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第1話 ドキドキ☆お散歩プレイ

 私が連れてこられたのは、深夜の学生街だった。


 学生街は私たちが深夜まで出歩かないよう、お酒を出す店も含め、夜の9時には全ての店が閉まるようになっている。

 道を照らすのは、朝まで消えない街灯だけ。


 『私達』の他には、一切の人影がない。


 だけど――



『そんな格好で、昼間は級友達で賑わう道を歩く気分はどうだ?』


『うぅっ……い、意地悪……っ』



 彼――グレン君にそんなことを言われたせいで、私は改めて、自分の姿を意識してしまう。


 私が身に纏っているのは、制服や普段着ではない。

 本来なら、アールヴァイスとの戦いでしか着ないはずのシャイニーティア。

 しかも、お腹も背中も丸見えの、フェアリィフォームだ。


 その、お、おしっこを我慢していなくても、激しい動きをしなければ、無理やり維持できるのがバレてしまって……。

 『どうしても』と、頼まれた私は、拒みきれなかったのだ。


 体を隠すには余りにも頼りない布地に、私の心は不安でいっぱいになる。

 でも、私を不安にさせるのは、それだけじゃなくて……。



『ほら、行くぞ』


『んんっ……ひ、引っ張らないで……っ』



 私は今、四つん這いで歩いている。

 首には首輪が巻かれ、取り付けられたリードの先端は、グレン君の手の中へ。



 私達は、以前グレン君が口走った、『お散歩プレイ』の真っ最中だった。



 普段みんなと歩く道で、犬のような姿を晒すことに、とてつもない羞恥が込み上げる。

 認識阻害のバイザーは付けさせてくれたから、正体がバレることはない。

 でも、こんなところを見られたら、私は次から、どんな顔をしてこの姿で戦えばいいのか。



 不安になって周囲を見回す……でも、逆効果だった。


 あれは昨日服を見に行った、レディースファッション店。


 あっちはエルナ達と行った雑貨屋。あそこには、クレープの屋台が出ていたはず。



 脳裏に昼間の賑わいが蘇り、まるで、自分がそこにいるかのような錯覚に襲われる。

 笑顔の溢れる学生街に飛び込んできた、場違いな『雌猫』。


 街を行く学生が、お客を待つ店員さんが、忌避の視線を向けてくる。


 小さな子供を連れたお母さんが、慌てて子供の目を覆って走り去っていった。


 見てる、みんながっ……あぁ、嫌っ……見ないでっ……見ないで……!



『アリア』

『はっ!?』



 グレン君の声が、私を現実に引き戻す。

 目の前の景色が、昼の喧騒から夜の静寂に変わり、幻の視線も消え去った。



『見られる妄想でもして、気持ちよくなってたのか?』


『そ、そんなこと……! ……気持ち良くは、なってないわ……怖かっただけ……』



 恥ずかしくて、咄嗟に否定してしまったが、彼に嘘は吐きたくない。

 遠回しに、妄想をしてしまったことだけは認めると、グレン君はニヤリと笑った。


 そして、また意地悪なことを言おうとして――


『人だっ、隠れるぞ……!』


『えっ!? う、嘘っ、嫌っ!』



 遠くに見えた人影に、私達は慌てて路地裏に隠れた。

 咄嗟に逃げ込んだ路地裏には、木箱が積み上げられていて、私とグレン君はその影に身を隠す。


『ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ!』


 静かにしないといけないのに、見つかってしまうかもしれない恐怖で、呼吸が荒くなってしまう。

 グレン君にしがみつき、顔を埋めて必死に声を抑える。


 近づいてくる足音。


 お願いっ……気付かないでっ……早く向こうへ行って……!


『ふっ……ふぐっ……んっ……ひぅっ……!』


 足音がする度に、私の体は跳ね上がり、口から小さく悲鳴が漏れてしまう。

 体の震えは、もう止まらない。



 それが、いけなかったのだろうか。



『んー?』

『っ!?』



 足音が、私達が隠れた路地の前で、ピタリと止まってしまった。

 木箱を通り抜け、探るような視線が突き刺さる。


 あぁっ……嫌っ……こんなところ……見つかったら……っ!


 気付かないで! 気付かないで! 気付かないで! 気付かないで!



『何か、音しなかったか……?』


 お願いっ……何処かへ行って……っ!


