表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/127

第18話 漏れそうな時に無駄な雑談で場を引き伸ばされる責め苦

 2つの刃が閃き、剣戟の音が鳴り響く。

 グレンと、怪人化したヴァルハイトの戦いは、時を経るごとに激しさを増していった。



「ぬぅぅおぉぉぉっ!」


 怪人化直後、ヴァルハイトは力でグレンを押さえ込み、大興奮で剣を振り回していた。

 が、やがて押しているはずの自分の方が、大きなダメージを負っていることに気付く。


 鍔迫り合いでは圧倒し、速さでも翻弄しているはずなのに、何故か自分の剣はあと一歩で当たらず、いつの間にかグレンの一撃が決まっている。

 最初の数回は偶々だと吐き捨てたが、それが何度も続けば、偶然ではないと認めざるを得ない。

 ヴァルハイトの口数は減り、表情も強張っていく。


「……何故だ」


 戦況は拮抗しているが、それも怪人の再生力あってのこと。

 力、速さ、再生力……グレンと互角に戦えている要因は、全て怪人化によって手に入れたものだ。


「何故だ……!」


 自分自身の力では全く及ばない事実に、ヴァルハイトの中で怒りが沸々と煮えたぎっていく。


 天才であるはずの自分は、ゲロを吐きながら見苦しい努力をする凡人を、上から涼しい顔で嗤っていることができるはずなのだ。

 だがこの目の前の男は、怪人化で得た圧倒的な身体能力差を覆して、ほぼ一方的に剣を当ててくる。



 グレンだけではない。


 実家の弟達も、同門の少年達も、同僚の騎士見習い達も。

 誰も彼もがヴァルハイトを追い越し、汗だくの顔に満面の笑みを浮かべ、ヴァルハイトの手の届かない高みから見下ろしてくるのだ。


 そこは、自分がいるべき場所なのに。



「何故だ、何故だ、何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだあああああああああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」


「………………」



 ヴァルハイトの『何故だ』対する答えは、グレンの中ではまぁ、色々あった。



 ――努力を重ねていない。


 構えがブレれば、師に素振りすらさせてもらえなかったグレンから見れば、ヴァルハイトの所作は全てがガタガタだ。

 そこに、積み重ねた鍛錬の気配は一切ない。才能だけでそれっぽく剣を振っているだけなのが、丸わかりだった。



 ――大した動機がない。


 ヴァルハイトが剣術にかける思いには、これといった芯がない。

 守りたい人がいるとか、負けたくないライバルがいるとか、最強に手を伸ばすとか。

 あるのはただ、承認欲求と自己顕示欲だけ。


 そしてそれすら、土壇場で歯を食いしばるだけの激しさを持たない。

 その証拠に、力を欲した結果、素振りの一つもせずに安易に怪人の力に縋ってしまった。


 まぁ、その辺りをちまちま教えてやるほど、グレンはヴァルハイトに興味を抱いていない。



 なので、簡潔に――


「お前が薄っぺらいからだよ」


 ――(ザン)



 その一言と、右腕を切り飛ばす斬撃を答えとした。


「ぎいいいいぃぃいぃいぃぃぃぃいいぃいいぃぃぃいいぃぃあぁぁああぁああぁぁあぁあああぁぁぁあああぁあぁぁあっっっっっ!?!?!!」


 血の噴き出す右腕を押さえ、のたうち回るヴァルハイト。

 取り落とした剣を拾う様子も、残された怪人の爪や牙で立ち向かう様子もない。

 腕の一本と一緒に、戦意もプライドも吹っ飛んでしまったようだ。


「うううう腕ええぇぇっっ!! 俺のっ、うでえええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 グレンもまた、この男に対する興味を最後の一欠片に至るまで失った。


 意識は既に他のところへ。

 他の階の怪人。それに少し前から、校庭の方が騒がしくなっている。



「さっさとふん縛って、次へ――っ!?」


 強烈な気配を感じ、グレンが振り返る。そこには――





「へぇ、よく気付いたね。お兄ちゃん」



 轟音と共に、警備隊の詰所が吹き飛んだ。




 ◆◆




「ああぁぁああぁああぁ……っ!」


 リボンを取り落とし、両手で出口を押さえつけるアリア。

 内股で、腰を後ろに突き出しプルプルと震える情けない様子は、とても勝者の姿とは思えなかった。


(だ、だめっ、おしっこがっ……! も、もう……げんっ……かぃっ……!)


