第5話 遭難者、1名確保
――ァァァァァァァァ……。
「ひっ!?」
何処かから悲鳴が聞こえた気がして、私はまた、情けない声を出してしまった。
今の声、ルルミラのようだったけれど……まさか、『アレ』に……やられてしまったの……?
広間を飛び出してから、私は夢中で城の中を逃げ回った。
少しでもアレから離れようと、上へ上へ。
どのくらい走ったかわからないけれど、窓から見た感じだと、4~5階といったところだと思う。
「あっ……窓……」
外を見ていたら、思いついた。
ここから、出られないかしら?
このくらいの高さなら、シャイニーティアを使えば、魔術ですぐに治せる程度の怪我で済むはずだ。
下の階には、まだあの異形が彷徨いているかもしれない。
何よりもう、一刻も早くこの城から出たい。
私は、手近な窓に手を伸ばした。
「えっ……何これっ……!?」
だが、窓は開かなかった。
鍵に手をかけても、ガチャガチャと音が鳴るだけで全く外れない。
仕方なく蹴破ろうとしても、ガラスも枠も撓みすらしなかった。
じゃあ窓枠の木を燃やしてしまおうと魔術を放ったが、それも無駄に終わる。
窓枠は燃えるどころか、温まることすらない。
目の前の何の変哲もない窓が、1階の大扉やあの異形のような、得体の知れない何かに見えてくる。
「くっ……ならっ……ホーリーライズ!」
恐怖を振り払うように、シャイニーティアの起動コマンドを叫ぶ。
シャイニーティアの光粒子――光属性は、全ての物質を霊子力に還す絶対の力だ。
アダマンタイトや魔王素材のような高位の物質でも、時間はかかるが必ず光に帰すとこができる。
これなら――
"Error."
「えっ……?」
"周囲の霊子力濃度が不足しています"
"換装シークエンスを開始できません"
シャイニーティアから帰ってきたのは、無情なエラーメッセージだった。
「ホーリーライズっ! ホーリーライズっっ!!」
"Error."
"周囲の霊子力濃度が不足しています"
"換装シークエンスを――"
「そんなっ、どうしてっ!?」
何度叫んでも、結果は変わらない。
シャイニーティアは、私に力を与えてはくれなかった。
一体、どうゆことなの……!?
霊子力濃度って、霊子炉みたいな霊子力をかき集める施設でもない限り、どこも変わらないはずなのに……。
仕方がない。
あんまり慣れていないのだけど、精霊の方の知覚で周囲の霊子力を――
「ね、ねぇっ!」
「ひゃあぁっっ!!?」
突如かけられた声に、私は悲鳴を上げて飛び退いてしまった。
こ、今度は何なのっ!?
「ご、ごめんっ……そんな、驚かせるつもりじゃ……」
「あ……っ」
声のした方に目を向けると、そこには7歳くらいの男の子が立っていた。
茶色い髪で、頬っぺたには小さなバッテンの傷。
この子まさか、行方不明になった村の子供……!?
だとしたら、見つけられてよかった。
よかった……けど……っ。
「お姉ちゃんは……その……い、生きてる人間……!?」
男の子は、不安そうな目で私を見ている。
村長さんは『元気過ぎて困るくらい』なんて言っていたけど……こんな城の中で、一人ぼっちでいたせいだろう。
すっかり怯えてしまっている。
『生きてる人間?』なんて聞くってことは……もしかすると、あの異形を見てしまったのかも知れない。
「大丈夫、私はランドハウゼンの騎士よ。貴方はマーク君ね? 村長さんに頼まれて、貴方達を助けにきたの」
私は出来る限り柔らかく聞こえるよう、慎重に声を出した。
まだ見習いですらない実習生だけど、この服を着ている限り『騎士』も名乗る。
たった今、あんな悲鳴を聞かせてしまったから、頼りにしてはもらえないかもしれないけれど……。
せめて、気を許していい相手だとは思わせてあげたい。
だから、笑顔は絶対に崩してはいけない。
……あぁっ、だめっ……強張らないでっ……笑顔よっ、私……!