『確か、こっち……』





 嫌ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!





 ――バウッワウッ!


『おぅわっ!?』


 男の足がこちらに向いた瞬間、路地の奥から犬が飛び出してきた。

 男は驚いて尻餅をつくと、恥ずかしそうに『なんだよ……っ』と残して、早歩きでその場から去っていった。



 それから、どれくらい時間が経ったろう。





『行ったな……』


『ああぁああぁぁ……っ』



 人の気配が無くなった後も、氷のように動かなかった私の体は、グレン君の言葉で、魔法が解けたように崩れ落ちた。



『はぁっ! はぁっ! ふぅっ、うぅっ、あぁっ、あぁぁっ』



 動くことを思い出した体が、ガクガクと震える。

 全身から、ドッと汗が噴き出した。


 そしてレオタードのある部分は、その前から、汗ではない液体でグッショリと濡れてしまっていた。


 私はグレン君に、涙と涎で酷い状態の顔を向ける。

 目を潤ませ、口を少しだけ開けた私の表情は、所謂『女の顔』と言われる物だったのだろう。

 グレン君は一度ギョッとした表情を見せたが、すぐに優しげな笑みを作り、私の目を見つめてくれた。


 そして、ゆっくりと顔を近付けて――






 ◆◆




「んはぁっ……らめよ……ぐれんくん……そんな……はげし……」


「アリア」


「ふぇありぃふぉおむ……とけひゃぅ……」


「アリア!」

「んにゃいっ!?」



 聞き覚えのある声が、トロトロに溶けていた私の意識を掬い上げる。

 気付くとそこは路地裏ではなく、見慣れた自室のベッドの上だった。



「はれ……? ぐれんくんは……?」


「アンタのワンナイトご主人様は、どっか遊びに行ってんじゃない?」


 ご主人様……? あぁ、何か、気分が盛り上がって、そんな呼び方をしたような気が………………っっ!!?


「☆%$*>〒#◇♪¥〆=←<っっっっ!!!??!!?!」


「おはよ、アリア」



 一気に意識が覚醒した。顔面がどんどん熱くなっていく。


 私……っ……なんて夢を……!!


 目の前のエルナが、そんな私を見て、ニヤニヤと笑っている。



 ……ニヤニヤ……? それに今、『ご主人様』って……まさかっ!?



「あ、あの、エルナ? 私、寝言で……その、変なこと……言ってた……?」



「首輪を付けたまま、バックで2回戦目を始めてたわね」


「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっっっ!!?!?!」



 殆ど全部! 最後まで聞かれてる!


 心の耐久力的な何かが、ガリガリと削られていく音がする。

 顔は真っ赤を通り越して、白熱しそうな勢いだ。

 エルナまで、少し顔を赤くしていることが、余計に自分がどれほどの痴態を晒していたのかを意識させる。


「しかも、強制発動させたフェアリィフォームが解けるくらい、激しいやつを」


「や゛め゛てええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」



 私のライフは、ゼロになった。




 ◆◆




「ワタシハ、シニマシタ」


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと生き返りなさい」



 頭まで布団を被り、外界との関わりを否定する。

 そんな私に、エルナは面倒臭そうに声をかけた。


 あんないやらしい、しかもアブノーマルな夢を見て、その大部分をエルナに聞かれ、その上……っ。



「『それ』、洗濯に出すんだから」


「くぅっ……いっそ……っ……殺して……っ」



 パジャマとシーツを、その、おねしょではないアレでベトベトにしてしまった。

 ベッド本体も、染み抜きをしてもらわないといけない。

 あまりの惨状に、かなり前に男子から没収した如何わしい本に出てくる、『オークに囚われた女騎士』みたいな台詞が出てきてしまう。



「しょうがない、じゃあアリアは欠席かなぁ?」


 エルナがちょっと意地悪な感じで聞いてきた。

 今日は、女子のみんなで買い物にいくのだが、私にとっては戦争の準備に等しい重要任務なのだ。




「………………おきる」



 欠席はあり得ない。

 今回の戦いは攻めあるのみ。今の防御特化の装備では、大した戦果は得られないだろう。


 覚悟を決めて、私は布団から出た。



「ほら、じゃあ脱いで、シーツ剥がして。急がないと遅刻よ」



 今日は、夏のバカンスに向けた、水着選びの日なのだ。


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