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12 侍女たちの決断

虫注意です。

 陣営に残されたセリーヌたちは、作った設営テントから外の様子を見守っていた。この設営テントには、別の魔女が作った護符が貼られており、多少の衝撃や魔獣の攻撃には耐えられると聞いていた。

 最初は順調に進んでいた騎士たちの討伐も、途中で光る牙を持った大きな黒い猪――金牙猪(ゴルボア)が出てきたところで旗色が悪くなったように見えた。金牙猪はリューフェティと共に移動していってしまい、設営テントからでは、遠くに離れたリューフェティたちの様子は見えない。


 戦闘中、侍女たちにできることは何もないし、同行した見習い侍女ローナは、辞令の時からセリーヌを睨みつけていた一人で、セリーヌにいい感情を持っていない。例の食堂での演説からも、セリーヌに対する気持ちは大きくは変わっていないようで、この遠征中も、事務的な、最低限度の仕事上の付き合いはしているものの、気軽に世間話をするような関係にはなかった。


「そ、それにしても、今日のリューフェティ様はかっこよかったわね。いつもお綺麗だけど、一際凛々しくって。私、見惚れちゃったわ。ローナはどう思った?」

「素敵だったと思います」

「そ、そうよねぇ。いつもリューフェティ様に接しているセリーヌでもびっくりした?」

「そうですね」


 二人を取り持つように、侍女トラノが話題を提供しようとするが、話がつながらず、テントには妙な沈黙が落ちる。


「じゃ、じゃあ皆様が戻ってこられたときのために、帰り支度でもしておきましょうか」


 トラノが言った時、ちょうど外を見ていたローナが「なに、あれ!?」と叫んだ。二人がのぞき込んだ先にいたのは――


毒針蜂(ポイズンビー)だわ!」


 毒針蜂は、第五等級の魔獣で、魔獣の少ないこの国でも比較的よく見られる。黄色に黒い縞々模様の入った、大人の手のひらサイズの毒蜂だ。尻から伸びる長い毒針に刺されると、体が痺れ、意識を失う。

 飛び回るため、少し面倒ではあるものの、体が硬くない分、1匹であれば、平民が鍬や鋤で頭をつぶすだけでも倒せる。だから魔獣の中では格段に弱い種類とされている――しかし、恐ろしいのは1匹ではない時だ。


「なにあの数……!」


 ざっと見て10数匹を軽く超えた数の毒針蜂が、灰牙猪を討伐しようとする騎士や兵士たちに襲い掛かっている。


「ドゥントス様!」


 トラノの悲鳴に、その視線の先を追うと、トラノが仕えている一人の年かさの騎士が木のくぼみあたりに倒れているのが見えた。その近くには、若い兵士――レンがいて、ドゥントスを庇いながら、手に持った槍を振り回しているものの、彼も万全ではないのか、動きは鈍い。

 残りの騎士と兵士たちは、ドゥントスとレンの方に2体の灰牙猪を行かせないようにするので精一杯で、倒れたドゥントスに手が回っていない。リューフェティは未だ金牙猪と交戦しているようで、テントから見える範囲にはいなかった。


 ――毒針蜂にやられたのなら早急に解毒をしないと命が危ないわ。


「トラノ、ローナ、私が出たらすぐに入口を閉めてください」

「え、あなた何を言って――」


 セリーヌは説明をする間も惜しんで設営テントの入口を開け、足に力を籠め、地面を蹴り出す。リューフェティのかけた身体強化の影響で、いつもより体が前に押し出される力が強く、バランスを崩しそうになるが、それに耐え、全力でドゥントスのところまで走る。

 すぐに毒針蜂2匹がセリーヌに襲い掛かるが、片足を軸に、片方の足で回し蹴りを決めて1匹を沈め、軸足に付けていた果物用のナイフでもう1匹を切り裂いた。


「あなたは……!」


 全速力でくぼみに飛び込んできたセリーヌに、レンが驚いた顔をしたが、セリーヌは構わずドゥントスの近くに歩み寄る。案の定、ドゥントスの左手に毒針蜂の針が突き刺さって貫通していた。


