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第15話 最後の逃走劇

 ――ドンッ!


 少し大きめの音を響かせ、テーブルが空中に浮き上がる。



 よかった。


 資料漁りの時に机を動かしたりはできたから、大丈夫だとは思ったけれど、実際やってみるまでは不安だったから。


 でもまだ、私の『賭け』は終わっていない。

 お願い。そして、上手くいったら――




「ごめんなさいっ!」



 その場で体を回転させ、浮き上がったテーブルを、遠心力も加えた回し蹴りで蹴り飛ばす。

 狙ったのは、真後ろの扉の前の――マーク君とルルミラ。



「ゲキャウガアッッ!!?」

「ギヒィッッ!!?」



 飛んで行ったテーブルと正面からぶつかり、2人は四肢をあらぬ方向に曲げながら、部屋の外の壁にぶつかった。


「イングリッド!」

「よしっ、乗れっ!」


 イングリッドは既にアンリ君を抱え上げて、足のブレードを出現させている。

 私は近くにいたニコル君を抱えて、滑り出しているイングリッドの肩に飛び乗った。





 ――逃ガサナイ。



 強烈に膨れ上がっていく憎悪を背中に感じながら、私達はパーティ会場から逃げ出した。




 ◆◆




 ――ベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタッッッッ!!!!



 耳を覆いたくなるような足音を鳴らして、ミレイちゃん達が追いかけてくる。

 『ミレイちゃん達だったのも』、という方が正しいかもしれない。


 私達を追って部屋を飛び出した『城の子供達』は、ミレイちゃんを母体に融合し、今や悍ましい化け物となっていた。


 ブクブクと膨れ上がった病的に白い胴体から、細長い手足が全方位に、無数に飛び出している。

 それで床、壁、天井をついて、その重たそうな体からは考えられないような速さで、私達に迫ってくるのだ。


 距離は縮まっていないが、引き離すこともできない。



「アリア! さっきの2人を弾き飛ばした攻撃、もう一度できないか!?」


「無理よ……! あれはテーブルを……この世界の物をぶつけたからできたの」


「そうゆうことか……! なら、今は逃げるしかないな!」



 ルルミラから逃げる時、彼女の腕は壁にぶつかって折れていた。

 なら、この世界の物をぶつければ、ダメージを与えられると思ったのだ。

 上手くはいったけれど、何も動かせる物のない廊下では、この手段は使えない。


「でも、逃げてるだけじゃっ……どうにかして、歪みと私達の世界を繋げないと!」


 歪みを広げる手段は、強力な一撃をぶつけるという単純なもの。

 でも、イングリッドの力に私のを合わせたくらいじゃ、とてもジャンパールの大槍には敵わない。


 何か別の手段か、大きな力を生み出す方法を見つけないと……っ。


「穴なら私が開けられる。一発勝負だがな」


「できるの!?」



「このフリージアには、残存魔力を絞り出して極大の一撃を放つ機能があるんだ。使った後は魔力がほぼ空になる自爆技だから、戦いではまず使えんがな」



 何て無駄な機能……でも、確かにエクエス・レヴィエムは、そうゆう演出が好きそうではある。


 ……シャイニーティアにも、あったりしないでしょうね?



「あとは外に出る方法だ。ジャンパールが出ていた以上、何処かに出口が――前を見ろ!」

「あぁっ!?」



 追い縋る化け物から廊下の先に視線を移すと、分隊長を食べた四つ手の異形が、私達の行手を塞いでいた。


 廊下は一本道。後ろからはずっとミレイちゃんが追いかけて来ている。

 途中に部屋はあるけれど、入ったらもう、そこから身動きは取れない。



 どうしよう、どうしたら――


「隙間を抜ける! 何とか躱せ!」



 イングリッドは、異形が広げた4本の腕の隙間――その中で最も広い、頭上に向かって滑り込んでいく。

 左から円を描くように、壁から天井へと駆け上がる、ちょうど異形の頭上で上下反転するコースだ。


 イングリッドが、右脚を前に突き出しギリギリまで折り曲げ、左脚は大きく後ろに伸ばして体勢を沈める。

 体は大きく反らせて、天井と並行に。


 私もニコル君をイングリッドに預け、脚から首にかけて力を込めた。

 体をイングリッドと一直線にして、頭も天井スレスレまで持ち上げる。


 対して異形は、頭の上をすり抜けていく私達に向けて、口を大きく広げ、首を伸ばしてきた。

 眼下に広がる底の見えない闇が、スローモーションのように迫ってくる。


 アンリ君、ニコル君、2人を抱えたイングリッドも、頭まで通り抜け、最後は私。


 異形の口はもうすぐそこだ。



 あれ? 待って、これ、間に合わ――


 ――バグンッ!



