伝わせてくれ!」バルードさん。


 二人のスケルトンはそれぞれの感じでバルードの方に向いていく。


「モルーナさん……だっけ。」彼は初めて私の名前を口にした。


「ああ!信じらんない!父さんはずっと名前を聞かずに、モルーナさんと旅行してきたの?!」


「いや、だって……ネクロマンサーだぞ。碌なことはしない奴らだ……」


 バルードさん。彼は一人の農夫であり、全ての家族を失った一人の父。生前、もう一度死んだ人に会いたいという気持ちから、悪徳死霊術師にやられ、無理やりの冒険にさせられた。直接ではないが、間接的に殺されたようなもの。死霊術師のことを良く思っていない。


 警戒を解くために、一苦労した。


「昔から、父さんのそういうところが嫌い!偏見がすごい!」


 偏見じゃないかもしれないが……言い返すつもりはない。


「まあまあ、そう言わずに。先にパパが言いたいことを言わせてあげて?」


「母さん……私、もう子どもじゃないんですよ?」


「あら、ごめんね。記憶はまだ子どもの頃の記憶だから、つい……」


「もー」


 家族の団らん……本当にこれでいいでしょうか?私にはわかりません。


 わからないから、私は自分の視線をバルードに移した。


「二人とも、そろそろ言わせて……」とバルードさんは苦笑したように言った。


「はーい」「どうぞ。」


「……それで、モルーナさん。俺は二人に会ってたら、気付いたんだ。」


 バルードさん。彼の未練は、ただ冒険したいわけではない。


 彼の本当の未練は、二人に会いたいこと。自分を変えたいこと。


「俺は……本当は自分を変えたかったんです。」


 妻を失って、娘も失って、大切なものが一つも残されていない彼は、屍みたいな生活を送っていた。故に、彼は冒険の「価値」が知りたかった。その上に、自分の「価値」も……知りたかった。


 人は、大切なものが失われていけばいくほど、自分は何のために生きているすら自分の価値を見失う。恋人、友人、ペット、あるいは……家族。


 彼の心境は、私にとって想像すら必要ない。何せ、私も彼と似たような境遇だった。


 一瞬、脳裏に兄の顔がよぎって、私は自分の顔を見せないよう下に伏せていた。


「そうですか……」 


「ええ。だから、モルーナさんはそのチャンスをくれました……ありがとう。」


 彼にもお礼を言われて、私は少し頭を上げた。


「まさか、バルードさんまで礼を言ってくれるとは……」


「それは……いいことをしてくれましたから、言うに決まってるだろう。」


「たとえ……こんな歪な形でも?」


「歪……?」


 彼が戸惑う様子に、私はただ見つめている。彼だけではない。他の二人も。


 このことだけについて、私は説明する気持ちは毛頭ない。


 だから、私は話題を変えました。


「でも、良かったですね……これで、みんなの『未練』が解消されます。『未練』が解消されたアンデッドは、アンデッドでなくなります。たぶんそのうち、皆さんは死後の世界に行くでしょう。」


「死後の世界……それは怖いところ、なのか?」


「わかりません。でも、話によると、死後の世界は意識がなくなるほど、素晴らしい世界だと聞いています……現にあなたたちが死んでも、あそこのことを覚えていないでしょう?」


「……確かに。」


「では、私はそろそろここから離れます。もうここの用事、済みましたので。」


「あ!待って!」サリナは私に近づいて、バルードとリサのほうに一回ずつコソ話をした。


「父さん、母さん。アレをやろう?」


「アレ?ああ……アレか。」


 何をやるつもりだろう。


 バルードさんをはじめ、三人はそれぞれ私の周りに近づいた。


「モルーナさん。これはこの村の風習、です。」リサが言いながら、抱擁するように手を横に開く。そして、一段の踊りを披露した。


「旅人や冒険者たちに身の安全を守ってほしいと、神に伝えるために、祈りをささげるダンス、です……」三人が踊り終えたら、彼女は流暢な感じに私の手を握った。


「君の安全に、祈りを捧げる……そして、あまり思い詰めないでほしい。」


 彼女の真摯な気持ちに、私はただ一言だけ言い返せる。


「……ありがとう。」


 私は、再び旅に出た。


 大事な「未練」を探すために。


 大切な人の「未練」を……見つけるために。



 おわり

前のと比べて、終話がかなり長くなりましたね。すみません~


でも、話はこれにて終了です。


まだ終わっていないでしょう!とかいう人がいるかもしれません。


でも、終わりです。


はい。終わりです。


とにかく、終わりです!


2024.10.29 少し修正をしました!

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