第9話 2年の春に編入してくるような奴がモブキャラなわけがない
「学園長、アリア・リアナ・ランドハウゼンです」
「どうぞ、入ってちょうだい」
穏やかな、初老の女性の声に招かれ、アリアは学園長室の扉を開いた。
結局あの後、意識を失ったアリアは、エルナとロッタに助けられ、何とか食堂を脱出した。
『こんなこともあろうかと』、ロッタが用意しておいた煙幕と、回復した警備員の協力がなければ、危ないところだったが。
その後、病院のベッドで目を覚ましたアリアは、念のため1日検査入院ということになり、今朝、着替えを持ってきたエルナと共に、病院から投稿することになった。
そして4限目が終わった直後、学園長からの呼び出しを受け、こうして学園長室に足を運ぶことになったのだ。
「ごめんなさいね。退院明けに呼び出してしまって」
「いえ、入院と言っても、検査入院ですから。みんな、大袈裟なんです」
元気そうなアリアの様子に、学園長が笑顔を見せる。
彼女にとって、アリア達学生は、ちょうど自分の子供くらいの世代なのだ。
「さて、昼休みを使わせているのだし、本題に入りましょうね」
そう言って、学園長は席を立つと、アリアに向けて、深く頭を下げた。
「フローラ先生っ!?」
「今回は、本当にごめんなさい。貴女の能力と責任感に甘えて、大きな負担をかけてしまったわ」
「あ、頭をあげて下さいっ!」
アリアが怪人と戦っていることは、当然ながら、アリアと友人達だけの秘密ではない。
怪人に対しシャイニーティアが有効なことは、アリアからランドハウゼン皇国を通して帝国に知らされ、アリアは帝国から皇国への協力要請に答える形で活動している。
尚、アリアを溺愛するランドハウゼン皇王は最初その要請を突っぱねたが、アリア本人からの進言を受け、渋々承諾した。
皇王は、アリアが実は無鉄砲なところがあることを知っている。
認めず『お忍び』で活動されるよりは、活動を把握できる『公務』にしてしまう方がマシだと判断したのだ。
これを受け、怪人問題に対するアリアの協力も、関係各所に伝わることになった。
もっとも、『際どいコスチューム』という、年頃の少女にとってデリケートな問題もあるため、ごく一部を除き『匿名のネコ科の獣人の少女』ということになっているが。
学園長のフローラは、そのごく一部に含まれる側の人物だ。
彼女もまた、学生であるアリアが、危険な戦いに身を投じることには反対だった。
が、本人の意思、国からの要請、そして『あの』親バカ皇王が首を縦に振ったという事実を受け、『授業優先』という条件付きで、アリアの活動を認めている。
そんな彼女にとって今回の件は、アリアの活動の是非を、再考するに値にするものとなった。
「本来、これは私たち大人が解決するべき問題よ。皇王陛下からも、改めて貴女の意思を確認するよう、連絡があったわ。アリアさん……」
「父からの連絡は、フローラ先生に直接来たものでしょうか?」
だが、アリアは悩む学園長に対し、迷いのない目を向ける。
「? ええ、そうよ。学園の通信機に、直通で連絡があったわ」
「はぁ……」
続いて深いため息を吐き、目頭を抑える。
今のアリアの心境を代弁するなら、『あのモンスターペアレントめ』、と言ったところだろうか。
「すみません……この件は帝国と皇国、国家間の話の筈なのに……。父には後日、私の方から返答を致します。『私の意志に、変わりはない』と」
「アリアさん……」
ここ最近、アリアがこの活動に悩みを感じていることは、学園長も気付いていた。
もっとも、その原因がコスチューム姿を晒すことへの羞恥心と、正体がバレることへの不安だとは思ってはいなかったが。
だが、今のアリアは、何か一つ、覚悟を決めたように見える。
「とてもいい表情をしているわ。何か、心境の変化があったのかしら?」
「思い出したんです。なんで、私がシャイニーティアで戦うことを選んだのか」
