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その手が掴むものは?  作者: のん太郎
1/1

生まれて初めて出来た自分の居場所

 隻腕、片腕のない人への差別用語であり、今でも消えない言葉だ。近くに片腕のない人を見るとマジマジと見てしまうだろう。そうでは無いと否定しても、その視線が口に出さなくても分かる事だ。だがそんな事を気にしずに接してあげれば良いのか、それは分からない。俺からすれば昔の事だとしても。

「大丈夫⁉︎」

「しっかりしろ!」

 建設現場でクレーンに吊り上げられていた鉄骨が俺の右腕に落ちてから俺を心配する両親の声が聞こえた。この時10歳で俺の人生終わりかと覚悟したのと同時に、このままで良いのかと疑問も抱いた。

「右腕はもうダメだ・・・」

 作業員の1人が腕について言ってきたが、俺は気を失い、気が付いた時には救急車の中にいた。右腕の感覚がない事を理解すると両親の泣き顔と必死に止血をしている救急隊員を見てから再び気を失い、次に目を覚ました時にはもう右腕が俺の身体から消えていた。


 1

「次は終点、葵島あおいじま〜御降りの際にはお忘れ物をなさらぬ様、御注意ください〜」

 電車のアナウンスが響く中、俺は足元に置いてあったリュックを担いで電車を降りてトイレに行き、短い髪を整え、少し釣り上がった目をした自分の顔を鏡越しに見て笑顔の練習をして改札を出た。

「ここに来たのって学校見学以来か?」

 電車を降りて改札に向かうと周りは制服姿や大学生が沢山居た。

「同じ学校の制服の奴探さすか?お?同じ学校で同じ学年か・・・あの!」

 とりあえず目の前に居た同じ学年の青いネクタイの男子生徒に声をかけた。

「んあ?何の用だ?」

 話しかけた男子生徒は目付きは悪く、制服のブレザーを着崩し、髪形は逆立って頭にはバンダナをしているいかにも不良のような出立な生徒に話しかけてしまった。

「あ〜俺君と同じ学校に転校してきたんだけど、君っていずみ高校の生徒だよな?」

「あぁ・・・で、何だ?」

 今にもカツアゲをされそうな感じで俺に押し寄せてきて俺は逃げようかどうかと考えてしまい、とりあえず何が来ても良いように覚悟してから要件を伝える事にした。

「ここに来たのは半年振りで・・・学校に・・出来れば寮まで案内してくれないかなんて思ったんだけど・・・ダメか?」

「お前・・・転校生か?」

「あぁ・・・そうだけど?」 

 彼は何かを考える様に黙り込んでスマホを見ながら悩みだしたが、いきなり俺の肩に手を置いて雰囲気と比例しない優しい笑顔を向けてきた。

「よし!予定も潰れたし、今からこの辺の食べ歩きスポットを教えながら案内してやる!着いて来い!」

 彼は右腕を高く上げて先に歩き出したが、俺は予想外の彼の行動に対して立ち尽くしてしまい、情報処理が追いついた所で結構離れた場所を歩いていた。

「あ!待てよ!」

「早くしろよ~」

 俺は彼の後を追い駅を後にしたが、急に彼は振り返り、ズンズンと俺の方に眉間に皺を寄せながら戻って来た。

「あのさ・・・」

「何だ?もしかしてカツアゲか⁉︎」

 あまりにも強面だったから思わずカツアゲと言う言葉を出してしまった。

「バカタレ!んなくだらねぇ事しねぇよ!」

「じゃぁ何だよ?」

 案外彼は優しい人間のようで、見かけより真面目で真っ直ぐな男のようだ。

「名前聞いてなかったから聞こうかとな・・・」

 俺の問いかけに照れくさそうに頭を掻きながら小声で言ってきたから笑ってしまった。

「驚かすなよ・・・俺の名前は上野(うえの)裕也ゆうや!君と同じ今年で17歳だ!」

「俺は斎藤(さいとう)ごうだ!よろしくな!」

 俺は彼と共に歩き出し、俺の今までの生活が終わり、新しい生活が始まるのだと俺自身期待で胸が高鳴り始めた瞬間であり、この斎藤剛という同級生が腐れ縁になる事を強く願った。

「なぁ?」

「あ?どうした?」

「何で駅に制服でいたんだ?春休みだろ?」

「補習と面談と待ち合わせだな?・・・上野は今日から引っ越しか?」

「まぁな?・・・苗字は嫌いだから名前で呼んでくれねぇか?」

「裕也・・・か?そっちの方が呼びやすいな!引っ越し手伝うから大変なら呼べよ?」

 今日会ったばかりなのに俺を頼れと拳を俺に突き付けてきたから俺は驚きながらも拳を突き出して互いに合わせてニッと笑い合った。

「なぁ斎藤?」

「俺も剛で良いぞ?・・・で、何だ?」

「あぁ・・・待ち合わせって言ってたけど、良いのか?」

「潰れたから気にすんな!」

 剛は寂しそうな表情で笑ってから進行方向に急ぎ足で向かってしまい、俺は出遅れてしまって駆け足で剛の後を追いかけようとすると通りすがりの女の子にぶつかってしまい、その女の子は尻餅をついてしまったから俺は慌てて右手を差し出した。

「ごめん!大丈夫?」

「いえ!こちらこそ!・・・あれ?」

 女の子は俺の右手を掴んで立ち上がると不思議そうな顔をして俺の右手と顔を交互に見てきた。

「どうかした?」

「いえ!ありがとうございます!」

 女の子はニッコリ笑って頭を下げてから俺から離れていた所から剛が俺を迎えに来た。

「おっちょこちょいだな?」

「あ〜・・・よく言われる」

「さっきの裕也がぶつかったのも泉高校の生徒だぞ?」

「え⁉︎マジで⁉︎名前は⁉︎」

「クラス違ぇからな?名前知らないな?」

「え〜・・・学校始まったら挨拶せにゃな・・・」

 何故か俺はぶつかった女の子に挨拶して謝らなきゃいけないと思ってしまった所でまた背中に誰かがぶつかり、振り向くと小柄で腰まで伸びた髪の可愛らしい女の子が寂しそうに下を向いていて、右肩に掛けた鞄をギュッと握って頭を下げてきたが、左腕の存在感は無く、袖はヒラヒラとしていた。

「ごめん!」

「いえ・・・私も下を向いてたので・・・」

「ケガ無いか?」

「大丈夫です・・・先を急ぎますので・・・」

 女の子はスタスタと歩いて行き、俺は呆然と立ち尽くしてしまいながら彼女の背中を目で追うと俺を追い越すように別の左サイドテールの女の子が追いかけて行った。

夏目(なつめ)ちゃん!待ってよ!」

陽菜(ひな)・・・もう私に構わないでよ・・・」

 喧嘩でもしたのかと思うくらいの強い口調で追いかけた女の子に言っているのと左袖が気になった。

「左腕・・・か」

 俺は呟きながら自分の右肩を摩って2人の後ろ姿を見ていると俺が謝罪している最中に何処かに消えていた剛に肩を叩かれた。

「あの2人も同じ学校だぞ?」

「何か・・・同じ学校多く無いか?」

「仕方ねぇよ!ここ泉高校の最寄駅だし、泉高校の学区内なんだからよぉ!」

「あ〜・・・そう言う」

 確かにここは泉高校の最寄駅で学区内だと言う事を忘れていた。


  2

 剛に学校の場所と寮に案内され、管理人に案内された部屋には送った荷物が置いてあり、部屋は普通のマンションの様な作りだが、1階の1部は談話室と言う空間がある事が案内書を見ていた所でインターホンが鳴り出した。

「はい?お?剛!」

 扉を開けると駅で知り合った斉藤剛がニッと笑って立っていた。

「おう!どうだ?手伝おうか?」

 剛は俺の部屋に入り込みんでからグルリと部屋を見回すと俺の方を向いた。

「荷物少ないんだな?」

 俺の部屋にはベットと本棚と机とPCしか無い殺風景な部屋で、私物ではない物と言えばテレビと冷蔵庫と電子レンジ位だ。

「仕方ねぇよ!親が転勤族で荷物は最小限なんだからさ?」

 俺の親は転勤族で今まで転勤の数だけ転校を繰り返していて、たまに同じ学校に転校する事もあったけども正直一々覚えていない。

「転勤族か~俺の親自営業だからな・・・つーか何で葵島なんかに来たんだ?」

 この葵島は中学から大学院までがこの島に集まっている、いわゆる学生の街で、学区で区別されていて基本的に学区内で全て治ると言う島である。

「半分親の薦めと・・・俺のワガママだな?」

 本当は半分以上俺のワガママで、親からしたら子供を傍に置きたいのだろうが転校続きで人と別れるのが辛いからと言う理由で話をしたら珍しく了承してくれた。

「クラスは何処になるか分からんが、何かあったら俺を頼れ!な!」

 剛は自分の胸を強く叩いて胸を張ったのを見て少しホッとすると互いに笑ってしまった。

「同じクラスだと心強いんだがな?」

「そう願おう!」

 そんな会話をしている最中にある事を思い出して右肩の袖をめくって右腕を掴んだ。

「悪い・・・ちょっと痛々しい物見せる事になるけど良いか?」

 俺は毎日ある事をしないと体の調子が悪くなってしまうと言う特徴がある。

「んあ?あぁ・・・多少は・・・ってお前!?」

 剛が驚くのは無理は無い、俺は自分の右腕を左手でひねり右腕を引き抜いき、右腕を机に置いてから左手で右目を取り出した。俺の右腕は義手で右目も義眼、しかもほぼ生身のようなリアルな義手と義眼である。

「驚いたな?全く気付かなかった・・・」

 腕まくりをした右肩のジョイント部分をマジマジと見ているのがよく分かったが、もう慣れていると言えば慣れている。

「気持ち悪くないか?」

 俺は剛に問いかけてみると剛はゆっくりと首を横に振って興味心身に義手と義眼を見ていた。

「気持ち悪いなんて言ったら俺は親父の仕事を否定する事になるからな?」

 剛は俺の腕を見ても何も否定もしずに受け入れてくれたが、斎藤と言う苗字と義手関係の仕事と言う言葉が気になった。

「お前の親父さんって・・・斎藤(さいとう)豊治とよじさんか⁉︎」

 苗字と義手関係と聞いて驚いたまま大声を出してしまった。

「な・・・何で親父の事知ってるんだ!?」

「お前の親父さんがこの義手造ってくれたんだよ!」

 まさかこんな形で恩人の息子に会えるなんて思わず、嬉しくて互いに大笑いしてしまった。

「まさかこんな所で繋がるなんてな!」

「俺もそう思ったさ!親父に連絡しておくよ!」

「今度挨拶に行くって伝えといてくれ!」

「おうよ!任せとけ!」

 その夜、大家に談話室に呼ばれて学年全員に挨拶して歓迎会をしてもらい、今までにない生活の始まりだと改めて思った翌日、剛に呼ばれて寮の共通玄関に行くと剛が私服で待っていた。

「よう裕也!寝られたか?」

「バッチリとな?で、今日はどった?」

「まぁまぁ・・・良いからついて来いよ!」

「へ?あぁ・・・よく分からねぇけど・・・」

 とりあえず剛の後を追うと学校の前まで案内されたが、何故学校に来たか全く理解できなかった。

「なして学校?」

「昨日場所だけで中まで案内出来なかったろ?だから今日は中を案内しようと思ってな?」

「は?良いのか?」

「良いって良いって・・・ついて来い!」

「ちょっ!おい!待てよ!」

 剛はスタスタと歩いて入って行き、守衛の所に行って許可を貰って校内を案内された。

「どうだ?大体分かったか?」

「まぁな?・・・広いな?」

「一応この学校がこの島・・・」

「コラー!斎藤くん!」

 剛が学校の説明をしようとしたらいきなり剛を叱る大声が聞こえてきたから声がした方向を見ると昨日すれ違った左サイドテールのまん丸とした優しい目をした女の子が眉を釣り上げていた。

「ゲッ!柴山(しばやま)!お前も逃げるぞ!」

「はぁ?え?何?逃げる?」

「良いから!早く!モタモタするな!」

「一体何なんだ?」

 剛と共に走り出したが、女の子は俺達を追いかけてきたのに対し、俺は逃げる理由も追いかけられる理由も全く見つからなかった。

「コーラー!2人とも待ちなさーい!」

「何で今日居るんだよ!あの世話焼き美人!帰宅部で生徒会役員でもないだろうが!」

「世話焼き美人⁉︎確かに可愛らしい子だけど何で俺まで逃げるんだよ⁉︎」

「説明は後だ!お前は左!俺は右に逃げるぞ!」

 剛は宣言通り右に曲がり、俺は状況が全く掴めずに逃げるのは筋が通らないと思い、立ち止まって追ってくる女の子を待つ事にした。

「あ・・・あれ?・・・追って・・・来ねぇ?」

 しばらく待っていても来てくれないから職員室に挨拶に向かおうとフラフラと歩き出すと生徒指導室の前まで来てしまい、来た道を戻ろうにも俺は何処から来たのか全く覚えていない。

「やべぇ・・・道に迷っちまった」

 場違いだと思いながら生徒指導室の前でどうするか考えているといきなり引き戸が開いて案内してもらおうとすると昨日俺にぶつかって来た左腕の無い女の子が制服姿で出てきた。

「あれ?昨日俺にぶつかった」

 俺の顔を見て少し驚いた顔をしてからまた寂しそうな顔をして室内の方を向いて一礼した。

「失礼しました・・・私は帰ります・・・」

「気をつけて帰りなさい・・・そのままだと・・・」

「先生の意見は感謝します・・・でもお断りさせて頂きます・・・」

「まぁ・・・私の意見だからな?・・・後は大橋(おおはし)が決める事だ」

 扉を閉めて俺に一礼してからスタスタと寂しそうに帰ろうとしたが、ここで見逃すと俺が困ると言う事で呼び止める事にした。

「あの・・・大橋さん?」

「はい・・・」

 俺が呼ぶと振り向いて冷たい目で俺の顔を睨みつけるように見てきたが、私服で生徒指導室の真前で考え込んでる俺を見て警戒するのは無理もないと思った。

「気安く呼んだ事は謝るよ・・・出来れば職員室を案内してくれないか?」

「職員室?・・・生徒なら分かる筈ですよ?」

「分からないから案内して欲しいんだけど・・・」

「生徒なら分かって当然です・・・あなた部外者ですか?これ以上学校に居ると警察を呼ばれますよ?」

 完全に警戒された上に何をどう言えば良いのか分からないと言う状況で、彼女に警戒された事でアタフタしてしまったが、自分の目的を思い出してニッと笑って話す事にした。

「今は部外者かもしれないな?でも俺は来年度から君と同じ学年の生徒になるんだ」

「え?・・・同じ・・・学年?」

「そう!嘘じゃねぇよ?だから職員室に挨拶に行きたいから案内してくれねぇか?」

 とりあえず誤解が解けてようやく案内されたが、生徒指導とは正反対の方向だと聞いて2人して歩き出した。

「ごめんな?いきなり話しかけて」

「別に・・・案内したら私は帰るから・・・」

 誤解は解けたけども全く警戒を解く事もなく、ヒラヒラとした左側の袖をギュッと握って歩いていた。

「自己紹介まだだったよな?」

「別に良い・・・これが最初で最後の関わりだから」

「んな事言うなよ?俺は上野裕也な?」

大橋(おおはし)夏目(なつめ)・・・」

「夏目・・・か・・・綺麗な名前だな?」

「え?」

 俺が名前を褒めると大橋さんは驚いた顔をして俺の顔を見てきたから俺はまたニッと笑って返した。

「職員室で挨拶し終わったら少し話さないか?」

「分かった・・・」

「強制しないから嫌なら帰ってくれて良いからな?」

 大橋さんは首を小さく縦に振ってから俺は職員室に入って挨拶をして制服が入った紙袋を受け取って廊下に出ると大橋さんが待ってくれていた。


  3

 大橋さんに案内されて野球部がバッティング練習をしているグランドが見える小さな階段に腰を掛けたが、大橋さんは俺の左側に1人分以上離れた所に座った。

「え?・・・俺・・・嫌われた?」

「嫌ってない・・・何で・・・私に話しかけたの?」

「何でって・・・そんなの・・・」

「私の腕が無いから話しかけたんでしょ?私の無い腕以外全く印象が無かったから話しかけたんでしょ?興味本位で話しかけられるのは迷惑・・・」

 さっきまで冷たい感じで話していた大橋さんが少し強い口調で言ってきたのは驚いたが、正直腕が無いのが気になったのは事実でも寂しそうで暗い表情なのが気になった方が大きかった。

「確かに腕は気になったけど・・・俺は大橋さんの暗くて寂しそうな顔の方が気になったんだけどな?」

「嘘・・・」

「嘘じゃねぇよ?俺は・・・」

「嘘!みんなそう言ってきた!でも結局私の腕が無い事を理由に私から離れて行った!離れてくなら私はもう1人で良い!あなたも!」

 大橋さんが声を張り上げて俺に何かを言おうとした所で右目の右側に赤文字の警告と言う文字と赤い矢印が出てきたが、見るのも面倒だと思って大橋さんの方を向きながら右手を顔の横に出して硬式の野球ボールを掴んだ。

「危ねぇな?俺じゃ無かったら病院送りだぞ?」

「すみませーん!打球が・・・あれ?」

 ボールを取りに来た同じ学年の野球部員が大橋さんの方を見ながら俺がボールを持っているのを不思議そうに見ていた。

「打球コントロール出来るようになれよ?危ねぇだろ?」

「すみませんでした!」

 ボールを左手に持ち替えて野球部員にボールを返すとスタスタと練習に戻って行ったが、大橋さんは驚いて言葉が出ないようだった。

「あ〜ごめん!話の腰折っちまったな?」

「あ・・・あなた・・・ケガは?」

「ケガなんてしてねぇよ?ほら!」

 顔の横に両掌を広げてニッと笑うと大橋さんが俺の右掌を指差していた。

「右手が・・・」

「へ?右手?」

 大橋さんに指摘されて右手を見ると掌の一部が破れて機械の部分が露出していた。

「あ・・・やべぇ・・・人工皮膚が破れてる・・・」

「人工・・・皮膚?」

 大橋さんは驚いた顔をしながら俺の掌を凝視していたから右手を差し出した。

「まぁ・・・俺が大橋さんに話しかけたのは俺も右腕が本当の腕じゃないからってのもあるんだよ?」

「それで・・・私と一緒だって言いたいの?」

「ん〜・・・じゃぁ俺の右目をよーく見てみな?近くに来てさ!」

 俺は警戒している大橋さんに近付いて右目を見せると更に驚いていた。

「カメラ・・・義眼?」

「そう!俺は事故で右腕と右目を失くして義手と義眼なんだ!これを理由にはしねぇけど・・・俺は大橋さんと笑って話したいなと思ってな?」

「ごめんなさい・・・あなたの事・・・誤解してた」

「良いよ?単に俺は大橋さんと仲良くなりたいだけだからさ!それと・・・いい加減あなた呼びはやめねぇか?」

「分かった・・・上野くんは・・・」

「ちょい待ち!苗字呼びは好きじゃねぇから名前を呼び捨てで呼んでくれよ?」

 俺は元々苗字で呼ばれるのが好きではなく、仲良くなった連中には名前で呼ぶようにするのが流儀だから大橋さんに進言すると俯いてしまった。

「不公平・・・」

「何が?」

「私だけ名前を呼び捨てするなんて不公平・・・」

「と・・・おっしゃいますと?」

 大橋さんは少し頬を赤らめながら左側の袖をギュッと握ってモジモジしていた。

「私だけ名前呼びなのは不公平・・・私も名前・・・呼んで・・・呼び捨てで・・・」

「そう言う不公平って事な?分かった!じゃぁ夏目は俺が興味本位で近付いて表面だけ同情してると思ったのか?」

「それは勘違いしてた・・・あの・・・ゆ・・・裕也は・・・その腕を付けて・・・変われた?」

「変われたと言われてもな?俺は親の仕事見学に行って事故で鉄骨に潰されてすぐに手術してるからな?」

「そう・・・」

「義手に興味出たか?」

「分からない・・・」

 夏目は首を小さく横に振って俺から目を逸らして自分の意思を模索している最中に後ろから誰かが走って近付いてくる音がしたから振り向くと、さっき追いかけてきた柴山さんと言う女の子が駆け寄ってきたから追い掛けられる説明を求める為にそのまま柴山さんを待っていると勢い良く右腕を掴まれた。

「はぁ・・・捕まえたよ!逃げられないからね⁉︎」

「お疲れさん!俺は逃げないから話を・・・」

 女の子は掴んだ俺の右腕を持ち上げて立ち上がらせようとして引っ張って来たが、引っ張られた事で俺の義手と接続部分に負担がかかって激痛が走ってきた。

「いてぇ!ちょっと!俺は逃げないから腕から手を離してくれ!」

「そんな事言って逃げる気でしょ⁉︎斎藤くんの知り合いなんだから!」

「剛が学校でどんな扱いされてるのか知らないけど!頼むから腕を・・・あ・・・」

 柴山さんに引っ張られた腕は勢い良く引き抜かれ、接続部分はヒリヒリと痛みを走らせているのに当の柴山さんは呆れた感じで俺に腕を投げつけて来た。

「手品とか要らないから!早く夏目ちゃんから離れなさい!」

 俺が外された義手を青冷めながら見ていると柴山さんは更に呆れた顔をしていた。

「外れちまった・・・」

「外したんでしょ⁉︎手品で逃げようとしたって!」

「これ・・・義手なんだけど・・・」

 俺が説明すると柴山さんは自分の行為がとんでもない事だと言う事を理解して俺の義手を慌てて手に取って義手を戻そうとして来た。

「ちょっ!待ってくれ!今付けたら危ないからダメなんだって!」

「ごめんなさい!私酷い事したから戻させて!」

「待て待て!義手なのは理解してくれたなら少し俺の話を!・・・ぐっ!・・・」

 柴山さんはパニックに陥ってしまい、俺の袖に義手を通して義手を付けてくれたが、本来の手順を無視して取り付けた事により神経に負担がかかって激痛が走り、俺はそのまま気絶してしまった。

