第17話 ヒーローの常識『脱いでからが本番』
さてここで、『聖涙紋』について説明したいと思う。
シャイニーアリアのレオタードの膀胱の辺りにある金色に光る紋章で、シャイニーティアの起動デバイスと同じ、羽の生えた滴を象って描かれている。
この聖涙紋だが……アリアの膀胱と連動している。
大事なことだからもう一度言おう。
アリアの!
膀胱と!
連動している!!
具体的には、膀胱内の尿の割合が増えると光が強くなり、膀胱が膨らむと紋章も大きくなる。
つまりこれを見れば、どんなに虚勢を張っていても、アリアがどれだけおしっこを我慢しているかが丸わかりなのだ!
丸わかりなのだっっ!!
また副次的なものだが、聖涙紋の拡大に合わせて、魔力容量と魔力の回復速度が上がる、という能力もある。
そして、この魔力回復速度が一定以上になると、普段は魔力をドカ食いするため封印されている、ある強化形態が解禁される。
それが――
「フェアリィフォーム!!」
アリアが纏ったコスチュームが、七色の光を放ち姿を変えていく。
長手袋は、口にフリルがあしらわれた前腕半ばまでの手袋に。
右脚のニーハイソックスが消えて、代わりに紺色のガーターリングが出現。
そしてレオタードは、背面が腰の上辺りからV字に裂け、背中が完全に露出。
露出した背中には、2対の小さな、正に妖精のような羽が現れる。
前面は聖涙紋、つまり膀胱の上からリボンに隠れた胸元までが大きく開いた。
最後に胸元のリボンに金の刺繍が施され、フェアリィフォームへのフォームチェンジは完了する。
尚、見た目が変わっていないところも全て再構成されるため、レオタードの染みも綺麗になくなった。
やったねアリアちゃん!
「ふぅ……く、うぅ~~~~~っ!」
肌を刺す空気の感触が、跳ね上がった露出度を嫌でも伝えてくる。
何とか気を持ち直そうとしたがうまく行かず、顔面を羞恥の赤で染めてしまった。
「まぁ、素敵な格好ね」
「っ!? い、一々、言わないで……!」
アシュレイの舐め回すような視線に、手が無意識に動いて体を隠す。
どうせこの後は、脚を大きく開いて、胸も股も曝け出した大立ち回りを演じることになるのだが、それで開き直れるほどアリアのメンタルは強くない。
弱虫で、泣き虫で、強がりで、恥ずかしがり屋のスーパーヒロイン。
それでも、目に涙を浮かべて立ち向かうからこそ、アリアの姿は眩しいのだ。
「で、そんな大サービスに見合うくらいには、強くなったのかしら?」
「だっ!? ふぅ……それは、貴女の目で確かめなさい! ルミナスハンド、リボン!」
ルミナスハンドも復活している。
リボンを生み出し構えを取るアリアに、アシュレイが鎖の束を浴びせかける。
対するアリアは――
――トンッ。
(えっ?)
軽い、その場で少し跳ねた程度の音。
とても戦闘中の踏み込みとは思えない音だけを残して、一瞬でアシュレイの左側面に飛び込んだ。
放たれた鎖は擦りもせず、アリアがいた『はず』の場所を打ち付ける。
アシュレイが再びアリアを視界に収めたのはその直後。
「はぁっ!」
「ぐぅぅっ!?」
思い切り打ち下ろされたリボンに、アシュレイは何とか腕のガードを間に合わせる。
ギリギリで頭部を守ることはできたものの、衝撃は殺せず、豪快に横に飛んでいくアシュレイ。
ガードした腕も、骨に何本かヒビが入り、手袋が光粒子で弾け飛んだ。
これが、アリアが布面積と引き換えに手に入れた、フェアリィフォームの力の一旦だ。
身体強化の性能や、光粒子の発生量が格段に上がっている。
アリア自身の技量が伴っておらず、完全に使いこなせてはいないが、単純な筋力なら、アシュレイ達よりガウリーオの方が近いレベルだ。
尚、この身体強化の性能向上は若干括約筋にもかかっており、アリアの表情には、形態変化前に比べ僅かだが余裕が生まれている。
窓の方に飛んでいくアシュレイに、アリアは休む間もなく追撃を仕掛ける。
アシュレイも迎撃の鎖を放つが、アリアはそれを飛び越え、空中でクルクル回りながら回し蹴り。