あの日、銀色の英雄に感じた憧憬と、彼に重ねた理想の自分の姿。
それを、現実のものにする。
「だから、もう少し、戦ってみようと思います。せめて、目に映る人達くらいは、守れる自分になりたい」
「そう……では、もう聞かないわ。でも、辛くなったらいつでも言いに来なさい」
「はい、ありがとうございます!」
アリアの答えに、学園長は満足気に頷き、入室時よりも些か軽い表情で、椅子に座り直した。
「さて……本題はこれで終わりだけれど、実はもう一つだけ、別件で貴女にお願いがあるの」
「はい、なんでしょう?」
キョトン、とした表情のアリア。
学園長は、そんなアリアを見て、悪戯気に、ニコリと笑った。
◆◆
「「編入生?」」
エルナとロッタが、同時に口を開く。
「そう……どう思う?」
学園長からアリアへの『お願い』は、『アリアのクラスに編入生が来るから、学園案内を頼む』というものだった。
それ自体は、特に問題のある話ではない。
アリアはクラス委員、そして今年度からは風紀委員も務めている。
こう言った、『優等生特有の教師からの頼まれごと』は、初等部の頃から日常茶飯事だ。
ただ――
「この時期だからね……厄介ごとの臭いがする」
「やっぱりそうよね……フローラ先生もニヤニヤしてたもん」
そう、時期が問題だ。
4月は確かに新入生のシーズンだが、高等部2年からの編入は、殆ど聞かないケースだ。
人間関係は、中等部まででほぼ出来上がっているし、高等部からの者達は、新入生組でグループができている。
学力や武術でも、よほど力のある家でもなければ、学園の、特に最高学府であるベルンカイト校の教育には追いつけない。
「成績はどうだって? おバカ組かな?」
喜色満面のエルナ。仲間が増えそな予感にウキウキだ。
一応、彼女の名誉のために言っておくと、例えこの校舎では底辺でも、ベルンカイト校のレベルに食らいついている時点で、かなり優秀ではある。
「エルナ……座学は得意不得意が激しいみたい。持たざる者だから魔術は使えないけど、武術は全科目1位を塗り替えたわ」
「マジでっ!?」
「それはそれは……」
「みんな、席に付いてー!」
エルナとロッタが目を丸くしたところで、担任教師が入ってきた。
雑談を終え、自分の席に戻っていく生徒達。
「突然ですが、今日からこのクラスに、1人、生徒が編入してくることになりました。早速、自己紹介をしてもらうことにしましょう。入ってちょうだい」
編入生の話から、間髪入れずに当事者を呼び込む。生徒達に騒ぎ出す暇を与えない、独特な間の取り方だ。
扉が開き、静まり返った教室に、1人の男子生徒が入ってきた。
身長は170cm強。
無造作に流した黒髪で、抑えている様だが、眼光の鋭さが滲み出ている。
姿勢は良く、足運びに隙がない。
服の上からでは確認できないが、相当に筋肉質な筈だ。
(武術全課目1位……なるほど確かに、雰囲気があるわ。それにしても、人族の黒髪は珍しいわね)
ぼんやりと、入ってきた男子生徒を観察するアリア。
彼は教壇に立つと、一度教室内を見渡してから、その口を開いた。
「グレン・グランツマンです。少し特殊な時期の編入になりますが、みなさん、よろしくお願いします」
――えっ?
『グレン』と言う名は、余り聞かない名ではあるが、それほど珍しいわけでもない。
1学年に2人はいないが、初等部、中等部まで含めれば、ベルンカイト校でも3人は見つかるだろう。
だが、その名を聞いたとき、アリアの心臓は、ドクンと大きく跳ね上がった。
◆次章予告
突如現れた、アリアにとって聞き捨てならない名を名乗る転校生。
だが、そんな彼に構う間もなく、アリアに次なる試練が襲いかかる。
迷宮と化した学園、見つからないトイレ、刻一刻と膨れ上がる下腹の水風船。
果たしてアリアは、乙女の尊厳を守ることができるのか。
次章、聖涙天使シャイニーアリア。
第二章 脱出不可能! アルヴィスの紅扉宮
――早く、早く見つけないと……っ……私っ……!