表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/17

11 初遠征

 リューフェティは国王陛下への謁見を終えた後、宣言通りにその日中に王城を出立した。遠征班はリューフェティとセリーヌのほか、騎士が2名に兵士が3名、各騎士についた侍女と見習い侍女1名ずつの合計9名。侍女と見習い侍女がいる以上、昼夜問わず馬を駆け続けて現場に急行することはできなかったので、旅程は片道1週間半となった。

 なお、原則、貴族は騎士に、平民は兵士になるが、現ベークライト国王はこの点に関して徹底した身分主義を執っておらず、実力のある兵士をそのまま騎士にしたり、功績を上げた兵士を一代限りの下級貴族に上げて騎士団長に任命することもあった。今回リューフェティに同行することになった騎士も、一名は生粋の貴族だったが、もう一名は平民からのたたき上げタイプの騎士だった。

 

 リューフェティたちは、行程上にある領地の貴族の屋敷の一部や、町の宿屋に泊まりながら足早に移動を続けた。


 貴族の屋敷では、この遠征班で最も身分の高いリューフェティをもてなすため、その屋敷の侍女が用意されていたが、リューフェティはここでも頑なに侍女たちを近寄せず、セリーヌだけに身の回りの世話を任せていた。そのため、セリーヌは、リューフェティの泊まる部屋の続き部屋を借りて仕事に励んだ。


 概ね順調に進んでいた遠征だが、セリーヌは、一つ、とある重大な問題に直面していた。


「リューフェティ様、湯浴みのことですけれど……」

「入らないわ」


 何度言ってもリューフェティが風呂に入ろうとしないのだ。


「けれど、不衛生にしていては何かあった時に取り返しがつきません」

「私は浄化の魔法が使えるもの。不衛生ではないわ」

「お湯に浸かれば温まって体が休まりますよ」

「ちゃんと休めているわ。必要ない」


 そう言って、どこに泊まるにしても入浴を拒否する。


 ベークライト王国の王家や貴族にとって、たっぷりの湯に浸かって体を洗うのは常識だ。


 そもそも、魔法の発達していないベークライト王国では公衆衛生は非常に重要な問題だった。そのため、国をあげて下水道の整備や公衆浴場の設置に力を入れ、平民にも入浴を推奨していた。 

 公衆浴場といっても、貴族たちが活用しているような、ぜいたく品の熱い湯がたっぷり使えるわけではないが、幸い、ベークライト王国は大陸でも南東側に位置し、比較的温暖な気候のため、それほど熱い湯が使えなくても問題はなかった。特に王都では、平民であっても、たっぷりと水の使える施設にそれなりの価格で入れるので、最低でも週に1回程度は入りに行く者が多かった。


 風呂に入る回数が多ければ多いほど、お湯を準備したり、服を着替えたり、化粧を直したりと金がかかるので、ある意味でぜいたくの象徴とも見られている。高貴な人ほど風呂には頻繁に入るものだった。


 ――おかしいわ。リューフェティ様はどちらかというとご入浴がお好きなはず。リューフェティ様の部屋のお風呂は毎日使われている形跡があるし、リューフェティ様からもいつもさっぱりとした石鹸のいい香りがするもの。なのにどうしてここまで頑なに風呂を拒否されるのかしら。


 セリーヌは手を変え品を変え、いかに入浴が大切かの説得を続けていたが、リューフェティが浄化の魔法を使えることなどを理由に頑として受け付けないので、旅程の終盤を迎えた頃、説得方法を変えることにした。


「リューフェティ様。私、そろそろ限界なのです」

「えっ、私、もしかして臭い!?」

 

 リューフェティは慌てたように自分の体の匂いを嗅ぎ始めた。


「リューフェティ様はいつもいい匂いをされていますよ」


 セリーヌの言葉に、リューフェティが恥ずかしそうに顔を赤らめて「そ、そう」と言いながら、セリーヌから顔をそむけ、その後ちらりとセリーヌを目だけで伺った。


「じゃ、じゃあ何が限界なの?」

「リューフェティ様はご存じないかもしれませんが、旅先では、侍女は主人の後にお風呂をいただくものなのです。リューフェティ様が風呂に入らないと、私も風呂に入れません」


 王城では、侍女たちが入る大風呂が別にあるため、リューフェティの部屋の風呂にセリーヌが入ることはない。

 しかし、旅先では異なる。

 騎士たちについている侍女たちは、主人である騎士たちが、滞在先の貴族が使う風呂を使わせてもらっているため、同じように、滞在先の侍女たちが使っている風呂を使わせてもらえる。

 一方、リューフェティは身分が高い分、個室に風呂場を用意してもらっているので、必然、セリーヌもその風呂を使うことになるが、主人であるリューフェティが風呂に入ろうとしない以上、見習い侍女であるセリーヌだけが使うわけにはいかない。これまで、セリーヌはトイレなどに隠れて水を固く絞ったタオルで体を清めていたが、さすがに気になってきていたのは事実だ。