「リューフェティ様付きの見習い侍女、セリーヌと申します。ドゥントス様は毒針蜂に刺されたのですか?」

「はい、足が痺れて倒れた俺を庇って毒針蜂を素手で払った時に刺されたのです。武器を手放していた時で……」

「刺されたのはどのくらい前ですか?」

「ついさっき、3分くらい前かと。今は意識がありません」


 セリーヌは、ドゥントスに心拍と呼吸があることを確認すると、ドゥントスの手のひらを毒針で貫いたまま弱弱しく羽を動かしていた蜂の頭を、迷いなく踏みつぶしてとどめを刺した。そして、刺された方の手首あたりをハンカチで強く縛り、ドゥントスの体を両肩の上に乗せて持ち上げた。


「力持ち、ですね……」

「リューフェティ様に身体強化の魔法をかけていただいています」

「なるほど」

「ドゥントス様は私たち侍女の方で対応いたします。ここを切り抜ける時に蜂を払っていただけると助かります。その後は、レン様はどうか討伐の方に!」

「承知しました」


 レンは、くぼみから飛び出ると、持っていた槍を回転させ、周囲にいた蜂を弾き飛ばす。その隙に、セリーヌは足に全力を込めて走った。

 騎士であるドゥントスの体は重く、行きよりも帰りの方が苦しかったが、最後、手に持っていたナイフを投げて前方にいた1匹を牽制してから、設営テントに転がり込む。


「閉めて!」


 セリーヌの言葉よりも早く、トラノがテントの入口を閉め、直後、多数の羽音と、何かがぶつかる衝撃がテントを襲った。内側に貼られた魔女の護符がバチバチと光を発している。


 ――貫通しているから、出血だけなら抜かない方がいいのだけど、このままだと解毒ができないわ。


「良かった……!あった」


 セリーヌは、ドゥントスを布の上に寝かせ、走って乱れた息を整えながら、食料などを入れていた袋から取り出した蒸留酒で口をすすいで消毒をする。ついでに強い酒を含んでも口の中に痛みがないことも確認した。口の中が傷ついていると自分も毒にやられるからだ。


「ひっ!死骸が……!」

「どいて!」


 セリーヌは、ドゥントスの手についたままの蜂の死骸に怯えるローナを押しのけ、貫通している針を抜いた。ぴゅっと飛び出た血にローナががたがたと震えた。

 セリーヌは、迷わず傷口に口を付け、毒交じりの血を強く吸うと、近くに吐き出す行為を数回繰り返し、作っていた解毒剤の塗り薬を患部に塗る。


「一応の応急処置はいたしました」

「手慣れてるのね」


 セリーヌが蒸留酒でもう一度口をゆすいでいる間、トラノが涙に濡れた顔のまま、ドゥントスの汗の浮いた顔を冷たい水を絞ったタオルで拭いた。


「僧院にいたときにこの蜂に刺されたことがあり、対処法を学びました」

「僧院ってそんなことを学べるのね。セリーヌ、ありがとう。あなたのおかげでドゥントス様は助かったわ」

「まだ助かったわけではありません。一刻も早く医師に見せて専用の解毒剤飲まないと、後遺症が残るかもしれません。ここから運び出したいのですが――」


 外ではブンブン唸る羽音が続いている。どうやら、蜂のほとんどはこっちにつられたようだった。


「ちょっと待てばいなくなるんじゃないかしら?」

「それにしてはさっきからずっといませんか?このままではドゥントス様を運べません」


 ――どうして蜂たちは去っていかないのかしら。そんなに惹きつけられるものが……?


