第2話 彼を知り、己を知れば、百戦危うからず
アールヴァイスによる学園襲撃事件の後、学園は事情説明のため1日を設け、その後すぐに休校となった。
破壊された校舎の修復に、高等部に仕掛けられたフィールド術式の除去、壊滅した警備隊の再編、教職員にも怪我人が出ており、とても授業ができる状態ではなかったのだ。
尚、時期が7月の半ばだったため、半月後に迫った夏季休暇を前にずらす対応をすることで、授業の遅れは出ないように計画されている。
学生達は、一足早い夏季休暇に浮き足立ち、皆大急ぎで予定を調整していた。
アリア達5人娘&グレンも、各々帰省の予定を立てていたのだが、それに際しエルナから一つの提案があった。
『今年も、みんなで海行かない?』
それは、ついに恋心を認めた親友のため、夏のいい思い出を作ってやろうという心遣いだった。
あと、単純に自分が遊びたい。
話を聞いたアリア以下3名の少女は即座に帰省の予定を調整。
当然ながら事情を知らされていないグレンも、アリアの水着に釣られて二つ返事で承諾し、彼女達の夏季休暇は海でスタートを切ることになった。
と、ここまでは順調だったのだが、出発4日前にして、アリアに深刻なトラブルが発生した。
『この水着じゃダメ』
本人以外、心底どうでもいいトラブルだった。
現在アリアの所持している水着は、全て女子仲間と遊ぶための大人しいものだ。
ビキニもワンピースタイプも、全て胸元がフリルで隠れ、腰回りもスカートが付いている。
そうでないのは、キャミソール&ゆったりサイズのショートパンツタイプのみ。
アリアはこの短期間で、グレンの好みはかなり深いレベルで把握しているが、どれも箸にも棒にもかからない。
これは不味い。
アリアはこの旅行で勝負を決める……ほどの決心はないが、少なくとも、グレンに他の女の水着姿に目移りさせるつもりはなかった。
勝負水着を調達する必要がある。
と言うわけで本日、友人女子4人による、アリアの水着選び大会が開催されることとなった。
「ねぇエルナ……私は、選べないの……?」
「アリアは土壇場で日和るから」
選ばれたのは学生街の水着店で、どちらかといえば平民向けの、カジュアルな雰囲気のある店だ。
貴族向けの水着は、変にキラキラゴテゴテしていたり、妙に露出度が高かったりするため、今回のターゲットからは外れることとなった。
ランドハウゼンのお姫様と、フラウディーナ公爵令嬢のまさかの来店に、店員さん達はガクブルしている。
「ご心労をおかけして申し訳ありません。更衣室の使用と、お会計の時のみ、ご対応をお願い致します」
「「「かしこまりました!」」」
アネットの丁寧な『勝手にやるんで、ほっといて下さい』宣言に、皆、安堵の笑みを浮かべて退散した。
では改めてと、4人の視線がアリアに集中する。
「選ぶのは1人1着。予算の制限は無し。審査員は全員。アリアは3票、私達は1票ずつ。自分が選んだ水着には投票しない。勝者には最下位から、スイーツ一品奢り。アリアは決まった水着は、必ずグレンの前で着ること。では、スタート!」
ロッタの流れるようなルール説明からの開始宣言で、4人の少女が四方に散らばる。
キャイキャイと楽しそうに水着を選ぶ彼女達を、アリアは1人、険しい表情で見つめていた。
(お願い……っ……1人でいいから、まともなのを持ってきて……!)