「ひゅっ」



 一瞬、異形の頭が視界を埋め尽くす。

 天井ごと齧りとる勢いで閉じられた異形の口は、間一髪私の胸を掠めて、その天井に激突した。



 イングリッドの動きに合わせて、体勢を元に戻す。

 後ろを伺うと、異形は追いかけてきた融合体に取り込まれていた。



「ぜぇっ! はぁっ! ぜぇっ! はぁっ!」



 体の震えも、涙も止まらない。

 まるで、死のイメージに一瞬思考停止していた頭が、許容量を超えた恐怖を少しずつ消化しているようだ。



「アリア! 震えが酷いが、どこかやられたのか!?」


「だ、だだい、だい、だい、じょ、ぶっ……け、けが、して、し、しし、して、ない」



 全く思うように動かない口を何とか動かし、無事であることを知らせる。

 強いて言えば、シャツのボタンを1つ飛ばされたことと、その、どうしても怖くて……お腹周りから、してる感覚が消えなくなってしまったことくらい。



 大丈夫、空っぽだったから出てない。セーフ。


 一先ず、目の前の窮地は乗り越えた……乗り越えたからね?



 でも真面目な話、状況はかなり悪い。

 短い距離だけど、直線から円の動きに変えたせいで、融合体との距離が縮まっているのだ。

 更に、さっきの異形を取り込んだことで、手足が増えて少しだけスピードが上がっている。


 もう、闇雲に駆け回る余裕はない。

 せめて上か下か、探索範囲を絞らないと……。


「上に行って……!」


「ニコル君?」


「上の方の階に1つだけ、窓が開いてる部屋があったんだ。高すぎて出るのは諦めたけど、イングリッドお姉ちゃんがいれば……!」


 イングリッドのスケートなら、高所からでも氷の道で滑り降りられる。

 むしろ、唯一判明しているテラスの歪みに向かうなら、上層階からそこに目がけて降りていけるのは都合がいい。


「でかした! 部屋の場所はわかるか!?」


「ちょっと、自信ない。でも、扉とか、廊下とかは雰囲気違ったから、近くを通ったらわかると思う」


「十分だ。行くぞ!」


 イングリッドが、体を前に傾けていく。

 そうか、少しでも空気抵抗を減らして、速度を上げようと……なら!


「ほう……これはいい!」


 私は、イングリッドとは逆に、体を後ろ側に倒していく。

 横から見たら、『く』の字が潰れて行くイメージ。

 イングリッドと傾き具合を合わせているから、重心が左右にブレず、低くなっていっているはずだ。



「やるな! さすがは『猫の妖精(ケット・シー)』と言ったところか』


「どういたしまして、『氷の妖精姫』さん」



「……やめよう。この話題は誰も幸せにならない」



 想いが伝わって嬉しいわ、イングリッド。

 若い女性アスリートを見ると、とりあえず『妖精』って付けたがる人種は滅べばいいと思うの。



 そんなことを考えている間に、階段が見えてきた。

 中間に踊り場があるタイプの、オーソドックスな階段。

 素直に傾斜を駆け上がっていたら、一気に距離を詰められてしまう。


 ここは――


「跳ぶぞ!」

「ええっ!」


 イングリッドが助走をつけ、僅かに回転をかけて跳躍。

 私は、手すりや踏板に手をついて体を持ち上げてたり、上の段裏にぶつからないよう、方向を調整する。


 2人がかりで、内側の手すりの隙間を縫うように上へ上へ。

 これなら距離も開い――てない!?


「ひっ!?」


 融合体は体を細長く伸ばして、私達と同じように手すりの内側を登ってきた。

 むしろ、また少しずつ距離が縮まっている。


 それに、伸びた体から沢山の腕が生えてて……さ、さっきまでより気持ち悪い……!



 一進一退の追いかけっこが続いて、とうとう階段の終わりまで来てしまった。

 廊下に滑り出ると、アンリ君、ニコル君が揃って表情を変える。


「こ、ここだよっ、お姉ちゃん達!」

「その角を曲がって、1番最初の扉!」


「わかった! アリア、体重移動!」

「任せて!」


 スピードを緩めず、曲がり角に突っ込むイングリッド。

 私は体を横に倒し、強引にイングリッドの進行方向を角に沿わせる。


 融合体は……だめっ、引き離せてない!

 もうっ、腕が百本くらいあるなんて、ずるいわよ!


「アレか!」


 でも、こちらのゴールもすぐそこだ。

 しかも都合のいいことに、扉が開いている。


「へへっ、開けっぱなしにしちゃってた」


 得意満面なアンリ君。

 お行儀は良くないけれど、今回は助かった。


「ファインプレーよ! でも、お家では気をつけてね!」


「「はーい」」


 ガリガリとブレーキ音を響かせて、イングリッドが扉の中へと方向を変える。

 人一人分のサイズの扉をくぐるには、体重移動も空中の道も使えず、どうしても減速するしかないのだ。

 融合体との距離が一気に縮まり、もう真後ろまで迫られてしまっている。


 あと少し、もう少しなの、お願い……!


