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第20話 私が貴方に膝枕をするということ

 アールヴァイスの4人が去った後、間もなくエルナ達とリーザ、少し遅れてアネットが校庭に降りてきた。


 結局、怪人3体押し付けられることになったリーザは、あからさまにむすっとしたお怒りモードだ。

 だが、下半身びしょ濡れで啜り泣くアリアと、全身血だらけで左腕がヤバい方向に曲がったグレンを見て、即座に表情を改める。



(わたくし)はグランツマン様の治療を。アネットとロッタさんは、アリアさんをお願いします」


「かしこまりました」

「任せて」


「じゃ、私は先生達に事情説明してくるわ。後……一応、アリアの替えの下着も」



 アールヴァイスが去った後も、まだフィールドの影響は残っていた。

 そんな、力が制限された状況でも、それぞれが自分の為すべきことを速やかに実行する。

 彼女達が共通して持つ美点の一つだ。


 2人がかりの水の魔術で、下半身を洗われるアリア。

 その体が、不意にブルルっと大きく震え、切迫した表情で身を強張らせる。

 水の冷たさに刺激され、膀胱内の残りが出てしまいそうになっているのだ。


 ロッタ達は即座に魔術を止め、アリアを支えて校舎へ急ぐ。

 だがロッタにしがみつき、ヨタヨタと足を進めるアリアは、数歩歩く毎に体を震わせ、その度に立ち止まってしまう。


 今溜まっている水分は、おそらく大した量ではないはずだ。

 だが、既に力を使い果たした括約筋は、膀胱から排出の要求があれば、アリアの意思を無視して無抵抗で放水を許してしまう。

 彼女の歩いた軌跡に落ちる雫は、魔術の水で濡れた分だけではなかった。


 やがて、校舎までの距離の半分を消化した頃、アリアの体に今までで最大の波が襲いかかる。

 アリアは即座に両手で出口を押さえ込み、腰を後ろに突き出す生まれたての子鹿のような姿勢で、校舎に向けてバタバタ駆け出した。


 足元に、まとまった量の水流が落ちていく。


 そして、そのまま10mは進んだだろうか。

 アリアはもう一度、大きく体を震わせ――


「あぁぁぁぁぁぁ……っ」


 勢いよく残りの小水を溢れさせながら、地面に崩れ落ちた。


 へたり込み、フルフルと体を震わせるだけになってしまったアリアに、ロッタが語りかける。

 グレン達の位置からは聞こえないが、『いいから、全部出しなよ』とでも言っているのだろう。

 アリアの体から力が抜け、ロッタとアネットがもう一度その体を洗い流す。

 そして、動けなくなったアリアをアネットが抱え上げ、3人はシャワー室に向かった。


 その姿が見えなくなるまで、アリアは、アネットの胸に顔を埋めて泣き続けていた。



「行ったか」

「行きましたわね」



 彼女達を見送ると、治療を受けていたグレンもスッと立ち上がる。

 リーザの目線は、ちょうどグレンの腰辺りだ。



「グランツマン様は、その、大丈夫ですの?」


「問題ない。慣れてるからな」



 無駄にキリッとした顔で答えるグレンに、リーザは苦笑いを浮かべる。



「左腕ですが、私では完全には繋げられなかったので、『シャワーの後で』ノーラ先生に見ていただいて」


「ああ、ありがとな」



 そう言ってグレンは、アリアとは対照的な堂々とした足取りで、校舎の中に消えていった。



 ――股間に張ったテントの先端から、ポタポタと白い粘液を零しながら。



「さて、私はフィールドの解除……の前に、掃除ですわね……」




 ◆◆




 日が落ちかけ、明かりが灯る学園の校舎を、アリアは1人で歩いていた。

 シャイニーティアは解除したが、着ているのは制服ではなく、5時間目の護身術で使った体育着だ。


 アネットにシャワー室まで運ばれたアリアは、涙が止まるのも待たずに体を流し始めた。

 それでも温かいシャワーを浴びているうちに、少しは気持ちも落ち着いたのだろう。

 濡れて纏わりつくレオタードが気持ち悪い、と感じる程度までは、余裕を取り戻した。



