そんなことは出来ません。〜悪役令嬢にされそうになりましたが、そもそも私には不可能です〜
「レナミエル・ファイント・カーマイン。お前との婚約を破棄する!」
本日。私、レナミエル・ファイント・カーマインは学院の卒業パーティーに参加している。
めでたいパーティーなのだが、今目の前にいる人物たちはそれを台無しにしている自覚がないほどに頭の中がお花畑になっている。
「殿下。今日はめでたい席なのですよ。学院の卒業生たちを祝う場だというのに、なぜそのような身勝手なことを口にされているのですか?」
「身勝手だと。それはお前のことだろう!レナミエル」
「何のことかさっぱりです。私は殿下の婚約者だというのにエスコートもしてもらえず一人で来て、その上傍に別の女性を侍らせて婚約破棄を宣言されている殿下より、私が身勝手な理由がわかりません」
手にしている扇子を広げながら、目の前の階段の上。何とも愛らしい女性の腰を抱き、鋭い目で私を見下ろす、この国の第一皇子であり私の婚約者ミハエル・レオント・クロアウゲース殿下。
私の家は、王家の次に権力のある公爵家。なので、幼い頃に国のためにと決められた、いわゆる政略結婚。
貴族に課せられた使命のため、文句ひとつ言わずに今まで妃教育も頑張ってきた。まぁ現在進行形でそれが無駄になりそうになっているけど。
この国は「美」を重要視する国。
美しいものが溢れており、絵画や工芸品、花などの品が有名で、他国にもそういうものを売ったりしている。
美を大事にする。そのせいか、王族の婚約者もまた美しい人物ではないと、といつの頃から言われていた。
だから、殿下の傍にいる女性もまぁ問題ないのだけれど、身分に問題があった。
「そちらの女性、確かロドクロース男爵家のご令嬢でしたよね。元々平民ではありましたが商家のお嬢様で、先日陛下と王妃様の結婚記念日に送られた工芸品をきっかけに男爵の爵位をいただいた」
「そうだ」
「そうだって……殿下、まさかとは思いますが彼女と婚約をするなどと口にされるわけないですよね?」
「あぁ。俺は、真実の愛を見つけた。彼女、リリとの愛だ」
「殿下」
あぁまた二人の世界に入って行った。これでは話が進まない。
せっかくのパーティーだし、早いとこ終わらせたい。
もう、結果は決まっているのだから。
「そうですか。殿下が私と婚約を破棄されたいというお気持ちは理解いたしました。しかし、私たちの結婚は国のためのものです。あなた一人の意思で決まるものではありません」
「そうだな。普通であればそうだ。だが、国のためと考えるのであればお前との結婚は破棄しなくてはいけない」
「それはなぜでしょう」
「お前がとんだ悪女だからだ!」
ひどい罵声を頭上から浴びせられる。
悪女?私が?本当に全く身に覚えがない。
傍にいるロドクロース嬢は涙を溜め、ふるふると震えながら殿下にしがみつく。
まぁ、何と可憐な少女ですこと。
ロドクロース夫妻は以前お会いしたことがある。とても人のいい夫妻で、一応色々と調べてみたけど問題はなかった。貴族になってもそれは変わらず、唯一変わったのは目の前にいる一人娘だけだった。
「先ほども申し上げましたが、何のことかさっぱりわかりません」
「とぼけるな!お前がリリに酷いいじめをしていたことはわかっている!」
そう言って、殿下は聞いてもいない、そして全く身に覚えのないいじめの内容を私にお話しされた。
いやー、出るわ出るわ私がやったという内容。私もそんなことやるほど暇じゃないんですがねー。
「私、怖くて……何も言い返せなくて……それに、レナミエル様の方が爵位も上なので、何か発言して家族に迷惑がかかったらって思うと……
「あぁ、リリはなんて心優しいんだ。安心しろ、君の家族は俺が守る」
「殿下……ありがとうございます」
「……殿下……いえ、本人に聞いた方がよろしいですね。リリエルミ・ロドクロース様。先ほどの発言に嘘偽りはないですか?」