「私が入った後の風呂に入るの……?同じ湯に……?」

「えぇ。普通は、主人が湯浴みするときにお手伝いしますもの。一緒に風呂場に入らせていただきますわ」

「一緒に風呂に入る!?はははは裸、なのよ!?」


 リューフェティは、椅子の上で体を丸めるようにして足を引き寄せてから、鼻から口元あたりを強く手で押さえた。


 ――そうか、きっと恥ずかしがり屋のリューフェティ様にとっては、ご自分の裸をさらす場所に誰かが一緒にいることが耐えられないのだわ。王城でのお手伝いが拒否される理由も同じなのかしら。


「いえ、さすがにご一緒に湯船には浸かりません。主人が入浴中に一緒に入浴するなんて失礼は致しませんわ」

「な、なんだ……そ、そう、よね」


 リューフェティは、ほっとしたような、少し残念そうな、複雑な顔をして、椅子の上で就寝用のローブを着たまま、三角座り姿で黙り込んだ。


「もし、お体を私に見られるのが恥ずかしいということであれば、せめて、リューフェティ様が湯に浸かっていらっしゃる状態で、御髪だけ、私に洗わせていただけませんか?」

「ちょ、ちょっと!それじゃあ、あなたは、私の髪を洗っている間、裸で私の傍にいるって言うの!?か、かかかかっ、風邪をひいてしまう、わ!」


 ――私の体のことを気遣ってくださるなんて。相変わらずリューフェティ様はお優しいわ。


 セリーヌは、リューフェティの言葉に微笑みながらそっと首を横に振った。


「リューフェティ様のお体をお流ししたりするときは、私は入浴時のお世話の際に着用する専用のお仕着せに着替えますよ。それに、風呂場であれば湯気で体は冷えませんので、ご安心ください」

「あぁ。そう……そう、よね……」

「どうでしょう。ご入浴いただけませんか?」

「……ぜ、絶対に、裸を見ない!?」

「本当は私がお背中をお流ししたいのですけれど……」


 セリーヌが言った途端、リューフェティは真っ赤な顔で勢いよく顔を横にぶんぶん振った。


「どうしてもと仰るなら、従います。けれど、御髪だけは洗わせてくださいませ」


 リューフェティは、苦々しい顔でうぅぅと唸った後、セリーヌの懇願に負けて諦めたように「……入浴するわ」と宣言した。


※※※


 滞在した貴族の屋敷の高貴な客人用の個室の風呂は、非常に贅沢だった。

 なみなみと湯船が張られ、お湯には、旅の疲れを落としやすくするため乳白色の薬剤まで入れられていた。それもこれもリューフェティの身分が高いためであるが、それにしても贅沢だなぁとリューフェティは思った。


 ――湯が乳白色で本当に良かった。良かった。本当に良かった。


 リューフェティは、遺伝的なものか、手足などの体毛はほとんどなく、ひげも産毛レベルで薄く、比較的のどぼとけも出ていない方ではあったものの、念のため、首までしっかり湯に沈めた。何かあった時のために体を胸元から全てタオルで覆った状態で湯に浸かっている徹底ぶりだ。


「リューフェティ様、よろしいでしょうか」

「いいけど……絶対に見ないでね!?」

「承知しております。では入らせていただきますね」


 宣言通り、リューフェティが一人で服を脱いで自ら体を洗い、先に湯船に浸かったことを宣言するまで、セリーヌは、風呂場の手前で待機しており、リューフェティから許可を得てから風呂場に立ち入った。

 そのため、セリーヌが風呂場に入った時、リューフェティは湯の上に顔だけを出している状態になっていた。


 ――なんだか子供みたい。リューフェティ様、お可愛らしいわ。


 リューフェティの心の内を全く知らないセリーヌは、ほほえましくリューフェティを見た。その後、浴槽の縁から外に流したリューフェティの髪を丁寧にくしけずり、湯をかけて、泡立てた洗髪料でもんでいく。

 リューフェティは、目をつぶって、ひたすら真後ろを見ないようにしているものの、セリーヌの動きや体温、息遣いはいつもよりずっと感じやすい。目をつぶっているせいで余計に感覚が鋭敏になっている気すらする。お風呂に入っているのに妙な気持ちになって鳥肌が立つ。


 リューフェティが頭の中で必死に煩悩と戦っていることを知る由もないセリーヌは、洗髪の後、リューフェティの頭皮をマッサージし始めた。


 ――地肌を直接触られてもあれだったのに……これはまずい!


「以前申し上げたとおり、私のマッサージは気持ちがいいと練習相手になった母にも評判だったんです。頭皮マッサージは血流をよくして体を温める効果もありますもの。リューフェティ様、どうでしょうか?気持ちいいですか?」


 ――変な気分になる!これ以上血流が良くなったら困るから頼むからやめてくれ!