 が、中途半端に持ち直したのがいけなかった。


 回っていない頭で『レオタードを脱ぐ』ことだけを考えていたアリアは、シャワーを出したまま『解除(キャストオフ)』の言葉を口にしてしまった。


 望み通り、シャイニーティアのコスチュームは光となって消えたが、即座に元々着ていた制服が再構成される。

 制服のままシャワーを浴び、全身濡れ鼠となったアリア。

 自分の間抜けさと、張り付く制服の不快感に、再び気持ちが沈んでいく。


 色々なものがどうでも良くなり、びしょ濡れのまま更衣室から出ようとしたところをロッタに止められ、一先ずエルナが大急ぎで持ってきた体育着を着ることになった。

 そして、エルナが改めてアリアの私服を取りに行っている間に、『1人になりたい』と言って、体育着のまま更衣室を出ていったのだ。


 誰もいない校舎を歩くアリア。

 もうフィールドは停止されたのに、表情も足取りも鉛のように重い。

 その重さが体内に伝達したのか、膀胱まで重くなったような気までしている。

 念のためトイレに向かったアリアだが、いざ便器にしゃがみ込むと、チョロチョロと少量しか出てこない。

 だが下腹の重さは、膀胱を空にしてもなくならなかった。



「私……なんで……っ……いつも、こんな……っ」



 精神の変調が、常に膀胱に襲いかかる我が身を嘆くアリア。

 更に足取りを重くしながらフラフラと歩き続け、気付くとアリアは中庭の入り口に立っていた。


 辛い目にあった校舎や校庭から、無意識に離れようとしたのかもしれない。

 中庭に目を向けると、全生徒が避難したはずなのに、男子生徒が1人ベンチに座っていた。


 なぜか、アリア同様に体育着を着ている。


 誰にも会いたくなかったはずなのに、アリアの足は、自然とベンチの方に向かっていた。




 ◆◆




「グレン君」


「あぁ、アリア」



 男子生徒――グレン君は、私の方を見ると僅かに目を丸くする。

 私がここに来たのが意外だったのだろうか。


 それにしても――



「「なんで体育着?」」



 一瞬、しん……となる空気。

 風が枝葉を揺らす音だけが、中庭に響く。


 その沈黙が可笑しくて、私は『ぷっ』と吹き出してしまった。



「ぷははははっ! アリアっ、今のタイミングっ、うははっ!」


「グ、グレン君だって、ぷっ、ふふっ、あははははっ!」



 ダメだ、2人ともツボに入ってしまった。

 私は自分が落ち込んでいたことも忘れて、グレン君と一緒に一頻り笑い続けた。



「ふぅっ……もしかして、頑張った俺へのご褒美?」

「なっ!? ちち違うわよっ!」



 グレン君の言葉に、咄嗟に脚を隠してしまう。いつもそうゆうことを言うんだから……!

 これがなければ、もうちょっとカッコいいのに。



 ……ほんと、グレン君、いつもそうだよね。


 グレン君は私が落ち込んでいると、よくいやらしいことを言って、私を怒らせようとするのだ。

 怒ることで、少しでも気持ちを上向きにさせよう、ってことだと思う。

 そうゆう時、グレン君は口ではいやらしいことを言っているのに、私の体を見ようとしない。


 今みたいに、じっと私の目を見るんだ。


 知ってるよ……ありがとう、グレン君。


 だから、私は自分でも不思議なほど抵抗なく、彼の隣に座る。

 グレン君との距離は、10cmくらいかな。肩が当たりそうなくらい近いけど、今はここにいたい。


 だって――



「ちょっとボーッとして、シャワー浴びたまま変身解除しちゃったの」


「ボーッとし過ぎじゃね?」


「あ、酷ぉい」



 だって、こんなに気持ちが軽い。

 さっきあれだけ落ち込んだミスが、何の抵抗もなく口にできる。

 きっと今鏡をみたら、とても緩んだ顔が見えるのだろう。


 お腹の重みは、いつの間にか消えていた。



「グレン君は? 服、ボロボロだったから?」


 対するグレン君。

 お着替えの理由を聞くと、突然真顔になってしまった。

 何か深刻な理由が?



