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7 8年前の気がかり

 シュバルツは先ほどまでの緊迫感をあっさりと消して、セリーヌとリューフェティに客間の椅子に座るように言った。

 椅子に座った二人に対し、シュバルツは、先ほどの暴漢は紛れもなくガランで、セリーヌの予想通り、シュバルツの命令でセリーヌを襲ったことを認めた。


「試験、ですか」

「そうだ。あなたが本当にリューフェティの侍女にふさわしいのか、今後もリューフェティに付けていていいのか見極めたくて一芝居打たせてもらった。驚かせて悪かったな」

「いえ……」

「行動力、考察力、胆力。いずれもなかなか興味深かった。これならあなたをリューフェティの魔獣退治や戦場に同行させてもいいだろう」


 ベークライト王国のある大陸は元々魔のない土地で、魔法を使える魔女も魔獣もいなかった。

 しかし、異大陸からこの国に魔女が入ってきたように、招かれざるものたち――魔獣、魔人といった魔物も入ってきた。ベークライト王国は大陸の中央やや南東側に位置しており、海を隔てた魔の住まう異大陸との距離が遠い。そのため、国内に魔獣や魔人が出る頻度は多くはない。

 しかし、過去に、魔獣の侵攻を止められずに一度王都までの侵入を許したことがあり、その時には甚大な被害が出たという歴史がある。

 以来、国内に魔物が侵入したことが判明次第、魔女を抱える王子又は王女の命の下、騎士団と共に王家の管理下にある魔女が派遣され、討伐を行うのだ。


「恐ろしいか?」


 魔獣退治や戦場ではあっけなく人が死ぬ。侍女や侍従たち仕える立場にある者だって例外ではない。

 黙ったセリーヌにシュバルツが問いかけた。


「恐ろしくないと言えば嘘になりますが……それより、準備が必要だなと思いまして」

「準備だと?」

「魔獣が出るとなれば、朝も昼も夜もなく、緊急の事案になるでしょうから、支度の時間もほとんどいただけないだろうと思うのです。また、魔獣討伐となれば場所は国境付近だと伺っております。きっと遠征になりますから、その間のリューフェティ様のお洋服、お食事、装備品……リューフェティ様の生活を快適に整えるためにはそれ相応のものが必要になりますので、それを考えておりました。ローブも1枚では足りないでしょうし……」


 必要になりそうなものを指折り考えて思考に浸り始めたセリーヌを全員がぽかんとした表情で見た。

 しかし、セリーヌは周囲の目にも気付かず、一人で先ほどの胃が冷える思いを思い出し、決意に燃えていた。


 ――貴族生活に戻ってからめっきり運動が減って体が鈍ってしまっている自覚はあるもの。私は、もっと学び、情報を得、訓練も積まなければ。魔獣討伐ですもの。一番足手まといになりかねない私が何か一つを間違えれば、次こそリューフェティ様の名誉どころかお命まで失わせかねないわ。


「リューフェティ様、私、お願いがございます」


 黙り込んだセリーヌを心配そうにのぞき込んでいたリューフェティは、セリーヌが急に顔を上げたのでのけぞるような体勢になった。


「な、なに!?」

「私に、鍛錬場の利用と中庭の薬草採取の許可をくださいませ。あと、魔女様や魔獣についてまとめられた資料などの閲覧の許可もいただきたいです。あ、鍛錬場は騎士の皆様が使っていらっしゃるでしょうから、それ以外の場所でも構いません」

「鍛錬?いきなりなぜ?」

「もし遠征に行くのであれば基礎体力は必須でございます。リューフェティ様や騎士の皆様が動いていらっしゃるのに私一人へばるわけには参りませんわ。あぁ、そうだ、乗馬の訓練も開始しなければなりませんね。遠乗りは久しぶりなので、感覚を取り戻さなければ」


 セリーヌの勢いにリューフェティが目を白黒させていると、しばし呆気に取られていたシュバルツが、たまらず、ぶはっと噴き出した。


「そうくるか。……あなたはなかなかどうして面白い」


 突然のシュバルツの大笑いに今度はセリーヌが目を瞬かせる番だった。


 ――私、そんなにおかしなことを言ったかしら?


「鍛錬場の使用と、中庭での薬草採取、魔女や魔獣についての書物の閲覧許可、だったな。いいだろう、俺が許可を出そう。ただ、魔女に関する書物はそのほとんどが禁書だ。王族か、魔力がないと――つまり魔女でないと読めん。あなたが読める範囲のものについてのみ許可する」

「ありがとうございます。殿下」


 セリーヌが嬉しそうに礼を言うと、シュバルツはまだ小刻みに笑いながら侍女を呼び、セリーヌへのお詫び兼褒美としてケーキを用意するように命じた。

 毒見まで終えた侍女が退室すると、ガランとペトラにも椅子に座るように言ってから、シュバルツはセリーヌを見た。


「あなたがリューフェティに今後も付くのであれば、俺やガラン、ペトラと共に行動することも多くなるだろう、この機会に慣れてくれ」

「恐れ多いことです」


 シュバルツから与えられたフルーツの乗ったクリームケーキは、クリームの甘味が繊細で美味しい。緊張が解けた分お腹が空いたセリーヌはありがたく堪能していた。

 セリーヌがケーキに夢中になっていると、シュバルツから許可を得たガランが「すまなかったな」と言って、心配そうにセリーヌを見た。


「叫ばれると面倒だから口を塞ごうと思っていたんだが、まさか護身術で反撃してくるとは思わなかった。殿下からの命とはいえ、驚かせたろう。怪我をしなかったか?」

「問題ございません、ご心配ありがとうございます」


 ――今思えばガラン様が右手を押さえて見せたのはヒントだったのでしょうね。熊みたいな見た目だけどきっと優しい方なんだわ。


 セリーヌがにっこりと微笑むと、ペトラも、ポーカーフェイスにわずかに心配そうな色を見せた。


「こんな大柄な筋肉男に後ろから抱き着かれたんだ。体はともかく心に傷を負っただろう?」

「ペトラ……それじゃあまるで俺が変態みたいじゃないか」

「違うのか?」


 ガランとペトラのやりとりにセリーヌが目をぱちぱちと瞬かせると、リューフェティが横からこそっと「二人は昔から夫婦漫才が好きなの」と補足し、すぐにペトラが「夫婦でも漫才でもない」と言って殺意を漂わせた目でリューフェティを見て、リューフェティが必死でペトラに謝っている。


