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第12話 おねえさんのいげん

 トイレの中に閉じこもっていたのは、まだ見つかっていなかった村の子供の、アンリ君とニコル君だった。


 マーク君が『子供達』の前に置き去りにした、と言っていた2人。

 その言葉の真偽は謎だけれど、とりあえず2人とも無事だったらしい。


 明かりに照らされた顔色は非常に悪く、目は虚で、頬も若干こけている。

 早く保護して、容態を見てあげないといけない……でも……っ!



「イ、イ、イングリッドっ! 2人を外にっ……あぁっ、早くぅ……!」


「えっ!? あ、あぁっ、待ってろ!」



 子供達を見つけたからと言って、漏れる寸前になっている私の下腹は、1秒たりとも待ってはくれない。

 両手で押さえつけているのに、おしっこがどんどん下着に出てきてしまっている。


「おねがぃっ……ぃそぃでぇ……!」


 あと少し、あと数秒と、全身をくねらせて熱水を押し留める。

 2人を抱えてトイレから出てくるイングリッドの動きが、私の目にはスローモーションのように見えた。



「あとっ、これっ……! ふたりに、ちょっと、ずつ……あげ……て、あ゛っ、あ゛ぁぁっ!?」



 ジョジョッ、ジョォォッ、ジョジョッ!


「もうダメええぇぇぇっっ!!」



 私は、水と食料の入ったポーチを投げ捨て、トイレに駆け込んだ。

 そのまま便器を跨いで、ショートパンツと下着に手をかける。



 て、あれ? 私、扉、閉めたっけ……?



 後ろを窺うと、ポカンと口を開けた3つの顔が、私のお尻に向けられていた。


 し、し、閉めなきゃっ! すぐにっ……あっ、ダメ……!!



 ジョジョッ、ジョォォッ、ジョジョッ!



「お願い閉めてええぇぇぇっっ!!」

「おぉぉおぉいっ!? 待て待て待て待て待て待てっっ!!」



 ジョォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁっっっっ!!!!」



 結局私は、イングリッドが扉を閉める数秒を色々な意味で待てず、ショートパンツをびしょ濡れにした挙句、剥き出しの出口を少年達の前に晒すことになった。




 ブジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!



 ――あぁ……さい……あく……。




 ◆◆




 ――バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ……。



「うぅっ……ぐすっ……」



 トイレの手洗い場で、下着とショートパンツを洗う。

 丸裸にソックスしか穿いていない下半身が、とにかく心細い。


 今日だけで2回も、ショートパンツまで、言い訳のできないレベルで濡らしてしまった。

 しかも、子供とは言えっ……今度は、本当に生きてる男の子達の前でっ……!


 情けなさと恥ずかしさで、溢れる涙が止まらない。

 ソックスが洗うほど濡れなかったのが、せめてもの救いだ。



『よく噛んで、少しずつ飲み込むんだ』



 外では、イングリッドが彼らに食事を与えてくれているようだ。

 出会うなり、こんなみっともない姿を晒した私と違って、彼女はとてもいいお姉さんをやっている。



『そうだ……焦るなよ。一気に入れると、体が勝手に吐き出してしまうからな』



 あまりの落差に、もう、このまま消えてしまいたい気分に襲われる。




 ……が、それはそれとして、一応、もう一回確認しておこう。


 私は目を閉じて、知覚を霊子力に切り替える。

 今日だけで随分と慣れたこの知覚は、ハッキリと4つの反応を示していた。


 私、イングリッド、2人の子供達。


 トイレの鍵が閉まっていた時点で、一度調べはしたので、本当に念のためだ。

 あの時は、その……極限状態だったから……見間違いがあったら、困ると思って……。



『礼なら、彼女が出てきたら言うといい。これはあの子の水と食料だ』


『お漏らしの……お姉ちゃんに……?』


「も、も、漏らしてないっ! ちょっとだけっ、先に出ちゃっただけよっ!」



 まったく……もう一回言ったら、置いて行っちゃうからね!


 ……それにしても……2人の反応は、やっぱりかなり弱々しい。

 当然だ。彼らが遭難してから、もう3日が経過している。

 この城や周辺の森に、人間の食べ物があるとは思えない。


 今更だけど……マーク君は不自然に元気過ぎたんだ。


「んっ……冷た……っ」


 洗い終えた下着を穿き直すと、その冷たさに腰周りが縮み上がる。

 濡れた感触も、とても気持ち悪い。


 裸では下半身が心細くて、ろくに絞らずに穿いてしまったけれど、思った以上に濡れたままだったみたい。

 ショートパンツを洗ったら、一度脱いで、ちゃんと絞らないと……。



『ん? 君も欲しいのか。だが勝手にあげてしまうのもな……固形食で済まないが、私のでもいいか?』



 さっきは、イングリッドにお湯で洗ってもらったから、まだ不快さも抑えられていたけれど……だめだめ。

 魔力が回復しない以上、こんなことのために、彼女の魔力を使わせるわけにはいかない。


 本当は、この水を使うのは気が進まないんだけど……おしっこ塗れの服で歩き回るのは、さすがに……ね?


