表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

15 伸びしろ

 ――なんか、暖かい。体が、揺れてる……?


 振動で意識を取り戻したセリーヌががわずかに目を開くと、すぐ目の前にリューフェティの顔があった。自分がリューフェティに横抱きに(お姫様だっこ)されて運ばれていることに気付いたセリーヌは思わず声を上げた。


「えっ!?りゅ、リューフェティ様!?」


 リューフェティはセリーヌの意識が戻ったことに気付くと、すぐに歩みを止め、膝あたりが土で汚れるのも厭わずその場にしゃがんで片膝をつくと、膝に乗せたセリーヌを心配そうにのぞき込む。


「セリーヌさっ……――セリーヌ、大丈夫?何があったのか覚えている?」

「は、はい。大体は。ちょっと頭が痛いですが、それだけです。リューフェティ様のかけてくださった身体強化のおかげです」

「良かった……!」


 少し苦しいくらいの強い力で抱きしめられ、「ちょっと苦しいです」と言いかけたセリーヌは、自分を抱きしめるリューフェティの肩がわずかに震え、「良かった。意識が戻って……」と繰り返していることに気付き、言いかけた言葉を飲み込んだ。


 ――こんなに動揺されるくらい心配していただいたなんて、申し訳ないことをしてしまったわ。あそこで油断しなければ三人目にも対応できたか、すぐに逃げることができたはずなのに。私はやっぱりまだまだ修行が足りない。もっと鍛えなければ。


 リューフェティの震えが収まるまで、セリーヌは、子供をあやすように、とんとん、とリューフェティの肩を優しく叩き、しばらく抱きしめられたままになっていた。


 ――それにしても、リューフェティ様、こう見えても私よりも肩幅がおありなのね。お顔のわりに骨格がしっかりされているのかもしれない。お着替えを手伝わせていただけていないから知らなかったなんて言い訳は許されないわ。リューフェティ様も、今後は夜会に出る機会も出てくるでしょうから、骨格のしっかりした女性が美しく映えるドレスを衣装屋と相談しなければいけないわね。


 それに……と、セリーヌは心の中で眉を曇らせた。


 ――お胸もまだまだ青々しい平野のよう……。男性は豊満なお胸を好まれる方が多いと聞いたけれど、殿下も同じだとすれば、リューフェティ様には不利……。いいえ!いいえ、セリーヌ。リューフェティ様はまだお若いのだから、これからよ。これからリューフェティ様のお胸を育てていけばいいのだわ。まずはお胸を成長させる方法を探さないと。


 セリーヌが明後日の方向に思考を走らせている間に、リューフェティの動揺も徐々に収まってきたようだったので、セリーヌは安心させるように、「大丈夫ですよ」の気持ちを込めて、自分からぎゅっとリューフェティを抱きしめ返した。

 はっと我に返ったリューフェティは、体に当たるセリーヌの柔らかい体の感触を生々しく実感し、一気に全身の血が上っていくのを自覚した。


「うわぁ!」

「きゃっ!」

「あ、ごめん!」


 体を離したことでセリーヌが地面に尻もちをつき小さい悲鳴を上げると、リューフェティは慌ててセリーヌを支え直した。


「ごごごごめん、動揺して……」

「いいえ。リューフェティ様に謝っていただくようなことではございません。私が拉致などされなければ、下手を打って怪我などしなければ、セリーヌ様の御心をそれほど乱させることなんてなかったのですもの。私の責任です」

「あー……そっちじゃないけど……」

「そっち?」

「いや、急にだ、抱き着かれて……」


 ――わたしったら。リューフェティ様が人に触られるのを嫌がる方だという大事なことを忘れていたなんて。やっぱり頭を殴られた影響かしら。


「申し訳ございません。安心していただきたいと思ってやってしまいました。リューフェティ様のお体に触れてしまうなんて……ご気分を害されましたよね」

「いや!害してはいない!むしろ――!」

「むしろ?」

「いや、えっと、安心した!急だったら驚いただけ!それより、歩ける?」

「頭は大丈夫なのですが、体が重くて――これは筋肉痛?でしょうか」

「それは身体強化の反動だね。今かけ直すと後で動けなくなるからこのままで。支えるよ」


 リューフェティは、セリーヌの肩を抱くようにして立たせ、セリーヌの体重を自分にかけさせた。


「そんな。これ以上ご迷惑をかけするわけには参りません」

「これくらい大したことないよ。それより頭の怪我の方が心配だ。念のため、村か隣町で医者に診てもらおう」

「いけません。王都への帰還が遅れてしまいます。リューフェティ様の魔法のおかげでそれほど痛くありませんし」


 セリーヌが固辞すると、リューフェティは眉を吊り上げて食い気味に言った。


「だめ。必ず医者に診てもらう。これは命令だよ。頭を打った時は念には念を入れないと。甘く見たら命に係わるんだから。それに、殿下への早馬はもう出してもらってるから安心して」


 表情からして、てこでも動かない様子だと察したセリーヌは甘んじて受け入れることにした。


「かしこまりました。それよりリューフェティ様、私を攫った暴漢たちはどうなったのでしょう?リューフェティ様はあの暴漢たちと接触されたのですか?ご無事でしたか?」

「無事じゃないように見える?」


 矢継ぎ早なセリーヌの質問に、リューフェティは苦笑と共にしゃがんだまま、腕を軽く広げて見せた。セリーヌがざっと上から下までリューフェティを一瞥した限りでは、血の跡など、怪我の様子は見当たらず、セリーヌは安堵の息をついた。