 セリーヌははっとして、蜂の死骸を手で取って腹のあたりの模様を確認する。それを見たローナが嫌そうにセリーヌから離れる。


「ひっ!素手!?」

「危ないところには触ってないわ、大丈夫」

「そういう問題じゃないわよ!」

「それより、まずいです、トラノ。蜂たちは自然にはこのテントから離れてくれないと思います」

「どういうこと?」

「この蜂、雌なんです。おそらくフェロモン――蜂の雌が雄を呼び寄せる臭いがついてしまっているのでしょう。あの蜂たちはおそらく雄。この死骸がここにある限り、このテントから離れないと思います」

「じゃ、じゃあ早くその死骸を外に出しましょうよ!」

「死骸を持って入口を開けたらあの大群が入ってくるわよ?」


 セリーヌの答えにローナがうっと言ってから、声を絞り出す。


「騎士の皆様かリューフェティ様が戻ってくるのを待つしかないの……?でもいつになるか分からないわ」

「それじゃあドゥントス様が……!」


 絶望的な声音で涙を流すトラノと、恐怖で顔を引きつらせるローナ。外からは不気味な大量の羽音。刻一刻と悪くなるドゥントスの容体。


 セリーヌは必死で解決策を考えた。しかし、焦っているせいか、考えれば考えるほどセリーヌの思考が上滑りする。


 ――いけない。「考えるより行動しろ」だわ。私は今パニックになっている。パニックになっていたらいい考えは出てこない、とも言われたはず。


 セリーヌは気合を込めるため、自らの頬を両手で力強く叩き――バチィン!といい音が鳴ってしまった。セリーヌは、思った以上の痛みに悲鳴を上げそうになって必死にこらえた。


――身体強化されているのをすっかり忘れていた。やっぱり平常心じゃないわ。落ち着きなさい、私。


 セリーヌは、痛み(自爆)で涙目になりながら、師匠の教えを頭の中で反芻し、再び何か使えるものがないか、食料類の入った袋をごそごそと探った。その様子を見たトラノとローナがおそるおそるセリーヌに話しかける。


「……何をしているの?」

「あの蜂たちを追い払った上、一か所にまとめて倒す方法を考えています」

「倒す?なんで?」

「ドゥントス様の搬出途中で襲われたらひとたまりもないから。私たちには、運んでいる最中に一体一体対応している時間も技術もないでしょう?」

「追い払って倒す方法って……何か具体的な案はあるの?」

「それを考えているところです。まって、あれなら……でもあれがないわ。それに遠くにやるには……。何か、何かいい案が――」

「もう!セリーヌ!ちょっといいかしら!」


 ローナは、セリーヌの両肩を持って自身の方に向かせると、正面からセリーヌを睨みつけながら、強い口調で言った。


「前から思っていたけど、あなたは言葉が足りなさすぎる。さっきみたいな一刻を争うときはともかく、今は策を練っているんでしょう。それなら何を考えているのか、悩んでいるのか、共有して。私たちだって、何もできないわけじゃない」

「そうよ、私だって、あなたと同じように主人を大切に思っているわ。一刻も早く助けたいの。できることは何でもやるわ」


 セリーヌは驚きに目を見開きながら二人を見た。


「でも、二人とも、怖がっていたし……」

「そりゃ怖かったけれど!あなたが自分の頬をぶったたいた音で多少目が覚めたわよ。普通、あんなに思いっきり自分の顔をたたく?まったく、腫れてるじゃない」


 ローナはぶつぶつと文句を言いながら、乱暴な手つきでセリーヌの頬に傷薬を塗りたくった。


「リューフェティ様の魔法で身体強化されているのを忘れていて……予想よりも痛かった……」

「……あなた、思っていた以上に馬鹿だったのね……」


 ローナが唖然とした顔で、頬を軟膏でべたつかせたまま涙をにじませるセリーヌを見る。

 そんな二人を見ていたトラノがぷっと小さく噴き出し、二人も釣られて笑いがこぼれた。

 笑っている場合ではないのに、その空気がセリーヌの緊張をゆるやかに和らげ、頭の霞が晴れていく心地がした。


「では、お二人のお知恵を貸してください」

「いいでしょう」

「任せなさい」


この話とは全く関係ない短編を投稿しましたので、よろしければそちらもお楽しみください。

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