 飛び込んだ部屋の中は、フリルが多く、ぬいぐるみが散乱した、女の子の部屋とわかるものだった。

 その部屋の右手側、バルコニーに続く扉が……本当だ、開いてる!


 イングリッドが氷の道を傾けて、私も右側に体重をかける。

 急速に流れて行く部屋の様子の中に、偶然、一つの写真立てが視界に入った。


 中に飾られた写真には、仲の良さそうな中年の男女と、その真ん中で笑う、水色髪の女の子の姿。



 ここは、ミレイちゃんの部屋なの……?



「あぁっ!?」



 突然、体が後ろに引っ張られる。

 後ろを見ると、何本もの青白い手が、私のシャツを掴んでいた。


 そんなっ、ここまで来て……!


「あぁっ、もぅっ!」


 迷っている時間はなかった。

 私は力いっぱいボタンを引きちぎり、シャツを生贄に捧げ、その手から逃れた。


 これで、上も下も、完全に下着姿になってしまった。



「みみみ、見ちゃだめっ! 絶対っ、だめだからね!?」



 そう言って睨みつけると、男の子達は一旦視線を外すものの、すぐにチラチラとこちらに視線を向けてくる。

 もうっ、こんな歳から、そんなにエッチでどうするのっ!


 私はある意味満身創痍だけど、イングリッドは順調に部屋を駆け抜け、ついにバルコニーへと飛び出した。

 そのままバルコニーも駆け抜けて、柵を飛び越え空中に身を投げ出す。



「ア……」


 最後にチラリと、融合体が視界に映った。

 室内とバルコニーを隔てる窓にへばりついて、私達に恨みがましい視線を向けてくる。


 出てくる気配はない。

 扉は開けっぱなしなのに、自分自身は外には出られないのだろうか。




 それとも……出られないからこそ、せめて扉だけは閉めたくなかったのだろうか。


 融合体の中央から飛び出たミレイちゃんの顔の中に、少しだけ、寂しさが見えた気がした。




 ――ア゛ア゛ア゛アアァァァアアアアァァアアァァァァァアアアアァァァァァァァァァアアアアァァァアアアアアアァァァァァアアアアアアァァァァァァァァッッッッ!!!!




 悲しげな咆哮を背に、空中に氷の道を作って下へ下へと滑り降りる。

 目指すは先ほどのテラス。ジャンパールが、世界に穴を開けたあの場所だ。


 でも、やっぱり彼女は、逃がしてくれる気はないみたい。

 バルコニーの柵を乗り越えて、何本もの黒い手が飛び出してきた。さっき、ジャンパールを捕まえようとしていたあの手だ。


 物凄い速さで、私達を追いかけてくる。



 だめっ……このままじゃ、捕まる……!



「2人とも、水筒貸して!!」


 説明してる暇はない。

 アンリ君とニコル君が首から下げた水筒を奪い取り、大急ぎで蓋を開ける。



 魔力は……通る!



「集いっ……穿て!!」



 水筒から飛び出した水は、私の目の前の一箇所に纏まる。

 そのまま勢いよく飛び出して、間近に迫った黒い手を弾き飛ばした。


 水筒の水は、彼らがこの城の中で汲んだ、この世界の物質。思った通り、あの黒い手にも通用する。



「まだよっ! 戻って!」


 飛び散った水滴を可能な限り集めて、一塊の水球に戻す。

 今度はそれを砲弾状に整形。先端を中心に回転を与えて、近づいてきた手から順に弾き飛ばして行く。


 でも、一回当たるたびに纏めきれなかった水滴が舞い散って、水の砲弾はどんどん小さくなっていく。



「もうダメ! 消えるわ!」

「いいや、十分だ! 全員捕まれ!」



 いつの間にか私達は、テラスの目の前まで辿り着いていた。

 イングリッドは氷の道から飛び上がり、歪みに向けて、飛び蹴りの姿勢で急降下を始めた。




「残存魔力、開放許可」




 イングリッドの魔力が膨れ上がる。

 大きく、大きく、両手から溢れてもなお大きく。




「ダイヤモンドダスト――」




 世界を、軋ませるほどに。




「フルブルームッッ!!」




 歪みに向けて突き出した脚の先端から、氷の結晶が止めどなく溢れ出る。

 それはイングリッドの周囲に円錐状に集まり、大きく、鋭い、氷の花弁とった。


 そして、巨大な花の槍となったイングリッドが、わだかまる歪みに蹴り足を突き入れる。



 ――氷の花が、『無』の世界に大穴を開けた。


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