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第14話 貴女達モ私ト一緒

「落ちるなよ!」


「えぇっ!」



 ルルミラが伸ばしてきた両手を、イングリッドは空中に氷の道を作って回避。

 私は子供達を抱え込みながら、重心をずらしてイングリッドの腕の中に収まるように動く。

 ジャンパールも、ルルミラの注意が私達に向いている間に、あっさりと横を通り過ぎた。



「置イテかナイで下サいヨォォォッ! 殿下ァァァァッ!」



 ごめんなさい、ルルミラ。薄情な皇女で。


 ……貴女がエルナやロッタだったら、私はこんなにあっさりと、諦めることはできなかったと思う。

 きっと、置いていけもせず、助けられもせず、1人では何も決められないまま、私もこの城の一部になっていたでしょうね。


 だから、ごめんなさい。置いて行くことを決めてしまって。




「私は、多くの部下と共にこの城に踏み込んだ」


「イングリッド……?」


「だが、誰一人連れて帰ってやることはできないだろう。すまないとは思うが、力の及ばぬこと全てを悔やんでいては、心がもたないぞ」



 あぁ……私、辛そうな顔していたんだ。だから、彼女にとっても辛いことなのに、わざわざ……。




 よし、決めた。




「イングリッド」


「どうした?」


「ここから出られたら、覚悟しておいてね」

「ど、どうゆうことだ!?」



 やってやるわ、絶対に。




「コッチ来て下さイヨ殿下ァァァァッ! ジャなイト、アの子達ガ仲間ニ入れテクレなイんでスヨォォォォッッ!!」


「ニコルゥゥッ! アンリィィィッ! オ前らモ来いヨォォォォッッ!!」



 そのためには……まずはここから出ないと。

 マーク君とルルミラの声は、かなり離れたと思ったら、急にとても近くから聞こえてくる。


 逃げられないんだ。

 多分、決まった距離以上には離れられない。だからこんなに広い城の中なのに、何度も見つかってしまう。


 どうしよう……っ。


 今はイングリッドとジャンパールのおかげで逃げられてはいるけれど、ここは魔力が回復しない。

 2人もいつか力尽きて、そうしたら……。



「あーもう……面倒だし、さっさと出るよ。お姉ちゃんのパンツもアソコも見飽きたし」


「出方がわかるのか!?」


「当然でしょ? とりあえず、一旦そこの部屋入るよ」



「あの、その後に言ったこと……何でもないです……ぐすっ」



 なんか、凄くモヤモヤするけど……ここから出ることが優先だ。そもそも、イングリッドに運んでもらっている私に、選択権はない。

 ルルミラとマーク君の目がないことを確認して、私達はジャンパールが目で示した扉の中に入った。



「ここは……パーティ会場か……?」


 扉の先は、クロスが敷かれたテーブルが幾つも並ぶ、広い空間だった。

 右手側がテラスになっていて、外にもテーブルが置かれている。


 奥の方はカーテンが閉まっているせいか、暗くてよく見えない。

 見える範囲は確かに、イングリッドの言う通り、パーティ会場みたいなんだけど……。



「早く出るわよ……ここ、多分まずい……!」


「どうゆうことだ?」


「パーティ会場のテーブルなんて、普通は別室に仕舞われているものよ」


 でもこの部屋には、見るからに洗い立てのクロスを敷いて、それが並べられている。

 城としての体裁を保つため、こんな状態にしているだけかもしれない。

 でももし、この城の何者かが、この部屋で何かを催す準備をしているのだとしたら……。



「なるほど。場所を変えるぞ、ジャン――なっ!?」


「あっ!?」



 いつの間にか、ジャンパールが姿を消していた。

 私達に続いて部屋に入ったはずなのに……っ。


 これ、凄くまずい。

 癪だけど、彼抜きでルルミラやマーク君から逃げる続けるのはかなり難しい。

 それに、分隊長を食べたアレだっている。



 今そんなのに、襲われたりしたら――



「可哀ソう」

「「っ!?」」



 会場の奥側の、視界が暗闇に阻まれるギリギリの場所。

 まるで、人とそうでないモノを隔てる境界のような位置に、その子はいた。



 水色の髪をツインテールにした、アンリ君達と同じくらいの女の子。

 病院の検査着のような、あの資料の中で何度も見た服を着ている。



「私ト一緒ね。嘘吐きサんに置イテ行かレちゃった。フフッ、フフフフッ」



 声も、見た目通りの、幼い少女のもの。

 なのに、さっきからずっと、重くてどす黒い感覚が、肌に纏わりついて離れない。


「あ……あぁ……お姉ちゃん……!」

「あの子っ……あの子だ……っ」


 アンリ君とニコル君が、ガクガクと震えながらしがみついてくる。

 彼らが会ったと言う、子供達の中心にいた女の子も、あの子なのだろう。



 ミレイ・オウギちゃん……あの資料の中にもいた、この城の犠牲者の1人。


 『拡張実験』で何度もその名前を見た……多分、1番酷い目に遭わされた女の子。



 でも、『置いて行かれた』……? 私達も……? あっ!


「まさかっ!」

「ジャンパールめ……!」



 姿を消したと思ったら、私達を囮にして逃げ出していたんだ……っ。

 多分、マーク君やルルミラが、私と子供達に狙いを定めていたから。


 でも、だからって子供達や、仲間のはずのイングリッドまで見捨てるなんて……!



「フフフッ、可哀そウ、可哀ソウ。置いテ行かレタ」



 ミレイちゃんが、一歩だけ前に出た。それに合わせて暗闇も一歩分、私達の方に押し寄せてくる。


 違う、この子は境界に立ってるんじゃない。

 この子自身が境界なんだ。生きてるものと、そうでないものの。



 だめ……絶対に……この子に触れてはだめ……!



「私トおンナじ オンなジ おんナジダ! アハハハッ! アハハハハハハハッ!」


 逃げなきゃ。とにかく部屋の外へ……あぁっ!?




