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13 拉致


「準備はいいわね」

「うん。ローナ、お願い」

「いくわよ!」


 ローナが、入口方向とは逆側にわずかに開けたテントの穴から、トラノお手製のフルーツ混ざりの蜜の入った瓶を外に向かって投げる。

 蓋のない瓶が地面に落ちた途端、瓶が割れて粘度の低い蜜が地面に広がり、毒針蜂(ポイズンビー)たちが音と匂いに反応してそちらに移動した。


「上手くいった!今よ!」


 ローナの合図を聞いたセリーヌはテントの入口から出て、右手に持っていた雌の蜂の死骸を、力を込めて、騎士たちがいない、少し開けた場所に思い切り投げた。


 「毒針蜂は一つの集団に雌が1匹だけで、その雌をめぐって雄が集まって争いを繰り広げるという習性がある」――セリーヌは、魔獣図録に書いてあったこの情報を思い出し、蜂を一か所にまとめるためには雌の蜂の死骸を使うしかないと提案した。

 しかし、雌の死骸を持って外に出ればたちまち雄の蜂たちに群がられてしまうので、一時、雄の集団を引きはがす必要がある。

 すると、それを聞いたトラノが、「蜂って甘いものが好きなんじゃないかしら?」と提案し、食料袋に入っていた甘いものをかき集め、叩いて混ぜ合わせた特別な蜜を作り、それを小さな瓶に入れた。

 蜂を一次的に雌の匂いのする場所から引き離すためには、雌の死骸を投げる人物とは別の人物が、別の方向に投げる必要がある。それを引き受けたのがローナだ。ローナは、「仮に、蜂たちが甘いものに反応しなくても、周辺で音や衝撃があれば気を引けるかも!」と蜜入りの瓶を狭い隙間からできる限り強く投げつけて割ってみせた。



 蜂たちは、セリーヌたちの計画通りに動き、一度は蜜の方に引き寄せられ、雌の死骸が投げられた途端、一斉に向きを変え、雌の死骸の落ちた場所まで飛んでいく。

 その間に、ローナとトラノが、布の担架に乗せたドゥントスを担いで、反対方向に走っていった。

 残ったセリーヌは全ての雄の蜂が雌の死骸の方向に飛んでひとかたまりになるや、手元のハーフボトルのワインの瓶の口に火を点けた。


 もちろんただのワインの瓶ではない。中にガソンの実から取れる液体を入れ、口の部分を布で蓋したものだ。

 ガソンの実は、設営テントを設置する際に使われる燃料が入った実だ。ガソンは空気に触れるとすぐに気化し、その状態で火を点ければ引火して大爆発する。


 身体強化の魔法のかかっているセリーヌがドゥントスを運ぶという話も出たものの、もし瓶に火を点けて投げるタイミングを誤れば、手元で瓶が爆発し、大やけどを負う危険があったし、蜂を投げた場所まで同じくらい投げ飛ばさなければいけないことから、セリーヌ自身がこの役割をすると立候補していた。身体強化の魔法もないただの侍女二人で男の騎士を運ぶのはかなりの重労働だ。二人が外敵から身を守る余裕なんてない。


 ――失敗するわけにはいかないわ!


「いって!」


 セリーヌは火を点けたワインの瓶を素早く、蜂たちの集まっているところに放り投げた。

 蜂たちが集まっていた地面にワインの瓶が落ちた途端、ガラスが割れる音が響き、瞬間、ボンッ!という爆発する音と火柱が立ち上がった。


「っ!」


 ぶわりと広がった熱気から顔をそむけた後、セリーヌは、炎が立ち上がった位置に近寄らないようにしながら蜂たちの場所を確認する。

 蜂たちは、炎に巻き込まれて全滅したか、それとも火に驚いて逃げ飛んだかは分からないが、いずれにせよ、周囲からいなくなっていた。


 その様子を見てから、セリーヌはあたりを見回した。炎が上がる場所とは違う方向では、騎士と兵士たちが倒れた1匹の灰牙猪(グレイボア)にとどめを刺し、残りも押さえ込んでまさにとどめを刺そうとしているところだった。


 ――ローナとトラノの姿ももう見えないから、多分、あの二人も無事に移動できたはず。あとは火をどうやって消すかだけれど……。燃え広がらないようにリューフェティ様にお願いするほかなさそう。リューフェティ様、お姿が見えないけれど大丈夫かしら。



 セリーヌは今度こそ、テントの片づけの準備をしようと踵を返し――突然、誰かに後ろから腕を引っ張られ、体勢を崩した。反射的に体を反転させ、前傾姿勢になって体を支えようとした途端にみぞおちあたりに強い衝撃がくる。


「げほっ!」


 ――殴られた!


