第3話 その城で待つものは
分隊長に続き、森の中を歩くこと約15分。
私達は、とうとう城に辿り着いた。
真下から見上げた城は思ったより大きくて、遠くから見るよりさらに不気味だった。
こんな建築様式、ランドハウゼンでは使っていなかったはずだ。
旧ヴラムキア王国のものに近い気もするけれど、細部は、やっぱりかなり違う。
『ここ……ランドハウゼンじゃない……』
先ほどのジネット先輩の言葉が甦り、足元から薄ら寒い感覚が迫り上がってくる。
不気味なのは城の様式だけじゃない。
城内に続く大扉が、不用心に開け放たれているのだ。
こんな、何がいるかもわからない森の中に、建っているというのに。
ここに住んでいる人は、気にならないのだろうか?
そもそも……本当に人が住んでいるのだろうか?
そして何より、扉から覗いた城の中の様子。
見えないのだ。
完全な闇。
例え明かりを点けていなかったとしても、外の光くらいは入る筈。
この森は確かに薄暗いけれど、周囲を見通せるくらいの明るさはある。
なのにどうして、入口付近まであんなに暗くなっているの……?
やっぱり、この城……何かおかしい。
怖い……入りたくない……っ。
「ラ、ラ、ランドハウゼン皇国騎士団ですっ! 突然のことで、ん゛っ! も、申し訳ありませんがっ、あ゛ぁっ! んあ゛ぁあっっ!!? ちょ、ちょぉさにっ、ごきょぉりょく、をっ! あ、あと、そのっ……!」
でも、もう気の毒なほどに体をくねらせている分隊長に、城の異様さを気にしている余裕はないらしい。
「お、おお、おっ、お手洗いをっ! 貸して下さいいいぃぃぃぃっっ!!」
ほんの少しの我慢もできないんだろう。
返事も待たず、お尻を振りながら城に駆け込んでいく。
「出るっ! 出るっ! もうっ! 出るううううぅぅぅううぅうぅぅぅっっっっ!!!!」
分隊長ほどではないけれど、他のみんなも同じみたい。
城の不気味さよりトイレみたいで、みんなホッとした表情で分隊長の後を追いかけた。
私も、今は皇女では無く一研修生だ。みんなが行くなら、足並みを崩すわけにはいかない。
それに――
「ん…………っ」
城の前に着いた時、私もほんの一瞬だけ、怖いのを押し退けて、トイレで気持ちよさそうなため息を吐く自分を想像してしまった。
そのせいで、体がおしっこの準備をはじめてしまって、実はもう、したくてたまらない。
この城のトイレを使わなければ、間違いなく、外でするか……それとも……!
「あぁっ……行くしかっ……ないのね……っ」
みんなより一足遅れて、私も城に踏み込んだ。
◆◆
中に入ると、異様な空気は更に濃くなった。
やっぱりここ、何かいる……っ。
早く出たいっ……でも……!
「うぅっ……んっ!」
あぁっ……波が……っ。
恐怖でお腹が縮こまって、その分余計に尿意が込み上げてくるのだ。
だめっ……やっぱり、トイレに行きたい……!
トイレは無いかと広間を見回すのだけれど、中は本当に暗くて、端の方が全く見えない。
これも、絶対におかしい。
私は、半分は猫の獣人だ。
例え夜でも、月が半分も見えていれば、その明かりだけでかなり遠くまで見通すことができる。
薄暗いとは言え、今は昼間。
窓から外の光だって入って来ている。
なのに、こんなに暗く感じるなんて……っ。
先に入ったみんなの姿も、薄らとしか見えない。
それどころか、自分の周りだって……。
私はまだ、開け放たれた大扉からそんなに離れていない。
ここは一番光が入ってくるはず……なの……に……。
「あ……え……」
外に続く大扉は、いつの間にか、固く閉ざされていた。
なんで!? 誰もっ、扉には触れていないはずなにのに。
それに、私の位置で音が聞こえないなんて……!
これ、ダメだ。
この城、感じていたより、きっと、ずっと悪いものだ。
だめ……これ以上、ここにいたくないっ!
「みんなっ! ちょっと待――え?」
振り返ると、隊のみんなは広間からいなくなっていた。
これ、どうゆうことっ!?
私っ、ほんの一瞬しか目を離していないのにっ!
「誰かっ! 誰かいないのっ!?」
呼びかけても返事はない。
嘘でしょっ!? みんな、どこへ……あっ!
「ぶ、分隊長!」
かなり奥の方に、分隊長の姿を見つけた。
よかった。取り残されたのは、私だけじゃなかったみたい。
でも、様子がおかしい。
内股で、お尻を突き出したまま、足を止めてしまっている。
視線は少し上の一点を見上げていて、トイレを探している感じもしない。
分隊長は、城の外にいた時点で、漏れる寸前だったはず。
一刻も早くトイレを見つけたいはずなのに、いったい、なんで……?