「リリが嘘をついているというのか!なんてやつだ!リリが嘘をつくわけがないだろう!全て、お前がやったことだろう!」
頭ごなしに怒るなんて……発言からしてまともに調べもせず、彼女の言葉をただ信じているだけなのだろう。次期王になろうという人が、情けない……。
私は深い溜息を零しながら二人を見上げた。
別に愛し合うのは構わない。それに、私は知っていましたから。お二人が仲良くしていたのは、でも私はそれを咎めることができなかった。学院での勉学。それに合わせて厳しい妃教育。
そう、未来の王妃になる予定の私にそんなことをやる暇も、指示する暇なんてない。
「と、いうことらしいのですが、いかがでしょうか」
にっこりと笑みを浮かべながら、私は手にしていた扇子をパチリと音を立てながら閉じる。
それと同時に、私の後ろに20名の黒ずくめの者が現れた。
辺りがどよめく。まぁまぁ落ち着いて。ちゃんと説明してあげますからから。
「殿下、私はロドクロース嬢をいじめることはできません。なぜなら、私の行動は24時間余すことなく、常に彼ら彼女らに見張られているからです」
私は、彼らの正体を説明した。
彼ら彼女らは王妃様の直属の部下。そして、彼ら彼女らが受けた命令は私の監視だった。
王妃様は国民全員が認知するほどの心配性だ。
国にもしものことがあったらと、多くを調べ、多くを対策する女性だ。
そして私も、王妃様の心配の対象。次期王妃である私が問題を起こす、または問題に巻き込まれないようにするために常に監視をする。
当然本人に知らせていないが、私は学院に入学する前から存在に気づいていて、その中の一人と話したことがあった。
「彼ら彼女らの監視、そして妃教育もございました。正直に答えまして、ロドクロース嬢をいじめる暇などありません」
「くっ……そ、そんなもの、一時的に監視を解くように、そいつらを買収すれば済む話だ」
ふむ、もっともな意見だ。でも残念。それもまた王妃様の心配の一つである。
私は、そばにいた監視者の一人に声をかける。
そして尋ねる。私が貴方達に命令、または買収していうことを聞かせることができるのかと。
答えはNOだった。
彼ら彼女らは一人一人王妃様と契約魔法を結んでいた。
いくつもの複雑な契約項目の中に、【王妃以外の命令を聞くことはできない】という物があるらしく、たとえ私が監視者に一次的に監視を解くように言っても、それはできない。
「私が、彼女をいじめてる。もしくは他の生徒に頼んでいじめるように言っていた、もしくは物で指示していた現場を見たものはいるのかしら」
「そのようなことはありません」
辺りがざわざわとまた騒ぎ始める。
これで、とりあえずは私の無実は証明されたかしら。
大体、私が通常授業と妃教育で慌ただしくしているのは全生徒が知ってる。
婚約者ではあるが、殿下に構ってる暇がないのも同様。まぁだからこそこんな事態を招いてしまったのだけどね。
「さて、私の無実は証明されました。では、次に誰がロドクロース嬢をいじめていたかですね。そこの貴方」
「はっ」
「王妃様のことです。私以外にも有力な貴族のご令嬢、ご子息の監視をしていたのではなくて?」
「はい。王妃様の命令で何名かの監視をしていました。レナミエル様のように24時間ではありませんが」
「ありがとう。では、ロドクロース嬢をいじめていた者が誰なのか、貴方達は知っているのね」
「はい、存じ上げています」
「答えることはできて」
「はい。公爵令嬢、アリエス・ルージュ・ヘルブラオ様とその取り巻きでございます」
その場にいた全員の視線が、その人物の方に向く。
銀髪に青い瞳が印象的な美しい女性。
ヘルブラオ公爵家は、我が家の次に権力を持つ公爵家。私がいなければ、彼女が次期王妃になっていただろう。
学院在学中、殿下がロドクロース嬢と仲良くしていることについて抗議に来たことがあった。
