第13話 パンツだから普通に恥ずかしい
「オ姉ちャあアアアァァァァァンッッッ!!! カクれンぼカなアアアァァァァァァッッッ!!!」
私達を……違う、『私』を探すマーク君の声に、私は身を竦ませる。
どうやら私は、完全に目をつけられてしまったらしい。
「うっさいなぁ……オバケってみんなこうなの?」
自分がターゲットではないためか、そもそも何も恐れていないのか、ジャンパールはただただ煩わしそう。
マーク君から逃げだした私達は、適当な廊下で腰を下ろしていた。
アンリ君とニコル君は、若干でも飲食をしたためか、先ほどよりはかなり顔色を良くしている。
「んじゃあ、ホントはイングリッドの話から聞きたいんだけど……」
ジャンパールが口を開く。
『正義』のジャンパール。
いったい何が『正義』なのかわからないほど、楽しそうに人を虐める男の子。
今まで戦った幹部とは、次元の違う力を持った彼ですら、あのマーク君を倒すことはできなかった。
今は……何だろう、子供特有のいやらしい笑みを浮かべて、私を見てる……。
「お姉ちゃん、痴女なの?」
「え?」
痴女? どうゆうこと? いきなり、何を言っているの?
あれ、でも……何だか、お尻がすーすーして――――っ!?
あの時私は、イングリッドがいないはずの『何か』と会話をしていると気付き、慌ててトイレから出た。
そこからはもう逃げるのに必死で、何かを省みる余裕なんてなくて……。
洗うはずだったショートパンツは、トイレに置き去りにしたままだ。
――私は、少し面積の小さい、レースの白下着一枚の下半身を晒していた。
「い、嫌ぁっ!? あぁっ、嘘っ、そんなっ……み、見ないでっ! 見ちゃだめっ……!」
何とか隠そうと服の裾をひっぱるのだけど、破れた騎士服の下に着ていたシャツは、裾が短い上に伸縮する素材ではないから、全く股下まで届かない。
だからと言って、2本の手だけではとても隠しきれなくて、あたふたと手の位置を変えるばかり。
それに……あぁっ、どうしよう。
洗ってから、ほとんど絞らずに穿いてしまった下着は、まだびしょ濡れで、その……ちょっと……まずいくらい透けてしまっている。
これ、多分――
「今更遅いって。てかさ、なんでびしょ濡れなの? スケスケなんだけど、大事なところとか」
「嫌あぁぁっ……!」
私は、慌てて片膝立ちから、割り座に脚を崩す。
それから、脚の付け根から膝までをぴったりとくっ付けて、その間に両手を差し込んだ。
見られてたっ……私の……全部……!
「み、見ないでっ……アンリ君も、ニコル君もっ! 男の子が、こんなのっ……見ちゃ、だめ……っ」
「ぷっ、なにそのかっこ! まるで、おしっこ我慢して……あ、わかった」
ジャンパールが私を見て、ニヤニヤを更に強くした。
もう嫌だ。痴女呼ばわりされて、大事なところを見られて……今度は、何を言うつもりなの……!?
「お姉ちゃんさ、漏らしちゃったんでしょ?」
「――――っ!?」
ジャンパールが私に投げ付けたのは、予想の斜め上を行く最悪の問いかけだった。
あまりのことに、顔が強張って、息が止まってしまう。
早く、否定しなきゃっ……でもっ……声が、出ない……!
「うはっ、やっぱり! 洗ってる間にアレに襲われて、びしょ濡れのパンツ1枚で逃げて来たんだ! だっさぁ~」
「ち、違っ……! 洗っては、いたけどっ……でも私っ、漏らしてなんか……!!」
漏らしてない……! あれは、ほんの少しだけ間に合わなくて、ほんの少しだけ……出ちゃっただけで……。
だから、お漏らしじゃなくて……っ……あ、だめっ……泣きそう……っ。
「やめろ、ジャンパール! 意味もなく女を辱めるな」
「は? 意味ないとか決めつけないでくれる? 意味はあるよ。『僕が楽しい』」
「お前……!」
イングリッドが諌めようとしてくれているけれど、ジャンパールには全く効果がない。
この場に、自分を止められる人間がいないことをわかっているんだ。
だから、どんな残酷なことだってできる。
ジャンパールが私を見る顔は、まるで小動物を甚振る子供のよう。
やめてっ……もう、何も言わないでっ!
「ねえ、オバケが怖くて漏らしちゃったの? それともまさか、その歳で、おしっこ我慢できなかったとか――」
「やめっ、て……ひぐっ……やめてっ……うっ……うぁぁっ……!」
だめだった。
子供達の前だと言うのに、私は込み上げる感情を抑えきれず、泣き出してしまった。
ほんと、情けない……。
「いい加減にしろ!」
イングリッドは、そんな私を庇うように立ち上がって、私とジャンパールの間に入ってくれた。
そして、苛立たしげな顔を自身に向けるジャンパールに、腰のポーチから出した紙束を突きつける。
「この城にあった、呪印関連の資料だ。お前が見つけた事にして、首領閣下に渡すといい。これで、アリアを嬲るのはやめろ」
「何それ? そんなんで、僕に言うこと聞けって? 馬鹿にしてんの?」
「そうか、いらないか。なら、これは私から閣下に――」
イングリッドの言葉が終わらぬうちに、その手から紙束を奪い取るジャンパール。
「……いらないとは言ってないだろ。人の話は最後まで聞いたら?」
「ふっ。もう彼女を虐めるなよ? そうすれば、私も報告の時に口裏を合わせよう」
「ちっ……わかったよ……」
本当に渋々と言った感じだけど、ジャンパールは引き下がった。
あれを持って帰るというのは、アールヴァイスの中で、とても大きな意味を持つのだろうか。
あっさりと資料を手放したイングリッドが、私の前にしゃがみ込む。
「大丈夫か、アリア」
「ぐすっ……ありが……とうっ……ずっ……その、ごめんなさい……私のせいで、資料、渡す事になっちゃって」
「構わんさ。別にあれを持って帰ったからと言って、特に恩賞があるわけではない。精々首領閣下から、お褒めの言葉をいただく程度だが――」
チラリ、とイングリッドがジャンパールを見る。
「奴には、それが何より大事な事らしい」
確かに……ジャンパールの顔からは、さっきまでの意地の悪い笑みは消えていた。
今は、親に褒めてもらうのを楽しみにしている、素直な男の子にしか見えない。
学園に現れた時もジャンパールは、あのジョゼと名乗った、アールヴァイスの首領の言うことは聞いていた。
2人の間には、単なる上下関係以外の何かがあるの……?