 そんな本音が言えるわけもない。ただでさえ、顎から下をずっと湯につけ、体にタオルを巻いていることすらバレないように湯の深いところに体を沈めた無理な体勢だ。湯の中で動くこともできず、リューフェティは、身体的にも精神的にも、なんの拷問だと心の中で泣きそうだった。


「えぇ、と、とても上手よ」

「ありがとうございます」

「マ、マッサージもしてもらったし、体も十二分にほぐれたから、そろそろ出ようかしら」

「え?まだ入られてそれほど経っていらっしゃらないですよ。せめてあと5分くらいはゆっくり温まってくださいませ。腕や足、お背中のマッサージも得意なので、もしご希望があれば――」


 ――冗談じゃない!


「今日は遠慮しておくわ、それより!あーえーと、そうだ、討伐する魔獣、灰牙猪(グレイボア)のことなんだけれど!」


 セリーヌの無自覚な言葉でごりごりと理性を削られたリューフェティは、とうとう身の危険を感じ、会話の流れを無理やり断ち切った。


「たしか、四等級指定レベルの魔獣でしたか」

「そう。灰牙猪は、いわば、牙のあるちょっと大きい猪よ。ただ、外皮が単に剣で切りつけただけだと折れちゃうくらい固いのと、攻撃的な種族で、遭遇すると犠牲者が出やすいから、第四等級に分類されているわ」


 魔獣は、その強さや厄介さに応じて一~五等級がつけられ、その上に特級とされるものたちがいる。第五等級の魔獣1体であれば、平民たちであっても、対処法を知っていてかつ油断しなければ倒せる程度の強さしかないが、第四等級になると、騎士や兵士等、戦闘の訓練を受けた者でないと倒すのは困難、第三等級になると精鋭の騎士ら複数名が連携して倒せるかどうか、第二等級以上になると、今回のリューフェティのように魔女を同行させないと討伐は難しいとされている。


「どうして第四等級の魔獣なのにリューフェティ様が呼ばれたのでしょう?図録では、第四等級であれば騎士や兵士だけでも足りると書かれていたのですが」

「おそらく、お披露目が終わった私の初陣であるということと、2体いることが考慮されたんだと思うわ。灰牙猪(グレイボア)が2体いるときは、大抵(つがい)か、親子だから、どちらかが攻撃されるとより攻撃性が増して一気に危険度が上がるの。他に家族がいる可能性もあるしね。今回も既に村人が2人犠牲になっているもの。油断していたら足元をすくわれるから、ちゃんと対策を考えておかないといけないの」


 ――いつもよりもリューフェティ様が饒舌だわ。最初はちょっと緊張していらっしゃったけれど、だんだんリラックスしてくださったのかもしれない。やっぱりお風呂は偉大だわ。危険な討伐任務なのだもの。こうやってリラックスしていただかないと。


 リューフェティは、自分の本能を抑えるのに必死だった。口数が多くなっていたのも、とにかく頭皮に感じるセリーヌの指の感触を遮断することに全神経を費やしていたためだったが、これももちろん、セリーヌには知る由もない。


「それにしても、今回の騎士や兵士たちが魔女様に偏見のある方たちじゃなくて良かったですね」


 リューフェティは本番に備え、遠征班の騎士や兵士たちと何日にもわたって、討伐方法についての会議を続けていた。騎士や兵士の中には、魔女を侮ったり、逆に過度に恐れて連携しようとしない者がいることをリューフェティは知っていたし、それで連携が崩れて取り返しがつかなくなることを一番懸念していた。が、幸いなことに騎士や兵士たちはリューフェティをきちんと司令官として扱って命令にも不満そうな様子を見せておらず、遠征班内の空気は悪くない。


「そ、そうね。今日も近隣の村に灰牙猪の話を聞きに行ってくれていたもの。……あ、明日は朝早くから移動なのだから、そろそろお風呂は切り上げないと」

「そうですか、かしこまりました。では、タオルでお体をお拭きしてから――」

「だめ、来ないで!!出るから!」

「出られますか?すみません、私、少し長くご入浴させすぎてしまったのですね。少しのぼせていらっしゃるような感じがします。倒れては危ないので是非お手伝いを――」

「じ、自分で出るから!平気だから!たの――じゃない、お願いだから、ちょっと、元の位置に、戻って!」


 セリーヌが命令に従って風呂場を出ていった後、リューフェティは、これまでの人生である意味最も身の危険を感じながら、すぐに風呂から上がり、心身が落ち着くまで浴槽の近くの床の上でぐったりと倒れることになった。


言葉を深読みしなければR15のはず。

なお、この後セリーヌが同じ湯を使っている間リュイはひたすら悶々としています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