彼女は、トゲのある発言が多いが、貴族としてのプライドが高い。だから、元平民の彼女が婚約者のいる殿下と仲良くしているのが許せなかったのだろう。
ただ、彼女は頭が悪いわけじゃない。ロドクロース嬢をいじめたところで殿下の寵愛を受けられるわけじゃない。それに、たとえ私の命令だと発言しても、私が悪役になるだけでロドクロース嬢と殿下の中は深まるばかり。
確かに彼女がいじめたのは事実だろう。だけどそれはあくまで殿下とロドクロース嬢の中を割く行為であり、私を貶めるためのものじゃない。
じゃあ、誰が私を陥れようとしたのか。答えは単純な者だ。
「ロドクロース嬢。アリエス様に虐められていたのに、どうして殿下に私に虐められていると発言されたのですか?」
「っ!そ、それは……」
「り……リリ?」
はぁ、これだから頭お花畑な子は困る。夢を抱いたり見るのはいいけど、現実は小説のように都合がいいわけではない。
それに、仮令貴女が殿下と婚約を結んだとしても、私と立場が入れ替わるだけ。つまり、貴女は24時間何をしていても監視される立場にある。果たしてそれに耐えられるのかしら。
「さて、真相はわかりましたが……殿下、これを聞いても私との婚約を破棄されますか?」
「……あぁ。確かにリリは私に嘘をついた。だが、虐められていたことは事実だ!私はリリを守る!お前と婚約を破棄し、リリとの愛を選ぶ!」
「……そうですか」
殿下はもっと聡明な方だと思ってましたが……残念です。
結局、王妃様が想像されていた展開になってしまいますか。
「かしこまりました、殿下。では、男爵家に婿入りしてロドクロース嬢とお幸せにお暮らしください」
「え?」
「何を、言っている」
「あら、何をそんな驚かれているのですか?当然のことではないですか」
私は後ろにいる監視者の一人に視線を向けると、一枚の手紙を手渡された。
国王の直筆のサインと王家の紋章が押されたシーリングスタンプ。
手紙と一緒に渡されたナイフを使って封を開け、手紙に書かれた内容を読み上げる。
「第一皇子ミハエル・レオント・クロアウゲースとレナミエル・ファイント・カーマインの婚約を破棄。
同時に、ミハエル・レオント・クロアウゲースの王位継承権を剥奪。よって、次の王を第二皇子レオラルド・ファング・クロアウゲースとする。
そして、レナミエル・ファイント・カーマインを次期王であるレオラルド・ファング・クロアウゲースの婚約者とする」
フルネームで書かれていてちょっと読むのが大変だったけど、まぁそういうことだ。
私と殿下の婚約は破棄され、私は次の王となった第二皇子と婚約。
殿下は王位継承権は剥奪。もう王にはなれない。
その場で崩れ落ちる殿下。その様子じゃ、自分が王になることを疑わなかったのだろう。
「ふざけないで!」
だけど、一人まだ現実をわかってない人物がいた。
わがままなお姫様は、さっきまでの可憐さはなく、怒りで顔を歪ませていた。
「どうして!私が王妃になれないの!王族と結婚するのに、なんでまだ男爵位になるの」
「残念ですが、それすらも危ういでしょうね」
「何がよ!」
「私と殿下の結婚は国のためのものです。貴女はそれを脅かした。つまり、それは国家反逆罪と同じなのです」
「っ!」
「なので、おそらく爵位は剥奪。同時に、賠償金も請求されるでしょう」
大人しくしていればよかったものの。王族の……婚約者がいる相手に手を出したのですから、当然の結果です。
「警備兵。次期王の婚約者として命じます。あの者たちを捉えなさい」
そばにいた兵士たちに命令をし、殿下とロドクロース嬢は拘束させた。
そして、私はそのまま俯き、震えるアリエス様の元に足を運んだ。
「何かいうことはありますか」
「いえ……レナミエル様に申し上げることはございません。全て、私の未熟さが生んだことです」
「……確かに、貴女がやったことは許されることではありません。しかし、きっかけは私のためだったのでしょう」