「少しは話を聞いてやれよ!」

「私そんな事知らないから仕方ないでしょ⁉︎」

「付ける前に鎮痛剤が必要なんだよ!無知識なら何もすんなよ!」

「何で私が斎藤くんに怒られるわけ⁉︎」

「下手すると死ぬんだぞ⁉︎自分がやった事反省しろ!」

「斎藤くん・・・陽菜・・・反省してる・・・」

 剛が柴山さんを叱り、夏目が柴山さんを庇っているのが聞こえて来きて目を開けるとユラユラと視線が揺れているのに進んでいて横を見ると剛に担がれていた。

「あ・・・あれ?」

「おう!気が付いたか?」

 立ち止まって剛から離れ、謝罪と感謝を伝えて右腕を動かした。

「問題ないか?」

「多分な?・・・ちょっとヒリヒリ痛いけどな?」

「だとよ!気を付けろ世話焼き!」

 俺の回答に対して柴山さんが俺の方を向いて申し訳なさそうな顔をしてきた。

「上野くんごめんなさい!私・・・知らなくて」

「知らねぇなら仕方ねぇよ?今後は気をつけて欲しいってだけだからさ?」

「本当にごめんなさい!」

「気にすんなって!」

 俺が謝罪を受け入れると再び剛は柴山さんを説教し出したから少し離れた所で様子を見ていた夏目の方に向かった。

「大丈夫・・・なの?」

「大丈夫大丈夫!」

 自分の右腕をポンポンと叩いてニッと笑って見せたが、夏目は赤面して俺から顔を逸らした。

「え・・・やっぱり俺嫌われたか?」

「違う・・・その・・・」

「何かあったのか?」

「あの・・・陽菜が・・・義手を付けて裕也が倒れた時に・・・私の膝に寝転がる形で倒れたから・・・」

「はぁ⁉︎ごめん!そんな事になったのか⁉︎ごめん!」

「謝らないで・・・事故だから・・・」

 夏目は更に顔を赤くして俺に背を向けてしまい、声を掛けようにも掛けられなくて悩んでいると柴山さんが俺の肩を叩いて来た。

「自己紹介まだだったね?」

「あぁ・・・柴山(しばやま)陽菜(ひな)さんだろ?俺は上野裕也な?」

「あ〜・・・斎藤くんから聞いてたんだね?私は柴山陽菜!よろしくね♪」

「あぁ!よろしく!」

 柴山さんと握手を交わしてニッと笑い合っていると夏目が俺の方を向いて赤面しながら右手を差し出して来た。

「さっきはごめんなさい・・・私も裕也と仲良くなりたいから・・・よろしくね?」

「よろしく!」


  4

 2週間後、新年度が始まり、俺は教師の隣で始業式を受けてから担任に案内されて自分の教室になるクラスに案内されたが、声が掛かるまで廊下で待機しろと言う指示を受けて待っていた。

「席付け〜!そして静かにしろ〜!」

 担任が生徒を座らせ、自己紹介をしてから転校生が来たと言う話をし、俺を呼んで教卓の横に立って軽い挨拶をしながらクラスメイトの顔を見ていると始業式前に仲良くなった剛と柴山さん、そして窓際の1番後ろの席に夏目が居たのを安心していると夏目の隣の席が俺の席だと言う事を伝えられて席に向かって夏目に笑いかけてから席に座った。

「同じクラスって何だか嬉しいな?」

「そう・・・だね」

「仲良くしような?卒業してからも!」

「その時まで私を受け入れてくれたらね?」

 夏目は寂しそうな顔をしながら窓の方を向いて右手で無い腕の肩を掴んで溜息を吐いていた。

「裕也〜」

「ん〜?どった?」

「俺と大橋と同じクラスなんてお前は運が良いよな?」

「事故で腕を失くした奴にそれを言うか?」

 休み時間、剛は気を聞かせて俺と夏目の席まで来てくれて話しかけに来てくれた。

「そう言うなよ・・・大橋も仲良くしような?俺も裕也も助けるからよ!」

「構わないで・・・」

「は?何だって?」

「私に構わないで・・・どうせ斎藤くんは私から離れてく・・・だったら私に構わないで・・・」

 夏目は寂しそうに目を細めて下を向いてしまい、剛はムッとした顔をしていたが、俺は夏目の発言をしばらく考えていると剛が俺と一緒に助けになると言った事に対して夏目は剛だけを名指しした事に気が付いた。

「夏目?」

「な・・・何?」

「剛には助けてもらいたくない・・・でもその中に俺は数に入ってないって事は俺は助けて良いんだな?」

「え?・・・あの・・・」

 夏目は赤面して少し戸惑っていたが、俺がニッと笑うと夏目は前髪で目を隠しても口は少し笑った感じがした。

「お願い・・・します」

「遠慮しなくて良いからな?」

 夏目の少し嬉しそうな表情を見て俺は安心して再び話しかけると恥ずかしそうに受け答えしてくれている所に柴山さんが俺達の所に来た。

「夏目ちゃん!斎藤くんと上野くんに酷い事言われてない⁉︎」

「おい!俺はそんなひでぇ奴じゃねぇよ!」

「俺・・・普通に話してただけなんだけど・・・」

「上野くんごめん・・・斎藤くんは不良だから夏目ちゃんに酷い事してるかも知れないから監視してるの!」

 柴山さんの発言に俺は驚き、剛は唖然として何も言えないのに柴山さんは剛にズイッと近付いた。

「それと斎藤くん!この前は何で待っててくれなかったの⁉︎」

「あれは・・・裕也に話しかけられてだな?・・・案内して欲しいって頼まれてよ・・・」

「待ってれば私も一緒に行ったのに何で待っててくれなかったの⁉︎」

「お前が居ると・・・冷静になれないっつーか・・・何と言うか・・・とにかく!お前と一緒に行けなかったんだ!」

 剛は強く言い張って柴山さんはムッとした顔をして啀み合っていたから行き場もなく夏目と話す事にした。

「なぁ夏目?」

「何?」

「この2人っていつもこんな感じなのか?」

「知らない・・・この前初めて斎藤くんと話したから・・・」

 夏目は自分のコンプレックスを理由に人と関わらないように居たのは知っていたが、ここまで周りを知らない事に驚いた。

「なぁ夏目?放課後暇か?」

「私に・・・聞く必要あるの?」

「嫌か?嫌なら別に良いけどな?」

「待って・・・嫌じゃない・・・聞く必要があるのかって聞いたのは・・・放課後に誰かと遊びに行く相手がいると思うのかって事・・・私も裕也に聞きたい事あるから・・・あ・・・」

 夏目がスマホを取り出して画面を見ると驚いた顔をしてから俺の方を見てきた。

「あの・・・裕也?」

「どったの?」

「私と・・・2人っきりで出かけるつもり・・・だった?」

「いや?剛と柴山さんが来るって言うなら別に構わないけど・・・どったの?」

 俺は2人っきりで出かけるつもりもなく、夏目はスマホを机に置いて廊下を指差した。

「廊下・・・行かない?」

「廊下?何で?」

「斎藤くんと陽菜がまだ喧嘩してるから・・・」

「そう言う事か・・・はいよ〜」

 夏目と共に廊下に出て話す事にしたが、俺は呑気でも夏目は赤面してモジモジしていた。

「あ〜・・・話せないなら今じゃなくても良いよ?」

「言わせて・・・お姉ちゃんが裕也に会いたいって言ってるから・・・一緒で・・・良い?」

「お姉さん?別に良いけど・・・何で?」

「始業式の2週間前から・・・殆ど毎日顔を合わせてくれて、私を気に掛けてくれてる裕也に会ってみたいって・・・」

 夏目は左袖をギュッと握って恥ずかしさを抑えながら話してくれて来たのもあるし、正直夏目を心配している夏目のお姉さんに興味もあったからこそ承諾して放課後に校門で夏目と俺は夏目のお姉さんを待つ事にした。

「夏目のお姉さんってどんな人?」

「優しくて・・・明るいお姉ちゃん・・・」

「明るいねぇ・・・優しいのは夏目と似てるな?」

「私は優しくない・・・」

 俺の観点からすると夏目は俺の腕の中身を見ても怯えずに居てくれたし、周りが笑ってれば自分は傷付いても構わないと言う優しさを感じていた。

「なぁ?義手・・・付けるの嫌か?」

「前も言ったけど・・・今は付けない・・・付けても何も変わらない・・・」

 始業式前にほぼ毎日剛が引き合わせてくれて会っていたが、少しでも話してくれる様になった頃に勧めてみても夏目は首を横に振って今も変わらないようだ。

「確かに付けてる俺は変わったかと言われても変わらなかったよ?・・・でも・・・付けてリハビリ中に後悔するかもしれねぇけど、付けないともっと後悔するかもよ?」

「そんな事言っても変わらない・・・」

 夏目が寂しそうな顔をして学校の正面玄関の方を見ると2人の輩が俺達を指差して歩いて来た。

「よう!隻腕障害者!腕が無いのを理由にして男でも引っ掛けたのか?」

「私!腕が無い可哀想な子なの!だから私を構って!とか言ってんだろ?」

 輩2人の発言に対して寂しそうな顔をして俺の後ろに隠れてきたが、俺は俺で夏目はそんな事をする子では無いのは付き合いは短くても俺はよく分かっていたから腹が立って来た。

「何とか言ってみろよこの障害者!」

「黙って悲劇のヒロイン演じてんだろ?いつもみたいに・・・」

「お前ら黙れ・・・」

 あまりにも酷い事を言っている輩2人に俺は思わず口を出してしまったが、やってしまった事に後悔はしないようにこの輩2人に意見を言う事にした。

「あ?誰だてめぇ?」

「障害者庇って素敵なヒーロー気取りか?」

「黙れっつったんだよ!腕が無いから⁉︎コンプレックス持ってるから悲劇のヒロインだぁ⁉︎隻腕だぁ⁉︎夏目が何したんだよ⁉︎お前らに腕を失くした奴の悲しみと苦しみが分かるのか⁉︎周りと違うからって障害者扱いされる義理はねぇんだよ!夏目は必死に今を生きてるんだよ!腕を失くしても今を必死に!そんな必死に頑張ってる優しい子をお前らは指を差して笑うのか⁉︎」

 輩2人は俺が強く言い放つと萎縮してしまい、夏目は俺の裾を強く握っているのが分かったから左手を後ろに回して夏目の右手を軽く握った。

「コンプレックスネタにして何が悪いんだよ⁉︎」

「そうだ!俺らはコンプレックスネタにして笑わせようとしてただけだ!」

「ネタにして笑わせようとしただぁ⁉︎夏目が嫌がってんだろうが!何がネタだ!お前らも同じ様にコンプレックス探し出して指差して大笑いしてやるからな!それが嫌なら二度とすんな!」

 俺の一喝により輩2人は反省した顔をしながら立ち去って行き、感情的になり過ぎたと思って深呼吸して後ろに回していた手を前に戻したが、この時夏目の手を握っている事を忘れていて夏目は俺の手と共に横に来てしまった。

「あ!・・・迷惑だったか⁉︎ごめん!」

 俺は慌てて手を離して夏目と向き合って全力で頭を下げて謝罪した。

「迷惑・・・なんて・・・思わない・・・」

 夏目を安心させようと思ったのと自分自身を落ち着かせる為に夏目の手を勝手に握った事に謝罪した筈なのに夏目は予想外の反応をして来たから不思議に思って頭を上げると夏目は涙を流していた。

「夏目⁉︎どった⁉︎」

「ありがと・・・庇ってくれて・・・助けてくれて・・・優しくしてくれて・・・ありがと・・・」

「いやいや!何で泣いてんだよ⁉︎・・・俺そんなに感謝される事なんてしてないぞ⁉︎」

「私・・・陽菜と家族以外に優しくされた事なかったし・・・されたいなんて思ってなかったけど・・・裕也に優しくされて・・・私嬉しくて・・・」

「分かったからもう泣かないで!俺が泣かしたみたいに見えるから!」

 夏目に泣くなと言っていても俺はどうして良いのか分からず、アタフタしていると正面玄関の方からドタドタと走る足音が聞こえて来たから振り向くと夏目によく似たセミロングヘヤーの人が怒りながら駆け寄ってきた。

「そこの子ー!私の大事ななっちゃんを泣かしたなー!」

「え⁉︎私のなっちゃん⁉︎ちょっ!夏目⁉︎あの人お姉さんじゃねぇか⁉︎」


  5

 駆け寄って来た夏目によく似た人は夏目の姉なのは確かだったが、俺が虐めて泣かせたと勘違いして鞄で思いっきり殴られた所で夏目に説明され、誤解は解けて今はファミレスにいると言う状況である。

「ごめん!虐めてるって早とちりしちゃった!」

「気にしないでください・・・あの状況なら勘違いされてもおかしく無いですからね?」

「はぁ・・・あ!自己紹介まだだったね!私は大橋(おおはし)瑠衣(るい)ね!なっちゃんのお姉ちゃんだよ!気軽に瑠衣って呼んで良いよ♪」

「俺は上野裕也です・・・夏目とそっくりですね?」

 俺は夏目と瑠衣さんを交互に見ていたが、顔立ちと背格好が夏目そっくりで俺は瑠衣さんの口の左側にホクロがあるのと髪型でしか判断できなかった。

「よく言われるよ?なっちゃんは人見知りで恥ずかしがり屋だから分かるって言う人もいるしね?昔は私も髪伸ばしてたから見分けつかないって言われてたよ?」

「でしょうね?」

「それは置いといて・・・さっきはなっちゃんを助けてくれたんだよね?」

「はい・・・泣かせたのは事実ですけど」

 夏目を助けたのは確かだが、夏目を泣かせた事に変わりはなく、俺はどう来るかと身構えていると恥ずかしそうに夏目が小さく口を開けていた。

「裕也?ありがとね?」

「へ?俺が気に入らなかっただけだから気にする必要ねぇよ?」

「それでも・・・嬉しかった」

 夏目はモジモジしながら俺に感謝の気持ちを伝えてくれたが、いつもと様子が少し違う気がした。

「なっちゃん?上野くんが気になるの?」

「お姉ちゃん・・・変な事言わないで・・・」

「だって〜なっちゃんから話しかけるなんて珍しいからお姉ちゃんビックリだよ?」

 夏目は顔を赤くして前髪で顔を隠そうとしていたが、夏目の雰囲気からして姉が側に居るからこそ自分から話しかけようと思ったようだ。

「私からなっちゃんに対してのお願いがあるんだけど良い?」

「何ですか?」

「なっちゃん・・・本当は表情豊かな女の子なんだけどね?腕を失くしてから自分の殻に閉じこもるようになったから君がなっちゃんの支えになってくれない?」

「そのつもりですよ?俺も右目と右腕は本物ではないのでその苦しみはよく理解してますからね?」

 瑠衣さんに夏目を任されてからしばらく3人で話していたが、瑠衣さんは買い物があると言って解散して2年の寮に向かおうとすると夏目に袖を掴まれた。

「どったの?」

「あの・・・私ね?」

「言い辛いなら言わなくても・・・」

「言わせて・・・私ね?裕也と友達になりたい・・・もっと裕也と仲良くなりたい・・・だから私と友達になってくれる?」

 夏目は恥ずかしがりながらハッキリと自分の意見を俺にぶつけて来たが、友達になりたいと言う言葉に対して俺は少しショックを受けた。

「夏目・・・」

「迷惑・・・だった?」

「迷惑っつーか俺夏目と友達になってるつもりだったんだけど?」

「え?・・・そうなの?・・・ごめんなさい・・・」

 夏目は寂しそうな顔をして俯いてしまったが、夏目の申し出は嬉しい事だったから受け入れる事にした。

「夏目?顔上げてくれねぇか?」

 夏目は恐る恐る顔を上げて来て俺の顔を見て来たからニッと笑うと驚いた顔をしてから優しく笑い返して来た。

「やっと笑い返してくれたな?」

「だって・・・友達だから・・・」

 帰り際に裕也からメールアドレスと電話番号を教えてもらい、私は寮に帰ってから裕也のアドレスを押してメール画面が開いてから消して電話番号を押して電話をかけるか否かの項目を消してを繰り返して彼に聞きたくて答えてもらった事をずっと考えていた。

「私と笑っていたい・・・分からない・・・何なんだろ?この気持ち・・・」

 裕也はいつでも連絡して良いと言ってくれたけど、私は彼の言葉は理解できても自分の気持ちが理解出来なくてモヤモヤし始めたから部屋を出て陽菜の部屋のインターホンを鳴らすとすぐに玄関が開いた。

「はーい!あれ?夏目ちゃん?」

「陽菜・・・相談・・・乗って・・・」

「相談?瑠衣さんにはしたの?」

「してない・・・お姉ちゃんと同じくらい私を知ってる陽菜だから聞いて欲しい・・・」

 陽菜はニッコリ笑って私を部屋に入れてくれて四角のテーブルに対面に座ってから更にニッコリ笑ってきた。

「相談って何かな?」

「あの・・・裕也の事・・・」

「上野くんの事?・・・役に立つかな?」

「放課後・・・お姉ちゃんが裕也に会いたいって言ったから校門で待ってたらいつもの2人に揶揄われたのを裕也が助けてくれたの・・・」

 私が状況を説明すると陽菜はニコニコしながら聞いてくれたから私のモヤモヤの答えを教えてくれると思って続ける事にした。

「助けてくれた時にね?・・・もう庇うのはやめてって意味で裕也の裾を引っ張ったんだけど・・・手を握ってくれて・・・ドキドキして・・・安心して・・・嬉しくて・・・お姉ちゃんと会って話してから解散した後にね?・・・友達になりたいって言ったら・・・笑って受け入れてくれて・・・連絡先聞いてから今までどうして良いのか分からなかったし、自分の裕也に対するモヤモヤが分からない・・・でもね?・・・久しぶりに心の底から笑顔で誰かと向き合おうって思った」

 私の言葉を詰まらせた説明を聞き終わると陽菜は驚いた顔をしてから優しく笑って私の横に来て私の手を握ってきた。

「夏目ちゃんは上野くんと一緒に居て、お話ししてどうだった?」

「安心した・・・仲良くしたいって本気で思った」

「それがモヤモヤに対する答えを出せるヒント全部だよ?答えを私が言っちゃうと意味がないから夏目ちゃん自身が見つけてね?」

「意地悪・・・」

「意地悪じゃないよ?誰に聞いても同じだと思うよ?」

 陽菜は優しく笑ってくれたけど、私は答えを探そうにもヒントが出揃っていても分からなかった。

「ふぁ〜眠い・・・」

「寝てねぇのか?」

 翌日の朝、剛の大きなあくびに対して俺は呆れながら聞くと首をバキバキ鳴らしながら俺の方を向いてきた。

「昨日柴山に大橋の事を頼まれてたんだけど何故かその後言い合いになってな?」

「深く聞かねぇ事にする・・・あれ?夏目?」

 進行方向を見ると夏目がソワソワしながら誰かを待っているのが分かったが、俺の顔を見て赤面して余所見をし出した。

「おはよ夏目〜・・・誰か待ってんのか?」

「おはよ・・・裕也を待ってた」

「へ?俺を?何で?」

「友達・・・だから」

 夏目は恥ずかしそうに俯いて左の袖をギュッと握って顔を隠したが、口元は少し嬉しそうな事に気が付いた。

「ちょっとずつで良いから俺だけじゃなくて剛とも仲良くなろう?俺が居ない時に困るからさ!」

「分かった・・・」

 夏目と合流して登校し、教室に着いて教科書を机にしまってボーッとしていると夏目がグイグイと俺の左の袖を引っ張ってきた。

「どったの?」

「裕也は昨日何してたの?」

「昨日?・・・特に何もしてないけど?いきなりどうした?」

「聞いてみたかっただけ・・・私は・・・陽菜と少しお話ししてからご飯作ってたんだけど・・・右手が塞がってると取りたいものが取れないって悪戦苦闘したよ?」

 急に私生活の話をされて正直戸惑ったが、腕が無い事についての話をしてきた事に俺は驚いた。

「まぁ俺もリハビリの時は悪戦苦闘したよ?でもいきなりどうしたよ?」

「義手・・・付けてみようって・・・思ってきたから」

「興味出てきたんだな?剛に頼んで説明聞く?」

「少しね・・・何で斎藤くんに頼むの?」

 夏目は不思議そうな顔をして昼休みに剛から義手の説明を受けてから図書館で夏目と対面に座って2人で少し話をする事にした。

「何で付ける気になったんだ?」

「私は・・・変わりたいから」

「変わりたい?どう言う意味だ?」

「私ね?・・・もうクヨクヨしてたくない、裕也と・・・笑って話し合いたいから」


  6

 そのまま図書館で夏目と少し話してからもう一度義手の説明の書いたカタログを開いて夏目が興味深々に見ていたから立ち上がって座っている夏目の後ろに回って屈みながら一緒に見た。

「シリーズ1とシリーズ2は機械的に動かすのが一緒で人工皮膚が付いてるかどうかなんだよね?」

「そうそう!俺はシリーズ2だよ?でもシリーズ1もシリーズ2も感覚ないし・・・シリーズ1は廃盤だから無いよ?」

「斎藤くん言ってたね?・・・斎藤くんのお父さんが義手の製作者で、裕也の腕作った人なんて知らなかった」

「俺も会った時に名前が気になって聞いてみたらそうだったって感じだな?」

 夏目は腰掛けに凭れてから更に後ろに体重を掛けて俺の腹の上に後頭部を乗せてから上を向いてジッと俺の顔を見てきた。

「裕也は何でこのシリーズ3にしなかったの?」

「あ〜・・・俺が付けた時は試作段階でな?シリーズ3は義手を骨に限りなく近いくらいにして本来持ってる遺伝子情報を復活させて中身以外は人間の腕になるんだ・・・つーか・・・夏目は何で俺の腹に凭れてるんだ?」

「え?・・・迷惑・・・だった?」

「迷惑じゃねぇけど・・・昨日から何か変だぞ?」

 夏目は顔を少し赤くしながらニッコリと笑いかけてきたが、その笑顔に俺は驚いた。

「私ね?・・・始業式の日の裕也の言葉を現実にしたい・・・高校生活だけじゃない・・・卒業してからも仲良く居たい・・・だから裕也には正直で居たいって決めたから自分に正直に行動してるの」

「そう言う事か・・・ストレートだな?」

「裕也もストレートだよね?・・・私を庇ってくれた時に思ったけど・・・直線バカだよね?」

「直線バカ?・・・妹によく言われたりしてたな?」

 ストレートだとか直線バカだとか言い合ってる最中に俺から妹と言う言葉が出てきた事に夏目が不思議そうな顔をしていた。

「妹さん・・・いるの?」

「いるよ?ストレートで大バカで話をややこしくしたり話を盛ったりするけど、優しくて一生懸命な自慢の妹だよ?」

「会ってみたい・・・良い?」

「その内な?」

 夏目を妹に会わせると言う約束をしても夏目は俺から離れようとせず、更に俺の腹に体重を預けてきたが、それはそれで夏目が心を開いてくれたと思うと嬉しいのは間違いないけども、このまま居るのは友達同士で良い範囲なのか分からなくなってきた。

