表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/127

第9話 イングリッドお姉様

 私が衣服を整えると、イングリッドはすぐに廊下に出ると言い出した。



「この部屋は、お前が一緒にいたという少年に知られている。長居は避けるべきだ」



 言われてみればその通りだ。


 マーク君……その姿をした何かはいなくなったけれど、最後に聞こえた声からは、諦めは感じられなかった。

 ここにいたら、また彼や、分隊長を食べたアレが現れるかもしれない。

 イングリッドの言う通り、なるべく早く出るべきだろう。


 私達は廊下に出て、出口を探し始めた。



 出口を探そう、と言ってくれたのもイングリッドだ。


「いいの? 貴女は、何か目的があったんじゃ……」


「そっちは、お前をここから追い出してからだ。悪の秘密結社が求める秘密を、ランドハウゼンの姫に見られるわけにもいかないからな」


 イングリッドは冗談めかして言うけれど、要は私が帰るのを最優先にしてくれるということだ。

 本当に、なんて『悪の秘密結社』が似合わない人だろう。



 尚、並びはイングリッドが前で、私がその斜め後ろを付き従う感じ。

 隊長と部下。保護者と子供。完全に上下関係がはっきりした位置関係。

 一応私は皇女だから、騎士と姫にもできるけど、どちらにしろ有事の際に指示を出すのはイングリッドだ。


 でも、文句はない。というより、言えない。



 何しろ――



 ――ペタンッ……。


「ひっ……!」


「こっちだ」



 足音にすくみあがった私を、イングリッドが手近な部屋に引っ張り込んでくれる。

 私はされるがまま、両手で口を押さえ、青い顔でガタガタと震えるだけ。

 足音がする度に体を震わせ、出し切ったはずのおしっこが、尿道を通る幻の感覚に襲われた。



 ……このザマである。



 さっきまでは、マーク君がいて強がるしかなかったのと、なにより尿意に意識の殆どを持って行かれて、かなり恐怖が薄らいでいたらしい。

 それが全部なくなった今、怖がりで、特にホラーがダメな私が、完全に目を覚ましてしまった。

 もう暗い廊下を歩くだけで泣いてしまいそう……っ。

 この城にいる間は、イングリッドお姉様に付いて行くしかないのだ。



「行ったか……足音の感じからして、私の部下や、お前の隊長をやった奴で間違いないだろう。あれは化け物だ。斬撃も魔術も効かなかった。絶対に戦おうなどとは――思わなそうだな。それでいい」


「(こくこく)」


「歩けるか?」


「(こくこく)」



 お姉様――じゃない。イングリッドは、ガチガチと奥歯を鳴らす私に苦笑しながら、スタスタと廊下に戻って行く。

 置いて行かれたら泣く自信のある私も、慌ててついて行った。


「……スカートの裾を掴むのは、どうにかならないか? その、さすがに恥ずかしい……」


「ご、ごめんなさいっ……その、他に掴めるところがなくて……」


「掴むのは確定なのか……はぁ、好きにしろ」



 やれやれといった様子のイングリッド。

 確かに、短すぎるスカートが捲れ上がって、ボーダーの下着とプリッとしたお尻が、半分以上見えてしまっている。


 申し訳ないとは思うけれど、私もギリギリなのだ。怖くて。

 お許しが貰えたのなら、ありがたく掴ませてもらう。



「でも……本当に、なんなのかしら……この城……」


「重要情報は教えてやれないが……ここは『マリアベル』だ。聞いたことはあるだろう?」


「『呪いの城』……!?」



『呪いの城マリアベル』


 多くの行方不明者を出している謎の『災害』で、生還者が語る怪奇性から、怪談としても広まっている。

 かく言う私も、先日の海水浴の夜に、アネットからこの話を聞かされたばかりだ。


 その時は、アネットの語り口調のあまりの怖さに、その……下着と……パジャマが……っ。


「……好きにしろとは言ったが、握りしめるのは、やめてもらえるか……?」


「あっ、ご、ごめんなさいっ!」


 屈辱の記憶に、無意識に力が入ってしまったらしい。

 イングリッドのお尻が完全に露出してしまっていた。


 それにしても、イングリッドのこの鎧……の、ようなものって、レヴィエムの遺産よね?