私は優しく、彼女を抱きしめた。
私は妃教育があったため、あの二人の関係に対して何も発言することができなかった。そんな私に代わり、彼女がロドクロース嬢に振る舞いについて叱った。だけど、それが改善されることはなかった。それが徐々にエスカレートしていき、逆にそれを利用されてしまったのだ。
「私から口添えをします。貴女が優秀で、貴族のお手本のような方だと私は知っていますから。しっかり、罪を償ってください」
「……はい、レナミエル様」
こうして、めでたい席での婚約破棄騒動は幕をおろした。
*
「はぁ、お茶が美味しい」
あれから数日後。
無事に学院を卒業した私は、そのまま王宮に住み、近いうちに行われる婚約式典の準備、そしてそれから1年後に行われる結婚式の準備に参加していた。
勿論、妃教育も続けている。
慌ただしい毎日の中、今はお休み期間というところだ。
「気に入ってもらえたようでよかった。きっとエルなら喜んでくれると思ったよ」
私の向かいの席、婚約者であるレオラルド様が優しい笑みを浮かべる。
卒業パーティーが始まる前から、すでに私たちの婚約は進んでおり、事前に彼も聞いていたらしい。
実は、私はミハエル様よりも、レオラルド様の方が好みだった。だから、ある意味彼と婚約できて嬉しかった。
「それにしても、母上の心配性はすごいな」
「あれは、心配性というよりも、ある意味未来予知に近いものですよね」
「まぁでも、母上のそれでいくつもの戦争がなくなったのは事実だけどね」
「はぁ、そんな王妃様にくらべたら、私はなんて無能なのかしら」
やや演技じみたような発言と行動をすれば、レオラルド様が盛大に笑われた。確かに自分でもあからさま過ぎたとは思うが、そこまで笑わなくてもいいと思うのだけれど。
「エルは十分優秀だよ。普通、監視者に気づかないし、王妃の想像を予想するなんてことはできないよ」
「あら、随分高い評価をしてくださるのね」
「勿論だよ。それに、君が優秀だからこそ、兄上を切り捨てて君を僕の婚約者にしたのだから」
あれからのことを少しだけ説明しましょう。
まず、あのバカップル。ミハエル様とロドクロース嬢について。
結果、というか予想通りではあるけど、ロドクロース家は爵位剥奪。そしていくらかの賠償金を支払うことになった。
元々、商家ということで、指定した金額はそんなに痛手を負うことはなかった。家族、というよりも今回問題を起こしたのは娘であり、夫妻に非はない。
陛下と王妃様はロドクロース家を気に入っているため、少しばかり軽いものとなっている。
問題を起こした張本人であるロドクロース嬢……リリエルミは修道院送りとなった。しかも、王都から離れた辺境の地にある修道院。食べ物も自分で育てなければ手に入らないほど貧しい土地だ。
そしてミハエル様は結果としてロドクロース家に婿入りすることになった。
今は夫妻に色々と教わってるらしい。
婿入りするということで、彼は平民となった。元々視野がそんなに広いわけではなかったため、婿入りしたことで、彼の世界が広がることを願っている。
そして、いじめの主犯となったアリエス様だが、取り巻きも含めて一ヶ月の謹慎処分。その後、隣国に渡り、そこで何か一つ成果を出さないと国に戻れない。という条件を言われ、先日隣国へと出発した。
勿論見送りもした。顔つきは、卒業式で俯いて震えていたときのような表情ではなく、まっすぐ未来を見ているようだった。
「エル、どうした?」
「……いいえ。ただそうですね、結婚式に着るドレスは、どんなものだとレオラルド様が喜んでくださるかと考えていました。それこそ、ベッドに押し倒したくなるような……」
「っ!エル!またそうやって僕のことからかっているだろう!」
「ふふっ、ごめんなさい」
こんなにも幸せで落ち着いた空間だけど、それでもやっぱり私は見られている。
数は3人かしら。まったく、こういう時ぐらいは二人っきりにして欲しいわ。
【完】