 早くショートパンツも洗って――



『だが、まだ生き残りがいたとはな。君は2人に比べて、随分元気そうだが……』
















 ――誰と、話してるの?














 君も? 2人と比べて?

 どうゆうこと?


 ここには、私と貴女と、2人の男の子しかいないのよ。


 貴女は、いったい『何』に語りかけているの……!?



 慌てて扉を開けると、そこには私に背中を見せるイングリッドと、怯えた目で彼女に手を伸ばす子供達。


 そして、イングリッドと向かい合い、今、私に気付いて不気味な笑みを浮かべた――




 ――マーク君。




「その子から離れて!!」

「ウォール!!」



 イングリッドの行動は早かった。

 一瞬の迷いもなく、自分とマーク君の間に分厚い氷の壁を生み出す。


 マーク君も手を伸ばしていたけれど、イングリッドがノータイムで反応するとは思わなかったんだろう。

 伸ばした腕をら氷の壁に囚われて、驚愕の表情を浮かべている。



 ――ピシッ!



 でも、それも一瞬だ。

 イングリッドが作った分厚い壁に、見る見るうちに無数のヒビが浮かんでいく。

 やっぱり、魔術では足止めすら満足にできないらしい。



「逃げるぞ!」


 イングリッドが、子供達を抱えて扉に向けて駆け出した。

 私もそれに続こうと、彼女の背中を追いかける。



 ――バリィィィィンッッ!!



 そんなっ、早すぎる……!


 私達が、まだ部屋から出てすらいないのに、マーク君を捉えていた氷の壁が、粉々に砕け散ってしまった。


「鬼ごっコダねエエエエェェェェェェェェッッッ!!!?」


 解き放たれたマーク君は、もう人間のフリをするのをやめていた。


 限界以上に開かれた目蓋の奥には、白黒が反転した眼球。

 口なんてもう輪郭がボヤけていて、口角は頬の辺りまで吊り上がっている。

 腕と首が異様に伸びて、もう明らかに人間の輪郭じゃない。


 子供にありがちなメチャクチャな走り方なのに、足の動きが尋常じゃない程早くて――



 ――廊下に出た時にはもう、マーク君は私の真後ろにいた。



 伸ばされた右手が、私の騎士服をガッチリと掴む。力は、子供とは思えないほどに強い。



 あぁぁっ……もうダメ……!







「とりあえず、退()いてくんない?」



 新たな声に体が動いたのは、奇跡だった。

 無我夢中でボタンを引きちぎり、騎士服を脱いでマーク君の手から逃れる。


 倒れ込むように左に飛んだ私のすぐ横を、辛うじて『白い』とわかる何かが、尋常ではない速度で通り過ぎた。



 槍だ。



 見覚えのある……この城とは全く違う種類の恐怖を私に湧き立たせる、真っ白い突撃槍。

 槍は周囲の空間を抉り取るような存在感をもって、私の騎士服を掴んだままのマーク君の、ど真ん中に突き刺さった。



「ぬガあアアァァァァァッッ!!?」



 物凄い勢いで、後方に飛ばされるマーク君。

 私やイングリッドの攻撃では、足止めすらまともにできなかったのに……。




「うぇぇっ……アレで穴開かないの? やってらんないんだけど」



 でも槍の投擲手は、その快挙にすら不満げだった。


 声の方に目を向ければ、真っ白いコートに膝丈の半ズボンの、12~13歳くらいの少年の姿。


 秘密結社アールヴァイスの幹部の1人。




 『正義』のジャンパール。




「ジャンパール! お前も来ていたのか」


「イングリッドが連絡返さないせいで、神父様が不安そうだったからだよ。いい大人が、世話かけないでよね」


「ぐっ……め、面倒を……かけたな……っ」



 ジャンパールの馬鹿にするような物言いに、イングリッドがこめかみをピクピクと動かす。


「それより、早く逃げるよ。『あんなの』の相手、いつまでもしてらんないし」


 ジャンパールの言葉に、また後ろに目を向けると、マーク君が怒りの形相で立ち上がっていた。



「るール違反ダ……! 鬼ごっコで鬼ヲ殴ルなンテっ……ルーる違反ダぞッッ!!」


「はぁ? 僕はお前と遊んでやるつもりなんて、ないんだ……よ!」



 いつの間に生み出したのか、返事と一緒にまた槍を投げるジャンパール。

 私じゃ、手を離れた後の動きは、視認するのも難しい速さ。


 でも、マーク君の人ならざる知覚は、これを捉えた。

 私達にも向けたあの恐ろしい笑顔を浮かべ、左側の壁に飛びつくように槍を躱す。


「バァかっ! そンナの2度モゴほおォォォォォッッ!!?」


 飛び退いた先に、もう一本の槍。

 その先端が開いた口に突き刺さり、マーク君は頭から後ろの壁に激突した。



「1本目は、見えるように投げてやったんだよ。バァーカ」



 本当か嘘か、子供の口喧嘩のような言葉を残して、ジャンパールは廊下に奥に走り去る。

 私は後に続こうとしたが、あまりの速さに全くついて行くことができず、スケーティングを始めたイングリッドの背中にしがみ付くことになった。



「気にするな。私も足では無理だ」


「お手数を、おかけします……」


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