「……仲がよろしいのですね」

「まぁ、ペトラとガランは俺の護衛騎士になる前からだから15年以上、リューフェティにしても8年前からの仲だからな」


 シュバルツからの合格という言葉は本物のようで、シュバルツは、言葉遣いもくだけ、自称もつい先刻から「俺」になっていた。セリーヌはそっと胸を撫でおろす。


「そうだったのですね……8年前、ですか。……殿下、僭越ながら、8年前のことで一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「8年前、殿下が我が家に来られた時に拾われた平民の男の子がいたと思うのですが、今はどう過ごしているか、殿下はご存じでしょうか?」


 セリーヌの問いに、ペトラに頭を下げ続けていたリューフェティが不自然に動きを止めたが、背中側にいるせいでセリーヌは全く気付かない。

 対するシュバルツは一瞬、虚を突かれた顔をしてから、にや、と人の悪い笑みを浮かべた。


「気になるか?」

「えぇ、それは。私が口を出してしまったせいで、あの子は奉公に出ていた屋敷の主人にも目を付けられたでしょうから。もし、あの時殿下が拾って下さらなかったら、平民の生活には戻れなかったはずです。私があんなことをしなければ、元の仕事に戻れたかもしれないのに……私があの子の生活にとどめを刺してしまったのだと、僧院に行ってから気づかされました」


 セリーヌの後ろにいるリューフェティは、セリーヌの背中を見ながら「そんなことはない」と言わんばかりにふるふると弱弱しく首を横に振る。


「あなたは自分がしたことを後悔しているのか?」


 シュバルツの質問にリューフェティの背がびくりと跳ね、おそるおそるセリーヌの様子を伺い、残りの二人も興味深げにセリーヌの答えを待った。

 セリーヌは背中側にいる三人の様子にはまるで気付かずに即答した。


「いいえ。私がしたこと自体はあの時も今も後悔していません。もし今同じ状況になったとしても同じことをしていたでしょう。……ただ、貴族である私が介入したことであの平民の子の生活を壊してしまったことだけが唯一の心残りでした」

「そうか。……あの平民の子供だが、元気にしているぞ。俺のためによく働いてくれている」

「そうですか、安心いたしました。教えてくださってありがとうございます」


 セリーヌの嬉しそうな言葉に、真後ろにいるリューフェティ――リュイは、切なげな顔でセリーヌの肩に手を伸ばし――その手がセリーヌに触れる前に、自分の今の姿を思い出して静かに手を下ろして、拳を強く握りこんだ。

 その様子をちらりと見たシュバルツはセリーヌに問う。


「あの者に会いたくはないか?」

「そうですね、会おうとは思いません」


 リュイの項垂れた肩がわずかに動く。


「住む世界の違う子です。私が関わってこれ以上あの子の――今はあの人の、でしょうか――今の生活を壊すのは嫌なのです」

「そうか」

「それに、私、今とても充実しているのです。僭越ながら、リューフェティ様の下で働けることを楽しんでいます。リューフェティ様にいかに快適に生活していただくか――それだけで私の頭の中はいっぱいです。今日伺ったお話からも、私がやるべきことは今以上にたくさんあると分かりました。残念ながらその方と会う時間も余裕もありませんの」


 リューフェティは、はっと顔を上げると、自分の胸元を強く握りしめたまま、耳まで赤くしてセリーヌの背中をじっと見つめていた。

 その姿は女装と相まって恋する乙女そのものだったが、セリーヌは当然それにも全く気付かなかった。


「そうか」


 シュバルツはわずかに口の端に笑みを浮かべていた。


※※※


 ケーキを食べ終え、セリーヌとリューフェティが退席する間際、ついでと言わんばかりにシュバルツが言った。


「そういえば――先の一芝居の件なのだが、俺はリューフェティには何も知らせていなかった」

「まぁ。ということは、リューフェティ様もお芝居に騙されたのですか」

「敵を欺くにはまず味方から。リューフェティは芝居が上手いほうじゃないからな」


 セリーヌが隣に立つリューフェティを見上げると、リューフェティは少し恥ずかし気に口をとがらせ、セリーヌから目をそらした。


 ――リューフェティは俺の魔女。除名処分にして別の魔女を見つけるのも難しいし、お披露目が終わった今のタイミングで、俺が安易にリューフェティを処分することも外聞が良くない。だから、リューフェティの名前がついた報告になる限り、たとえセリーヌの行為が俺への侮辱となった場合でも、セリーヌの処分を甘くせざるを得なかった。

 リューフェティは公になった自身の名と存在をかけてセリーヌの処分を軽くしようとした。


 シュバルツは、リューフェティの行動の意図を正しく読み取っていた。しかし、セリーヌにその事実を伝える気はない。


 ――これ以上の茶々入れは無粋だからな。


「今後もリューフェティをよろしく頼む」

「謹んで拝命いたします」


 シュバルツは、心の中で軽く笑ってから、鷹揚に手を振って、二人を退席させた。

ストック尽きてきたので今後は昼12時1話更新に変えていきます。

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