 アシュレイとの戦いには辛くも勝利したアリアだが、乙女の尊厳を守る戦いの方は、いよいよ窮地に陥っていた。


 最大サイズまで膨れ上がった膀胱には、金色の熱水がパンパンに詰まっている。

 延々死闘を強いられてきた括約筋は、フェアリィフォームの強化を持ってしても、もう激流を押し留めることは不可能だ。

 1秒置きに、大波がヒビだらけの堤防を打ちつけ、その度に堪えているものを全て出してしまいそうになる。


(早くっ、トイレに……! あぁっ、で、でも……!)


 今すぐ校舎のトイレに駆け出したとしても、間に合うかは怪しいところだ。

 にも関わらず、アリアは動き出せないでいた。


 理由は、横に転がっているアシュレイだ。


 気を失ってはいるが、いつ目を覚まして逃げ出そうとするかわからないし、他に仲間がいて救出されしまうかも知れない。

 彼女をここに放置したまま、トイレに行くわけにはいかないのだ。


(校舎までっ、運んで……あぁっ、だめ! そんな力、入れたらっ……ど、どうしたらいいの……!?)


 悩んでいる間にも、波はどんどん大きくなる。

 もう何度も耐えきれない尿意に襲われ、その度に、両手の蓋をこじ開けて小水が滲み出る。

 太股はもう、漏らしたかのようにびしょ濡れだ。



(お願い、誰か来てっ……誰か、だ、あっ)


 ジョォォォォッ!


「あ゛はあ゛ぁああぁっ!?」



 かなり大きな失禁。

 少し勢いのあるそれは、指の隙間から溢れ出し、ポタポタと足元に溢れ落ちる。

 堤防に致命的な穴が空いたことを、アリアははっきりと感じとった。



「だめ、もぅ、出るっ! おしっこ、出るぅ……! くぅぁ!? ご、ごめんなさいっっ!! 私、もう、だめぇぇっっ!!」



 それは自分自身と、自分を取り巻く全ての社会への謝罪。

 込み上げる尿意に屈したアリアは、アシュレイをこの場に放置しまま、ポタポタと雫を零しながら、トイレへと駆け出してしまった。


 だが、大人に頼れない中、こんな有様になるまで戦い抜いた彼女を、誰が『無責任』と責めることができようか。

 『先にその女を護送しろ』と、これ以上の我慢を強いることができようか。


 今のアリアの足を止める残酷な仕打ちなど――





「あーあ、アシュレイも負けちゃってるよ」



 ――『敵』にしか、できはしない。



(ああぁぁぁ……う、うそ……っ)



 遠のいていくトイレに、アリアの脳内が絶望に染まっていく。

 だが、その絶望に目を閉ざすわけにはいかない。

 耳に届いたのは少年、つまり男性の声だったのだ。

 アリアは歯を食いしばって、出口から両手を離し、新たな敵に向き直る。


「くぅぅぅっ!」


 手を離した瞬間小水が溢れそうになり、左脚を右脚に絡み付かせる不恰好なポーズで何とか堰き止める。



 涙でボヤける視界に映った敵は、3人。


 一人は声の主と思われる、小柄な、12~13歳程の中性的な少年。


 その隣に、おそらくこちらも男性で、平均身長くらいの仮面を被った神父服の人物。


 さらに怪人と思しきオオカミ男が、血塗れになって少年に抱えられている。



 そんな彼らを、アリアは汗と涙と涎でぐちゃぐちゃの顔で、精一杯睨みつける。

 だが内心では、悲鳴を上げてトイレに駆け出しそうになるのを、必死に堪えている状態だった。



(も、もう、無理っ……! 出ちゃう……トイレっ……出ちゃうっ……! 誰か助けて……! おしっこをさせてぇ……!)



 アリアには、もう新たな敵と戦う余力は残されていない。

 例え魔力や体力にまだまだ余裕があろうとも、膀胱と括約筋は、今この瞬間にも全てを迸らせてしまいそうな状態なのだ。

 牽制のつもりの魔術が1発当たっただけで、アリアの水門は全開になってしまう。


 戦闘など論外。だが、敵を前に逃げるわけにもいかない。

 進退窮まり、震えることしかできないアリア。

 その窮状を知ってか知らずか、仮面の神父が口を開いた。



「初めまして、ティアさん……でいいのかな? 私はジョゼ。秘密結社アールヴァイスで、首領をやっている者だ」


「んんっ……くぅぅっ……! あ、あぁっ……!」


(え、今、なんて……? あぁっ、だめっ……話が、頭に入ってこない……!)