「俺は、アレだ。男の子のパッション的なものがアレして、ズボンが壊滅してな」

「――――っ!」



 聞かなきゃよかった。

 理由がフェアリィフォームだけなら、まぁ……グレン君、好きだろうな、とは思うけど、でも……でも……!




 ――バシャバシャバシャバシャバシャバシャッ!バジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャアアアアァァッッッ!!!


『止まってっ……止まってぇ……! あぁ、嫌っ……止まらないぃぃ……!』




 私の……あんなっ……あんな、姿で……へ、変態っ! 変態っっ!!

 1mくらい離れてやる!


「アリアっ!?」


「お、女の子の、恥ずかしい姿を見て興奮する変態のグレン君とは、このくらいの距離が適切よっ!」



 慌てて擦り寄ってくるグレン君。

 私がピシャリと手で制すると、彼は寂しそうな目をこちらに向けてきた。

 そ、そんな目をしても、だめなんだから。変態さんは立ち入り禁止!




 ――グレン・グランツマン君。



 凄くエッチで、手の施しようがない変態で、それをいつも私にぶつけてくる、どうしようもない男の子。


 でも――




「ねぇ、グレン君」


「なんだ?」


「どうしたら、貴方みたいにできるの?」



「……先ず、己の欲望に対し真摯に向き合って――」

「うん、ごめん、私の聞き方が悪かったわ」



 確かに、そうゆう会話の流れだった。

 でも、私が欲望丸出しの言動に憧れを抱いているとでも思ったのだろうか?

 そこは、後でちゃんとお話ししないといけないようだ。



「グレン君は……凄いと思う。普段はエッチな変態さんなのに、いざって時は、躊躇いなく誰かの前に立てる。さっき、ジャンパールから私を守ってくれたみたいに」



 ――あの日、『グレン様』が化物と私の間に立ってくれたように。



 でも……私はできなかった。立ち向かえなかった。

 フェアリィフォームなら、戦う力はグレン君より強いはずなのに。



「私は……動けなかった。怖くて、震えることしかできなかった。その、も、漏れそうだったのもあるけれど……それがなくても、同じ結果だったと思う」


 尿意に意識を支配されて尚、私はジャンパールとの力の差を、はっきりと感じていた。

 戦いにすらならない、圧倒的な実力差。

 その差を前に私は、ただ救いを求めることしかできなかった。


 アシュレイに勝って、前より強くなれたと思っていた。

 でも、結局私は、臆病な私のままだった。



「どうしたら、立ち向かえるの……貴方や、『グレン様』みたいに……っ」



 あ、だめ……泣いたら……余計、心配かけちゃう……っ。


 泣いちゃだめっ……泣いちゃ……!



「慣れと、意地と、思い込みだ」

「え?」


「知らないのか? 『勇気』ってのは、この3つで出来てるんだぞ」



 予想外の答えに、涙が途中で止まってしまった。


 グレン君が言うには、こうだ。



 ――慣れは『経験』。


 今まで戦った『自分より強い敵』と比較することで、出来ること、無理なことが見えてくる。



 ――意地は『目的』。


 敵を倒す、逃げ切る、時間を稼ぐ。『この稼業は舐められたら終わり』みたいなものでもいい。

 だが、ハッキリとイメージすること。ここが弱いと、あっさり気持ちで負けてしまう。



 ――思い込みは『自分以外を信じる心』。


 恐怖を生み出す本能は、筋力と魔力以外、『自分の強さ』に含めない。

 武器、技術、仲間……自分や、周りの人が積み上げた全てを信じて、あとは状況とかも利用して、『意地』を通せると思い込む。



「さっきだったら逃げ切りだな。あのガキ、俺とアリアに狙いを定めてたし。で、向こうはお荷物が3人で、こっちはリーザと合流して3対1にできる。やってやれないことはない」



 ……なんというか、凄くビックリ。


 勇気ってもっと、理屈の通じない、先天的なものだと思っていた。

 でもグレン君の語る『勇気』は、技術、知識、戦術。練習と思考で身につけるものだった。


 あの時、私が考えていたのは……。



『怖い』


『おしっこ漏れそう』


『トイレに行かせて』


『死にたくない』


『もうダメ』


『出ちゃう』




 ……は、恥ずかしい……!!