「ダダメダメダヨオネオオネエネチャン」

「オトトトモダチニニナリナリマママショウショウ」



「マーク君……ルルミラ……!」



 背後の扉から、マーク君とルルミラが入ってきていた。

 2人とも、もう人の姿が保てないのか、首と手足が更に伸びて、這いつくばったまま首だけをこちらに向けている。


 首の先に付いている顔も、人間のものではない。

 大きな空洞になった両目と口は、分隊長を食べたあの異形を思い出させる。


 ルルミラは、『仲間に入れてくれない』と言った。

 あの異形は、この子達に取り込まれた誰かが、『仲間に入れてもらえなかった』結果だったのだろうか。


「アハハハハッ! 出らレナい! 帰れナイ! 可哀そウ! 可哀ソウ!」


「あ……あぁっ…ああぁぁっ!」


 少し目を逸らしている間に、ミレイちゃんはさっきより近づいてきていた。

 そして、一緒に押し寄せる闇の中に、沢山の子供の姿が浮かび上がる。



 耳が無い子、鼻が無い子、目が異様に大きい子、脚が無い子、腕が二股に別れた子、お腹が無い子、短い3本目の脚が生えた子。



 この城の、被害者。被害者だった子達。

 でも今はもう、違う。



「可哀ソうダカラ」



 幾つもの命を取り込んで、私達も取り込もうとしている、この世のものでないナニカ。



「仲間ニ入れテアげル」



 ミレイちゃんの顔がぐにゃりと歪んで、子供達が一斉にこちらに向けて歩き出した。

 怖い。逃げなきゃいけないのに、脚が動かなくて、体の震えが止まらない。



 でも、本当にギリギリのラインで、私は冷静さを残していた。


 子供達に対する虚勢か。


 イングリッドの目が、まだ諦めてないからか。


 それとも、度重なる恐怖が限界を超えて、頭がおかしくなってしまったのか。



 なんでもいい、ここから逃げられるなら。

 私はとにかく視線を動かし、記憶を掘り起こした。


 私達の魔術や格闘は効かない。

 子供達がどんな存在かはわからないけど、マーク君やルルミラに捕まったら、きっと分隊長のように食べられてしまう。


 マーク君は、散々ジャンパールに槍を当てられていたけど、やっぱりダメージはないみたい。

 ぐしゃぐしゃに折れたはずのルルミラの腕も、もう治ってる。



 治ってる……? あ、これ――






「ははっ! やっぱ大成功ぉ♪」




 私が一つの光明を見つけたその時、会場に、全力で人を馬鹿にしたような中性的な声が飛び込んできた。


 声の出どころは、割れない窓に隔たれたテラス席。

 そこから、濁った瞳に何とも憎たらしい笑顔を浮かべた白いコートの少年が、会場を覗き込んでいた。




「ジャンパール!」


「その部屋、なんかヤバい気がしてさ? 入ってもらって正解だったよ~…………さすがに、『そんなの』がいるとは思わなかった」


 ジャンパールはすっと目を細めて、ミレイちゃんの方を見る。

 学園で襲われた時と今回を通して、彼が初めて見せた、一切の油断を排した警戒の目。


 対するミレイちゃんも、あれだけ楽しそうだった表情が、今は完全な無だ。