「それより……アリア。お前は少し、色々なことを表に出し過ぎだ」
「うっ……」
「それが可愛らしくもあるが……お前は皇族なのだろう? 少しは腹芸もできるようにならないと、苦労をするのはお前自身だぞ」
なんだか、イングリッドがお小言モードに入ってしまったみたい。
私のためを思って言ってくれてるんだろうけど……うぅ……耳が痛い。
それに長女のセレナ姉様は、本当に大切なことだけを、笑顔で威圧しながら言うタイプだったから、こうゆう『口煩いお姉ちゃん』は、何処かくすぐったい。
嫌では……ないけど……。
「聞いているのか? アリア!」
「き、聞いてるわよ……っ。もう、すぐ子供扱い――」
「見ィツけタ」
曲がり角から、マーク君が首だけを出して、私達を覗き込んでいた。
「ジャンパール!」
「ったく……ちょっとは自分で何とかしなよ」
イングリッドの指示に、ジャンパールがぶつくさ文句を言いながらも、マーク君に槍を投げつける。
頭を引っ込めて躱されてしまったけど、今はそれでいい。
「頑張って捕まっててね!」
私は子供達を確保して、足のブレードを出して待っていたイングリッドの元へ。
イングリッドは子供達ごと私を抱え上げると、ジャンパールに目で合図して、廊下を滑り出した。
「アハハはハヒヒアハヒヒははハハハッッ!! 待っテヨおオオォォォォッッ!! オ姉ヂャあアアアァァァァァンッッッ!!!」
ジャンパールが足止めをやめると、マーク君が曲がり角からこちらの廊下に入ってきた。
でも、私達3人を抱えたイングリッドの方が、少し早い。
少しずつ距離が離れていく。
ジャンパールの方は、かなり距離があったはずなのに、すぐに追いついてきた。
そのまま追い抜けるのに、わざわざ私達の横を並走している。
ニヤニヤした視線が、私の下半身にっ……だめっ……この角度、全部見えちゃう……!
「ジャンパール! やめてやれと言ったろう!」
「はいはい! ちょっと見ただけで、うるさいなぁ……」
ジャンパールは不満げに視線を逸らすけど、イングリッドにバレないように、その目をチラチラと下着に向けてくる。
マーク君を抑えてくれるのは助かっているけれど、こんな子に頼らないといけないなんて……!
恐怖はかなり薄らいだけど、代わりに悔しさと恥ずかしさで塗り替えられている気分だ。
「アンリィィィィィィッッ!! ニコルもォォォォォォォッッ!! 置イてクナよオオォォォォォォッッ!!」
「ひっ! ま、マーク……っ」
「やっぱり、飲んじゃダメだったんだっ……この水……!」
両側から、子供達の震える声が聞こえてくる。
2人とも視線が向かうのは、肩から下げた少し大きめの水筒。
ちゃぽちゃぽ音がするから、中に水が入ってることはわかっている。
つまり、この子達はあんなに衰弱しても尚、この水を飲まなかったということだ。
この水は、多分――
「この城で汲んだお水……だよね?」
「…………うん」
アンリ君が、強張った顔で頷いた。
『子供達』に襲われたアンリ君達は、実際は3人で仲良く逃げ出した。
そして、その先で逃げ込んだ部屋に水道を見つけて、空になった水筒に水を汲んだという。
「でも、なんか……凄く嫌な感じがして、俺とニコルは飲まなかったんだ。けど……マークが、『もう我慢できない』って……。
そしたらマーク、どんどんおかしくなって、変な笑い方するようになって……それで……っ」
あの、口を頬まで裂いた笑みを向けられた時、2人はマーク君を置いて逃げ出した……。
「黄泉戸喫……」
「なんだ、それは?」
「神代の言葉よ。死者の世界の食べ物を食べたら、2度と元の世界には帰れない、って言う話。この城で水や食べ物を見つけても、口に入れない方が良さそうね」
私も下着を洗っているとき、トイレの洗面台から流れる水に、何かとても嫌な気配を感じていた。
口や目に入らないよう気をつけていたけれど、正解だったみたい。
この下着も、帰ったら処分したほうが良さそう。
「アリア! 前にいる奴は!」
「え――あっ!?」
イングリッドに言われて前を見ると、ランドハウゼンの女性騎士服を纏った人影が一つ。
「クヒヒひ……皇女殿下ァァ……!」
「ルルミラ……!」
一度は撒いたはずのルルミラが、私達の行手を塞いでいた。