 怖がってるか、トイレのことしか考えてなかった!


「あはは……どんまい」

「嫌ぁぁぁぁぁっ……!」



 ……でも、なんだか出来る気がしてきた。

 慣れはすぐには無理だけど、意地と思い込みは、今の私でも頑張れるかも。


「やる気、出てきたみたいだな。でも焦るなよ? 俺の剣術やお前のフェアリアと一緒で、一朝一夕でどうにかなるもんじゃないからな」


 満足そうに笑うグレン君。

 うん、やる気出たし、なんだか気が楽になったよ。



 ……でも本当はね、もうちょっとしんみりした感じになるのかな、って思ってた。


 私、弱ってたから、つけ込んで『いけないこと』をするチャンスだったかもよ?


 ……グレン君は、そうゆうことするタイプとは程遠いか。



「ありがとう、グレン君。あ、でも……」

「ん?」


「逃げるんでいいなら、なんであの時攻撃したの?」

「んぐっ!?」



 む、言葉に詰まった。

 あの時グレン君は、遠くからズバッとジャンパールを切った。防がれちゃったけど。


 逃げるだけなら、なんであんなことを……?



「それは……その……何と言いますか……」


「言いますか?」



「あぁっ、もうっ! あのガキ……アリアのこと泣かせたろ。腹が立ったんだよ……!」




 ――うん……ずるだよ? その不意打ちは。


 でも、そっか……うん……今ので、ちゃんとわかった。



 私は、さっき開けた距離を詰める。2人の距離は、50cmくらい。

 遠い? ううん、この位置がちょうどいいの。



「グレン君」


「な、なんだ……?」


「疲れてるみたいだし……ここ……来ない?」



 そう言って、私はグレン君から近い方の太股をポンポンと叩く。

 そう、膝枕です。体育着でやるのは、かなり恥ずかしいけど、そこは今は我慢!


「へ? いいの? なんで? 今度こそご褒美?」


「理由は、教えてあげない。ほら、来るの? 来ないの?」

「お邪魔します」



 視線は手加減なしの癖に、お触りには慎重派のグレン君。

 そーっと倒れ込んで、私の脚に、頭を預けてきた。

 ギンギンの目に、荒い鼻息も覚悟していたけれど、グレン君は以外にも大人しかった。


 でも、頬が赤いのは、夕日のせい?



 私は……違うよ。


 なんとなく、手元の頭を撫でてみる。

 グレン君は、一瞬くすぐったそうに動いて、でもすぐに大人しくなった。


 それにしても――



「やっぱり忘れてる……」


「ん? なんか言ったか?」


「グレン君は、結構軟派な人なんだなぁ、って」

「えっ!? どうゆうこと!? なんで!?」



 貴方が言ったのよ? 私が、貴方に膝枕をするのが、どうゆうことなのか。




『つまり、魔人大尉よりイイ男になれば、アリアの膝枕は俺のもの! ってことだな?』



 案の定、その場の勢いで適当に言ったらしい。グレン君はすっかり忘れていた。

 このお子ちゃまめ……ちゃんと覚えてた私が馬鹿みたいじゃない。



 腹が立つから、まだ教えてあげない。







 ――私が、貴方を好きになったこと。


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[良い点] グレン君とアリアちゃんがこれまで以上にくっつきそうなので安心して寝ることができます [気になる点] 第7章がとっても気になります。 [一言] 58話 その手に残る掴みかけた勝利の証がとって…
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