「お姉ちゃんどうしたの? なんか、そわそわしてない?」
「っ!? そ、そうかな……? 私はっ、そんなつもりは、ない、けれど……っ」
あぁっ、まずいっ……で、でも、ジッとしてるのも……もう……!
話っ、話を、逸らして……!
「そ、そんなことより! 他の子達は、どうしたの? お城には、みんなで……?」
「っ!」
色々と誤魔化すついでに、他の子の手がかりが見つかれば……その程度のつもりで投げかけた質問に、マーク君は打ちひしがれた表情を浮かべてしまった。
そのまま、目に涙を浮かべて俯いてしまう。
しまった……1人になってしった理由を、もっと考えてあげるべきだった。
彼を傷つけてしまったかも知れないし……その……今はっ……このままジッと待ってるのは……ちょっと……っ。
「ここには……みんなで来たよ」
でも、マーク君は強い子だったみたい。
俯きながらも、しっかりとした口調で、話を聞かせてくれた。
3人で遊んでいたら、いつの間にか知らない森の中にいたこと。
この城を見つけたこと。
怖かったけど、友達2人がトイレに行きたいと行って、みんなで入ることにしたこと。
おかしな服を着た、水色の髪の女の子に声をかけてしまったこと。
いつの間にか、恐ろしい目をした、体のどこかがない子供達に囲まれていたこと。
そして、友達2人を置いて、自分だけが逃げ出してしまったこと。
怖かったことも、辛かったことも、たまに言葉を詰まらせながら。
マーク君は、本当に頑張ってくれた。
「お姉ちゃんお願い! 俺と一緒に、アンリとニコルを探して!」
頑張ってくれた……けどっ……は、話が、長くてっ……私っ……私っ……!
「お姉ちゃん?」
「っ!? え、えぇっ、勿論よっ! 私が、一緒に探してあげるっ! ええと、アンリ君と、ニコル君、よね……?」
いけないっ……話が……!
ちゃんとっ……ちゃんとしないと……っ。
確かっ……アンリ君が青い髪のっ……あぁっ、だめっ……震えちゃう……!
脚がっ……止まらない……!
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「な、なに?」
「さっきから、ずっとモジモジしてるけど……おしっこしたいの?」
「っ!?」
あぁぁっ……恥ずかしい……!
マーク君の言う通り、私はもう、おしっこが我慢できなくなってしまっていた。
さっき彼に声をかけられた時、驚いて、その……少し、出てしまって。
何とか堪えたけど、そこからはもう、本当にずっと、波が押し寄せっぱなしで。
もう、漏らして、しまいそう……っ。
でもっ……でも……!
「ちょ、ちょっとだけ……ね。2人が見つかったら……お、おトイレ、行かせてもらうから……っ」
言えない……!
今、危ない目に遭ってるかも知れない子達がいるのに、『先におしっこをさせて』なんて……絶対に言えないっ!
「ホントに? 我慢できないなら、先に――」
「大丈夫だからっ! こ、こんなのっ、全然……っ。だから、ほらっ……早く、お友達を、探しに行きましょう……!」
マーク君は、きっと気遣ってくれたんだと思う。
でも……こんな小さな子の前で、『おしっこ我慢できない』なんて……恥ずかしすぎる……!
必死に尿意を押し込め、私はマーク君を急かしながら、足早に歩き出した。
「あっ」
霊子力の感知、忘れていたわ……。
でもあれ、本当に慣れてなくて……結構時間がかかっちゃうのよね。
それに、情けないけど……もう、お腹が気になって、とても集中なんて……っ。
うん……確認は、トイレの後にしよう……。
◆アリア
膀胱:大、括約筋:強、96%
ちびり中
◆ジネット
膀胱:中、括約筋:強、99%
◆副長
膀胱:小、括約筋:普、110%
ちびり大