 アリアはもう、戦闘どころか会話すらまともにできなくなってきている。

 『首領』を名乗ったのに無反応のアリアに、内心で首を傾げるジョゼ。



「神父様。その『ジョゼ』って名前、初耳なんだけど?」


「さっき決めたからね、彼女に『首領』って呼ばせるのも変だと思うし。あぁ、こっちの彼は幹部のジャン」


「『正義』のジャンパール、ね。適当に流さないでよ」


「ごめんごめん。で、ジャンが抱えてるのが、見た目かなりワイルドになっちゃったけど、やっぱり幹部のヴァルハイト。彼とは顔見知りだったよね? どっちも仮面付けてるけど」


「別に上手くないよ、神父様」



 悪の組織の首領と幹部とは思えない、気さくな会話。

 だが、もちろん今のアリアは、そんなやり取りに何かを感じる余裕などない。



(で、出ちゃうっ……!! お願いっ……早くっ……早く、何処かへ行って……! 早くっ、早くぅぅっ!)


 無意味に削られていく残り時間に、ただただ涙するだけだ。

 この雑談の間にも、アリアは2度、小水を溢れさせてしまった。

 震えも大きくなっている。


 それでもアリアは、決して弱みは見せまいと、何とか目だけは3人から離さずにいた。




 そう、一瞬たりとも、離していないはずだった。




「この人も貰ってくよ」



 ジャンパールと呼ばれた少年が、自分の真横に移動していたことに、アリアは声をかけられるまで気付けなかった。


「えっ、くぅぅっ!?」


 驚愕に意識に乱され、僅かに力が緩み、水門が開きそうになる。

 死ぬ思いで括約筋を締め直した頃には、ジャンパールはアシュレイと共に、元の場所に戻っていた。


(み、見えな、かった……! ちゃんと、見てたのに……!)


 尿意が極限状態で、下腹に意識を取られていたのも確かだ。

 だがそれでも、真横を取られても移動に気付けないというのは尋常ではない。

 これが意味することは一つ……アリアとジャンパールの間に、それほど大きな実力差がある、ということだ。

 ジャンパールがその気になれば、アリアが気付かない間に、背後から心臓を刺し貫くこともできるだろう。

 アリアの震えに、恐怖の感情が混ざり込む。


(だ、だめ、私、勝てなっ、あっ!? で、出る、怖いっ、怖くてっ、漏れっ……! ああぁっ、嫌ぁっ!)


 恐怖が膀胱を刺激して、また小水が溢れ出た。

 雫は、太股を通り過ぎ、足元までの筋を作る。

 手は、再び出口を押さえてしまいそうで、太股をぎゅっと握りしめている。

 気丈に彼らを睨みつけていた目は、今はくしゃくしゃの泣き顔になっていた。



(おねがいっ、ゆるしてっ、あ゛っ!? も、漏れちゃう、漏れちゃっ、ん゛っ!! だ、だめ!)


「へぇ……!」



 そんなアリアの様子に、ジャンパールが邪悪な笑みを作る。

 アシュレイの笑みに似ているが、そこに彼女のような情欲はない。完全な、破壊願望の顕れだ。

 ジャンパールは、もうアリアに一欠片の戦意も、戦意を見せかける気概すらなくなったことを見抜いていた。


(見逃して……! トイレにっ、行かせてぇぇ……っ!)


 ……まぁ、震えの半分以上が尿意によるものだとは、想像もしていないだろうが。

 アリアが恐怖で縮こまっていると思ったジャンパールは、さらに彼女を虐めてやろうと、どうゆう力なのか、巨大な真っ白い槍を生み出した。


「あ、ジャン、ちょっと!」


「お遊びだ……よっ!」


 首領ジョゼの静止も気にせず、アリアに向けて槍を放つジャンパール。

 その勢いは、確かに言葉通り、彼にとってはお遊びなのだろう。

 アリアが視認でき、しかし回避はできない速度になるよう、手加減をして投げていた。



「えっ」



 ジャンパールの加減は完璧だった。


 アリアは自身の顔面目がけて飛んでくる槍をはっきりと認識し、同時に、それが自分を貫くまで、微動だにできないことを自覚する。


 引き伸ばされた意識の中、全身に広がっていく『死の実感』。



 そして、槍がもう、手の届くところまで迫り――




「おおおおおおおおおぉぉうるあああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」



 眼前に飛び込んできたグレンが、槍の軌道を僅かに左に逸らした。

 アリアの髪を掠め、後方に飛んでいく大槍。

 大気を引き裂き、勢いを弱めることなく、遥か彼方へ消えていった。


「ちっ……死んどけよ……っ」


 ジャンパールの顔が苦々しく歪む。

 槍が防がれたこともあるが、何より警備隊の詰所ごとぶっ飛ばしたはずのグレンが、こうして動いていること自体が気に入らないのだ。

 苛立ちを隠そうともせず、顔を悪意に染め上げグレンを睨む。



「お兄ちゃんさぁ、ゴキブリみたいって――」



 バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャッッ!! ジャバババババババッッ!! ビジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャジャッッ!!



 グレンの背後から、激しい水音が響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