かなり、切実だった。
◆◆
4人の少女が、思い思いの1着を持ってアリアの待つ更衣室前に足を揃える。
お待ちかねのファッションショーの時間だ。
票を入れる関係上、水着は実際にアリアが着て、彼女達に見せる必要がある。
キラキラと目を輝かせる4人。警戒心を露わにするアリア。
それぞれの思惑が錯綜する中、一番手として名乗りを挙げたのは――
「私から、いかせてもらいますわ」
リーザだ。
デザインがわからないよう、小さく丸めた水着を、不安そうに受け取るアリア。
リーザはウケ狙いやキワモノを選ぶことはないが、嗜好は『一般的な高位貴族』なのだ。
『ちょっと……っ……リーザ、これ……!』
「ふふっ、似合うと思いましてよ」
明らかに狼狽えた様子のアリアに、とにかく楽しげなリーザ。
そして更衣室の幕が開き、リーザチョイスの水着を纏ったアリアが姿を表す。
「もぅ……っ」
「私とお揃いですわ!」
リーザが選んだのはワンピースタイプの水着なのだが、レッグは際どく、臍の下からばっくりと左右に割れて、非常に露出が激しい。
そして、ゴールデン。
金持ちが、ナイトプールで着ていそうな水着だ。
アリアは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、手を両脇に下げ、胸を張った姿勢でゆっくり一回転する。
これも審査のため、水着がよく見えるようにと、皆で決めたルールだった。
「で、どうだい? リーザのチョイスは」
一頻り堪能したので、次はアリアの講評だ。
これはアリア以外の4人の投票に大きく関わる……かも知れない。
アリアは顔を赤らめたまま、『そうね……』と語り始めた。
「レッグが際ど過ぎるわ。グレン君は、あまりレッグが深いのは好きじゃないの。多分、シャイニーティアでギリギリよ。それから色だけど――」
詳しい。さすが、今日までその熱視線を一身に受け続けてきただけはある。
リーザはその理解度に、顔を引き攣らせて愛想笑いをするしかなかった。
◆◆
「では次は私の選んだものを」
2番手、アネット。
アリアの表情は、リーザの時よりさらに不安げだ。
このリーザの有能な従者は、常識人の仮面を被りながら、常にエキセントリックな選択をする。
例えば、あのハウツー本のような。
『意外と普通――っっ!!?』
「これしかない、と確信しました」
案の定、着替えていたアリアが息を詰まらせた。
さて、そんなアネットチョイスの水着は――
「これは……っ……その……ちょっと……っ」
アネットが選んだのはピンクのビキニタイプの水着。
チューブトップのブラの中心に、猫の顔を模した穴の空いた、少し前に流行った『猫ランジェリー』の水着版だ。
尻の部分にも、肉球型の穴が空いている。
ちょいちょい穴は空いているが、先ほどのリーザのチョイスほど際どいデザインではない。
なのだが――
「さぁ、アリア様。お手を後ろへ」
「あ……で、でも……っ」
先ほどから、アリアは手でデルタゾーンを隠し、恥ずかしそうにモジモジとしている。
「アリア様」
「くぅ……っ!」
高まるアネットの圧に、覚悟を決めて手を後ろに回すアリア。
「「「おお……っ」」」
「~~~~~~~~っっ!!」
露わになったボトムスは、やはりよくある猫ランジェリー同様、猫の顔を模した耳の生えたショーツタイプ。
だがその真ん中辺り、ちょうど猫の鼻に当たる位置に、そのまま猫の鼻を模した、逆三角形の穴が空いていた。
決して大きな穴ではない。が、空いている箇所が問題だ。
ヒップハングのショーツのど真ん中の穴。そこから数cmでも下がれば、もうそこはアリアの『アリア』だ。
よくこんなものを見つけてくると、アリアは改めてアネットという存在に畏怖の念を抱いた。
「くっ……対グレン君としては……悪く……っ……ないわ……っ」
そして、尿意以外では基本的に嘘を吐けないアリアは、この水着がかなり強力な武器になることを白状してしまう。
アリアは、この後の親友2人に望みを託した。
(お願い! 信じてるわよ――)
訂正。
(エルナっっ!!)
ロッタには、期待していない。
◆◆
「こんなことだろうと思ったわ」
呆れ顔で更衣室から出てきたアリアが纏うのは、ロッタが選んだ水着。
猫ランジェリーよりも更に前に話題になった、フロントジッパー競泳水着だ。
それも通常のものではなく、股の真下までジッパーが通っている変態仕様。
さっきの猫ラン水着と言い、何故この店はこんなキワモノを置いているのか。
尚、胸はアリアの適性よりもかなり小さいものが選ばれており、その豊かなものを収めるには、どうしても目玉たるフロントジッパーを開けるしかなかった。
「感想は……いるかしら……?」
「いいや。ありがとう、満足だよ」
ジト目でロッタを睨みつけ、次のエルナから水着を受け取る。
これがキワモノなら、アリアの水着は、あの下腹に穴の開いた猫ラン水着で決まってしまう。
「頼むわよ……エルナ……!」
「アリア怖い、目が怖い」
穴が空くほどエルナを見つめ、アリアは更衣室に消えていった。
そのまま、一言も発することなく着替えを終え、ファッションショー最後の水着を、少女達の前に晒した。
――アリアの姿に、エルナは会心の笑みを浮かべた。