「だ、だれか……!」

「ちっ!まだ声出るのかよ!」


 助けを呼ぼうとした途端、口に布の塊が詰め込まれ、セリーヌは誰かに肩に担がれた。


「セリーヌ様!」


 何者かに担がれて攫われる直前、セリーヌの異常に気付いた一人の兵士の声が聞こえたが、セリーヌがそれに返事をすることはかなわなかった。



※※※


 セリーヌが拉致される少し前頃。

 リュイの目の前には、穴だらけになってぬかるみに倒れ伏した金牙猪(ゴルボア)の死骸が転がっていた。

 リュイは傷一つない体で、マントについた泥汚れを払う。


 ――ぼろきれみたいになっている毛皮には素材としての価値がほぼないけど、最も価値がある牙が残っているから大丈夫、だよな。特に等級の高い魔獣はなるべく綺麗に殺せって、殿下も無茶を言うんだから。


 自分で死骸を解体して素材をはぎ取るか少し悩み、それより灰牙猪(グレイボア)の様子を確認した方がいいと思い直す。


 ――あれくらい弱ってたら騎士たちでもとどめを刺せていると思うけど……。でも弱った時に油断してってこともなくはないし。先に戻ろう。


 素材は後で兵士に回収してもらうことに決めて移動を開始したところで見えたのが火柱だ。


 リュイは走って最初に灰牙猪たちと戦っていた場所に戻り、その途中で、燃え盛る火柱に気付いて急いで消火した。


 リュイの戻りに気付いた騎士1名とレンが走ってきたので、その方向を見れば、2頭の灰牙猪の死骸が地面に転がっている。


「ドゥントスは?何があった?」

「リューフェティ様と離れた後、多数の毒針蜂(ポイズンビー)に襲われ、私を庇って負傷されました」


 ――毒針蜂の群れか、巣でも壊したか?単体で倒すのは面倒だな。ここから離してどこかにまとめて始末したい。


「ドゥントスの容体は?」

「侍女殿が――セリーヌ様が、ドゥントス様の解毒を行うため、設営テントに連れて行ってくださったのでおそらく無事かと」

「セリーヌが?毒針蜂は今どこに?」

「なぜか毒針蜂たちは、テントに戻ったドゥントス様とセリーヌ様の後を追いかけ、テントを包囲してしまいました」


 レンの報告に絶句したリュイが急いで設営テントを見やるがそこに蜂の影はない。リュイは、大急ぎでテントまで向かい、残った騎士もそれについてきた。


「その蜂たちは、侍女たちが追っ払ったようなのです。先ほどの火柱は侍女たちが起こしたものでした。侍女たちがその後はどこに行ったのか……」

「リューフェティ様!」


 ちょうどそこに走ってきた兵士が息を切らせて報告をした。


「セリーヌ様が!セリーヌ様が、何者かに拉致されました!」


 その言葉を聞いたとき、リュイの全身から血の気が引くのが分かった。言葉の出ないリュイに代わり、騎士が報告した兵士に尋ねる。


「ほかの侍女は!?ドゥントス殿はどうした!」

「ドゥントス様とほかの侍女殿については、ドゥントス様の解毒のため、最寄りのカルフェ村に急ぎ運ぶとのメモがテントに残っておりました。連れ去られたのはセリーヌ様だけです」

「……セリーヌを連れていった賊はどちらに行った?」


 恐怖でガンガンと鐘が鳴るような頭痛がリュイを襲う。


「キヌアの森の北東方向に。追いかけたのですが巻かれてしまい見失いました、申し訳ございません」

「見失ってからここまでどのくらい経った?」

「10分ほどかと」

「リューフェティ様!捜索隊を――」

「……いい。一人で行く。お前は、兵士たちを連れて、灰牙猪と金牙猪の素材を回収してテントを撤収し、カルフェ村に帰還しろ。金牙猪は、灰牙猪の死骸から南西約50メートルほどの距離にある」

「お一人で、ですか!?」


 騎士は、「さすがにそれは無謀では」と言いかけながらリュイを見て、思わず息をのんだ。リュイの紺色の目は普段より仄暗く、美しい顔が能面のようになっている。


「……ご無事で、お戻りください」

「王都への帰還準備と、報告の早馬を任せた」

「承りました」


 リュイは、その場にひれ伏すように礼を取った騎士たちの姿をもう目に入れていなかった。


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