「あラアらアラアラ? 嘘吐きサンは『博士達』ニ食べテモラッたはズダけド?」


「あんなノロマなデクノボウが、僕を捕まえられるわけないだろ? 僕を捕まえたいなら、最低でも君自身が本気で来ないと、話にならないよ」


 2人の睨み合いに、部屋の中の時間が止まる。

 自分の登場で、場の空気が変わったことに気を良くしたのか、ジャンパールはもういつもの余裕の表情だ。


「みんなも、囮ご苦労様ぁ~。まぁ、少しは役に立ったんじゃない?」


「ジャンパール、貴様……!」


「え、何怒ってんの? 狙われてんのは、そこのガキ共とお漏らしお姉ちゃんでしょ? そんな奴らぞろぞろ引き連れて、僕まで巻き込んで……むしろ、謝罪して欲しいくらいなんだけど?」


「ぐっ……それは……っ」



 ジャンパールの言葉に、イングリッドが口籠る。


 ジャンパールやイングリッドに、私達を助ける義務などない。

 彼らにとっては、今ジャンパールが持っている資料を持ち帰ることが最優先だ。

 アールヴァイスとしては、ジャンパールの行動の方が正しいのだろう。


「まぁ、それなりに頑張ったみたいだし? この世界からの出方、教えてあげるよ」


「ソンなモのハナイわ」



 ジャンパールに言葉に、1番過敏な反応を示したのは、城そのもの――ひいてはこの世界の主とも言える、ミレイちゃんだった。

 その顔は無表情に見えて、強烈な怒りを湛えている。


 その怒りを一身に受けたジャンパールは、あの見慣れた、『弱いものを虐めるのが楽しくて仕方ない』という表情だ。



「この世界はね、霊子力無しで存在してるせいで、とにかく不安定なんだ。そこら中に歪みがある。城の中はソイツが抑えてるみたいだけど、そのせいで、外は本当に歪みだらけ」



 ジャンパールはそこで言葉を切って、これまで見た中でも1番大きな槍を生み出した。

 内包する魔力も過去最大で、収まり切らなかった分がバチバチと大気を焦がす。



「そこにドギツイ一撃をぶつけてやればっ!」



 窓とは反対側、森に向けて投げつけられる大槍。

 でもそれは、テラスの柵を越えることなく、虚空にぶつかり轟音を響かせる。

 内包した力が弾け、空間が歪み、そして、世界に穴が開いた。


「この通りさ。穴が開くのは十数秒程度だから、君達は自力で開けるんだよ」



 ――オオオオォォォォォオオオオォォォォォォォォォォッッッッ!!!!



 自身の世界に開けられた穴に、主であるミレイちゃんが人の顔を捨てた。

 大きく開いた目と口から、真っ黒い瘴気を吹き出し、体全体で窓にへばり付く。


 すると、窓越しに数えきれないほどの『黒い手』が現れ、『逃がさない』とばかりにジャンパールに襲いかかった。


「ははっ、バイバイ」


 でもその手は一歩届かず、ジャンパールはヒラヒラと手を振りながら、世界の穴の向こうに消えていく。

 『正義』のジャンパールは、本当に1人、元の世界に帰っていった。




 そして――


「ふっ!」



 誰もが動きを止める中、私は目の前のテーブルを、空中に蹴り上げた。


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