「夏目?そろそろ離れてくれないか?」

「え?・・・やっぱり・・・迷惑?」

「迷惑じゃないけど・・・友達と言うより恋人同士がやる事では無いんですかね?」

「そう?・・・少しだけ・・・このまま居たい」

 夏目が俺にハッキリと意見を言ってきたからそのままでいる事にしたが、少し仕返しをしたくなった。

「夏目はお姫様みたいだな?」

「お姫・・・様?」

「ワガママで自分の意見は押し通すし、いつも誰かが側にいて助けてもらうからさ・・・俺は夏目を助ける側にいつも居たいんだけどな?」

「私は・・・裕也の近くで笑っていたい・・・お姫様って言うのが裕也の中で当てはまるならそれで良い・・・私は前に進みたい」

 仕返ししたつもりだったが、夏目は優しく笑いながら俺のお姫様扱いに対して前向きに考えたみたいだったから夏目の両頬を両手の人差し指でプニっと押しつけてみた。

「何するの?」

「ワガママなお姫様にちょっとしたイタズラ?」

「何それ?」

 夏目はクスリと笑ってから、俺の右手をそっと握って寂しそうな顔して俺の顔を見てきた。

「裕也の右手・・・冷たいね?」

「俺の本当の腕じゃねぇからな?夏目はどの義手を選ぶつもりだ?」

「このシリーズ3だよ?・・・本当の私の腕に近付きたいから・・・いつまで私のホッペに指押し付けてるの?」

「じゃぁお姫様はいつまで俺の腹の上に頭を押し付けて凭れてるんですかね?」

 少し嫌そうな夏目の頬を更に強めに押し付けると頬を膨らませて俺をジトーっと見てきた。

「むぅ〜・・・」

「およ?怒ったのか?」

「少しね・・・」

「怒るなよ?」

 拗ねて頬を膨らませた夏目は俺から顔を逸らして真正面を向いてしまったが、まだ俺の腹に後頭部は押し付けたままでも夏目の笑顔と怒った顔を見れて嬉しいと言うのと夏目の可愛らしい表情を見れてそれ以上に嬉しかった。

「なぁお姫様?」

「私まだ怒ってるよ・・・」

 話しかけても顔を上に向けてくれず、前髪で顔を隠して俺に見えないようにしていた。

「怒るなよ?・・・もう義手付ける事に迷いは無いんだな?」

「無いよ?・・・決めたから・・・それと・・・リハビリが終わったら裕也に伝えたい事があるから聞いてくれる?」

「リハビリ終わってからじゃなくても今聞いても良いんだぞ?」

「自分の気持ちを整理したいし・・・リハビリが終わった時には裕也と笑ったり怒ったり出来るようになっていたいから・・・そうすれば裕也と対等に話せる」

「そうか・・・いい加減顔見せてくれねぇか?話辛いんだけど?」

 夏目は顔を見せてくれないまま昼休みが終わり、昼からの授業も淡々と終わって帰宅しようと鞄を持って出て行こうとした所で柴山さんが俺を呼び止めてきた。

「上野くん今日は何か予定あるかな?」

「へ?ねぇよ?どったの?」

「私と少しお話ししないかな?」

「良いよ?面子は?」

「私と2人だけだと問題かな?」

「2人?デート?良いよ?」

 柴山さんとデート発言をしながら廊下を出ようとすると袖を強くグイッと強く引っ張られたから振り向くと夏目が頬を膨らませながらジトーっとした目を向けてきた。

「どったの?」

「2人で何処行くの?」

「へ?・・・知らねぇけど?」

「デートって言ったよね?」

 夏目はデートと言う言葉が引っ掛かったらしく、不機嫌そうな顔をしていた。

「着いてく・・・」

「ダーメ!私と上野くんの内緒話だから!」

「意地悪・・・」

「そんな事言ってもダーメ!」

 夏目は更にムスッとして柴山さんを睨みつけるように見ていたが、その行動に対して全く理解できずに柴山さんに問いかける事にした。

「何で夏目は怒ってんの?」

「ん〜・・・私の口からは言えないな〜?」

「なして?」

「上野くん鈍いね?」

 陽菜の鈍いと言う言葉に対して私は何を言ってるのか分からないし、自分の気持ちも理解できないけど陽菜と裕也が一緒に出かけると言う事に私は嫌な気持ちになっていた。

「夏目ちゃんは私と上野くんが一緒に出かけるのは嫌かな?」

「よく分かんないけど・・・嫌・・・」

「嫌な答えはよーく自分で考えてみてね?大丈夫!私は何もしないよ?」

「それでも嫌・・・2人で出かけるなんて嫌・・・」

 陽菜は裕也を連れて教室から出て行ってしまい、私はあるはずの無い左腕を握るように袖を握ったけど、その行動自体も悲しくなって追いたくても追えずに私は2人の後ろ姿を見送るといきなり右肩を優しく叩かれた。

「大橋も気になるか?」

「斎藤くん?・・・気になる・・・」

「俺も気になる・・・提案なんだけど2人の後を追ってみるか?」

 斎藤くんも陽菜の行動が気になるみたいだから私は斎藤くんと一緒に2人の後を追う事にした。


  7

 裕也と陽菜の後を追うと学校と寮の間にあるファミレスに入って行き、2人にバレないように2人の視界に入らないくらいの所でコーヒーを飲みながら盗み聞きする事にした。

「バレたら柴山に怒られるけどな?」

「何で・・・斎藤くんは提案したの?」

「あ?・・・俺は・・・柴山が気になる・・・からだな?そう言う大橋は?」

「私も・・・裕也が気になるから・・・」

 私と斎藤くんは2人の行動と自分自身の気持ちが理解できないと言う壁に行き着いてしまって悩んでいる状態だった。

「単刀直入に聞くけど・・・斎藤くんは陽菜をどう思うの?」

「どう思う?・・・気になる女の子だな?そう言う大橋は裕也をどう思うんだ?」

「え?・・・気になる・・・男の子・・・だよ?」

 お互いに自分の気持ちが理解できない事に悶々としていると裕也と陽菜が話しを進め出した。

「上野くんは夏目ちゃんをどう思うの?」

「夏目を?どう言う意味だ?」

「そのままの意味だよ?いつも夏目ちゃんの側を離れないし、夏目ちゃんを庇ったりしてるからどう思ってるのかなって思ってね?」

「それは・・・」

 裕也は言葉を詰まらせて何も言えない感じがしたけど私は裕也の答えを急かしたくなるくらい待っていた。

「裕也・・・答えて・・・」

「バレたらマズイから落ち着け大橋!」

 斎藤くんは私を止めてくれたけど今すぐ私は裕也の前に立って答えを聞き出したかった。

「俺は夏目が・・・1人の女の子として好きだよ?」

 裕也の言葉に耳を疑い、嬉しいと恥ずかしい気持ちになった反面、私自身は裕也が好きなのかどうかと言う不安も感じた。

「とは言っても俺みたいな直線バカじゃぁ迷惑だろうから嫌がるだろうよ?」

「それはどうかな?夏目ちゃんの手を握っても嫌がらなかったんだし、夏目ちゃんが甘えた感じで上野くんに凭れたりしないと思うよ?」

「なっ!何で知ってんの⁉︎」

「大体は聞いてるよ?夏目ちゃんの気持ちは自分で確かめたらどうかな?」

 裕也は少し顔を赤くして窓を見ても陽菜はニコニコ笑いながら裕也を見つめていた。

「上野くんは夏目ちゃんの何処が好きなのかな?」

 陽菜は質問を続け、私が一番知りたい事を代弁して聞いてくれたから気になってきた。

「俺は夏目みたいに真っ直ぐで自分に正直で一生懸命に何かをしようと頑張ってる所が好きだな?」

 裕也は恥ずかしそうに私の何処が好きなのかと言う事を言ってくれた事に私の中の不安は大きくなって好きなのか分からなくなった。

「夏目ちゃんをしっかり見てるんだね?・・・私はどう思われてるのかな?」

「誰に?俺か?」

「ん?・・・斎藤くん・・・私ね?いつも喧嘩しちゃうけど・・・斎藤くんが大好きなの」

「剛が⁉︎マジで⁉︎」

 陽菜の言葉に裕也も私も耳を疑い、聞いてしまった斎藤くんは驚いてコーヒーを溢しそうになっていた。

「柴山が・・・俺を⁉︎」

「斎藤くん!しー!バレちゃう!」

 斎藤くんは動揺して2人にバレそうになったのを私が押さえて話を更に聞く事にした。

「私ね?・・・斎藤くんみたいに文句を言ってても優しくて、いつも手助けしてくれる所が好きなんだ」

「確かに何やかんや言ってもやってくれるよな?どこに惚れるかは人次第だしな?」

 話が終わって2人は解散し、帰宅して数日後に私の腕の手術が始まった。

「不安かい?」

「はい・・・でも・・・笑えるなら耐えられます」

 私の担当医の先生は笑いかけながら私の不安を解消してくれてから手術が開始され、手術後の19時くらいに目が覚めて左腕を見みると大きな筒に腕が覆われていた。

「これで戻れるんだ・・・」

 独り言を呟くとドアをノックする音が聞こえたから返事をすると斎藤くんに似た男の人がニコニコ笑いながら入ってきた。

「こんばんは!腕は大丈夫かい?」

「はい・・・あの・・・どちら様ですか?」

「失礼!俺は斎藤豊治!君の同級生の斎藤剛の親父で君の腕の製作者だ!」

「え?・・・ありがとうございます!斎藤くんのお父さんでしたか・・・」

 高校に入学してから初めて会う誰かの親、正直私は斎藤くんのお父さんより裕也の両親、家族に会ってみたかった。

「バカな息子だけど仲良くしてやってくれよ?それと裕也くんにもよろしく伝えといてくれ!俺は仕事が残ってるから帰るよ」

「ありがとうございました!」

 斎藤くんのお父さんは出て行き、私は1人になってしまって何年か振りに寂しいと思ったから勇気を出して裕也に電話を掛ける事にした。

「はーい・・・もぐもぐ・・・どったの?」

「え?・・・ご飯食べてたの?」

「まぁね?それよりどうした?電話なんて珍しい」

「裕也の・・・声が聞きたくて・・・」

 自分でも驚く程の行動を裕也は普通の事のように受け入れてくれても私は裕也が気になる人でも好きなのか分からないけど、裕也と話がしたかった事に自分でも不思議に思ったし、声が聞けて嬉しかった。

「この時間って事は手術は終わったんだな?」

「そうだよ?・・・電話だと話し辛いね?」

「そうだな?見舞いにでも行こうか?」

「無理しなくて良いよ?少し遠いからね?」

「無理なんてしねぇよ?何だか明るくなったし、俺と話すのに最近慣れてきたか?」

 裕也は私の変化に気付いてくれて嬉しくて私は陽菜と斎藤くんに正直に、特に裕也には何も隠さずにありのままの自分で接したいと心の底から思った。

「私は裕也と正直に接したいと思ったからね?もうタジタジもしないし何も隠さないよ?」

「そりゃ嬉しいな?俺は一生懸命に何かをしようとしてる夏目が好きだからな?」

「ふぇ⁉︎す・・・好き⁉︎」

 裕也に好きと言われて私は動揺してしまい、動けないのに暴れそうになってしまった。

「何か問題あったか?つーか動揺しすぎだぞ?」

「ど・・・どう言う意味で好きって言ったの⁉︎」

「へ?俺は一生懸命に何かをやってるって事を好きだと言っただけだぞ?」

「ビックリしたよ・・・やっぱりワガママ言って良い?」

 裕也への気持ちをハッキリさせようと思って身勝手なワガママを言う事を決めた。

「ワガママ?何すれば良い?」

「やっぱり明日・・・お見舞いに来てくれる?」

「良いよ?病院は分かってるから部屋番教えてくれれば明日行くよ?」

 その日はお見舞いの約束をして電話を切ってご飯を食べてから就寝して次の日の夕方に裕也が紙袋を持ってお見舞いに来てくれた。

「おーっす!約束通り来たぞ〜?」

「本当に来てくれたんだ・・・」

 私の腕は大きな添え付けの筒から腕がすっぽりハマる大きさのLの字に曲がる形に変わって自由に歩けるようになった所だった。

「へぇ〜・・・2日目からそうなるんだな?」

「みたいだね?裕也と違って感覚ある腕になるんだよ?」

「お〜?自慢するとはな?自慢したきたワガママなお姫様に土産があるぞ?」

「え?お土産?」

 裕也は持っていた紙袋から小さな箱を2個出して笑いながら開けてくれた。

「あ・・・ショートケーキとモンブラン?シュークリームもある!」

「柴山さんから甘いの好きだって聞いて店を教えて貰って買ってきたんだ」

「ありがと・・・裕也も食べる?」

「俺は良いよ?夏目が全部食べな?」

 裕也は苦笑いしながらプラスチックのフォークを袋から出して私に差し出してきた。

「良いの?本当に食べちゃうよ?」

「良いよ?飲み物買ってくるけど何が良い?」

「あったかい無糖の紅茶が欲しい・・・」

「紅茶ね?待ってろよ〜?」

 

  8

 3日後、起床後に右腕を接続した肩を摩りながら歩いていると剛の姿が見えて後ろから声をかけようとすると剛は予測したかのように振り返った。

「後ろから狙うのは良くねぇな〜?」

「おぉ!気づいたか?お前のヤンキー気質には完敗だ!」

 剛とバカみたいな会話をしながら歩いていると後ろから小さな足音が聞こえてから肩を叩かれた。

「お・・・おはよ」

 振り返ると夏目が居たが、左腕はしっかりとした腕、しかし、リハビリを終えていないから三角巾でぶら下がっていた。

「無事終わって良かったな?俺と違って扱いも良いし・・・羨ましいな〜?」

 夏目の腕を見てちょっとした意地悪をしてみたが、夏目は新しくできた左腕を撫でながら優しく笑ってきた。

「裕也の腕はもう変えられないでしょ?裕也は裕也で幸せだと思うよ?私はそんな意地悪されても裕也に感謝してるんだよ?」

 義手を付けただけでこうも夏目が変わるとは思わなかったし、手術前の冷たい表情ではなく、自然な夏目の笑顔がそこにはあった。

「何だか俺は邪魔者みたいだな?大橋と裕也はお熱い仲だから退散するか〜?」

 剛のニヤニヤしながら逃げようとしたが、すぐに俺は剛の頭を右手で取り押さえた。

「おい剛?俺と夏目が何だって〜?」

 右手の握力をジリジリと上げ、今から俺達の前から立ち去ろうとした剛に問いかけた。

「やめろ・・・義手で俺を潰す気か?」

 俺の義手までは機械まみれな為、機械的な力が強すぎる傾向にあるが、私生活では笑い話に済む事でも、これは軍事利用にも可能である。

「注意事項書かれてたんだけど・・・義手って軍事利用されてるの?」

 夏目からすると自分の腕が新しくできた有難い物だが、悪用すれば兵器扱いもできる事は想像つかなかったようだ。

「シリーズ3は骨は義手で皮膚と筋肉は本人のもので普通の身体だけど、シリーズ1、2は鉄の塊と人工皮膚だからいくらでも改造できるからな?」

 剛は嫌そうに目を細めて説明してくれたが、夏目は少し寂しそうな顔をしていた。

「間違った使い方さえしなければ問題ないって」

 俺が義手は間違った物ではないと言ってフォローしていると校門が見えてきたが、この前まで周りの目線を気にしていた夏目はもう周りの視線は気にしなくなっていた。

「堂々と歩けば骨折したと周りは思ってるだけだから」

「わかってる・・・」

 夏目と出会って約1ヶ月で明るい真っ直ぐ前を向く素直な子になってくれた事が俺自身嬉しかった。

「前から聞こうと思ってたんだけど・・・裕也の腕って感覚無いんだよね?」

「無いよ?人工皮膚って言ってもスプレーで皮膚みたいになってるだけで中身は重たい鉄の塊だからな?」

 教室に着いてから夏目が俺の義手について聞いてきたから俺の義手の仕様を聞くと何だか寂しそうな目で俺の義手を見てきた。

「それはそれで不便だね?」

「そうでも無いぞ?焦げたり傷ついたりするけど火の中に入れたり、熱い物触ったり、刃物を掴んだりできるからな?」

 俺の雑な扱いを聞くと少し困った顔をしながら自分の義手を触っていた。

「大事な腕なんだからちゃんと大事にしなきゃダメだと思うけど・・・」

「7年も使ってるし、何度も成長に合わせて改造したりしてるから扱いも雑になるさ」

 夏目は呆れた顔をしながらブラブラさせていた俺の義手の手首を掴んできた。

「その腕は裕也の大事な体の一部なんだから大事にしよ?私は裕也が居たから手術の決断したんだよ?」

 夏目に説教されてしまい、謝るにもどう謝れば良いのか分からず硬直していると柴山さんが俺の机の前に立っていた。

「2人共?学校でそう言った行為は良く無いよ?周りがどう見てるか考えたら?」

「へ?バカな会話してるなって思うんじゃねぇか?なぁ?夏目?」

「そう思うけど・・・陽菜?」

 柴山さんは呆れてから俺の目の前の席の椅子を俺と夏目の方に向けて腰を下ろした。

「上野くん?先にお礼を言うね?ありがと」

「何でお礼言われた?」

「夏目ちゃんに義手を付ける切っ掛けをくれた事と夏目ちゃんが昔みたいになってくれたからそれのお礼だよ?」

「そう言う事か・・・つーかそんな大層な事してねぇよ?」

 俺がニッと笑って夏目を見ると夏目は少し顔を赤くしてからニッコリ笑い返してくれて俺は嬉しくなった。

「夏目ちゃんをお願いね?」

「あいよ〜」

 柴山さんは俺と夏目の前から立ち去ると夏目が俺の袖をグイグイ引っ張ってきた。

「ん〜?どったの?」

「私の腕の事話したいから廊下行かない?」

「へ?良いのか?」

「話したい・・・裕也には話さなきゃイケないからね?」

 ホームルームまで時間があると言う事で廊下に出てから夏目は窓に凭れて俺の顔を見た。

「私ね?2年前の下校中に陽菜と歩いてる時に同級生が戯れあってる所にぶつかって農作機械に巻き込まれて腕を失くしたの」

「粉砕骨折か・・・俺も似たような物だけど俺は一瞬でも夏目はジリジリと失くなるのを見てたんだな?」

「そう・・・だね?でも私は昔の私に戻れたよ?」

「そうか・・・でも何で俺に話す気になったんだ?」

 俺の問いかけに対して夏目は迷いのない真っ直ぐな笑顔を俺に向けてきた。

「裕也に私をもっと知って欲しいし、私は裕也をもっと知りたいから話したんだよ?迷惑?」

「夏目がそう思って俺を知りたいって思うのは嬉しいしけど何で夏目を知ってて欲しいなんて言うんだ?」

「ん?それはリハビリが終わったら分かるよ?」

「もどかしいな〜?話せよ夏目〜?」

 夏目の頬を突っつくと夏目はニコニコ笑いながら口元に人差し指を置いて秘密だと行動で示してきた。

「もぅ!私のホッペ突っつかないでよ!えいっ!えいっ!」

 夏目は俺の腹をトントンと殴って来たから強く頬を突っついて反抗した。

「このっ!俺の腹を殴るなよ〜!このワンパクお姫様め!」

「もぅ〜!やめようよ!」

「夏目が言わねぇからだろ?」

 夏目が頬を膨らまして怒ってしまい、俺はニヤニヤ笑いながら夏目のまだ動かない左手に手を添えると夏目は赤面していた。

「夏目は大事にしろよ?俺みたいに雑に扱わずに真っ直ぐ自分の気持ちに正直にな?」

「うん!もう迷ったり立ち止まったりなんてしないよ?大事な友達がたくさん出来たからね?」

「もし止まったり迷ったら?」

「その時は裕也がいるから大丈夫だよ?」

 夏目の笑顔に迷いは無く、俺だけに見せてくれる表情が嬉しくて夏目に対する気持ちはハッキリとしていたが、夏目は俺をどう思ってるのか不安にもなった。


  9

 夏目は授業中、休み時間中にも左手を動かしリハビリをしているのを横で見てても必死になって昔の自分を取り戻す為に頑張っている姿が微笑ましい。

「上野!聞いているのか上野!」

「はい!聞いてませんでした!」

「素直なのはよろしい!が、転校してすぐにダラけるのは良くない!次からは気をつけるように!」

「すいませんでした・・・」

 剛の話だと夏目の受けた手術は改善され、リハビリが早く終わるようになっているらしく、夏目は1日でも早く終わりたいようだ。

「私のリハビリが気になったの?」

 休み時間に夏目が俺にクスクスと笑いながら俺の席の前に立って俺の顔を覗いてきた。

「必死にやってるなと思ってな?俺の時はみっちり1年間リハビリだったから」

「結構大変だったんだね?私は1週間以内にリハビリを終わらせたいから頑張るよ?」

「急ぐと辛いからやめとけよ?ゆっくり体を慣らせば良いんだから」

 過去にリハビリを早めようと必死になってやった結果、再手術になった事例が多々あるから心配してしまい、真面目な夏目には心配する必要もないとは思っていた5日後、登校中に俺の目の前を歩いている夏目が居たから話しかけてみた。

「おはよ夏目?」

 俺の声に振り返ったと思ったらすごく機嫌が悪い顔をして前をすぐに向いて歩き出した。

「おはよ・・・どうしたの?」

「いや・・・疲れてる感じだけど・・・リハビリ頑張りすぎじゃないか?」

 夏目の真面目さを考えると早く終わらせたいからと言って急ぐ様になるかもしれないと思ったが問いかけに対しては首を横に振った。

「何かあったのか?剛は日直で先に行ったから話聞くけど?」

 夏目は俯いて俺と並んで歩き出し俺の顔を見て少し涙目になって何かを言おうとしていた。

「寮の談話室で聞いちゃったんだ・・・陽菜と別の人が言い争ってるのを・・・」

 夏目は涙を堪えて昨日女子寮の談話室で起きた事を頑張って俺に話してくれた。

「私の腕の事・・・失くした物を取り戻す事がおかしいとか・・・目立ちたいだけなんて言ってて・・・陽菜が庇ってくれたけど・・・そんなつもりで手術受けたんじゃない・・・」