今度は顔面に入り、アシュレイの意識が一瞬飛んだ。
窓を突き破り、その先の校庭に落ちていくアシュレイ。
追いかけようと窓枠を掴んだアリアは、ふとエルナ、ロッタに振り返る。
視線の先には、親指をピンと突き上げ、ニカッと笑う2人の親友。
アリアは自信に満ちた笑顔で頷き、再び窓の外に視線を移した。
窓枠を軸に体を回し、脚で校舎の壁を蹴って、落下していくアシュレイを追いかける。
グングンと距離を詰めるアリア。
それに対し、アシュレイはようやく意識を取り戻した。
「あっ、えっ!?」
目の前に迫ったアリアと全身を襲う浮遊感に、軽いパニックに陥るアシュレイ。
その一瞬は、フェアリィフォームのアリアに対しては命取りだ。
「せぇいっ!」
「がふっ!?」
跳躍に落下速度を加えた蹴りが、アシュレイの腹に突き刺さる。
2人はそのまま固まったまま落下。
地面に衝突する直前、アリアはアシュレイを足場に飛び上がり、落下の勢いを全て押し付ける。
「チェ、チェインッッ!!」
4階から落下エネルギーを2人分。
さすがに全部まともに受けてしまえば、アシュレイとて戦闘不能は避けられない。
ギリギリで、細い影の鎖を大量に生み出し、ネットのようにして自身の体を受け止めさせた。
バキバキと鎖を引きちぎりながら、地面に落下するアシュレイ。
アリアはそれを視界に収めながら、音もなく校庭に着地した。
この凄まじい衝撃吸収力も、フェアリィフォームの能力の一つ。周辺の空力制御と、体表面の摩擦制御によるものだ。
これにより、自身の行動による衝撃の大幅なカットが可能になり、肉体への負担を減らしつつ、高速な移動を実現する。
何よりも膀胱への振動を可能な限り抑えたいアリアにとっては、非常に嬉しい能力だ。
「これで決まってくれたら、嬉しいんだけど……」
「ぐっ……ふぅっ、ふうっ……このっ、小娘……!」
土煙が晴れ、姿を見せるアシュレイ。
衣装はボロボロで、露出した肌には痛々しい傷跡が刻まれている。
だが、その目に宿る感情からは、撤退の二文字は読み取れない。
「すり潰してあげるっっ!!」
怒りに任せ、鎖の本数を増やすアシュレイ。
だがその分、一本一本の制御は甘く、動きは直線的になる。
アシュレイの『黒鎖』は、本来曲げ辛い影の魔術に、自由度を与えるための独自の用法だ。
スピード、切れ味と引き換えに手に入れた、変幻自在の生き物のような動きこそが真骨頂。
それを失ってしまえば、いくら本数を増やし勢いを増しても、ノロマなナマクラでしかない。
アリアは冷静に距離を取り、ステップと宙返りで鎖を躱していく。
無理に飛び込む必要はない。
鎖ほどではないが、アリアの武器も射程はそこそこ広いのだ。
鎖の隙間を見つけ、リボンによる鋭い攻撃を叩き込めば、アシュレイの四肢に一つ、また一つと生傷が増えていく。
「ぐっ! 調子にっ、乗って! がっ! 泣きながらっ、『おしっこをさせて下さいください』なんて、ぎぁっ! 言った子とは思えないわね!」
「す、す、過ぎたことを、ネチネチとっ! あんなの無効よっ! 行かせてくれなかったじゃない!」
戦況はアリアが優勢。
フェアリィフォームを見せてからは1発の被弾もなく、対するアシュレイはダメージを重ねていく。
光粒子による傷は瞬間の痛みこそ殆どないが、にも関わらず肉体は抉られていくという、受ける側からすればかなり不気味な現象だ。
立て続けに受けたアシュレイも、怒りの中に恐怖と焦りを滲ませる。
だが対するアリアも、かなり勝負を焦っていた。
何度も勝負を決めようと懐に飛び込もうとしては、理性を総動員してグッと堪えている。
別に、フェアリィフォームに魔導具的な制約や、魔力消費を原因とした時間制約があるわけではない。
だが、それを着るアリアは生身の人間。
で、あるからこそ、フェアリィフォームの発動条件に起因する、どうしようもない生理的な時間制限が存在する。
即ち――
(やっぱり、おしっこがっ……くぅぅっ! だめっ……我慢、我慢よっ……!)