「あっ」
分隊長のショートパンツが、脚の付け根から一気に濡れそぼっていく。
続いて、濡れの中心から床に向かって、ジャバジャバと熱水が流れ落ちた。
――あぁ、間に合わなかったんだ。可哀想に。
分隊長は微動だにせず、足元の水溜まりを広げて行く。
自分が犯してしまった失態を受け入れることができず、どうしたらいいかわからなくなってしまったんだろう。
その気持ちは、痛いほどわかる。
どうしよう。
みんながいなくなってしまったことを伝えたいのだけれど……さすがに、おしっこが止まるまで、待った方がいいよね?
それにしても……なんて姿なの……っ。
私自身は何度も失敗を重ねてしまっているけれど、他の女性が漏らすところを見たのは、これが初めてだ。
艶かしく濡れるショートパンツ。溢れ出る恥ずかしい液体。広がっていく水溜まり。
想像していたより何倍も、情けなくて、恥ずかしくて、弱々しい姿。
私、今まであんな姿を晒していたの……!?
改めて思い知らされた事実に、膝から崩れ落ちてしまいそうになる。
あれ? でも、なんだろう。何か違和感があるような……。
何かこう、余計なものが――――っっ!!?
その瞬間、全身に怖気が駆け巡った。
気付いてしまった。
分隊長の、両腕。
その、左右2箇所ずつが、手に、掴まれていた。
病的なまでに青白い、異様に指の長い、4つの手に。
アレは、何?
なんで私は、アレが『青白い』ってわかったの?
こんなに暗くて、肌の色なんてわかるはずがないのに。
分隊長は動かない。
ただ、じっと一点を見上げたまま、石のように全身を硬直させている。
そこに……何が『いる』の?
私は、その視線を追ってしまった。
いた。顔だ。
分隊長の視線の先には、顔、らしきものがあった。
手と同じ、何故か青白いとわかる顔。
目の位置に眼球は無くて、代わりにぽっかり空いた穴を分隊長に向けている。
人間のフリをしているつもりなんだ。
でも違う、アレは、人間じゃ……ううん、生き物や人形ですらない。
この世のものではない、異形の存在。
ソレは、空洞を目を、笑うようにぐにゃりと曲げた。
「ひぃむっ……!」
口から飛び出しそうになった悲鳴を、慌てて手で押さえ込む。
音を立てたら、私の方を向いてしまう。
そんな気がしてならなかったのだ。
笑顔に似た、悍ましい喜びの表情を浮かべたそれは、今度は大きく口を開け始めた。
大きく、大きく。
限界まで開けたら、今度は顔を縦に伸ばして、更に大きく。
そうして、人1人ぐらい入ってしまいそうな大きさまで口を開けると、異形は分隊長の体を持ち上げた。
4つの手が、分隊長を口に運んでいく。
「や、やめ――」
バグンッ。
分隊長か細い声は、上半身ごと口の中に消えてしまった。
それから、戦慄く手も、バタつく脚も、ズリュッ、ズリュッ、と吸い込まれていく。
私は、足を震わせるばかりで、その場を動くことすらできない。
異形の頬がボコボコと歪に動き、時折口から、手や足が飛び出す。
分隊長がもがいているんだ。
――ゴリ゛ュッ。
でも、何か硬いものが砕ける音がすると、分隊長はもう動かなくなった。
巨大な青白い頭がモゴモゴと動いて、暗い広間に、分隊長が咀嚼される音が響き渡る。
ゴリゴリ、バリバリと。
咀嚼と嚥下を繰り返すたび、縦に伸びていた頭が小さくなっていく。
人一人を、物凄い勢いで飲み込んでいるのに、そのお腹は少し凹んだまま、全く膨れているようには見えない。
分隊長は、いったいどこに飲み込まれているのか。
お腹が膨れなかったら、どうなる?
分隊長だったものを食べ終えても、お腹が凹んだままだったら、その後、あの異形はどうするつもりなのか。
次は何を、食べるつもりなのか。
脚の震えが強くなる。
奥歯が、ガチガチと音を立ててしまう。
涙はもう止まらない。
分隊長を咀嚼するアレの目が、私の方を向いた気がした。
――ごめんなさい……!
私は、下着が濡れていくのを感じながら、脇目も振らずその場から逃げ出した。
分隊長が食べられる音は、しばらく耳から離れなかった。
尿意パラメータ。
◆アリア
膀胱:大、括約筋:強、87%
ちびり小
◆ジネット
膀胱:中、括約筋:強、91%
◆副長
膀胱:小、括約筋:普、101%
ちびり小
◆ルルミラ(新人ちゃん)
膀胱:小、括約筋:弱、103%
◆分隊長
※失禁時
膀胱:中、括約筋、弱、113%