 立ち止まって泣き出してしまったが、周りからすると俺が泣かせてしまったかのような状況になってしまったので夏目の手を引き、目に付いた喫茶店に入ろうとしたけども、流石に制服で入るのはマズイから駅近くのベンチを見つけて、自販機で缶コーヒーを買ってからそこに座らせた。

「コーヒー飲めるか?飲まないなら俺飲むけど?」

「貰う・・・ごめん・・・開けてくれる?」

「あいよ〜ほれ!落ち着いたか?」

 コーヒーを一口飲んでから頷いた夏目の様子を見る限り少し落ち着いた様子だったが、この不安定な状況で学校に行くのは夏目には酷だろうから剛に2人揃って風邪をひいた事にして休んだ。

「全部話せなんて言えないけど・・・話せる範囲で良いから話せば少し解消されるぞ?」

「うん・・・あのね?」

 夏目が話そうとすると見回りをしていた警察官が怪しんでこっちに歩いてきた。

「君達!ここで何をしている⁉︎」

「え?それは・・・」

 何を言って良いのか分からないからアタフタながら夏目を見ると左腕を俯きながら指を差していた。

「そう!この子はこの間義手の手術をしたばかりでリハビリのしすぎで気分が悪くなって休ませて今から寮まで送る所なんですよ!」

「義手?リハビリ?確かにキツくて血反吐吐くほど大変らしいが、何故君がリハビリ中だと言えるんだね?」

 警官は俺が事情を知っている事に何故か疑問を抱いたようで追及してきた。

「え?それは俺が義手を付けてるからですけど?」

「何処が義手なんだね⁉︎」

 信じてくれなかったから警官の手を掴み、俺の義手に触れさせて確認させた。

「どうです?俺の腕は冷たいでしょ?流石にこの子の腕は中身以外は人体ですので触らせてあげられませんが、どうします?外して証明しましょうか?」

「その子の為にここにいるのは分かった!そうなら制服じゃなくて私服でいなさい!」

 警官は目に見えるようにサボってますと言う格好ではなく、私服で歩く様勧めてきたから一度寮に戻って着替えてから待ち合わせる事にした。


  10

 警官に言われた様に制服ではマズイから一度寮に帰り、私服に着替えてから女子寮まで夏目を迎えに行き、2人で歩き出したが、午前中と言う事もあって人影は少ない。

「ごめんね?・・・私のせいで休ませて・・・」

 夏目は寂しさと悲しさと自己嫌悪の余り、俺を信じきれない時の冷たい表情に戻っていた。

「気にすんなよ?私服で歩けば大学生が時間潰してるように見えるだろ?」

 歩きながらだと話辛いと言う事もあり、さっき入ろうとした喫茶店に入り込んだ。

「何があったか聞かせてくれるか?全部じゃなくて良いから」

 コーヒーを注文してから夏目には酷だが何があったか聞き出そうと問いかけてみた。

「昨日陽菜に談話室で話が聞きたいって呼ばれて談話室に行こうとしたら、峯岸(みねぎし)さんが私が腕の手術して悲劇のヒロインを演じたかったんじゃなかったのって他の人達と大笑いしながら話してたのを聞いちゃって・・・」

「峯岸って誰?」

「クラスメイトだよ?あのパーマのかかった髪の毛の女子グループの中心みたいな人だよ?」

 夏目の話の腰を折ってしまったが、流石にクラスメイト全員の名前をすぐに覚えられるほど記憶力は俺に無かった。

「で、その峯岸さんが夏目の腕を目立ちたがりだって言って柴山さんが刃向かったのか?」

「そう・・・陽菜がその場に居て・・・あの子の何が分かるの、失くした物を取り戻して何が悪いのって陽菜が言ってくれて・・・でも・・・私・・・」

 夏目は昨日起きた出来事を全て話し出してくれたが、今にも泣きそうになっていた。

「柴山さんらしいな?夏目は入るに入らず立って聞くしかできなかったのを後悔してるのか?」

「私・・・卑怯者だよ・・・今まで障害者とか言われたりしてたら陽菜が庇ってくれたのに何もしてあげられずにただ黙ってるしかなかった・・・」

 夏目は友達である柴山さんが自分のせいで攻撃されているのに何も出来なくて悔しがっていた。

「でも・・・今まで周りから指差されたり嫌な視線を感じても耐えられてたんだろ?・・・夏目は強いな?」

「強くないよ・・・怖がりな卑怯者だよ・・・」

 夏目はまた泣き出してしまい、今まで以上に辛い思いをしたのだろうが、自分の意思で左腕を付けて周りと同じように沢山の大事な物を両手で掴み取りたいと言う思いの決断を踏み躙られた悲しみと、柴山さんと言う友人を助けられなかった悔しさと言う複雑な気持ちが伝わってきた。

「夏目?」

「どうしたの?」

 俺はある行動を取る事にしたが、それは褒められる事では無いし、俺がクラスの全員を敵に回す可能性のある行為である。

「今からその峯岸に話をしに行く!」

「え?待ってよ!話するって・・・裕也!」

 夏目は目を擦りながら必死に止めようとしてくれたが、俺は嫌われたって良かったし、夏目がもう一度素直に笑ってくれるなら何でもすると決めた。

「夏目は帰ってくれて良い!俺は努力とか決意とか必死になって頑張った結果を晒し者にしたりする奴は許せないんだ!」

 2人分の代金?を置き、店を飛び出し学校に向かったが、心の中で夏目は俺を追ったりはしないだろうと思いながら校舎に入り、自分のクラスに向かった。

「おい裕也⁉︎どうしたそんなに怒ってよぉ⁉︎」

 クラスに向かう途中に廊下で剛と遭遇したが、俺の意思は変わらなかった。

「剛!峯岸ってどいつだ⁉︎そいつと話しに来た!」

 出会ってから怒りを表に出したのを誰にも見せていないから剛は驚いていたが、冷静に俺の肩に手を置いて来た。

「おう・・・今はやめとけ?・・・柴山と峯岸が口論してんだよ」

 状況的には都合が良かったが、柴山さんを巻き込むのは正直申し訳ないけども俺は考えを変えるつもりもなかった。

「待てって!おい裕也!」

「止めるな剛!俺は間違ってるかも知らねぇけどお前は俺のマブダチで居てくれよ?」

 剛に羽織っていた上着を渡し、半袖のTシャツになって火花が散る中に進んだ。

「大橋さんは単に目立ちたがりで周りからチヤホヤされたかっただけじゃ〜ん」

「夏目ちゃんはそんな下らない理由で手術を受けたんじゃない!」

 峯岸が嘲笑った発言に対し柴山さんが反論すると周りの峯岸グループがクスクスと笑いながらその状況を観察していた。

「あんたさ〜?夏目ちゃん夏目ちゃんって言うけどあんな陰キャの肩持って善人気取り?ウケるんだけど〜」

「私は・・・夏目ちゃんの・・・」

 真っ直ぐな意見を投げかけても適当な感情で蹴散らさらてしまい、今にも柴山さんが泣きそうになっていた。

「その辺にしろよ・・・人の事バカにしねぇと自分の存在証明できねぇのか?」


  11

 俺の発言に対しその場の全員がギョッとしていたが、俺はそんな事なんてどうでも良かった。

「お前が峯岸か?夏目から全部話は聞いたけど、お前は何がしたいんだ?誰かを虐げて誰かの上に立ってないと気がすまねぇのか?」

 峯岸を含めた連中がざわめき出していたが、少し経つとさっきと同じ状況に戻った。

「あんた上野だっけ?転校してすぐに学校サボって障害者庇って偽善気取るなんてキモいんだけど〜」

 やはりこの類の連中は理解できないし、自分の意思に背く連中を否定して気に入らないとキモいとか言う発言をして黙らせる。

「人と違って何が悪いんだ?失くした物を欲して何が悪いんだ?失くした物を取り戻して喜んで何が悪いんだ?」

「あんた何ゴチャゴチャ言ってんの?人としての価値を見てランク付けしただけじゃ〜ん?マジキモいんですけど〜」

 本題をぶつけてみても結局俺が予想したシナリオ通りの内容の薄い発言しか飛んでこない。

「質問に答えられずただキモいとか九官鳥みたいに答える事しか出来ねぇスッカスカの脳みそしか持ってなかったのか?悪かったよ?お前は幼稚園児に接するみたいに話さないと通じないみたいだな?」

「はぁ?あんた何様?まんまの事言っただけだし、大橋さんから何聞いたかしんないけど偽善なら他でやってくんない?」

 流石に危機を感じた柴山さんは俺の裾を引っ張って止めようとしたが、俺は無視してこの頭の悪いクラスメイトに教える必要があると思った。

「じゃぁお前が俺をどう思おうがどうでも良い!だがな⁉︎必死になって手にした物を指差して笑う権利なんて誰にもねぇんだよ!誰だって色んな事を背負ったり欲したりしてんだよ!」

「はぁ⁉︎あんた大橋さん庇って偽善者気取ってるだけじゃん!」

 こいつに何言っても無駄だなと確信したと共に話せば分かると思った俺がバカだったと後悔した。

「じゃぁ庇うだとか何とか言ってる幼稚園児に分かるように説明してやる!」

 何かを言い返そうとしてきたのを無視して右腕を外したが、運良く昼休みの上、周りの連中は巻き込まれたく無いからと言う理由でクラスには峯岸グループと柴山さんしかいなかった。

「ひっ!何⁉︎ちょっと!」

「お前が言ってた悲劇のヒロインだとか目立ちたがりだとか言ってた奴が他に居るんだよ!それをお前は同じ事が言えるのか⁉︎俺に対して言ってみろよ!」

 峯岸は俺の義手を見て怯えていたが、それは別に良かったし、俺は夏目が好きでも俺自身が嫌われ者で夏目は再び柴山さんと仲良くなれれば良い、俺が標的になれば夏目に被害は起きないと思った。

「あ・・・その・・・」

「怖いか⁉︎気持ち悪いか⁉︎これが俺も夏目も背負ってる問題なんだよ!」

 俺は義手を峯岸に突き付け峯岸自身が軽んじて思っていた事を後悔させると剛が教室を覗いて驚いていた。

「おい裕也⁉︎外したのかよ!早くこっち来い!」

 義手を外した事に気が付いた剛が俺を引っ張って廊下に連れ出したが、心配していた柴山さんが俺と剛について来た。

「ちょっとは後の事考えろ!」

 剛はポケットから注射器を出して義手の接続部分の生身に刺して鎮痛剤を注射した。

「すまんな・・・頭に血が登ると後先考え無いんだ」

 注射が終わり義手を接続すると柴山さんはまだ心配そうに俺を見ていた。

「上野くん大丈夫?いきなり義手付けて」

「鎮痛剤射ったから大丈夫!俺に夏目を託したのは正解なのかは分からんが・・・明日から怖いな?」


  12

 柴山さんに鎮痛剤と義手の関係を説明すると前に俺の義手を外してしまって気絶させた事を心配していたから接続された腕を回した。

「俺の腕だけだから夏目の腕は俺みたいに不便じゃねぇから気にしてやるなよ?・・・とは言っても夏目の為とは言えやりすぎたな・・・」

「そう思ったんならやるなよ!前は事故だったけど今回みたいに頭に血が登って義手を外すなよ?万が一のために鎮痛剤持ってだんだぞ?」

 剛はいつかは柴山さんの時のように事故で外れる事があるだろうと応急処置の工具や人工皮膚のスプレー缶、さっき出てきた接続用の鎮痛剤を持っていてくれている。

「夏目に会わす顔がねぇよ・・・」

「あ〜・・・え〜っと・・夏目ちゃんそこに居るよ?」

 柴山さんが苦笑いしながら指差した廊下の角から俺達を申し訳なさそうに見ている夏目がいた。

「な・・・夏目?」

 気不味いながらも夏目に声を掛けてみるとビクッと反応してから恐る恐るこっちに歩いて俯いていた。

「あ〜・・・全部聞いてた?」

 気不味いながら聞いてみると夏目も困惑した表情で口を歪ませながら頷いて目を逸らした。

「嫌われたみたいだな?お前のその考え無しに行動するのは嫌いじゃねぇけど、それが良くねぇから気をつけろよ?」

 剛が呆れながら今後の反省点を俺に投げかけて俺はそれを受け止めて3人の方に向き合った。

「昔親に同じ事言われたよ・・・夏目?ごめんな?・・・止めてくれたのに勝手に行動して結果夏目に迷惑かけた・・・嫌いになったなら俺と関わらなくて良いさ」

 自分の行動を反省し、帰ろうと歩き出すと後ろから裾を掴まれ、ドサッと夏目が俺の背中に額を押し付けてきた。

「ありがと・・・私の為に・・・」

 夏目は背中に顔を押し付けて涙声を出しながらハッキリと俺に感謝を伝えて来た。

「夏目?」

「ありがと・・・本当に・・・ありがと」

 更に強く俺の背中に額を押し付けて泣きながら感謝を伝えてきたが、そのまま動かずに受け止める事にした。

「怒ってないのか?」

「怒らない・・・それより嬉しかった・・・裕也は私を2回も助けてくれた・・・」

 夏目は額を押し付けたまま動かなかったし、むしろそのまま完全に俺に体重を預けて俺の腹に右手を回して抱きついてきた。

「夏目ちゃんは本当に上野くんを心底信用してるんだね?」

「俺にさっき言った言葉は向けるべき相手が違ったな?」

 柴山さんと剛は俺に対して完全に心を開いた夏目と頼られている俺を微笑みながら見守っていた。

「学校に居ても仕返しとか来そうだし、先生に見つかるとうるさいから早く帰った方が良いよ?」

 柴山さんがクスクスと笑いながら帰宅を提案して、俺の背中をそっと押してきた。

「じゃぁお言葉に甘えて帰らせてもらうよ」

「後の事は私と斎藤くんに任せて!夏目ちゃんを頼んだよ?」

 夏目と共に歩き出してから振り向くと柴山さんは手を振り、剛はガッツポーズをしていたのを見て俺も笑い返して校門を出た。

「まだ1時か?どっか行くか?」

「え?私と一緒で良いの?」

 俺の提案に対して夏目は自分と一緒だと迷惑ではないのかと言う表情を俺に向けてきた。

「夏目は俺と一緒にいるのが嫌なのか?」

「何言ってるの⁉︎裕也は私の恩人なんだから嫌なわけないよ!」

 夏目が昨日まで俺に向けていた感情を表に出し、ハッキリと自分の想いを俺にぶつけてきたのが嬉しかった。

「じゃぁ一緒で良いのなんて聞くなよ?俺は夏目だからどっか行くかって聞いたんだぞ?」

「じゃぁ・・・どこ行くの?」

 口に出したは良いが俺は夏目に対してノープランと言う典型的な回答をしなければならなくなった。

「何も決めてない・・・」

「何も・・・決めてない?」

 俺のノープラン発言に対し最初は唖然とした表情をしてからクスリと笑い、俺が転校して間もないから何処に何があるか分からずに言った事を察して夏目は手術後の見舞いに行った時と同じ優しい笑顔で返して来るとハッとして鞄を漁り出した。

「裕也これ!」

 夏目が鞄から1万9千円を取り出し、俺に突き付けてきたが、その金に全く覚えが無かった。

「あれ?俺夏目に金貸したっけ?」

「何言ってるの⁉︎さっき喫茶店で2万円置いて飛び出したんだよ⁉︎」

「え?マジで⁉︎2千円置いてったつもりだったのに⁉︎」

「もぅ!・・・でも・・・私の為に行動してくれてありがと」

 俺のおっちょこちょいに対し少し怒った様子だったが、それが夏目の為の行動を起こした結果のおっちょこちょいだった事もあり、夏目は俺に感謝の気持ちを伝えて笑いかけて来た。

「取り敢えず歩こうか!」

「そうだね?私本屋さんに行きたい!」

 周囲からどんな目で見られても構わないが、俺達は自分の背負った障害と託された仮の腕という事実、だが仮の腕でも誰かを支えらるし、俺は感覚のない腕だが夏目は感覚のある仮の腕、その差は感覚だけで何も変わりはしないけども仮の体と共に幸福という物も与えられる。


  13

 色んな所を歩き回り、夕方という事と夏目が心配だから寮まで一緒に着いて行く事にしたが、俺達は寮の出入り口で立ち止まっていた。

「やっぱり入り辛いよな?柴山さんに連絡して出てきて貰ったらどうだ?」

「そうだね?・・・今メール送る」

 夏目はスマホを取り出しメールを送ると溜息を吐いて俺の顔を寂しそうに見てからそっと俺の手を握って来て驚いていると夏目はニッコリ笑いかけてきた。

「夏目は頼れる友達って柴山さんだけなのか?」

 問いかけると夏目はまた寂しそうな顔をしてから女子寮の出入り口を見て溜息を吐いた。

「私には頼れる人は陽菜とお姉ちゃんだったけど、今は1番頼れる裕也が居るから問題ないよ?」

 俺が1番頼れると言ってくれた事に俺は嬉しくなっていると夏目は寮の玄関を見ながら寂しそうにしていた。

「お姉ちゃんが手術の同意書持ってたんだよ?私がいつでも義手を付けられるようにってお父さんがお姉ちゃんに渡してて、私が決意した時に家族の想いと一緒に同意書を渡してくれた」

「夏目は愛されてるな?俺は転校続きで事故で腕失くして散々な目にあって来てるし、親の愛情なんて分からねぇからな?」

 状況が違え共身体の一部を失くした事と義手を付けたと言う事だけは同じである。

「夏目ちゃん!」

「なっちゃん!」

 玄関から柴山さんと学年寮が違うはずの瑠衣さんが飛び出してきて繋いだ手を急いで離した。

「え⁉︎お姉ちゃん⁉︎わっ!」

 柴山さんは途中で止まったが、瑠衣さんは止まらず夏目を抱きしめていた。

「全部陽菜ちゃんから聞いたよ!何でお姉ちゃんに言わなかったの⁉︎」

「ごめん・・・お姉ちゃんに心配かけたくなかったのと他に裕也しか頼れなかったし、話しかけてかけてくれたから・・・」

 大橋姉妹はとても仲が良いみたいで、夏目も俺に対する笑顔よりもっと純粋な笑顔をしていた。

「この2人見てると家族って良いなって思うよね?」

「まぁな?柴山さんって独りっ子なん?」

「そうだよ?でも夏目ちゃんと昔から遊んでたし瑠衣さんも私を姉妹だと思って接してくれたから独りっ子感覚は無いかな?」

 2人の姿を見ていると家族と一緒にいられるのは良い事だし、親子より姉妹、兄弟と言う距離は親子より近いし1番の理解者だからこそ安心すると思う。

「上野くんは兄弟いるの?」

「いるよ?いもぐふっ!」

 言葉を発する前に背中に衝撃と痛みが走り、強烈な痛みに悶絶していると背後から笑い声が聞こえてきた。

「兄ちゃ〜ん!」

「上野くん⁉︎」

 柴山さんの心配した声を無視し、激痛に耐えながら攻撃と俺を兄と呼んだ声の主の方を向くと短いポニーテールのタレ目の女の子が仁王立ちしながらニコニコ笑っていた。

「このバカ妹!何するんだよ!」

「妹が心配で寮に忍び込みにきたの?」

「お前なんぞ心配するか⁉︎」

「実の妹を心配しない兄も兄でどうかと思うよ?」

 妹との会話を夏目達は呆然と立ち尽くし、質問したくても出来ないと言う状況だった。

「裕也?・・・その子は?」

 意を決したかのように夏目が小さく手を挙げて質問して他2人も頷いていた。

「このバカは前に話してた俺の1つ歳下の妹の(はるか)だよ!」

「バカとはなんだよ兄ちゃん!私は泉高校1年生の上野遥です!兄がお世話になってます!夏目さん!」

「ふぇ⁉︎はい?」

 何故か自己紹介が終わった後に夏目の名前を呼び夏目の前に姿勢を正して向き合った。

「兄ちゃんは直線バカで考えなしに突っ込む癖がありますけど、そこを含めて兄ちゃんの全てを愛してあげてください!」

 今日の行動を整理すると、夏目と会って話を聞いて峯岸に説教しに行ってそのままこの時間まで色んな所を回ってここに来て瑠衣さんと柴山さんが夏目を迎えに来てそこから遥が出てきて自己紹介した。

