2話 開けてはいけない蓋
イーサンが優しく髪を梳かしてくれる時間が好きだ。まるで壊れ物を扱うかのように、優しくやさしく梳かしてくれる。もう一種のセラピーよ、これ。少しウトウトしかけていたら、ドレッサーの鏡越しにイーサンが話しかけてきた。
「お伺いしたいのですが、お嬢様はどうしてパーティーなどに興味を持たれないのでしょうか。お嬢様くらいの年頃の方は華やかな場所を好まれるのだとばかり思っておりました」
髪を触る手が不意に首にあたるだけでも、気持ちが溢れそうになる。もうこのまま抱きしめて食べちゃいたくなる。本当に食べる訳じゃないけれど。
「だって、もし見初められちゃったらどうするのよ。私はイーサンとずっと一緒にいられるだけでいいのに。まぁでもこんな赤毛でクルクルした髪の女なんて需要ないわよね。あーあ、私も金髪とかでストレートな髪に生まれてたらなぁ」
「私は好きですけれどね」
「え?」
「……お嬢様の髪」
突然好きと言われたからドキッとしてしまった。
イーサンは優しいなぁ。お世辞でも嬉しい。
ふと気がついたら、可愛らしいハーフアップが完成していた。
「それはどうもありがとう。髪以外も好きになってもらえるように頑張るわね!……それと、昨日の夜に女の人と一緒に庭にいるところを見たの、あれ誰?」
イーサンの顔が少し強ばった。聞かれて困るような相手だったのか。そう思いながら、イーサンを見上げた。
「疑わしきは罰せずなんてよく言うけれど、私はどちらかと言うと疑わしいなら全部潰せば確実と思うタイプなの」
「あれは、新人の庭師です。なんでも商売道具をうっかり置いてきてしまったようで。朝からの仕事が入ってるから取らせて欲しいと。それで一緒に庭を捜索していました」
庭師なんて呼ぶ話を私は聞いていなかった。きっと、何か裏があるに違いない。でもそれを今問い詰めても仕方ない。後日改めて考えることにした。
「ふーん。まぁイーサンがそういうなら信じる。でも、女の庭師はもう呼ばないで。……そろそろダンスの先生が見えるから私は広間にいるわ。終わったら迎えに来てね」
「私は同席しなくてよろしいのですか?」
自分がいなくて構わないのかと少し驚いた顔をしている。
今日は色んな表情のイーサンが見られて嬉しい。
「完璧に綺麗に踊れるようになってから、あなたにエスコートしてもらいたいもの!それまでは楽しみに待ってて!」
「かしこまりました。お気を付けてください」
早くイーサンと踊れるようにならないと!私の隣は絶対にイーサンなんだから。でも、なんで私こんなにイーサンが好きなんだろう。恋に理由なんてないって聞いたことがあるし、そういうことだろう。なんだか開けてはいけない蓋を開けようとしてしまったような、そんな気持ちになりながら広間へと向かった。