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後日譚

お茶の準備を終えた律は裏口で、彩と一緒に残ったお菓子とお茶を、青空を眺めながら食べている。

そんな二人を伯爵夫人は律の父とガゼボから眺めていた。


「律は彩が狐だって知っているのは自分だけで、私たちが知らないと思っていたのね」


伯爵夫人はふふっと笑う。


「ええ、そのようです」

「初めから分かっていたのですけどね。でも良かったわ、やっと彩ちゃんを保護出来て。あの子も自分の細かな事情は話そうとはなかなかしてくれなかったもの」

「あの雨の日は驚きましたが、文字通り雨降って地固まる、ですね。奥様」

「本当に。野良の獣人としても、身の振る舞いも言葉遣いもしっかりしていて。どこか人に近いところで生きていたとは分かっていたわ」

「数は少ないですが、人同士の間でも隔世で産まれるケースもあり、彩はそういった子どもだったのでしょう」

「まだまだ、一部には獣人を下に見たり、恐れる人々もいるものね。なんて、私に言われたくはないわね、佐納」

「とんでもございません。奥様」

「いいのよ。私はあなた母子を許せなかったのは事実ですもの」

「所詮、私は旦那様との不貞の子です。生かされていただけましな方です」

「そうかしら……。私も若かったのよ。妾を認められなかったの」

「しかし、母を亡くした私を保護してはくださいました」

「そりゃあね。あなたしかいなかったもの。あの人の血を継いでいるのは。念のため保護しただけだったのよ。そんな私は良い人ではないわ。昔を美化したりする気はないの。認知もせず、使用人に預けた。それが現実。決して、褒められたことじゃないわ」

「しかし、奥様は変わられた」

「そうねえ。律は可愛いもの。あなたも災難よね、隠していた獣人だとばれたばかりに恋人に子どもを押し付けられて逃げられてしまって……」

「いいえ。隠していたのは私ですし、まあ色々私も若かったです」

「私もあなたもあの子のおかげで今があるのよね」

「はい、律に不自由をさせないことだけで今は十分です」

「可愛かったわね。産まれたばっかりの律は、弱々しくて。本当に小さかった」

「我々は、人の姿で産まれる子もいれば、獣姿で産まれる子もいます。これは生まれた時の生命力の差によると言われています。強い子は人型で産まれ、弱い子は獣姿で産まれる。おそらく生存にその方が優位だったからでしょう」

「両手に載るほど小さかったわ。柔らかい毛並み、手のひらに乗る温かみ。あのぬくもりに私はなんて小さなことに囚われていたのだろうと気づいたのよ。すぐにはできなかったけど、少しづつ変わってきて、やっとここに来た。あの人は、そういうことを見越して、遺言をのこしてくれたのでしょうね」

「はい」

「爵位は、伯爵(おっと)の直系の血を引く律か、伯爵(おっと)の弟の直系にあたる隼太。そのどちらかに譲る。その選択権を私に委ねるとして、伯爵(あのひと)はいなくなった。