「いきなり何恥ずかしい事言ってんだこのバカ妹!」

 発言と共に愛の鉄拳と言うより怒りの鉄拳を遥の頭目掛け勢い良く振り下ろした。

「兄ちゃん拳骨やめてよ!」

「安心しろ!左手だ!」

 兄妹コントのような事をしていたが我に返って夏目達を見ると夏目は顔を真っ赤にして呆然と立ち尽くしていた。

「見ろ!お前のせいで夏目が混乱してんだろ⁉︎」

「え?兄ちゃんの彼女じゃないの?」

 遥は話をゴチャゴチャにした事と、自分が思っていた事が間違いだと言う事をようやく理解したようだ。

「上野くん?その辺にしないと多分夏目ちゃん倒れちゃうよ?」

 夏目を見ると顔を真っ赤にして倒れそうになっているのを瑠衣さんが支えていた。

「夏目?おーい?夏目さーん?」

「私が・・・裕也の・・・彼女・・・私が・・・」

 夏目は遥のせいで色々と勘違いして混乱してしまい、処理に時間が掛かってるようだ。

「はぁ・・・じゃぁ俺は寮に戻る!柴山さん?夏目を頼んだ」

 遥のせいで夏目の顔を見る事が出来ず、小走りで寮に戻った。


  14

 翌日、昨日の出来事を思い返しながらズンズンと寮の階段を降りていると剛が寮の玄関で待っていた。

「よう!朝から何て顔してんだよ?昨日の峯岸の事気にしてるんだったら大丈夫だって!みんな尊敬してたぞ!」

「そんなんじゃねぇよ・・・」

 俺の不機嫌な表情を見て剛はニヤニヤしだしたが、その表情に反抗できる程俺に余裕が無かった。

「昨日大橋と何かあったろ?」

「あったよ!俺のバカな妹のせいでな!」

「お前妹居たのか?」

「居るよ!大バカで恥ずかしい事を・・・あら〜」

 剛と通学路を歩きながら夏目と遥の事を話す前に当事者である夏目はいつもの場所で俺を待っていた。

「よう!大橋!」

「あ〜!お前も遥も!」

 夏目は剛に呼ばれて振り向いて手を振ったが、俺の顔を見てから赤面して顔を背けた。

「お・・・おはよ」

「あぁ・・・おはよ・・・」

 昨日の出来事のせいで挨拶以降の会話ができず、話しかけたくても何を言って良いのか分からなかった。

「あ!俺先生に呼び出されてるんだ!先に行くぜ〜」

 剛は何かを思い出したかのように俺と夏目から遠ざかり、止める間も無く走り去ってしまった。

「あの野郎・・・」

 夏目と2人で無言で歩いていると夏目はモジモジしながらリハビリ用のボールを握っていたが、昨日手を握られた事を思い出して恥ずかしいと思いながら声を掛ける事にした。

「やっとそこまで動くようになったんだな?」

「昨日寮でできなかったから・・・もうすぐリハビリ終われるよ?」

 昨日できなかった理由は遥が作ったが、遥に謝らせても状況が変わるわけじゃない。

「夏目?昨日の事なんだけどさ?」

「え⁉︎遥ちゃんの事⁉︎」

「そうなんだけど・・・夏目は俺を頼ってくれたり、優しかったりするのは良いと思うし、必死になって頑張ってる所は良いと思うんだけど・・・」

「はい・・・」

 このまま話してると何か別の勘違いを生みそうな発言しか思い浮かばない上に今後夏目の顔を見てられなくなる。

「俺は・・・」

 俺が言葉に迷っていると後ろから笑いを堪えてる女子生徒の存在に気が付いたが振り返る前に口を開いていた。

「俺は夏目さんが大好きだから付き合ってください!」

「ふぇ⁉︎」

「またお前か⁉︎」

 反応が遅く振り返ると俺の後ろで遥がニヤニヤしながら俺を見ていた。

「兄ちゃんこの手の話は鈍感だからね?代弁してあげたよ!」

「遥!また気不味くなるだろ⁉︎」

「え〜?私に恋相談してきたのに?」

「なっ!おまっ!何言ってんだよ⁉︎」

「え?昨日メールで気不味いなら決着付けるって言ってたじゃん!」

 確かに昨日説教兼、恋愛相談とクラスの事で相談したが、このバカはまた勘違いしてるみたいだ。

「俺の言う決着はクラスの事だ!」

「え?夏目さんに対するモヤモヤした気持ちに対して決着付けるんじゃなかったの?」

 色々とゴチャゴチャにする所は父親そっくりで、話を盛ったりするのは母親似なのかもしれない。

「じゃぁ私は先に行くね〜?兄ちゃん!夏目さんのボディガードしっかりね!」

 遥も言い返す前に走り去ってしまい、夏目とまた2人きりになってしまった。

「え〜っと・・・夏目さん?・・・今の話はですね?」

 気不味いながらも夏目の顔を見て説明をしようとすると夏目は左腕を下げていた三角巾を取り、指と手首を動かし、そのまま腕を真っ直ぐに上に挙げた。

「やっとここまで動かせるようになったよ!もう三角巾は必要ない!これでもうクヨクヨするのはやめられる!それと・・・裕也に真っ直ぐ気持ちを伝えられる!」

「お疲れさん!よく頑張ったな?・・・俺に真っ直ぐ気持ちを伝えるって何をだ?」

「リハビリ終わって同じように笑い合えるようになったら聞いて欲しい事があるって言ったでしょ?」

「確かに言ってたけど・・・どったの?」

 ニコッと夏目が瑠衣さんに対する笑顔を俺に見せてから俺の前に回って立ち止まって俺を止めて真剣な顔を向けてきた。

「私は裕也が好き!昨日悪人覚悟で峯岸さんに立ち向かってくれた時に私自身の気持ちがハッキリ分かったの!私と付き合ってくれる?」

 夏目の言葉はすぐに理解できたが、昨日の遥の爆弾発言でそう思ってしまったのと疑ってしまったから聞く事にした。

「夏目?昨日遥に言われたからその気になったとかじゃないんだよな?」

 俺の問いかけに対して夏目は真っ直ぐな笑顔で首を横に大きく振った。

「違うよ?恩義だとか誰かに言われたからとかじゃないよ?これは私の本心だよ?」

 真っ直ぐ俺の目を見てしっかりと本心を伝えて来たが、俺は自分の本心がハッキリと分かっていても夏目の気持ちを受け止められる自信が無かった。

「ごめん・・・夏目の気持ちは嬉しいし、俺も夏目が好きけど・・・夏目の気持ちを受け止められる自信がないからまだハッキリと答えられられない・・・」

「そうなんだ・・・私は伝えたよ?いつでも答え待ってるからね?」

 夏目はニッコリ笑って進行方向を向いて歩き出したが、また戻って俺の方を振り向いて右手で俺の左手を握り、引っ張って歩き出した。

「夏目ちゃ〜ん!」

 後ろから柴山さんが夏目の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

「陽菜!おはよ!」

「おはよ♪あれ?夏目ちゃんと上野くんって・・・」

 この状況を見て驚くのは無理はないし、俺が夏目に好意を抱いている事は柴山さんに相談していたから俺の想いが伝わったのだと思っているが、本来は逆で夏目が想いをぶつけて来たのにも関わらず、俺が夏目の想いを受け止められずに居たのにこの状況になってしまっている。

「この状況はですね?先程ストレートな発言を受けてその解答をアヤフヤにしてもこの状況になってたんですよ柴山さん」

「答えなかったの?私結構相談受けてたから全部聞いてるからね?てっきり上野くんが夏目ちゃんに告白したんだと思ったよ?」

 柴山さんはクスクス笑いながらこっちを見ていたが、夏目は驚いて俺の顔を見てきた。

「裕也は私が好き・・・なの?」

「え⁉︎・・・俺は・・・夏目が好きだって・・・柴山さんに相談した」

「私も裕也が好きだよ?何で付き合ってくれないの?」

 夏目は少し顔を赤くしながらニッコリ笑って俺に答えを求めてきたが、今の俺の答えは変わらなかった。

「今の俺は夏目の想いに答えられる自信が無いんだ」

「お互いに好きなんだから良いでしょ?」

「上野くん!ちゃんと答えなきゃダメだよ!」

 夏目は頬を膨らませて握っている俺の手をギュッと強く握って答えを求めてきて、柴山さんは苦笑いしながら俺の背中を押そうとしていた。

「ちょっと待っててくれないか?つーか夏目は答え待つって言ってくれたじゃねぇかよ?」

「言ったよ⁉︎でもそれとこれとは話が別だよ⁉︎私は裕也が好き!本当に大好きなんだよ⁉︎」


  15

 夏目と柴山さんに答えを急かされつつ3人揃って教室に入ると何故かクラスメイト達が俺達の所にドッと寄ってきて全員から拍手された。

「どう言う状況だこれは?」

 嫌がらせではなく本心で拍手してくれていたのは全員の表情から伝わってきた。

「上野!良くやった!」

「あの女帝にあんな事言える奴なんてお前しかいなかった!」

 何だかよく分からんが、女帝だとか良くやっただとか言われているけども俺は峯岸に物を申しただけでこんなに英雄視される筋合いはない。

「俺は学校サボって峯岸の話聞いて腹が立ったから峯岸に説教しに行っただけなんだが・・・」

 夏目と共に席に着いて教科書を机にしまい、隣からの視線が気になって夏目の方を見ると俺の方を見ていた。

「ど・・・どった?」

「ん?何でもないよ?強いて言うなら裕也の観察?」

「人の観察はやめなさいって・・・正直夏目にそんなに見られると恥ずかしいし・・・」

「お互いに好きなんだから恥ずかしがる事ないよ?私の気持ち良く知ってるの裕也だよ?」

 お姫様はストレートに想いを伝えてから恥ずかしい事を平然と言うから困るが、そこが嫌いだとは思ってないし意地悪っぽい笑顔も正直可愛いと思う。

「夏目?さっきの事なんだけど・・・」

 答えと言うより今自分が思っている事を話そうとすると机の前に人影が入ってきた。

「ちょっと話あんだけど・・・上野と大橋さん面貸してくんない?」

 俺は夏目方に視線を合わせていたが、声の主は峯岸だと言うのはハッキリ分かったけども、俺は嫌な顔をして夏目は心配している表情を見せ来たから横目で睨みつけた。

「何だ?昨日の仕返しか?面貸せとか言わず正々堂々とこの場で言いたい事言ったらどうだ?人呼びつけてコソコソするのがお前のやり方か?」

 顔を見るのも面倒だと思ったが、やはりそれは今は許せない相手でも流石に失礼だと言う事で峯岸と向き合った。

「流石にそれは恥ずいし・・・他に聞かれるとそんな人間だと思われると嫌だし」

 昨日の仕返しというより別のような反応だが、これはこれで仕返しのつもりなのかと考えてしまった。

「言いたい事ハッキリ言えよ!」

 遠回しに言われる事とブツブツとハッキリ言わない人間に対してはいつもこうなってしまうが、夏目の場合は過去が過去なだけ人間不信に陥っていたから理解は出来ていたが、峯岸は違うからこそ追及した。

「昨日はごめんなさい!」

 発言と共に峯岸が思いっきり頭を下げてきたから夏目は驚いた顔をして、周りの連中も動揺してざわつき始めた。

「昨日上野に説教されて2人が背負ってる物を軽んじて!失くした辛さなんて考えた事なかったし!失くした何かを取り戻す人達を見下してきて学校から追い出そうとした!あたしは許されるつもりもない!でも謝らせて!」

 周りがどう思ってるのかは俺は知らないけども、夏目は自分の苦しみを少し理解されたと思っているようだが、俺は頭を下げたままの峯岸にどう話しかければ良いのか悩んでいた。

「うぇ〜・・・やっと説教終わった・・・俺外野だから外行くわ〜」

 剛が俺達の所に来て状況が飲み込めず廊下に出ようとしたが、夏目と2人で剛を止めた。

「お前はここに居てくれ!」

「私が説明するから待って!」

 夏目が剛にこの状況を全て説明して納得してくれたようで、俺の方に来て溜息を吐いた。

「状況はわかった!ここまで峯岸がしてるんだから許してやれよ?」

「許すも何も謝られるなんて予想外な展開に俺も付いていけねぇんだよ!」

 剛は呆れた顔で俺を見て頭を抑えて悩んでから俺の肩に手を置いてきた。

「冷静になって自分より大橋の事を考えて答えてみろ?」

 剛の発言で冷静になり、夏目を中心に考えてみると、とりあえず俺は夏目に謝って欲しいと言うのはさっき成立したし、俺はどうでも良いから夏目が許せば問題ないと言う単純な解答に気付いた。

「峯岸?俺に許しを求めるより夏目に言ってくれ・・・俺はそれで良い」

 俺の発言に夏目は驚いた顔をしていたが、峯岸は夏目の方に向かい頭を下げて謝罪した。

「ごめんなさい!」

「私は良いよ!その・・・分かってくれれば良いから!うん!これで終わり!ね?終わりだよ!」

 アタフタしながらも謝罪を受け入れたが、峯岸からすると俺が1番の壁だからあっさり崩す事にした。

「じゃぁ夏目が許したならこの話は終わりだ・・・許してやるが次はねぇからな?」

 峯岸とのやり取りがようやく終わったと思い、ドサっと頭を机に押し付けると夏目が俺の席の左側の通路に椅子を持ってきて横に座った。

「言いたい事あるならお聞きしますよお姫様?」

「特にないよ?誰にだってすぐに理解できない事だってあるんだって事を教えて貰った気分だよ?」

 今朝の事もあり、夏目はドンドン俺に攻めてきて何だか昨日より距離が縮まって少し嬉しいとは思う。

「授業前なのにどっと疲れた・・・」

「頭撫でたら元気出る?」

「やめてくださいよお姫様・・・」

 今朝からこの子は平然と大胆な発言をするようになってしまっていた。

「ねぇ?さっき言いかけた事聞かせてくれる?」

 夏目は少し無理した笑顔でうつ伏せで半分夏目の方を見ている俺の顔を覗いてきた。

「俺は夏目に対して好意を抱いてないわけじゃない・・・むしろ俺は夏目が・・・本当に大好きだし、夏目の気持ちは嬉しいけど、自分で夏目の気持ちを受け止められる自信は今の俺には無いと思うから答えは待って欲しい・・・」

 自分の考えた事をそのまま伝えたつもりでも途中で何を言ってるのか分からなくなってきたが、とりあえず答えを待って欲しいと伝えたつもりだった。

「今の言葉はOKって受けて良いの?」

 夏目は意地悪な笑顔を見せてきたからそれに対する訂正をするつもりだったが、予鈴が鳴り出し教師が入ってきた。

「ほら〜!席つけ〜!注意とか説教だとか面倒なんだから他の先生ともかくあたしの時だけでもちゃんとしろ〜!」

 夏目くらいの長髪で鋭い目つきをした女性教師らしからぬ発言をしているのが日本史担当であり生徒指導の浅野(あさの)志乃(しの)先生が話し方と比例して適当な授業を雑談を混じりながら終わった。

「課題やってこない奴は正義の鉄拳を食らわすからちゃんとやって来いよ〜?」

 いつもながら適当に廊下に出ようとしたが、振り向いて俺と夏目の所に歩いてきた。

「上野と大橋は次の授業欠席して生徒指導室に来な〜茶を用意してやるから〜」


  16

 夏目を左側にして2人して呼ばれて生徒指導室の面談の机に並んで座り、浅野先生と向かい合った。

「あ〜・・・昨日の件なんだが?」

「「すみませんでした!」」

 昨日の事と言われた時点でサボった事に対して説教を受けると思い、2人で全力で謝った。

「何の話をしてるんだ?あたしは峯岸の件と大橋についての話で呼んだつもりだが?」

 2人揃って予想外の解答に対して驚いたが、夏目と峯岸の事というと俺だけが怒られるのは予想がついた。

「上野?峯岸と大橋の件なんだが・・・」

「すいませんでした!」

 思い当たる事しかなく、再び頭を下げて全力謝罪したが、その様子を見て心配した夏目は隣で俺の手を握って来た。

「あ〜・・・説教のつもりで呼んでないとさっきから言ってるだろ?」

「へ?昨日の件って学校サボって峯岸に説教した事が問題になってるんじゃないんですか?」

「3分の1正解だ・・・さっきも言っただろ?説教のつもりは無い・・・試験なら2点満点中1点という所だ」

 俺が導き出した答えは3つだったが、1つ見落とした様だが答えが全く見つからない。

「少しだけあたしの話を聞いてくれ・・・話終わるまで質問と反論は受け付けない!良いな?」

 先生に念を押され、2人して了承すると先生は語り出したのは、先生は夏目に何度も義手を勧めて断られたという事と、俺が付けているという単純な理由でも良いから自ら義手を求めてくれた事、そして峯岸に対しては教師でさえも手を焼いていた生徒だという事でどう対処するかと言う会議まで開かれるほどの問題児だったが、昨日の出来事で峯岸は朝、職員室に入るなり教師全員に謝罪するまで公正したという事の感謝を俺と夏目に伝えてきた。

「峯岸って昨日初めて関わったんですけど・・・」

「知らないからこそ峯岸に対して間違いを正そうとしたんだろ?やり過ぎなのは反省すべき所だがな?」

 先生にまでも剛と同じ事を言われてしまい再び反省していると夏目は握った手を強く握り返して来た。

「やり過ぎたとは私は思いません!私は感謝してます!今まで先生から義手を勧められて断って来ましたけど、上野くんが前を向く切っ掛けを作ってくれたんですから!」

「大橋は変わったな?前ここに呼んだ時は何も信じられないと言う顔をしてたのに今は真っ直ぐ前を見ている」

 夏目が手の力を緩め少し落ち着いた感じがしたが、夏目の前の状態はあの暗く、冷たい表情を毎日していたのだろうと思いながら俺は夏目の手を強く握り返した。

「上野・・・大橋の支えになってやれ」

「そのつもりです」

「その言葉を忘れるなよ?それと2人共勘違いしてるのはようだが高校は義務教育の範囲では無いからサボったからと言って説教も反省文も無い」

 2人して溜息を吐いて完全に気が抜けてしまってから繋いだ手を離した。

「大橋は教室に戻って良いぞ?上野はまだ話があるから残りなさい」

「え?他に何かありました?」

 夏目は寂しそうに立ち上がり、言われるがまま生徒指導室を出て行き、先生と2人きりになってしまった。

「俺他に何かしましたか?」

「心当たりでもあるのか?」

「いえ!全く!」

 転校してから問題を起こしたのは峯岸の件だけしか無かった筈なんだが、とりあえず転校して来てから今までの行動を思い返している所で修学旅行の通知を見せてきた。

「修学旅行が近いのは知っているだろ?」

「沖縄でしたよね?」

「そうだが・・・上野も義手という事だが、海水に入るとどうなる?」

「そう言う事ですか?接続部分から漏電して周りを巻き込みますね?」

 シリーズ2まではジョイント部分がほぼ露出しているし、そこから流れる電気は海水によって流れてしまうと言う欠点があるが、夏目のシリーズ3は体の中に機械部分があると言う完全防水である。

「やはりか・・・引率の先生から聞いておいてくれと言われてな?マリンスポーツ体験があるが、見学と言う形にしてくよ」

「来るなと言われると思ってヒヤヒヤしましたよ?」

「流石に今まで転勤族の両親について行って修学旅行行った事ない生徒に行くなとは言えまい」

 先生は適当に見えて結構真面目で優しい人の様で、俺の立場をしっかり理解してくれている様だ。

「話は終わったから教室に戻りなさい」

「ありがとうございました」

「礼を言うのはむしろこっちだ・・・それと大橋を頼んだ」

「何があっても倒れない柱になりますよ」

 少し照れくさい発言をしてから生徒指導室から出ると夏目はまだ廊下にいた。

「え?聞いてたのか?」

「うん・・・ちょっと恥ずかしかったけど・・・」

 何があっても倒れない夏目の支えになるとか聞かれたらこっちも恥ずかしくなる。

「裕也のバカ・・・」

 夏目は小声で言いながら額を胸板に押し付けて来たが、ここは学校という事もあり、押し付けられてから周りを気にした。

「夏目?その行為は嬉しいけど・・・学校ではやめよう?」

「私は気にしないよ?」

「気にしてくださいよお姫様!」

「そう?ごめんなさい・・・」

 夏目をションボリしながら俺から離れた事に少し罪悪感を感じてると瑠衣さんがそれをジーっと見ていた。

「上野くん?なっちゃんを不幸にさせたら末代まで呪うよ?」

「いや・・・つーか何でここに居るんですか⁉︎」

 まだ授業中なのに何故か瑠衣さんは生徒指導室の前に来ていた。

「多分同じ理由だと思うよ?浅野先生に呼ばれて来たんだから」

「瑠衣さんもですか?今俺も終わった所です」

「そこから2人はイチャイチャしてたわけ?なっちゃんは甘えん坊だけど、私は甘えさせたいから上野くんを甘えさせてあげようかな〜?」

 夏目の方を見ながら瑠衣さんは俺の頭を撫で出すと夏目はムッとして俺の手を強引に引っ張って瑠衣さんから遠ざけた。

「お姉ちゃん!裕也が困ってる!」

「え〜?お姉ちゃんなっちゃんが上野くんに取られてすんごく寂しいな〜?」

「お姉ちゃんの意地悪!」

「意地悪はどっちかな〜?」

 瑠衣さんは優しい人なんだろうが、夏目には少し意地悪な所があるようで、その意地悪を夏目が間に受けて反応するのを楽しんでいるようだ。

「あ〜・・・早くイチャイチャコントを終わらせてくれないか?話し合いは早く終わらせる事に越した事はない」

 浅野先生が頭を抱えながら扉を開けて待っているが、何故か怒気を感じた。

「大橋姉は早く入りなさい!それとそこの2人は校内でイチャイチャするな!あたしだって今独身で彼氏もいないんだから・・・」

 怒っているのは授業をサボった事ではなく、羨ましくて嫉妬して怒っているようだ。

「早く教室に戻ります!」

「私も・・・」

 注意されてからでは遅いけども早く教室に戻る事にしたが、生徒指導室と教室の中間地点で夏目が袖を引っ張って来た。

「どったの?早く戻らないと授業終わるぞ?」

「今日の授業は今の授業だけじゃないでしょ?昨日全部サボったのに1時間サボったって問題無いと思うよ?」

 大胆な発言をしている事に気付いているのだろうが、夏目がニッコリ笑うと反抗できない自分に気が付いた時には遅かった。


  17

「まったく・・・可愛いお転婆お姫様だよ!」

「面と向かって可愛いなんて言わないでよ!」

「面と向かって今日何度も好きだって言ってきたお姫様が言う事ですか?」

「むぅ〜!意地悪!裕也がまだ私の告白にはっきり答えてくれないから・・・」

 誰も居ない食堂で向かい合って座り、カップコーヒーを片手に話しているが、聞かれたら恥ずかしい事を言っているのは置いておく。

「答えたろ?夏目の事・・・その・・・」

「私の事がなぁに?」

 また意地悪な笑顔をして聞き返してきたが、ここまで来ると変に誤魔化すとまた追求されそうだからハッキリと言う事にした。

「俺は夏目が好きだって・・・」

「ふぇ⁉︎・・・うん・・・ありがと・・・」

 自分でハッキリと分かった想いを伝えてみたが、予想外にも夏目は真っ赤な顔をして俯いてしまった。

「よし!初めて夏目に勝った!」

「むぅ〜!じゃぁ立って!」

「へ?わかったけど・・・何する気だ?」

 言われるがまま立ち上がり、夏目に問いかけても夏目も立ち上がって俺の近くに来て、右人差し指を口に当てながらウインクするのみ、要するに秘密だと言いたいようだ。

「えいっ!」

 掛け声と共に夏目は俺に抱きついて来て、少し小柄な体を受け止めながら感じたのは身長の割には大きい胸が当たっても気にしない事にしたが、夏目は意識されても構わないと思っての行動だとは思う。

「あのな?・・・お姫様・・・こう言うのは・・・」

「誰も居ないし、軽率なつもりで抱きついたんじゃないよ?」

「ぬぅ〜・・・このお姫様は・・・」

 予想外の行動の上、俺の発言を先回りして言われるとも思わず、そのまま抱きつかれたままでいる事にした。

「私は答えを急かしてるつもりでこんな事したり、裕也が好きって何回も言ってるつもりは無いって事だけは分かってくれる?」

「分かってるよ?気持ちは同じでも俺は夏目に見合った人間か分からねぇからな?」

 夏目は俺の体をギュッと強く抱きしめ、頷いて顔を胸板に沈めて来た。

「裕也は私と付き合うのが嫌だって思っていないのは分かってるから良いよ?答えはずっと待ってるからね?」

「ごめんな?俺も夏目が好きだけど・・・夏目は本当に俺で良いのか?」

「本当に良いのかって言うのは告白した本人に聞くのはおかしいよ?裕也じゃなきゃ嫌だったから私は告白したんだから!」

「ぬぅ・・・ストレートに意見を言いすぎですよお姫様!」

 夏目は十分すぎる位抱きついていたが、俺から離れて優しい笑顔を見せて俺に背を向けた。

「自分の意見は真っ直ぐ包み隠さず相手に伝えなきゃ意味がない・・・相手がいないキャッチボールは無いから私は決めた人には素直に伝える!それが恩人で色んな事を教えてくれた大好きな人なら尚更・・・だから私は裕也には何も隠さない」