 好んでこんな短いスカートと、縞々の下着を選ぶとは思えないし……私のシャイニーティアは使えなかったのに、彼女のものは起動条件が違うということ?

 気になるけど……『なんで起動できたの?』なんて聞くのも不自然だし……。


「あぁ、そうだ。魔術や魔導具を使う時は気をつけろ。ここでは何故か、魔力が回復しない。使い切ったらそれまでだ」


「魔力が……!?」


 それは、かなりまずい。

 戦えないにしても、逃げるために魔術を使うことはあるだろう。

 時間を置いても魔力が回復しないというのは、致命的だ。


 ただ……彼女のミニスカート鎧の話を聞くには、チャンスかもしれない。


「その鎧は大丈夫なの? レヴィエム・クラフトだと思うんだけど、ずっと具現化しているわよね?」


「よく知っているな? 私のこれは、あのティアとか言う少女のものと違って、変身タイプではないんだ。だから着ているだけなら、特に問題はない」


 ――いちいち着替えないといけないのは、困りものだがな。



 そう彼女は続けた。

 どうやら有事に備えて、本部内でも常にこの刺激的な姿でいないといけなくて、男性スタッフの視線が気になるらしい。


 少し前の私なら、よく知りもしないのに、その男性スタッフ達に嫌悪感を抱いていただろう。

 でもグレン君と過ごすうちに、私も少しだけ、『理解』と『歩み寄り』というものを覚えたつもりだ。

 イングリッドのようなスタイルのいい美人が、歩く度に下着をチラチラさせていたら、見るなと言うのは無理な話だ。


 私は、イングリッドと本部の男性スタッフ、どちらにも同情の念を抱いた。


「それにしても……魔力の件は何とかしたいわね。どうしてそんなことに――あっ」



"周囲の霊子力濃度が不足しています"



 シャイニーティアのエラーメッセージ!


「どうかしたか?」


「うん。少し、待ってもらってもいい? 精霊の目で、周囲の霊子力の状態を見てみるわ」


 私達は、周囲の霊子力を吸収して、魔力として体内に留めている。

 霊子力濃度が極端に低いのと、魔力回復ができないこと……関係がないはずがない。


 うまく霊子力濃度の濃い所を見つけられれば、魔力の問題は解決できるかもしれない。

 今こそ、保留にしてた霊子力感知をやるべきだ。


 私は目を瞑り、視覚を斜段。

 精神を、目に見えぬ力に集中させた。








 ――無。




「ひぃむっ!」



 出かかった悲鳴を、咄嗟に手で押さえ込む。

 私は目を開くと、すぐそこにいたイングリッドに、必死でしがみ付いた。


「どうした!? 何が見えた!?」


「見えなかった……何もっ……何も見えなかった……!」


「何も……?」



 精霊の霊子知覚は、大気中の霊子力を見るだけではない。


 霊子力は全ての根源。

 生物、無機物、大気を形成する気体でさえも霊子力を帯びている。



 でも、見えなかった。


 私の未熟な霊子知覚が捉えた周囲2m程の世界は、私と傍のイングリッド以外、一切の無だったのだ。


 じゃあ、この床は、この壁は、この城は、いったい何でできているの?


 今吸っているこの空気は、いったい、何でできていると言うの……!?