再び、アリアに尿意の限界が迫っていた。
「んっ、んんっ、あ゛っ!? だめっ、まだ……だめっ……!」
フェアリィフォーム発動時点で、膀胱は7割近く満たされていたのだ。
気持ちが持ち直したおかげでかなりマシになったが、尿の急速な分泌も続いている。
そして、先ほどまでの膀胱への圧迫で、括約筋に残された力はあと僅か。
アシュレイとの戦いには勝てる。
だが、アリアの乙女の尊厳を守る戦いは、とても優勢とは言えない状態だった。
(彼女を倒してっ……縛ってっ……人を、呼びに……それでっ……あぁっ! じ、時間が……!)
再び現実になろうとしてる最悪の失態に、アリアの焦りが膨らんでいく。
精神的なことで言えば、アリアもアシュレイに負けず劣らず追い詰められていたのだ。
「がはあぁっ!?」
「んああぁぁっっ!?」
鎖の致命的な隙を突いて、アシュレイの顔面に強烈なリボンを見舞うアリア。
痛撃を食らったアシュレイの苦痛に満ちた叫びと、跳ね上がった尿意に絞り出された、アリアの切ない叫びが重なる。
直接的な被弾はない。が、全ての衝突が膀胱へのダメージとなっていた。
出血の代わりに、金色の液体が滲み出すのも時間の問題だ。
(早くっ! 早く倒さないとっ……あぁっ……げ、限界が……!)
「だっ、だめっ、い、急がないと、漏れっ……うっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
そして、なんかそれっぽい克服描写とかあったりしたが、アリアのメンタルは1ミリも強くなっていない。
ガラス貼り豆腐のままだ。
脳内の『グレン様』と『グレン君』に勇気をもらった的なイメージで、SAN値自動回復スキルに目覚めた感じ。
折れても直ぐに立ち直り、何度でも立ち向かうが、特別な何かがなくてもあっさりと狼狽え、ちょっと突いただけでポッキリと折れる。
戦闘面での絶対的優位など関係ない。
意識から追い出せなくなった『お漏らし』に、アリアは耐えきれず、アシュレイに向けて強引な突撃を仕掛けてしまう。
「くぅっ!? 調子に乗ってっ!!」
「ふぅっ、ふぅっ、あぁっ!? 急がないと、もうっ……!」
そんな浅はかな特攻だが、それでもアシュレイからすれば強烈な追い込みだ。
だが、そこまで追い込まれたことで、逆にアシュレイは冷静さを取り戻した。
力の差は圧倒的……とまでは行かないが、勝敗を覆せるほど生易しいものでない。
ここままいけば、自分は確実に負ける。何か、流れを変える一手を繰り出さなければ。
逆転の切っ掛けになるような想定外の一撃を、それも無理なら、せめてこの生意気な小娘に、一泡吹かせてやるだけでも。
そこまで考えれば、結論に至るのは一瞬だ。
アシュレイは生粋の戦闘者ではないが、優秀な拷問官にして、変質的な調教師でもある。
『苦しむ少女』が1番されたくないことをするのは、彼女の最も得意とするところだ。
迫るアリアに対し、更に本数を増やして単調な攻撃を続けるアシュレイ。
やがて至近距離まで迫ったアリアは、決着の一撃を見舞おうとリボンを振り上げる。
(ここっ!)
発動射程のギリギリ、アリアの右横の、僅かに視界の外に出た位置から、一本の鎖が現れる。
狙いはアリア本体ではなくリボンの方。
クルクルと回るリボンに、鎖は同じく螺旋の動きで絡みついた。
「なっ!? ああぁっ!」
リボンごと、宙に吊り上げられるアリア。
手を離せばいいだけなのだが、尿意に急き立てられ冷静さを失ったアリアは、判断を大きく遅らせてしまう。
気付いた時には、アシュレイが体勢を低くして、目前に迫っていた。
間合いを詰めていたのに、逆に懐に入られてしまったアリア。
ようやくリボンから手を離すが、一歩早くアシュレイが、アリアに飛び掛かっていた。
アシュレイの格闘技術は、素人に毛が生えた程度。だが今のアリアは、ある一点に限り、子供のパンチでも致命傷になる。
アリアが着地するのと同時に、アシュレイのピンと伸ばした指が下腹に浮かぶ聖涙紋に触れる。
そして勢いのまま、紋章の奥にある膀胱を容赦なく押し込んだ。
――グィィィッ!
「あ゛あ゛あぁぁぁっっ!!?」
ジョォォォォォォォッッ!!