 ここまで言われればもう負けを認めるしかないから夏目と付き合うと言う悩みに悩んで決めた事を伝える事にした。

「分かったよ・・・俺の負けだよ・・・付き合うよ」

 俺の発言に対して夏目は振り向いてキョトンとした目で俺を見てきた。

「え?え?え?」

「答えは言ったぞ!俺は教室に戻る!」

「待ってよ!今答えるの反則!」

 自ら言った発言には後悔していないが、言うタイミングを間違えたと思って夏目の顔を見ずに教室に戻った。

「説教長かったな?」

「俺は説教されてねぇよ!つかお前本当に説教食らってたんだな?」

 昼休みに剛と夏目と3人で教室で剛と夏目のワガママ以外の事を全て伝えたが、時間が合わないと言うのは適当に説明しても剛は説教と勘違いしている。

「それにしても剛は何したんだ?」

「それがな?昨日帰りにカツアゲされてる他の学校の生徒を助けたら浅野先生に電話で呼ばれた」

「助けたのに何で剛は説教されたんだ?」

「犯人達をボコボコにした」

「怒られただけで済んで良かったな・・・」

 剛は不良っぽく見られるのが好かないし間違った事をする奴らにも間違いを正そうとする正義感もあるが、暴力を振るうのは良くない。

「俺は説教だけで済んだけど・・・何で大橋は怒ってるんだ?」

「これには海より深くて地球の核くらい深い言い訳があるんだよ・・・」

 夏目が怒ってるのは変なタイミングでカップル成立してしまい、聞き返しても俺はさっきまで意地悪されてたから意地悪を返しているのだ。

「むぅ〜!裕也のバカ!意地悪!」

「悪かったよ!やり過ぎたから謝るって!機嫌直せよ!」

「むぅ〜!じゃぁ帰りに甘い物食べに連れてってよ!それとさっき私が聞き返した事をまた言ってくれれば許してあげる!」

 お姫様は初デートをご所望している様子だったが、邪魔しか思い浮かばなかった。

「剛?流石について来たら夏目が怒るからやめてくれよ?」

「流石にしないって・・・柴山に悪い・・・」

「何で柴山さんが出てくるんだ?」

「柴山って何かに付けて俺と喧嘩になったり、危ない事とかあるとすぐに心配するからよぉ・・・」

 あんな優しい柴山さんが怒るのは珍しいし、剛を心配する理由も俺は分かっていたが、怒るとどうなるのか気になったから夏目に聞く事にした。

「なぁ夏目?」

「なぁに?」

「柴山さんって怒ると怖いのか?」

「何で陽菜の事聞くの?」

 夏目は柴山さんの名前を出すと寂しそうな顔をして俺から目を逸らした。

「え〜っと・・・剛から怖いって聞いてな?夏目は知ってるかと思ってな?」

「裕也の後ろに居るから本人に聞いてみたらどう?」

「は?後ろ?」

 夏目が目を逸らしたのは嫉妬とは別に恐怖という言葉が正しいのか分からないが、本人がそこに居た。

「私がどうかしたのかな?」

「剛!ジュース買って来てくれ!4本!」

「おう・・・」

 柴山さんの気持ちは俺がよく知っていたが、柴山さんには悪いけども剛をその場から遠ざけて柴山さんに経過報告をする事にした。

「夏目?柴山さんに聞いて貰いたいんだけど良いか?」

「そのつもりだよ?」

 俺と夏目の席と俺の前の席を使って話し合う状態を作ったが、柴山さんは謎めいた顔をしていた。

「聞いて貰いたい事って何かな?」

「陽菜!カップル成立したよ!」

 夏目は笑顔で生徒指導室から昼休みまでの恥ずかしい事まで全て説明した。

「もっと早く話してよ!」

「夏目?そんなに事細かく教えなくて良かったんじゃないか?思い返すと恥ずかしいんだけど?」

 俺の反論に夏目はちょっと照れて笑っていたが、柴山さんだからこそ話したと言う事もあるようだ。

「次は陽菜の番だよ?私の背中を押してくれたから次は私が押すよ!」

「え?私は別に良いよ・・・」

 恋話と言うのはとりあえず女子同士でないと話は進まないし男が口を出す事ではなさそうだ。


  18

 土曜日、まだ夏休み前だと言うのに汗ばむくらいの陽気で長袖を着てる人達は誰も居ないくらいの気温にも関わらず、俺は剛と共に駅に向かっていた。

「夏じゃないはずなのに何でこんなに暑いんだ?」

「お前はまだマシだろ?こっちは鉄の塊ぶら下がって接続部分で火傷しそうなんだから・・・」

私生活には問題ないし改善されたとは言え猛暑日にはシリーズ2は適さないのはよく分かる事である。

「今日の面子は?」

「俺ら2人と夏目と柴山さん」

 昨日夏目からメールが送られ、土曜日に遊びに行こうと誘われたが、2人きりではなく、柴山さんの件での呼び出しだった。

「柴山は俺をどう思ってるんだ?」

「そりゃ本人に聞く方が手っ取り早い!」

 俺は柴山さんの気持ちを剛より先に聞いてしまっているからこそ剛には何も言えずに歩いていると駅で待っている夏目が俺達に気が付いた。

「裕也〜!斎藤く〜ん!こっちだよ〜!」

 夏目が元気よく手を振って俺達に早く来るように急かしている様な感じがした。

「お待たせ!この気候で義手付けるのに手間取ってな?熱くて付けられなかったよ」

「人工皮膚付いてるのに?寝坊したかと思ったよ?」

 夏目は少し苦笑いしてから俺に抱きついて来て耳元に顔を近づけて来た。

「陽菜はまだ来てないけど・・・予定は昨日伝えた通りね?とは言っても私達は何もしないけどね?」

「分かってるよ?でもその可愛らしい格好で近づかれると目のやり場に困るんだが?」

「え?似合わない?」

「似合ってるし、夏目が可愛いから困るって言ってんだよ」

 俺から離れ、白いノースリーブのブラウスに水色のミニスカート、厚底の靴の姿を駅のガラスに映った自分を見ていた。

「えへへ〜♪裕也の趣味はこんな感じなんだ〜♪」

「風邪引くなよ?寒暖差激しいんだからさ?」

 夏目と親密になった会話をしていると俺の横で剛がソワソワしているのが分かった。

「どったよ?」

「柴山来るんだろ?柴山がどう言うつもりで俺を誘ったのか分からなくてな不安なんだよ!」

「落ち着きなって!」

 俺と夏目が付き合った時に剛が柴山さんに好意を抱いている事を聞いていて、出かける前に寮で今日告白すると宣言して出てきたが、不安になってきた様だ。

「おはよう♪お待たせしたかな?」

 柴山さんが到着したが、夏目と違い白くて薄い上着に薄緑色の半袖に白いロングスカートと言う少し大人っぽい出で立ちだった。

「どっかのお姫様とは大違いだな?」

「何で夏目ちゃんと比較するの?」

「比較はしてねぇけど夏目がこんなお転婆姫だとは思わなかったんだよな〜?」

 夏目をお転婆姫と呼んだ事に対し、夏目が俺の裾を引っ張って怒っている感じがした。

「私お転婆姫じゃないもん!それに陽菜に対してデレデレしすぎ!」

「夏目がいるのにデレデレしないって!」

 夏目に対して仕返ししていたつもりだが、逆に夏目の心に火がついた様でそのまま抱きついて来た。

「今日はいつも以上にイチャつくから覚悟してよね!」

「このお姫様は・・・本当に甘えん坊だな?」

 夏目と俺のやり取りを見て柴山さんは羨ましそうに見て笑っていた。

「私も夏目ちゃんみたいに大切な人が居れば良いんだけどね?本人を目の前にすると喧嘩になっちゃうから羨ましいな・・・」

「そう言うなよ?俺は一歩踏み出すのに時間かかったけど柴山さんは大丈夫だって」

 柴山さんは緊張して全く顔を合わせられない剛の方を見て顔を赤くしていた。

「全員揃ったから早く行こう?ここに居ても暑いだけだし」

 柴山さんが行動開始を提案してから夏目と柴山さんに言われた方向の電車に乗り込んだ。

「どこ行くんだ?」

「そこは私と陽菜で決めたから大丈夫だよ?」

 車内で夏目が俺に抱きついたまま無計画人間である俺に笑顔で答えてくれて指定された駅に降りた。

時代村(じだいむら)?」

 時代村、隣町にある時代劇の撮影場所で、どの時代でも撮影ができて存分に遊べるテーマパークである。

「気に入らなかった?」

「気に入らないわけじゃねぇよ?こんな所にあったんだな?」

「私も避けてたしね?」

 夏目もこう言う所が苦手なのに無理して来てるのではないかと思わずに居られなかったが、周りを見ても入場者も少ないと言う穴場という所でもある。

「裕也?早く入ろう?」

 入るとすぐに時代劇に出てくる撮影セットやら有名な土産が揃っていた。

「テーマパークは苦手だし来た事ないからよく分からん」

「私も初めて来たんだよ?先に入りたい所があるから早く行こうよ♪」

 夏目は俺の手を引いて歩いていると2人も連れられ、怪しい建物の前に止まった。

「これってお化け屋敷か?」

「私はこれが目的だったんだ〜♪こう言うの苦手?」

「苦手ではない・・・俺と入らない方が良いと思う」

「怖がりなんだ?以外だね?」

 夏目は意地悪な笑顔で俺を見てきたが、俺は苦笑いしながら首を横に振った。

「怖いんじゃなくて、俺笑っちまうから入らないんだよ?」

「それはそれで怖いね?でも陽菜の為を思ってお願い!」

 夏目に頼まれると断れないのは夏目自身がよく知ってるのが困るし、断る理由は1つしかなかったから首を縦に振った。

「2人1組で行かない?私は裕也と行くから陽菜と斎藤くんで1組ね♪」

「何だかよく分からんがそうなった様だ・・・」

 先に俺と夏目が入ると夏目が震えながらいつも以上に俺に引っ付いてきた。

「俺より夏目の方が怖がり?」

「そ・・・そんな事ないよ!わ・・・私・・・と・・得意なんだから!」

 どう見ても夏目の方が怖がっている様にしか見えないし声が震えている。

「夏目?俺の左腕に絡むだけじゃなくて右手で俺の手を握って左手を絡ませれば何とか耐えれると思うよ?」

「え?わ・・・分かった・・・怖かったら思いっきり握るかもしれないよ?」

 怖がった顔をしながら俺の言う通りにして、とりあえず歩く夏目を見ながら進むと通路の屍が急に動き出した。

「キャァ!」

「おぉ!動いた!へ〜?すっげぇ!」

「何で観察してるの⁉︎早く逃げなきゃ!襲われる!」

 夏目は俺の腕を引っ張って歩こうとしたが、俺は興味津々に見てしまっていた。

「もぅ・・・怖かったのに・・・」

「だから入りたくなかったんだよ・・・つーかあの2人遅いな?」

 夏目は途中で腰が抜けてしまい、俺は夏目をおんぶして進もうにも立ち止まってお化け屋敷観光をしていて夏目に怒られてしまい、早く外に出てしまった。

「キャァ!」

「だぁ!」

 あの2人の叫び声が聞こえて来たと思ったら2人して全力疾走で出口から飛び出してきた。

「怖かった・・・私お化けになんてならない・・・」

「死んでも俺はそのまま成仏する・・・あんな怖い連中の仲間にはなりたくない・・・」

 2人の大袈裟だと思うくらいの怖がり方を見て笑ってしまっていると剛が悔しそうな顔を向けてきた。

「お前平気なのか?」

「俺はこう言うのに入ると笑ったり観察しちまうんだよ?それについてさっきまで夏目に怒られてた」

 俺の発言に対して2人とも唖然として何も言わずに俺の両肩に手を置いてきた。

「次どうする?」

「私手裏剣投げたい!」

「弓もやりたいかな?」

「俺はお化け屋敷以外なら・・・」

 夏目の要望の手裏剣を投げる事にしたが、投げるにも結構難しく、思った所に届かないようだ。

「えいっ!外れた・・・」

「あんまり張り切るとスカートが・・・」

「え?見えた?」

「見えてそうだから言ってるんだよ・・・」

 夏目が必死にやってるのは微笑ましいけども、夏目のスカートの中を晒すのは困るし、何より夏目が可哀想だ。

「たぁ!当たらない・・・」

「柴山?これは横に投げずに縦に投げるんだよ」

「え⁉︎そんなのテレビでやってなかった!」

「テレビ通りに投げられるなら誰もが当ててんだろうが!」

「テレビで分かる知識なんていっぱいある!」

「テレビで分かる知識なら全員スーパーヒーローだろうが!」

 等々喧嘩になってしまったが夏目はそれを止めようとせず、見守っていた。

「止めないのか?」

「これはこれで良いんだよ?喧嘩してても斎藤くんがしっかりと面倒見てくれる事は裕也もよく知ってるでしょ?」

「まぁ確かに剛は面倒見良いよな?」

「言った側から斎藤くんが教えてるよ?」

 夏目と剛達の方を見ると手取り足取り柴山さんに教えているが、柴山さんは顔を真っ赤にしていた。

「確かにこうなるよな?夏目は恥ずかしがり屋で前までよく下向いてたよな?」

「そう?今はこんな事も平然とできるけどね♪」

 夏目は俺の手を握って指を絡ませてから顔を覗いてニッコリ笑いかけてきた。

「次はもっと大胆な事をしそうで俺は怖いんだけど?」

「さぁ?どうだろうね?」

「酷い事したら仕返しするからな?」

「じゃぁ仕返しされたらもっと恥ずかしい事してあげるね〜♪」

 今更ながらあの暗い表情でトボトボ歩いて人に冷たい反応をしていた夏目がこんなにも明るく喜怒哀楽がハッキリしている女の子になってるとは誰が想像しただろうか。

「私ももう少しやろうかな?裕也もやる?」

「俺の利き手は右だし、投げた時に肩が外れるからやらないんだ」

「あ・・・そうなんだ・・・その分私が投げるから横で楽しんでて!えいっ!あれ?」

「届いてねぇじゃん・・・」

 夏目が投げた手裏剣は的に当たる前に途中で落ちてしまったのを見て少し呆れてしまった。

「あはは・・・何かごめん・・・」

「謝らないでくれよ?失敗も楽しみの1つなんだからさ!」

「そうだよね・・・うん!」

 3人が投げ終わり、次は柴山さんの要望の矢場に着いて今回は4人で行う事にした。

「よし!ど真ん中!」

「こっちもど真ん中!裕也!どっちが多く真ん中に入るか勝負しねぇか?」

「良いぞ〜?負けたらジュースな!」

 ここで野郎同士の競争が始まり夏目と柴山さんはこの競争を手を止めて見守っていた。

「裕也!頑張って!負けたら私もジュースね!」

「斎藤くん!負けないでね!」

 女の子からの声援を聞くと男というのはやる気が跳ね上がる代わりに調子に乗りやすくなると言う単純な生物で、ミスを連発するようになる。

「夏目!勝ったぞ!」

「ざーんねん・・・負けてジュース奢って貰うつもりだったのに・・・」

 夏目は少し残念そうに笑っていたが、剛は本気でやった分凄く悔しがっていた。

「負けた・・・本気でやったのに・・・負けた」

「他の事でね?ね?次頑張って!ね?」

 本気で悔しがって本気で落ち込んでいるのを見て何故だか少し申し訳なくなってきた。

「まぁ良いか・・・夏目?ジュース位ならいつでも奢るんだからそんなに落ち込まなくて良いんだぞ?」

「え?そうだったの?じゃぁ今度奢って貰うね?」

「まったく・・・俺と自分の関係理解してんのかね?このお姫様は・・・」

 次は夏目と柴山さんが弓を持って的の前に立ったが夏目は力が弱くて弦がしっかり引けなかった。

「夏目?後ろからすまんな?」

「え?うん・・・ありがと・・・」

 夏目の背後に回り、弓と弦を夏目の両手の上から握り、弦を引いた。

「視線は的を見て・・・矢の先端を的に向ける・・・弦を離すタイミングは任せるけど・・・良いか?」

「うん・・・この辺りかな?離すね!」

 夏目が矢を離すと矢は真っ直ぐ飛び、的の真ん中に命中した。

「お見事!」

「ありがと♪ちょっと・・・恥ずかしいけどね?」

 見ていられなかったから手を出したとは言え結構大胆な行動をしてた事に気が付いた。

「全然当たらない・・・斎藤くん・・・手伝って?」

「仕方ねぇな・・・裕也と同じ事する事になるとは・・・」

 剛も剛で俺と同じ事を柴山さんにしていたが、剛は顔を真っ赤にしていても柴山さんは真面目に的を見ていた。

「こっちはこっちでやろうか?」

「そうだね♪また後ろから引っ張ってくれる?」

「ワガママなお姫様だな?」

 夏目のワガママ通り俺はまた後ろに回り、弓と弦を引いて体制を作り矢を射らせた。


  19

 夏目と柴山さんは勝負と言うより単に俺達と一緒にやる事が目的だったようで、夏目も柴山さんも満足な顔をして歩いているとある店で2人共立ち止まった。

「浴衣のレンタルなんてあるんだね?・・・裕也?入って良い?」

「良いよ?選べって言うんだろ?」

「ダメ?」

「それも含めて良いよって言ったんだ」

 夏目のワガママは今に始まった事ではないからこそ、言われるがまま選ぶ事にした。

「文句言うなよ?」

「言うと思う?」

「そうか?じゃぁこの紺色の浴衣と黄色の帯でどうだ?夏目に似合うと思うし、俺の好みの色でもあるんだけど?」

「へぇ〜・・・裕也はこう言う色好きなの?私も好きだけど♪」

 夏目が俺の選んだ紺色のメインの水色の花が描いてある浴衣と黄色の帯を持って更衣室に向かった。

「斎藤くんは何色が好き?」

「え⁉︎俺⁉︎選んだ色が気に入らないと怒るだろ⁉︎」

「怒らないよ?斎藤くんに選んで欲しい!」

 剛は照れ臭そうに俺が選んだ同じ柄の浴衣の赤色と白い帯を選んで柴山さんに渡した。

「同じ柄とは奇遇だな?」

「柴山に似合うのが思いつかなかったんだよ・・・そっちは何であの色にしたんだ?」

「夏目のイメージだな?」

「俺も柴山のイメージだな?」

 2人のイメージで選んだと話していると先に着替えに行った夏目が恥ずかしそうに出てきた。

「裕也似合う?」

「似合うよ?大人っぽく見える」

予想通り夏目は紺色と黄色が似合い、いつもストレートにしていた髪を首元で一纏めに縛っていてお転婆だとは思えない大人びた雰囲気を出していた。

「えへへ〜♪褒められた〜♪」

「甘えん坊さえ無ければもっと清楚なお姫様だと思うんだがな?」

 俺が甘えん坊と言うと夏目はムッとしていたが、夏目の背後の更衣室の扉が開くと夏目はそっちに駆け寄って行った。

「お待たせ・・・派手すぎかな?」

 恥ずかしがりながら出てきた柴山さんは剛が選んだ浴衣と髪型はいつもの左サイドテールではなく首元の左側で一纏めにしたお姉さんっぽい雰囲気を出していた。

「似合うかな?」

「陽菜凄く似合ってる!私なんて甘えん坊で子供っぽいって言われた・・・」

 夏目は柴山さんを褒めてから俺に甘えん坊だと言われた事が子供っぽいと思い込んでいるようだが、俺からしても2人は胸も結構大きいし、高校生に見えないほど2人共大人びて見える。

「子供っぽいとは言ってねぇよ?」

「え?違うの?」

「大人っぽく見えるよ?それに夏目が甘えん坊な方が俺は嬉しいけどな?」

「そう?ありがと♪」

 夏目は笑顔で俺と向き合って手を握ってから俺の腕に絡みついて来たが、浴衣が薄すぎて胸の感覚が伝わってきて正直困った。

「斎藤くん?」

「お・・・おう!何だ?」

「似合うかな?」

「に・・・似合ってると思うぞ!その・・・見違えるくらいな・・・」

「ありがと・・・」

 夏目が俺に警戒を解き始めた時ような会話を2人がしているのを聞いて俺と夏目は顔を見合わせて笑ってしまった。

「せっかく着替えたんだから少し歩くか?」

「そうだね!私は裕也と2人でゆっくり回りたい!」

 夏目は剛と柴山さんに行動を開始しろと言うくらいの勢いで俺と剛を引き離した。

「柴山は何処か行きたい所はあるのか?」

「え?・・・いきなり夏目ちゃんに引き離されたから何も思いつかない・・・」

 俺は裕也と大橋に引き離されて柴山と2人きりになったが、正直俺も何処に行けば良いのかサッパリ分からなかった。

「俺は何処でも良い・・・お化け屋敷以外はな」

「私も苦手だから大丈夫・・・」

 柴山は俺と話すと喧嘩になるが多いし、気が強くてどんな問題にも立ち向かう強い女子だが、俺は柴山の気持ちを知ってしまっても大橋のようにストレートに俺自身の気持ちを伝えられない。