「落ち着け」

「あっ」



 気付くと私の頭は、柔らかくて、暖かいものに埋められていた。


 何だろう、安心する。


 もっと、もっと深くに……。



「んあぁっ……ま、待て……!」


「えっ……? あ、あ、え、い、イングリッド!?」


「おっと」



 私は、イングリッドに抱きしめられていた。

 慌てて離れそうとする私を、イングリッドがガッチリと押さえつける。


「まだ震えている。もう少し、こうしていろ」


「で、でも……っ」


 その、もう一度言うが、柔らかくて、暖かいのだ。

 イングリッドは甲冑を外して、胸を曝け出していた。


「金属の板では、落ち着かないだろう。女同士で2人きりだ、気にすることはない」


 そう言ったイングリッドの顔は優しくて、頬にあたる感触も心地よくて。



「……うん」



 私は、抵抗するのをやめた。

 目を瞑り、胸に顔を埋める私の頭を、イングリッドが撫でてくれる。



「……やっぱり……あの子に似ているな」


「あの子……?」


「選手時代の後輩だ。お前と同い年だった」


「…………その子も、ホラーが苦手だったの?」


「そこじゃない。少しでも懐くと警戒心をゼロにする、危なっかしいところだ」


「うっ」



 それは……ちょっと、自覚あるけど。


「私は悪の組織の女幹部だぞ? そんな無防備な姿を晒して……気を許しすぎだ」


「は、裸で抱きしめて、その上頭まで撫でておいて言う台詞?」


「私はいいんだ。女幹部は、要人を籠絡するものだからな。お前を骨抜きにして、未来のランドハウゼンを裏から操ってやる」


「あっ、それずるいっ!」



 私だって、懐く相手はちゃんと選んでる……つもりだ。

 イングリッドは揶揄うように笑っている。


 子供扱いしているわね?

 いいわ、とことん子供になってやる。



「そもそも、あっさり私に主導権をおふぁああぁっっ!!?」


ほうひはほ(どうしたの)?」


「ば、ばかっ、吸うなっ、んんっ!? あ、赤子かっ、ぁんっ! や、やめろっ、舐めるなっ、んんはぁっ!」


 いえいえ、私は子供ですので、思いのままいかせてもらいます。

 エルナとロッタの悪戯に対抗するために鍛え抜き、アシュレイの舌使いをこの身に受けた、私の技巧に溺れるがいい。


「んっ……んふぅっ……ふあぁっ……あっ、あっ……や、やめっ、ああぁっ……あああぁぁっっ!!」



 イングリッドが『ビックン!!』と大きく震えるまで、私は責め続けた。



 ――そのあと、頭にゲンコツを落とされた。




 ◆◆




「まだ痛いわ……」


「自業自得だ。それに、少しは気持ちもほぐれたろう」


 頭の天辺をさする私に対し、一切悪びれる様子のないイングリッド。

 まぁ、調子に乗った私が悪いんだけど……。


「少し力を込めすぎたのは、悪かったから。むくれていないで、アリアも周囲を見てくれ。夜目はお前の方が利くだろう」


「はーい……あ」


 言われるがまま周囲を見回すと、トイレを見つけた。

 我慢しているときは全然見つからなかったのに、漏らしてしまった後は結構目にするのはどうゆうことだろう?


 そんなことを思いながら歩いていると、今度は曲がり角の向こうに、雰囲気の違う扉を見つけた。

 他の扉と違って装飾もなく、凄く無機質な感じ。


「イングリッド、あの扉……」


「あれは……神代の遺跡では、よくある型の扉だな」


 神代……シャイニーティアが作られた先史文明時代よりさらに前、雷を主な動力としていたとされる、魔法のない科学の文明だ。

 イングリッドは、その辺りは教えてくれなかったけれど、呪いの城マリアベルは神代の遺跡なの……?


「行ってみよう。私の目的の物か、脱出のヒントか……何某かがあるかもしれない」


 目星が付いている……という程ではないが、かなり期待している様子で、イングリッドが扉を開ける。


 これまで見つけた部屋は、全て客間や私室といった感じで、役に立つような情報はなかった。

 本当に、ここに何かあればいいのだけれど……。



 私も、イングリッドを追って部屋の中へ踏み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