アリアの膀胱は壁が広がりきって、今度こそパンパンに膨らんだ状態だ。
増大した水圧に、疲弊した括約筋はあっさりと敗北。
押し込まれた分を、そのまま外に溢れさせてしまった。
レオタードの股布が一気に濡れていく様に、会心の笑みを浮かべるアシュレイ。
「がべっ!」
そのまま顔面から地面にダイブしてしまうが、アリアにその隙を突く余裕はない。
「だ、だめっ、でるっ、あ゛ぁっ!? ああぁあぁっっ!!?」
ジョッ、ジョッ、ジョロロッ……。
始まってしまった失禁は、括約筋だけでは止められなかった。
まだ戦闘中だと言うのに、足を止め、両手で出口を押さえ込んでしまうアリア。
(止まって……! お願いっ……止まってぇ……!)
膀胱を押される前までは、まだギリギリで抑え込める程度の余力はあったのだ。
体を強張らせ、両手で押さえつけ、何とか小康状態に持っていこうとするアリア。
だが、アシュレイがこの好機を見逃すはずがない。
ヨロヨロと立ち上がり、全方位から鎖を放ち、身動きの取れないアリアを打ち付ける。
「あ゛ぁっ!? や、やめっ、ん゛はぁっ!? し、振動がっ……! やめ゛てぇっ!」
アシュレイの鎖が体を打つたび、痛みが意識を奪い、衝撃が膀胱を揺らし、じわりじわりと小水が溢れ出す。
レオタードは早くもびしょ濡れになり、吸いきれなかった分が川となって太股を伝う。
「ま、待ってっ、おねがっ、ん゛ん゛っ! だめっ、そんな゛っ、ああ゛っ!? も、漏れっ、んんっ!? あぁぁっ、出ちゃうっ! 出ちゃうぅっっ!!」
片手を頭の守りに回し、僅かに身を捩って致命打だけは避けるアリア。
だが、止むことのない強烈な刺激に、せっかく閉じかけた尿道が再び開いていく。
(だ、だめっ……このままじゃ、全部、出ちゃうっ……! こ、こんなっ、ところでっ……! この人前で……!!)
「あっ、あぁぁっ!? 嫌っ、嫌ぁっ! フ、フ、フラッシュボムゥゥゥッッ!!」
それは、乙女としての敗北が目前に迫った少女の、儚い抵抗だった。
アリアが選んだのは、一瞬強い光を発するだけの、戦闘後の逃走にしか使い道のない目眩し。
頭と出口を守るので両手が塞がり、何もできなくなってしまったアリアの、最後のか弱い悪あがきだ。
そんなものでは、多少相手を驚かせ、一瞬手を止めさせるので精一杯。
――相手が、アシュレイでなかったら。
「あ゛あ゛ぁぁあぁああぁあ゛ぁあぁああぁぁああぁああぁぁあ゛あぁあぁあああぁっっっっ!!!!」
光を浴びたアシュレイは、突如両目を覆って絶叫した。
閃光弾の光で実際に目を一つ失ったアシュレイは、それっぽい黒い塊を見ただけで、戦闘中に無意識で目を瞑ってしまう程のトラウマを植え付けられている。
フラッシュボムの、『視界を真っ白にする光』を目の当たりにして、パニックに陥ってしまったのだ。
「うっ、ぐぅうぅぅっっ!!」
偶然が呼んだ、最後のチャンス。
これを逃せば、やがてパニックを脱したアシュレイによって、今度こそアリアはこの場で湖を生み出してしまう。
死に物狂いで括約筋と、出口を押さえる右手に力を込めるアリア。
いつの間にか落ちていたリボンを拾い上げ、アシュレイに巻き付ける。
「はっ!? こ、このっ!」
(お願いっ、倒れてっ! 私っ……もうっ、本当に限界っ……!)
「浄化ンンンッッ!!」
浄化の光が、アシュレイを包み込む。
浄化は本来、光粒子により怪人の細胞を消滅させ、同時に細胞の小さな傷を修復する、痛みを伴う癒しの技だ。
怪人であっても人間態のままでは効果がなく、普通の人間であるアシュレイに放っても、やはり効果はない筈なのだが――
「目がぁぁぁっっ!! 私の目がぁぁぁぁっ! あ゛ぐっ! いっ、いぎぃぃぃいいいぃぃいぃいっっ!!」
ただ一点、怪人化したアシュレイの右目が、光となって霧散していった。
右目は視神経にもかなり侵食をしており、アシュレイは視神経が半端に『治る』痛みに悶え苦しむ。
「いぎっ……あっ……」
やがて、痛みと再び目を失うショックで、アシュレイは泡を吹きながら意識を手放し、アリアの前に崩れ落ちた。