「ねぇ?お土産売り場見たいんだけど良いかな?」

「あ?構わねぇけど?」

 柴山が土産屋に入ろうと方向変換しすると慣れてない下駄のせいで躓いて転びそうになったのを咄嗟にに手を出して受け止めた。

「あ・・・ありがと・・・」

「気をつけろよ?歩き慣れてねぇんだろ?真面目でしっかり者なのにおっちょこちょいだな?」

「おっちょこちょい⁉︎私の何処がおっちょこちょいなの⁉︎」

「さっきの手裏剣と言い、今方向変換した事と言いお前は何処か抜けてるんだよ!」

 そんなつもりも無いのに喧嘩っぽくなっちまう自分が情けないとは分かっていても裕也と大橋みたいに思いをぶつけてみたいのに中々出来ない。

「私から言わせてもらうけどね!」

「何だよ⁉︎言いたい事があるなら言ってみろよ!」

 言いたく無いのに前に裕也が峯岸に言った言葉を柴山に向けてしまう自分に腹が立つ。

「私は!」

 柴山が言いかけた所で、いかにもナンパしにきた輩1人が柴山の後ろに立っていた。

「おやおや〜?彼氏さんと喧嘩〜?」

「か・・・彼氏じゃありません!」

 確かに彼氏では無いが、面と向かって彼氏じゃないと言われると槍で胸を突き抜かれたくらいに痛くなって消えてしまいたくなった。

「へ〜?彼氏じゃないんだ〜?ねぇ!こんな喧嘩しかしない奴放置してお兄さんと遊ばない?」

「嫌です!喧嘩してても私はこの人と来たんですからあなたとは遊びません!」

「良いじゃん良いじゃん〜!行こうよ〜!」

「離してください!」

 男は柴山の手を強引に掴んで連れ去ろうとしていたのを見て俺も俺で我慢が出来なくなった。

「それくらいにしろよ」

「あれれ〜?彼氏じゃないなら口を挟まれ・・・イテテ・・・イテェ!」

 思わず柴山を掴んだ男の手を思いっきり握りしめて力が入らない様に血管と筋肉を押さえて手を背中に回した。

「嫌がってんだろ⁉︎お前にゃこの美人は似合わねぇよ!俺は整体に詳しいんだ!このままお前の関節全部外して立ち上がれねぇ様にしてやんよ!」

「お前・・・その女の男じゃねぇんだろ⁉︎あぁぁ!」

 激痛のあまり男は声を上げても悪態を吐くまでは余裕がある様だ。

「今はな?お前の行動見てたら腹が立ってきたからこうしてお前を押さえつけてるんだ!俺の大切な女に手を出すな!」

「わ・・・分かった!分かったから!もうナンパしねぇから手を離してくれ!」

 俺が力を緩めると男は走って逃げ去り、柴山に怒られる覚悟で向き合った。

「怒るなら怒れ!引っ叩くなら引っ叩け!俺はその覚悟で手を出した!言い訳もしない!」

 目を瞑って殴られる覚悟で向かったが何もしてこないのが逆に怖くて恐る恐る目を開けると涙を堪えてる柴山が目に飛び込んできた。

「は?何で泣いてんだよ⁉︎」

「バカ!嬉しいからに決まってるじゃない!」

 予想外の発言の上、涙を流し始めてしまった柴山に俺は呆然とするしか出来なかったから追求する事にした。

「嬉しいって・・・俺はお前が嫌う事したのに何で嬉しいんだよ⁉︎」

「だって・・・俺の大切な女に手を出すなって・・・私の事嫌ってると思ってたのに・・・あんな状況でそんな冗談言わないし・・・目が本気だった・・・だから嬉しかった」

 怒りに身を任せて発言したから包み隠さず言ってしまって恥ずかしい。

「あれは確かに俺の本心だが・・・お前も俺の事嫌ってるだろ⁉︎」

「違う!私は斎藤くんが大好きだから強く当たっちゃっただけ!」

「なっ!お前!先に言うなよ!」

 女に言われてしまって俺の覚悟が全部ぶち壊されてしまって言葉の行き場がなくなってしまった。

「ご・・・ごめんなさい・・・」

「くそ・・・俺の覚悟を返せ!」

「じゃぁ言って?私は斎藤くんの口から聞きたい」

「俺は柴山陽菜が大好きだ!」


  19

 俺と夏目は衣装レンタルの店の近くで夏目と団子を食べながら剛達の帰りを待っていた。

「陽菜たち上手く行ったと思う?」

「あの感じだとまた剛が柴山さんに怒られて帰ってくるんじゃないか?」

 さっきまで浴衣を着ていた夏目だが、やはり今日着てきた服装といつも通りの自然のストレートの方が夏目のお転婆雰囲気と合って落ち着く。

「それは予想できるけど・・・問題起きてから発展する事もあるからね?」

「じゃぁ2人揃ってションボリしたり普通に帰ってきたら今度昼飯奢ってくれよ?上手く行ってたら夏目の好きな甘い物とワガママ聞くと言うのはどうだ?」

「OK〜♪話は乗ったよ♪」

 夏目と少し意地悪な賭けを始めたのは剛には申し訳ないとは思うがこれはこれで夏目との思い出である。

「お?2人が戻ってきたぞ?」

「え?どっち?」

 2人の姿を見ると俺は愕然とし、夏目はガッツポーズをしたのは剛と柴山さんは小指を繋いで赤面しながら歩いてきたからである。

「何だよ?」

「気にするな・・・俺は夏目のワガママを聞かなかきゃいけなくなっただけだ・・・」

 剛の肩に手を置き、祝福と共に夏目に対する敗北感に苛まれていた。

「陽菜!良かったね!」

「うん!剛にやっと思いが伝えられた!」

 夏目の祝福と柴山さんの幸福、剛と呼んでいる嬉しそうな顔を見て俺と剛の間には祝福と幸福は全く無いとは言えないが、取り敢えずおめでとうの意味でもう一度剛の肩に手を置いた。

「陽菜!事細かく大橋に言わなくて良い!褒められる事してねぇし」

「夏目ちゃんには全部話すからね!それは約束したのは忘れてないでしょ?」

 夏目は柴山さんの発言に対し俺に了承を無言で求めてきたが、ご自由にという意味で肩を竦めたのを見て笑い返してきた。

「じゃぁ今度全部話し聞くからね!私も包み隠さず話したんだから!」

「分かってるよ?全部話すからね!」

 この2人は本当に仲が良いようで、互いに信頼して互いに包み隠さずに意見を言い合える関係は羨ましか思った。

「柴山さん?早く着替えて帰り支度して来いよ」

「そうだね?少し待ってて」

 柴山さんは店に入り、剛は溜息を吐きながら夏目が食べていた団子を取って食べ始めた。

「試合に勝って勝負に負けた感じか?」

「そんな所だな?お前が羨ましいよ」

「何でまた?」

「俺は自分の思いをぶつけ合うのは出来なかったからな?先に言われたし・・・」

 剛が反省していると柴山さんが着替えて戻って来たが、夏目と違い、髪型はそのままだった。

「陽菜?髪型戻さないの?」

「え?うん・・・剛がこの髪型の方が似合うって言ってくれたから・・・」

 少し照れた顔をして夏目に話してから剛の方を見ているのが分かったが、当の剛は余所見をして照れ隠ししていた。

「さて、帰るか?時間も時間だし」

「そうだね!」

「悪い!俺実家近いからそっちに帰る!」

「私も家に用があるから家に帰るね?」

 剛と柴山さんは駅で別れて俺と夏目だけが葵島行きの電車に乗ったが、休日という事もあって客は居なくてガラガラだ。

「楽しかったな?」

「そうだね?次は2人っきりで行きたいね?」

 俺が少し前屈みに座っていると誰も居ない事を理由に夏目は左肩に頭を乗せて凭れて来たのが嬉しかった。

「ワガママ何か決まったか?」

「ん?まだ決めてないよ?急いだ方が良い?」

「ゆっくり決めて良いよ?夏目のやりたい事で良いからさ!」

「じゃぁ決めておくね?」

 夏目は俺によく抱きついて来るが、俺は夏目を抱き寄せた事は一度もない事に気がついて甘えている夏目の頭に手を置いて撫でてみた。

「やっと撫でてくれたね?」

「俺はこういう事してないってのに気付いたからな?」

「ずっと待ってたんだよ?」

「遅くなってごめんな?」

 夏目の気持ちをしっかりと受け止めると決めた所で駅に着いてしまい、夏目の手を握って歩き出したが、今回は俺から手を握り、夏目の手を引っ張って歩き出した。

「寮まで送るよ?夏目が心配だから・・・」

「ありがと♪」

 夏目は照れ笑いしながら俺の左手を握ったまま腕に絡まって歩き出した。

「もうお化け屋敷じゃ無いぞ?」

「えへへ〜♪こっちの方が安心するんだ〜♪」

 夏目とただ歩いて進むのも何の気ない会話をしている時間が続けば良いと思ったが、時間と距離は待ってはくれず、女子寮に着いてしまった。

「着いちまったな?」

「そうだね?」

 夏目も帰りたくないのだろう、俺も帰りたくないなかったが、諦めるしかない。

「夏目?迎えが来る前に行った方が良いぞ?」

「分かってる・・・じゃぁ・・・またね?」

 すぐ会えるはずなのに帰りがこうも寂しい物なのだと思うほど別れが辛かった。

「さてと・・・帰ってから連絡するか・・・会いたくなるけど・・・」

 独り言を呟くと正面から遥が買い物袋を持って近づいて来たのが分かったから手を挙げて挨拶した。

「よぅ遥?どったよ?今日はヤケに大人しい登場だな?」

「あ!兄ちゃん!おめでとう!私が勘違いしてたのに勘違いが現実になるとは思わなかったよ!」

「気にするな!結果オーライだ!」

「兄ちゃんは夏目さんが気になるって私に相談して来たくらいだからね〜?上手く行って良かったよ!」

 遥は悪戯好きで話をややこしくする事が多いが、芯はしっかり持った真っ直ぐな妹だ。

「夏目には全部話てあるし、今日は今日で剛と柴山さん含めて遊びに行ってるから心配はない」

「柴山さん達とも遊びに行ったんだ〜?次は2人っきりでデート?」

「そうできれば良いんだがな?どうも互いに2人きりだと何か俺が意識してな?」

 遥と立ち話をしていると瑠衣さんがジョギングしているのが見えたから焦って帰ろうとすると遥が不思議そうな顔をしていた。

「やっべ!瑠衣さんが来たから俺帰る!」

「へ?瑠衣さんが居たらマズイの?」

「深く聞くな!俺は・・・・逃げるのが遅かった・・・」

 遥を置いて逃げようとしたが俺に気付いた瑠衣さんはそのままこっちに来てしまった。

「あれれ〜?上野くんどうしたの〜?」

「そんな事言って・・・全部夏目から聞いてるんじゃないんですか?」

 結局瑠衣さんに捕まり、いつも通り意地悪な質問を意地悪な笑顔で聞いてきたが、すぐに普通に返せるようになっていた。

「聞いてみただけだよ?なっちゃんを送ってくれた?あの子結構方向音痴だから」

「夏目って方向音痴なんですか?今日も1人で集合場所まで普通に来てましたよ?」

「今日は私が駅まで送ったの!」

 夏目の方向音痴は俺が居たから良かったようで、1人放置したらどうなるんだろうと意地悪な事を考えてしまった。

「兄ちゃん?夏目さんって言うステキな彼女が居るんだから瑠衣さんと仲良くしてたら夏目さん嫉妬するんじゃない?」

「あ〜嫉妬すると思うが・・・それはそれで可愛いから見てみたい・・・」

「なっちゃんを悲しませたり、傷付けたらお姉さんは徹底的に潰すからね?」

 遥の嫉妬についての注意から俺の夏目観察から瑠衣さんの半分怒った顔を見て反省した。

「俺そろそろ帰ります!遥!気を付けろよ!」

「上野くんも気を付けてね〜?」

「兄ちゃんも気をつけて〜!」

 遥と瑠衣さんと別れ、寮に着いてメールを送ろうとスマホを出したタイミングで夏目から電話がかかって来た。

「お呼びでしょうかお姫様?」

「もう!電話越しで揶揄うのやめてよ!」

 夏目は予想外の電話の出方が気に入らなかった様で、少し怒っていた。

「悪かったよ!メール討とうと思ってスマホ取り出した所だったんだ!」

「あ・・・ごめん・・・でもメールより声が聞きたかったから電話したんだ・・・」

「別に良いよ?帰り際手を離したくなかったからさ」

「手を離した事後悔してるの?もう少しあのまま居れば良かったね?」

「甘いな?帰り際に遥と瑠衣さんと鉢合わせた」

「遥ちゃんはともかくお姉ちゃんと会うのはちょっと・・・ね?」

 夏目とどうでも良い会話を電話していても会いたくなってしまい、さっきまで一緒に顔を合わせて話していたのにまた会いたくなる。

「なぁ夏目?」

「なぁに?」

「明日2人で出かけないか?」

「良いよ♪」


  20

 夏目と前にあの峯岸に付いて話し合った喫茶店に待ち合わせ、1人水を飲んで待っていると夏目が入ってきた。

「夏目〜?こっちこっち〜」

「お待たせ〜♪待った?」

「全然って言った方が良いか?」

「正直に言って良いよ?」

「5分くらいかな?」

「良かった・・・」

 夏目は黒いTシャツに白いパーカー、水色のミニスカートと言う俺の好みを知っていたかのような格好をして俺の横に座ってきた。

「向かい合って座らないのか?」

「私は並んで座った方が良いんだけど・・・迷惑だったらやめるよ?」

「夏目がそうしたいなら良いよ?」

「えへへ〜♪今日は2人っきりだからもっと甘えて良い?」

「ダメって言っても甘えてくるだろ?」

 夏目はニッコリ笑って一緒にメニュー表を見ていると思ったらチラチラ俺の顔を見てパフェの項目を行ったり来たりしていた。

「賭けは覚えてるから頼んで良いよ?そのつもりだったし」

「良いの?じゃぁちょっと食べさせてあげるね!」

「あーんとかやったら流石に恥ずかしいからやめて欲しいとだけは言っておく!」

「え〜?・・・どうしても?」

「どうしても!やるならここじゃなくて他でやって欲しいし・・・」

 喫茶店でやられると恥ずかしいから人混みに紛れた食べ歩きの所でやって欲しいと進言するとムッとしていたが。パフェが来ると笑顔に変わった。

「イチゴパフェ〜♪イチゴパフェ〜♪」

「イチゴパフェが来たからってこうもテンション上がるとはな?」

「え?変?」

「変だとは思わないよ?単に可愛いなと思ってな?こんな可愛いお姫様が近くにいると俺は使用人かな?可愛いお姫様の護衛と言う職めざそうかな?」

 可愛いと可愛いお姫様と連呼してると夏目は顔を真っ赤にしてスプーンを止めてしまい、俯いて震え始めた。

「もぅ・・・連呼しすぎ・・・私可愛くないよ?」

「俺からすると夏目は凄く可愛いと思うけどな?俺とむぐっ!」

 釣り合わないくらいにと言う発言をしようとすると夏目がスプーンを俺の口に突っ込んできたが、夏目は赤面したまま俯いていた。

「私に対して可愛いって連呼したのと、今言おうとした事の罰だよ・・・」

「わ・・・悪かったって!言おうとした事は謝るけどか可愛いってのはむぐっ!」

「訂正は受けたけど・・・また可愛いって言ったからもう1回・・・恥ずかしいから言わないでよ・・・」

 2度目のスプーン攻撃、横に並んでる分避けられず受け入れる事しか出来なかったが、俺は甘い物が苦手だからコーヒーを飲んで洋菓子の甘さを掻き消してから反撃のチャンスを伺った。

「夏目・・・悪かったよ・・・」

「分かれば良いよ・・・」

 夏目がスプーンを置いた所で俺がスプーンを持ってアイスを掬ってすかさず夏目の口に入れた。

「むぐっ!」

「さっきのお返しだ!」

 俺からスプーンを奪って仕返しが来ると身構えて待っていたが、当の夏目はニッコリ笑ってきた。

「仕返し待ってたんだよ?やっとやってくれたね?」

「やって欲しいなら早く言いなよ?」

 夏目は電車の時のように甘えてきたから頭を撫でてみると少し恥ずかしそうにしていた。

「流石に恥ずかしいね?」

「そうだろ?ここではやめようか?」

「うん・・・他の所でやるね?」

 夏目と店を出て何処に行こうか迷っていると遥と2人の夫婦が歩ているのが見えたから少し苦笑いした。

「どうしたの?あれ?遥ちゃんと・・・あと2人居るけど誰だろ?」

「ん?あの2人は俺と遥の両親だ」

「裕也のご両親⁉︎」

 夏目に説明すると遥が俺に気付いて手を振って両親と共にこっちに歩いてきた。

「兄ちゃーん!夏目さーん!」

「俺ともかく夏目は呼ぶ必要はないだろう・・・」

 俺は夏目と共に久々に会う両親と遥の3人の所に歩み寄ったが、夏目はガチガチに固まっていた。

「裕也!久しぶりだな!」

「そりゃぁ1ヶ月以上会ってねぇから久しぶりだな?」

「1ヶ月か・・・それはそうとそこのお嬢様は?」

「いわゆるガールフレンドだ」

 夏目は赤面、遥はニコニコ、両親は驚きのあまり硬直してしまった。

「裕也の彼女さん?裕也をよろしくね?裕也は考え無しで走っちゃう事があるから注意してね?」

「こちらこそいつもご迷惑かけてばかりでいつも裕也くんに助けられてます!」

 母さんと夏目が挨拶をして緊張している夏目を横目に親父に色々と問いかけるつもりで向き合った。

「息子と娘の様子でも見に来たのか?」

「彼女作って連絡しない息子が心配でな?冗談だがな!俺達の学生の頃みたいだな?」

「親父達がどんな馴れ初めかは知らんが、俺は俺で楽しんでんだよ!つーか何しに来たんだ?」

「勤務が隣の県になってな?引っ越し終わってついでに様子を見に来たんだ」

 転勤族と言うのは俺は気に入らないし、将来的にも転勤のある会社に行きたくはない。

「に・・・兄ちゃん?・・・夏目さん顔真っ赤にして棒立ちしてるから助けた方が・・・」

「夏目が?母さん何聞いたんだよ⁉︎」

「何って裕也の何処が良いのかとか・・・どう言う馴れ初めとか・・・」

「母さん夏目は上がり症だし、対人恐怖症だったんだから変な事聞くのやめろ!」

「母さんそんな事・・・」

「また連絡する!俺らもう行くから!夏目!ぼーっとしないで早く歩くぞ!」

 夏目の手を引いてその場から立ち去ったが、夏目は意識はハッキリしていても赤面しているのは変わらなかった。

「夏目?何聞かれたか知らねぇけど・・・母さんの言う事間に受けるなよ?あの人結構話し盛るからさ?」

「それでも・・・恥ずかしい事聞かれて何も答えられなかった・・・」

「深く聞かない事にする」

 夏目は俯いて立ち止まってしまったのを振り向いて顔を覗き込むと何か言いたげに口を動かそうとしていた。

「どうした?言い辛いなら良いけど・・・無理しなくて良いよ?」

「そんな事言わないでよ・・・その・・・私の提案なんだけどね?・・・私の両親に会ってくれない?」

 夏目に言われるがままに電車に乗り、葵島から結構離れた所で降りた。

「田舎だな?」

「そうだよ?苦手?」

「全然?俺の親父の実家は岐阜だからもっと田舎だよ?まだ電車あるだけ良いじゃないか?」

「電車がない市町村ってあるの?」

「あるんだよ・・・よか分からん長良川鉄道って言う路線バスがな!」

 夏目は親父の実家について説明してもイメージが付かなかったようで、不思議そうな顔をしていた。

「さて・・・行こうか?どっちに行けば良いんだ?」

「こっちだよ!早く早く〜!手術終わってから初めて会うし!」

 夏目が俺の手を引いて歩き出し、夏目は入り組んだ道を歩き、会う人全員に挨拶して家に向かった。

「ここが夏目の家?デカいな?」

「そうだよ?大きいかな?ここら辺の家でも小さい方だよ?」

 俺が仰天したのは高い塀にデカい昔ながらの建物、蔵が3つと普通に考えても大きすぎる。

「ただいま〜!お父さん!お母さん!裕也連れてきたよ〜!」

 門の扉を開けて大声で両親を呼ぶとドタドタと大きい足音が聞こえてから何かにぶつかった様な音が聞こえてから夏目そっくりな母親と角刈りで人の良さそうな父親が出てきた。

「夏目!来るなら早く連絡しなさい!あなたが裕也くん?夏目とお付き合いしてるんだよね?」

「上野裕也です!夏目さんとお付き合いさせて貰ってます!」

 登場も登場のため、夏目の母親から聞かれた言葉に対して大袈裟に挨拶してしまった。

「君が裕也くんかね!さーさ!中に入って!色々と話が聞きたいから!」


  21

 夏目の両親に言われるがままに居間に連れられ、夏目と並んで下座に座っていると夏目の両親は上座に座って笑顔で迎えているが、俺は俺で緊張して何を話したら良いのか分からない。

「夏目とはどう知り合ったんだい?」

「編入前に葵島の駅で見かけて編入前の教師に挨拶周りの時に知り合いました!」

 父親の質問に対して返答すると少し寂しそうな顔をして夫婦同士で顔を見合わせた。

「それは夏目の左腕が気になって不用意に近づいたって事?そう言った軽率な考えで近付いて欲しくないし、夏目が可哀想だから付き合うのはやめて貰って良い?」

 母親の発言は夏目を想って言っているのはよく分かるが、俺は不用意に近付いたつもりは全く無かった。

「確かに左腕が気になって話しかけたのは事実ですけどもっと別の理由です」

 俺はTシャツの袖をめくり腕を外し、義眼を取り出して机の上に置いた。

「そう言う事か・・・勘違いして済まなかった」

「夏目と同じ境遇者だったんだのね?ごめんなさい・・・」

 夏目の両親は俺に頭を下げて来たが、俺は夏目が好きなのは変わらず、不用意かもしれないかけど夏目の支えになりたいと言う気持ちは変わらない。

「ねぇ?義手外したのは良いけど・・・鎮痛剤持ってるの?」

「持って来てるよ?剛にいつ外すか分からないから持ってろって言ってたから持ち歩いてる」

 ポケットから鎮痛剤の注射器を取り出し、注射して義手を取り付けて義眼を右目に入れた。

「その義眼は見えるのかね?」

「見えますよ?カメラからの電気信号を拾って増幅させて映像化して脳に情報を送ってますのでよく見えますよ?」

 夏目の父親が義眼に付いて聞いてきたが、聞かれたのは初めてだったし、見えない義眼もいくつも存在すると言う説明をすると11時になっている事に夏目の母親が気がついた。

「お昼ご飯まだでしょ?準備するからね?夏目?手伝ってくれる?」

「はーい♪裕也も待っててね♪」

 母親と夏目は台所に向かい、俺と父親だけが居間に残されて気不味くなってしまった。

「裕也くん?釣りに行かないかね?」

「へ?釣りですか⁉︎」

 夏目の父親と共に近所の川に釣り道具を持って向かったが、その間は会話がなく、無言で歩いて釣りポイントに案内された。

「何が釣れるんですか?」

「鮎とか鰡が多いね!まぁ並んで話そうか?」

 言われるがままに用意された椅子に座って夏目の父親の真似をして釣り糸を垂らした。

「夏目は昔のようによく笑う子になって良かった!」

「そうなんですか?夏目さんに会った時は冷たくて誰も寄せ付けないって言う感じでした」

 初めに見たままの夏目を父親に言ってしまった事に後悔して恐る恐る顔を覗くと笑っていた。

「良いさ良いさ!あと夏目さんって言うのが言い辛そうだから普段通り呼びなさい!」

「呼び方はともかく・・・さっきのストレートな発言に怒ってないんですか?」

 俺の発言に対して夏目の父親は大笑いして俺の背中をバンバン叩きだした。

「痛い!痛いですって!」

「いや〜!夏目を変えてくれた少年がまたストレートに物を申すとは!気に入った!気に入った!今から俺をお義父さんと呼びなさい!」

「お義父さん⁉︎結婚の申し出に来たつもりは無いですよ⁉︎」

「違うのか?てっきり結婚の申し出かと思ったんだが・・・お義父さんショック・・・」

「俺たちまだ17歳ですよ⁉︎」

 お義父さん?がションボリしたのに対して俺は歳を言うとお義父さんはハッとした顔をした。

「そうか・・・まだ17歳か・・・将来は頼んだ!」

「将来なんて考えてないんですが・・・」

「それでも夏目を頼んだ!・・・実家は何処かね?」

「夏目については任せてください・・・実家はありません・・・父親が転勤族でちょっと前まで一緒に居たんですけど、転校が嫌だから全寮制の学校を選んで妹と一緒に葵島に引っ越したんです」