「安心いたしました。目的すらつかめないまま暴漢を逃がしてしまったのが心残りではありますが、仕方ありません」


 セリーヌの誤解をあえて解かないまま、リューフェティはしかめ面をして見せた。


「それより、今回は無茶をしすぎ。心配で、気が気じゃなかった」

「うぅ……かえってご手数をおかけし、返す言葉もございません……」


 リューフェティは、唇を引き結び、無力感に打ち震えるセリーヌの頭間をぽんぽんと優しくなで、肩を支えながら歩き出す。


「でも感謝もしてるよ」

「え?」


 隣を見上げたセリーヌに、リューフェティは美しい顔をほころばせ、笑ってみせた。


「ドゥントスを助けてくれてありがとう。あのタイミングでセリーヌが動いてくれなかったら、ドゥントスの命はなかったと思う。セリーヌが私の見習い侍女だったおかげで、私は一人の死者も出すなくこの遠征を終えることができる」

「リューフェティ様……」

「ありがとう、セリーヌ。あなたは私の自慢の見習い侍女だ」


 初めて見たリューフェティの極上の笑みに、セリーヌは大きく目を見開き、言葉も出ないまま、その美しさに見とれた。


「あ、カルフェ村が見えた」


 どくどくと、いつもよりも脈が速くなるのを感じながら、セリーヌは思った。


 ――やだ、鼓動が速いわ。やっぱり、頭の検査をしてもらった方がいいかも。


「セリーヌ?」

「……そうですね、リューフェティ様。帰りましょう」


 二人は連れ立って村まで歩き出す。

 

 こうして、リューフェティによる初遠征は終えられた。



※※※


 リューフェティが初遠征に出かけてから20日後。王都に帰還したリューフェティから一連の報告と討伐した魔獣の素材を受け取った後、リューフェティを退席させたシュバルツは、自室で難しい顔をしていた。


「シュバルツ様、先ほどのリュイの話ですが……」


 ガランとペトラもシュバルツと同じように騎士たちからの報告書を見ながら眉間に皺を寄せている。


灰牙猪(グレイボア)2体に加えて金牙猪(ゴルボア)が出た。ここはまぁ、分からんでもない。金牙猪は我が国ではめったに見かけない変異上位種だが、あくまで灰牙猪の亜種だからな。毒針蜂(ポイズンビー)の大量襲撃も、タイミングが被っただけといえばそれまでだ。それまでなんだが……なにか引っかかる。騎士や兵士たちの話だと、特に巣を荒らした覚えはないとのことだったな」

「はい、茂みや窪地に自ら突っ込んだわけでも、偶然通りかかった1匹の蜂をつぶして仲間が出てきたわけでもなく、突然、わきの藪から、一気にあの数の蜂が出てきて襲われたと申しております」

「偶然であり得ない話ではないですが、偶然にしては少々できすぎているような気もします」

「ただ、魔獣たちは、本来異種の魔獣と連携したりしません。偶然以外に説明をつけられるでしょうか」


 ガランが唸り、ペトラも眉間に深い皺を刻んだままだ。シュバルツは少し考えこんだ後、報告書を机に置いた。シュバルツはリューフェティから口頭で聞き取った内容を反芻し、さらに難しい顔をする。


「セリーヌの拉致については――リュイが暴漢たちの言葉を一部聞き取った範囲だと、人違いだったようだな」

「はい、セリーヌには可哀そうなことをしましたが、リュイが騎士の恰好をしていたのがある意味幸いしたようです」

「問題なのは、『我が国の魔女』が狙われていたのか、『リューフェティ』が狙われていたのか分からんところだな。依頼者もつかめていない……はぁ、あいつ(リュイ)が暴漢を皆殺しにしてなければな。せめて一人残してくれていれば、何か吐かせられたかもしれないものを」


 シュバルツが悔し気に拳を握りしめたのを見て、ペトラとガランはまぁまぁとシュバルツを諫める。


「セリーヌに危害が加えられているのを目撃したリュイにそこまで求めるのは難しいでしょう」

「俺の魔女がそれでは困る」

「誰もが最初から完璧にこなせるわけではありません」

「魔女という立場上、リュイには指導者もなかったのです。年相応の失敗と言えば年相応です」

「そこだ」

「そこ、とは?」


 シュバルツは、眉間に皺が寄せたまま、ガランの疑問に応えた。


「これまではリュイに指導者をつけていなかった。それでもリュイ(あれ)は独学で魔法を身に着け、それで実際に通用した」

「よかったではありませんか」

「その分、他の面――王家に仕える者として優先しなければいけないことや身の振り方について教える機会が少なかった。誰か指導者をつけて本格的に指導させないと、今回のように自分の感情に従って得られる情報を無下にする可能性がある。……あまり秘密を知る者が出るリスクを冒したくなかったのだが、やむを得ないか」


 シュバルツはしばし目をつむって考えた後、ふぅと大きなため息をついた。

 

「殿下、リュイの教育方法についてはともかく、今回の同行者たちについては労わないとなりません」

「確かに、ドゥントスも後遺症なく過ごせているし、犠牲者ゼロでこの収穫なら上々だ」

「セリーヌたち侍女の役割が大きかったですね。適切な応急処置をした後、早急に村の医師に連れて行ったのが幸いしたと聞いています」

「毒針蜂の集団もどうやら火炎瓶の爆発で火のついた一部が逃げ帰って残りの集団もろとも離れたところで全滅していたそうですし」

「そうだな。そろそろセリーヌの見習い期間が終わることも考えなければならん」


 シュバルツはそう言うと、椅子から立ち上がって、護衛の二人を連れて移動した。



すみません、ノロウイルスに感染したっぽく、発熱してました。明日昼12時で第一章は完結です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