ひどいわ。さいごまで、私をなに一つを責めず、ただ試そうとするなんて」





―― 十年後。





「そろそろ、帝大から律が戻る頃ね、佐納」

「はい」


昼下がり、気持ちの良い風そよぐ晴天のもと、ガゼボでいつものお茶を夫人は楽しんでいた。

庭先に人影が近づいてくる。

黒髪をなびかせる長身の青年はまっすぐガゼボへと向かう。


「父さん、奥様。ただいま戻りました」


律が手を振ってあらわれる。


「おかえり」

「おかえりなさい、律」

「父さんと奥様だけですか?」

「ここにはね。彩は屋敷で洗濯物を畳んでいるわよ」

「彩って……」

「いいのよ。私たちの挨拶を優先してくれる気遣いだけで嬉しいわ」

「奥様……」

「困り顔しても、全部わかっているのよ、律」


苦笑する律は一礼して、屋敷へ向かった。







彩は畳が敷かれた部屋で洗濯物を畳んでいた。

部屋に飛び込んだ律は、彩の背にぴったりとくっつく。


「ただいま」

「おかえり、律」


背中に律が寄っても、彩は気にせず、洗濯物を畳む。


「お土産、買って来たんだ。都会の有名な菓子店の菓子ばっかりだぞ」

「うん、後でいただく」

「素っ気ないなあ。お菓子好きだろ」

「好きだけど、今はお洗濯畳まないとね」

「なにか開けようか」

「洗濯物が汚れちゃうからだめよ」

「大丈夫、よごれないやつ。干菓子とか、金平糖とか」


手にしていた紙袋から、律は小瓶を取り出した。

ピンクの蓋がされ、なかには色とりどりの金平糖が転がる。

律はぽんと蓋をとった。


「ほら、食べさせてやるから、舐めながらでも仕事はできるだろ」

「もう」


誘惑に負けて、彩が振り向く。

薄く開いた彩の口に、ぽんとピンクの金平糖を律が投げ入れる。

舌でぺろりと舐めると、口内に甘みが広がる。

そんな金平糖を一粒つまみ、律もまた口にほおり投げた。


「おいしい」


呟いた彩はふたたび手元の作業に戻る。


金平糖をつまんだ律が日に透かすように掲げる。

眺めていた艶光る金平糖を口にほおりこんだ律が振りむき、彩を覗き込んだ。


「なあ、彩」

「なあに」

「今、キスしたら、絶対、甘いと思わねえ」





――終わり――







【番外編小ネタ】


――おまけ――


帝大、図書館にて。


律が大きな資料本を広げてノートを取っている。

その横で、隼太が律にちょっかいを出していた。


「なあ、律。俺、かわいい獣人の彼女が欲しい」

「あっそ」

「真剣に聞いてくれよ、律。律なら分かるんだろ。犬獣人なんだから、臭いでさ」

「さあ、どうかな」

「俺さあ。股座に猫でも犬でも抱っこしてなでなでしたいんだよ。もふもふの彼女を可愛がりたいの~」

「ああ、そうなんだ」

「なに、その素っ気ない返答。俺、彩ちゃんから、聞いてるんだからな。屋敷に帰ると獣化して彩ちゃんの膝の上で、なでなでしてもらっているんだろう」


くわっと両目を見開いた律が、辞書のような資料本を掴み上げた。


「ふっざけんなぁ!」


叫ぶなり、律が隼太の頭上に厚い資料本を叩きつける。間一髪両腕をクロスさせて、隼太は頭部を守った。


律の叫び声と、資料本が隼太の腕にぶつかり合う音が響く。


真っ赤になる律に隼太はにやりと笑う。


「品行方正な律君の弱み、みーっけ」


さらに律の手が伸びようとした時だった。


「佐納君、七条君」


ひとつ前の机に座っていた女子が振り向き、二人を睨む。


「ここは図書館ですよ。騒ぐなら出て行ってください」


律が手を降ろし、膝にのせた。

隼太も頭部をかばっていた腕を降ろした。


「ごめんよ、早苗女史。もうしない」


にっこり笑う隼太に冷ややかな眼差しを向ける早苗は返答もせず前を向く。


そっけないのと呟く隼太に律が、耳をかせと呼ぶように、人差し指をくいくいっと動かした。

身体を寄せ合うと、律がささやく。


「早苗女史は、獣人だ」

「マジか」


あれが……、と隼太は口内で呟いた。




――おまけのおまけ――



講堂のど真ん中。

隼太が早苗の片手を取って叫んだ。


「どうか、俺と付き合ってください。どうしても、獣姿の早苗を股座にのせて、なでなでしたいんです」


顔どころか、首筋まで真っ赤に染めた早苗の空いている平手が飛ぶ。ぱしんと小気味よい音が隼太の頬から響いた。



――おまけのおまけのおまけ――


「なあ、律~。なんで俺、早苗女史に叩かれたの」


ほっぺに手形がつくほど思いっきり叩かれた隼太が、頬を摩りながら律にきく。


「そりゃ、そうだろ」

「なんで、なんで~」

「獣人からみたらな、隼太。素っ裸で触るって公言されたも同然なんだよ」

「えっ、なんで? 毛皮って服とは違うの?」

「違うだろ。身体から生えている体毛だぞ」

「じゃあ、もしかして……」

「そっ、素っ裸で触られてるとか、素っ裸で触りたいなんて、公の場で言ったら、普通怒られるよな」

「やべえ、俺、絶対、早苗女史に嫌われるじゃん。人間としてはスレンダーで豊満な女子なのに、獣化したらポメラニアンっていう、めちゃくちゃねらい目の女子だったのに~」

「自業自得」

「どうにかしてよ、律~」

「知るか、ばか」










後日譚の過程はまったく考えてませんが、たぶん隼太が頑張って、早苗ちゃん(堅物女史)を口説いてくれることでしょう。(たぶん)


一組目:律(犬:イメージ柴犬)×彩(狐)

二組目:隼太(人間)×早苗(犬:イメージポメラニアン)


でした。


では、最後までお読みいただきありがとうございます。

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よろしくお願いします。


日々なにかしら投稿しています。割烹の一覧です↓

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[良い点] 古風な和風……アリ!! きまじめな少年を主人公として描くなら、私的に断然和風でいきたいので、クリティカルヒットでした。 ラストの彩ちゃんとのシーンもにやりとさせられました。 こういうとき…
[一言] おまけシリーズまで面白かったのです( ´∀` )
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