 いつも聞かれる事だから何も気にする事も無いが、お義父さんは何故か寂しそうに遠くを見ていた。

「転勤族か・・・でも両親の実家はあるのかい?」

「ありますよ?親父の実家が岐阜の関市(せきし)って言う田舎ですけど」

「おぉ!あの岐阜の関市か!のどかで良い所じゃないか!」

「連休に帰るつもりですけどね?両親はついさっき近くに転勤したからって妹と会ってましたけど」

 両親の事を良く想っていない事を隠すためにお義父さんが釣り糸を揺らして魚を誘っていたのを見て俺も真似をしてみた。

「夏目と両親と会ってたのか?夏目は緊張してたかい?」

「母親に余計な事聞かれて赤面棒立ちでしたけどね」

 思い返して笑っているとお義父さんも大笑いして俺の背中をバンバン叩きた。

「痛いですってお義父さん!」

「すまんすまん!夏目の腕を付ける切っ掛けをありがとう・・・あの子はまた昔の天真爛漫な子に戻って俺たちも嬉しいよ」

「そうですか・・・ワガママでも一緒に居て楽しいのが夏目の良い所ですよ?」

 夏目に対する会話のみで盛り上がり、魚は全く釣れず、夏目から昼飯の連絡が来て家に戻り、夕飯まで食べさせてもらってゆっくり帰ろうと駅に向かって歩き出した。

「ねぇ?お父さんとどんな話したの?」

「ん?可愛いお姫様がどんなワガママ言って俺を困らせてるって言う話かな?」

「意地悪な事言わないでよ!」

「嘘嘘!そんなに怒るなよ?」

 昼飯の時には質問に対して答えるのみであまりハッキリした会話をしていないと思ってしまうくらいの感じだった。

「ねぇ?私の両親どうだった?」

「夏目と瑠衣さんに似て賑やかな両親だと思ったって所かな?」

「私達似てる?私達お父さんみたいにガハガハ笑ってないよ?」

「ガハガハ笑わないけど大胆発言とか誰かを心底心配して話してる所とかね?」

 帰り道、駅に向かって歩いていると夏目はいつも通り俺の腕に絡みついて甘えてきた。

「やっとイチャイチャできるね♪」

「両親目の前でやると思ってヒヤヒヤしたんだぞ?」

「やりたかったけど流石にね?」

 夏目は我慢していた分いつも以上に甘えて来たのを見て少し安心した。

「まったく・・・可愛いお転婆お姫様だな?」

「また言った!恥ずかしいから言わないでよ!」

 夏目と歩いていると駅の方が真っ暗で電車の雰囲気が全く無かった。

「終電って・・・何時?」

「20時・・・だった様な気がする・・・」

「流石田舎!・・・どうする?」

「家に泊まってく?」

 夏目の大胆な発言は今に始まった事では無いが、この発言に対しては従うしかなかった。

「夕方まで居た上泊まらせてもらうなんて申し訳ないです!」

「こっちもこっちで長く居座らせたんだから気にしなさんな!」

 夏目が電話をしてお義父さんが車で迎えに来て乗り込んでからずっとお義父さんは大笑いしていた。

「布団も用意してあるから遠慮なく自分の家だと思って寛ぎなさい!」

「ありがとうございます・・・本当に頭が上がりません」

 言われるがままに風呂に入り、寝巻き用の浴衣まで借りて夏目に布団のある部屋に案内され、目に入ったのは1部屋に布団が2組用意されているが、どう見ても夏目の部屋だった。

「夏目さん?」

「なぁに?」

「ここって夏目さんの部屋じゃないんですか?」

「そうだよ?嫌?」

 夏目はションボリした顔で俺の顔を見てきたが、俺も俺で願ってもいなかった。

「嫌なわけあるかよ!願ったり叶ったりだけど・・・流石に年端も行かない2人が同じ部屋で・・・しかも夏目の部屋になんて」

「裕也は何もしないでしょ?早く腕外して義眼充電したら?」

 こうなったら夏目の言う事を聞くしかなく、腕を外して義眼を充電し、眼帯が無いからハンカチで眼帯代わりに巻いて布団に入った。

「えへへ〜♪同じ部屋で寝られるなんてね♪」

「やるなら学校卒業してからの方が良かったけどな?」

 2つ並んだ布団の左側に入って夏目と話していると夏目が俺の布団に入ってきた。

「こらこら!流石にそれはマズイって!」

「何もしないの知ってるから入ったんだよ?1日中甘えられるなんて夢みたい♪」

 夏目はいつも以上に引っ付いてきたが、義手がない分反抗できなかった。

「夏目?両親に見られたらどうするんだ?」

「そうなったら裕也のお嫁になるし、そのつもりで私は言ったんだから!」

「なっ⁉︎恥ずかしい事を!」

 夏目はニッコリ笑い、義手の接続部分に触れて寂しそうな顔をしていた。

「ここってこんな感じだったんだね?」

「あんまり触るなよ?こうなったらいつもの仕返しだ!」

 横で添い寝してきた夏目の顔をしっかり見て見て左手を首元に回して抱き寄せた。

「初めて抱き寄せてくれたね?」

「嫌ならやめる」

「嬉しいだけだよ?この方が安心する・・・から・・・」

 抱き寄せると夏目が眠りについてしまい、夏目の寝顔を観察しようと思ったが、俺も眠くなって寝入ってしまった。


  22

「夏目!裕也くん!ご飯できたよ!早く起きなさーい!」

「朝か・・・飯できたってよ・・・おいコラ夏目!」

 目を覚まして夏目を見ると夏目は俺の胴体に抱きついていて全く起きなかった。

「まだ寝てるの?明日から学校なんだからご飯食べて早く帰りなさい!」

 襖越しに夏目の母親が俺と夏目に話しかけてきたのが分かったから助けを求める事にした。

「すんません!助けてください!夏目が全然起きないんですよ!」

 襖を開けて溜息を吐いて夏目の母親が夏目を俺から引き離して何か耳元で囁くと夏目は目を覚ました。

「あれ?家だった・・・」

 流石母親と言うべきか、夏目は寝ぼけたまま俺に挨拶をしてきたから笑って返した。

「ご飯できてるから早く顔を洗ってきなさい」

 義手と義眼を付けて顔を洗って着替えてから夏目の両親と向かい合って朝飯を食べているとお義父さんが笑いかけてきた。

「良く眠れたかい?」

「はい!起きたら夏目が引っ付いて大変でしたけど」

「そいつは良い!」

「お父さん!ガハガハ笑わないで!口から飛ぶ!」

「あー!母さん!すまんすまん!」

 俺とお義父さんが話していると夏目の母親がお義父さんの行儀の悪さを注意した。

「ま、夏目の寝顔を見れたのは良かったですけどね?」

「見たいならいつでも良いよ?」

 夏目の大胆な発言に対して夏目以外は硬直してしまったが、夏目自身は何とも思っていない様だ。

「夏目!お父さんは嬉しいぞ!こんなに素直な子に戻って!」

「お父さん!泣き真似しないで!」

 夏目親子の会話を聞いていると俺と遥が受けてた愛情はこの親子と比べてみると薄いものだと言う事が良くわかった。家に帰って書き置きと飯が用意されていても目の前にいるのはいつも遥だけだった。

「どうした裕也くん?」

「いえ・・・何だか羨ましいなと思いまして」

「何がだい?」

「転勤族で多忙な親父とパートでついて行く母親だったんで家族揃ってご飯を食べたり楽しく会話したりって言う事がなかったのでその・・・」

 何が言いたいのか分からず声を詰まらせたが羨ましいと言うのは事実だった。

「裕也?どうしたの?泣いてるの?」

「へ?泣いてなんて!あれ?」

 気付けば涙を流していた。自分の言いたい事は言うと決めていたのに家族に関してだけは言えずに今まで生活していたからこそ本当の家族という物を知った事によって自分が寂しがっている事に気が付いた。

「寂しかったんだね?1人で全部抱えて、全部受け入れて・・・」

 夏目は俺の頭を撫でながら優しく答えてくれたが、それに対しても寂しさと嬉しさが込み上げてきた。

「寂しかったら夏目と妹さんと一緒にここに来なさい」

「1人でも構わんよ?寂しかったらいつでも話を聞くし、本当の家だと思っても構わんから」

 夏目は優しい両親の元に生まれ育ったようで、俺と遥のように兄妹いつも一緒だったが親と一緒に過ごしたり遊びに行った記憶もないからこそ大橋一家が羨ましかった。

「お見苦しい所を見せてすいませんでした」

「良いって!素直でお義父さん気に入った!」

「はぁ・・・人様の家で泣いてしまうなんて・・・」

「気にしなさんな!夏目をよろしく頼むよ?」

 お義父さんは俺と夏目を駅まで送り、電車に乗り込んでから夏目に恥ずかしい所を見せて少し話しかけ辛い感じがしたが、夏目は俺の手をしっかり握ってきた。

「夏目?あのな?」

「言わなくて良いよ?恥ずかしい所を見せて迷惑かけたなって言いたいんでしょ?私は裕也が素直になってくれて嬉しいよ?」

「ありがと・・・また行こうな?遥連れて」

「うん!ねぇ裕也?」

「ん?」

「前に私を支えてくれるって言ったよね?」

「え?確かに言ったけど?」

「裕也が私を支えてくれるなら私も裕也を支えるから私を信じてね?」

 夏目は優しく笑いながら甘えてきたから俺は夏目の頭を持って抱き寄せた。

「ねぇ裕也?」

「ん?どった?」

「私も裕也の側を離れないから私の側を離れないでね?」

「そのつもりだよ?俺は夏目から離れるつもりはないし」

「ん?それはプロポーズ?」

「好きに取れば良いよ・・・」

 夏目は意地悪な笑顔で俺の顔を覗いてきたから俺は夏目の顔を照れ笑いしながら見た。

「言われるがままに出てきたけど・・・昼に着いても何もする事がないな?」

「でも順序良く帰れるのあの時間しか無いんだよ?」

「そうなん?じゃぁまた適当に・・・暇つぶしできる2人が見つかったぞ?」

「へ?本当だね?」

 葵島の駅のホームで手を繋いで改札に向かう剛と柴山さんを見つけたから声をかけてみる事にしたが、俺達の存在に気付いて向かって来て駅近くの広場で話す事にした。

「裕也達も今帰りか?」

「あぁ!昨日夏目が実家に来て欲しいって言われて実家に行ったんだけど終電が20時で帰れずに夏目の実家に泊まったんだよ」

「こっちは互いに実家に帰ったら陽菜の両親が旅行中だったから連絡が来て俺の実家に泊まったんだよ」

「互いに苦労したんだな?」

 良い事だらけだったとは言え、恥ずかしい事もあったが、家族と言う暖かい物を知って俺は良かったと思う。

「なぁ裕也?」

「何だよ?」

「スッキリした顔してるな?」

「そうか?」

「何か迷いが無くなった感じだぞ?」

「まぁそうだな?迷いが無くなったからちょっと大胆な事してみるか・・・夏目?」

 剛との会話の最中に別で柴山さんと会話をしていた夏目を呼び出した。

「なぁに?」

「俺は夏目が大好きだ!」

「ふぇ⁉︎いきなりそんな事大声で言わないでよ!」

「いつもワガママ言って俺の事困らせてるお姫様が言う事とは思えないな?」

 夏目の顔を真っ赤にして怒っているのを見て笑ってしまい、それを見ていると柴山さんが剛の服の肩を引っ張って気付かせていた。

「何だ陽菜?」

「私は剛が大好き」

「なっ!おまっ!裕也達に便乗して言ってんじゃねぇよ!」

「付き合ってから言ってなかったし・・・2人みたいに本心をぶつけられるようになりたかったから」

 柴山さんは顔を真っ赤に染めて自分の意見をしっかり剛に向かってぶつけてみたが、剛自身はアタフタしてしまっていて笑ってしまった。

「おい!笑ってるけど恥ずかしいの分かってんだろ⁉︎どうすれば対抗できる⁉︎」

「いつも俺を笑ってる罰だ!対抗策はこれか?」

 急に夏目を抱き寄せて剛達に見せびらかしたが、それに対して夏目は同意したようで、そのまま抱き返してきた。

「対抗策って言うのか?同意してるみたいだが?」

「そうだな?でも柴山さんに対しては有効じゃないかなと思うけどな」

 柴山さんの方を見るとモジモジしていたのを見て俺は苦笑いしかできなかった。

「剛!ドンと来いってさ」

「ここじゃぁ流石に・・・」

 剛の肩に右手を置こうと手を挙げた途端右肩からガシャンっという嫌な音を抱き合っていた夏目と俺は聞いてしまい、2人で見合って青冷めた。


  23

 昨日剛にある程度義手を見てもらったが、使い物にならない位経年劣化で破損してしまい、人生初の義手無しでの登校になった。

「よう!裕也!」

「あぁ・・・」

「義手無しだと辛そうだな?」

「そりゃそうだ・・・7年ぶりの片腕だからな?」

 剛と通学路を歩いていると夏目が手を振っていつもの合流場所で待っていくれていた。

「おはよ裕也!」

「おはよ・・・夏目が羨ましいよ」

「どうして?」

「夏目の腕はちゃんとした物だから良いけど、俺の義手は不備が多いからな?」

 冗談混じりで夏目の腕を見ていると夏目は寂しそうに俺の失くなった右腕を見てきた。

「私が裕也を支えるって言ったんだから治るまで私が助ける!」

「ありがと・・・お姫様」

 義手について会話をしていると柴山さんが入り辛そうに俺と夏目のやり取りを後ろから見ていた。

「おう!」

「おはよう柴山さん」

「剛、上野くんおはよう♪」

 柴山さんは丁寧に俺達2人に挨拶してきたが、早速俺の腕を見て苦笑いした。

「問い合わせてみたの?」

「したよ?使用上の不備らしくてな?シリーズ1、2はこの不備と軍事利用のせいで廃止されるらしくてな?無償でシリーズ3にできるらしい」

「シリーズ3ってどう言うの?」

「夏目の腕だよ?」

 夏目の方を見ると夏目はガッツポーズの様にして左腕を指差していた。

「ねぇ裕也?手術はいつから?」

「ん?明日からになった」

「そう・・・3日間寂しいな?」

「俺もだから安心しな?」

 夏目の寂しそうな顔を見てこっちも寂しくなってきたから今日は夏目を存分に甘やかそうと決めてから授業に入ったが、覚悟していた以上に不便な事に気が付いた。

「くそ〜!何もできやしねぇ・・・」

「無理して文字書く必要ないよ?休んでる分私がノート書いておくから来た時に写しておけば良いよ!」

「はぁ・・・義手が無いだけでこうも生活に支障が出るとはな?」

 夏目がノートを貸してくれると聞いて少し安心したが、周りはいつも通り接してくれるのが救いだった。

「上野?あんた腕壊れたって本当?何かあったら助けるから遠慮なく言いなよ?」

「峯岸か・・・お前に頼む事がない事を祈るがな?」

 夏目の一件以来、峯岸は改心して威張らず、貶さず、見逃さずを決めて行動する様になったみたいで、俺が困ってるのが気になった様だ。

「シリーズ3の手術がシリーズ2と比べるとキツいらしいけど・・・」

「手術は特にキツくはなかったよ?リハビリがキツかったけど裕也なら大丈夫だと思うよ?」

 夏目との会話が落ち着く上に夏目という優しくてワガママで甘えん坊な彼女のお陰で何とか俺に希望が見えてきた。

「明日から頑張れそうだ・・・」

「頑張ってね!手術終わった頃に電話するからね?」

 翌日、朝9時に手術を受ける為に病院に行き、説明を受けて取り付ける骨になる義手を見た。

「良いかい?これが最後に見る君の内部の義手だ」

「はい・・・外すのがなくなるのは嬉しいですし、感覚のある腕になるのは願っても無いですからね?」

 俺が金属の骨をマジマジと観察していると担当医が俺の方を向いてきた。

「それと病院で電話するなって勘違いされるけど3日間暇だから電話しても構わないから」

 その会話を最後に俺は麻酔で気を失い、目が覚めた時には右腕は完全に固定されて筒状の機械の中に入っていた。

「これを夏目は手術日含めて3日間耐えたのか・・・凄いな・・・」

「夏目ちゃんは強い女の子だな!」

 左側を見ると豊治さんが腕を組んで笑いながら椅子に座って俺を見ていた。

「豊治さん!義手ありがとうございます!」

「良いって!設計上と使用上の不備なんだから気にしなくて良い!それより・・・」

 豊治さんは言いかけた言葉を深呼吸してからしっかりと呼吸を整えて冷静になった。

「実はあの店なんだが、もうあの店でやらなくて済みそうなんだ!」

「店辞めたんですか⁉︎」

「早とちりするなよ?実は・・・政府から支援が来てデカい工場持てる様になったんだよ!」

「そうなんですか⁉︎良かったじゃないですか!」

 豊治さんの夢であったデカい工場で日本だけじゃなくて世界の為に、手足のない人の為に義手と義足を作りたいと言っていた夢が叶ったようだ。

「それで相談なんだが・・・剛には跡取りの話をして納得してくれたんだ!裕也くんも俺の工場で働いて剛の支えになってくれないか?」

「え?良いんですか⁉︎」

「俺は本気だ!裕也くんに働いて貰いたい!」

「わかりました・・・その代わり条件があります!」

「条件?何でも良いぞ!」

「入社しても俺は転勤しないって約束してください!俺は親が転勤で家庭内が複雑になってるんで絶対にしませんから!」

 俺の言ってる事は子供っぽいかもしれないし、とんでもないワガママだと言うのは百も承知していたが、豊治さんは笑い出した。

「そんなに工場はデカくするつもりはないさ!だから転勤もない!就職まで待つからその間は自由にして良いからな!」

「それなら良かったですけど」

「条件は飲んだ!じゃぁ俺は仕事と教育があるからまたな!」

 豊治さんが帰ってから病室はシーンと静まり返ってしまい、テレビを見ようにもリモコンに手が届かず、近くに置いてあったスマホを見ると19時を指していた。

「夏目に電話してみるか・・・」

 夏目に電話をかけようとスマホを取り上げると夏目からの着信が来て少し驚いたが、冷静になって電話に出た。

「やけにタイミングよく電話かけてくるよな?」

「え?電話しようとしたの?」

「まぁね?寂しすぎて愛しの可愛いお姫様の声が聞きたくなってな?」

「もぅ!電話越しで何言うの⁉︎私だって今日寂しかったんだよ⁉︎」

「そうか・・・ごめんな?」

「退院してからイチャつくから覚悟してね!」

「分かってる!夏目?」

「ん?どうしたの?」

「退院したらすぐに会いに行く!」

「え?・・・無理しないでね?」

 3日後、腕に付いている機械を外すと俺の生身の腕がそこにあった。

「おぉ!これが俺の腕⁉︎」

「驚くだろ?だがまだ完全には動かないさ!少し検査するから・・・感覚があったら反応して?」

 担当医が右手の指に針を刺すと痛さのあまり右手を引いてしまったが、担当医と2人して驚いて右手を見た。

「なっ⁉︎動いた⁉︎リハビリ前なのに何で⁉︎」

「君・・・シリーズ2付けてたんだっけ?」

「はい・・・つい5日前まで・・・」

 一通り検査をしてから腕の稼働確認をするとあっさり退院が許可された。

「いやいや!先生!説明してくださいよ!」

「あ〜・・・基本的にシリーズ3は片方の腕を基準に制作されているのは知ってるとおもうけど、君の場合シリーズ2を付け慣れている人は神経がシリーズ2の負担に慣れてしまったからリハビリを必要としてないんだ」

 リハビリ覚悟で明日を迎える予定だった俺は何をして良いのか分からなくなって来たが、とりあえず帰る事にした。

「学校に行って夏目に会いに行くか」

 今すぐに夏目に会いたくなり、学校に向かって甘やかす事と2人っきりで出かけるために学校に向かい、校門で夏目を待つ事にした。

「あれれ?上野くん!もう終わったの?」

 校門で夏目を待っていると瑠衣さんが俺に気付いて話しかけてきた。

「夏目を待ってるんですよ?」

「なっちゃん幸せ者なんだね?そう言えば実家に行ったって聞いたけど?」

「っ⁉︎」

 瑠衣さんが意地悪そうな顔をして俺に近づいてきたが、スルーするつもりがそんな状態ではない顔をしていた。

「夏目から聞いたんですか?」

「両親からもね?2人とも喜んでたよ?なっちゃんが未来の婿さん連れてきたって」

「また冗談ですか?」

「これは本当だよ?なっちゃんの側にずっと居てあげてね?」

 瑠衣さんは優しい笑顔で俺に頼み、帰路に足を向けて去っていった。

「あれ?裕也!」

 夏目が俺に気付いて大きく手を振って俺の方に走り寄ってきたから俺も迎えに行こうと思ったが、待っていないと怒りそうだからそのまま待つ事にした。

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