第11話 毎回ボロ負けしてるのに何故かライバルムーブしてくるタイプの奴
フィールドの展開に合わせて、全方位から悲鳴や破壊音が鳴り響く。
日常ではあり得ない凶暴な音だ。
力を奪われ、不安を増幅させていた生徒達に、徐々に恐怖が広がっていく。
「ここ……3階に2体、2階と1階に1体ずつだ。俺は1階を抑える。リーザに会ったら、2階から攻めるように言ってくれ」
「わ、私も――」
「アリア」
『私も戦う』
そう言いかけたアリアを、グレンは言葉で静止する。
アリアも、すぐにそれが無茶なことだと気付き、視線を落とし――
「じゃなくて」
「もぎゅ!?」
即キャンセル。
両頬をグレンに掴まれ、強制的に視線を上げさせられた。
「はにふふのほっ!」
「やってもらうことがあるんだよ。周りを見ろ」
「ほへ?」
言われるまま、周囲を見るアリア。
目に映ったのは、恐怖の表情を浮かべるクラスメイト達だ。
何人かは、かなり声が大きくなってきている。
「すぐにパニックになるぞ。そうなりゃ、怪人が来る前に自滅の始まりだ。そうなる前に、アイツらを避難させてくれ。アリアの声は、こんな時でも良く通るからな」
「グレン君……」
「殴り合いだけじゃねえ、ってことだ。守るのも、傷つけるのも」
アリアの顔から暗い色が消えたことを確認すると、グレンはニッと笑って頬をから手を離す。
「なんだけど……情けないことに、俺は殴り合いしかできないタイプだ。届かないところは、お前が助けてくれ」
グレンの言っていることは、アリア自身わかっていたはずのことだった。
アリアが目指す騎士は、剣を振り回すだけが仕事ではない。寧ろ、剣は納めたままの職務の方が多いだろう。
だが、シャイニーアリアとして矢面に立っているうちに、自分が最前線で戦う側の人間なんだと、そう錯覚してしまっていた。
もう一度、アリアは周囲を見回す。
突然の事態で、級友達は怖がっている。
喚き散らす者もいるし、蹲ってしまった者だっている。
彼らを落ち着かせ、立ち上がらせるのもまた、アリアが目指した騎士の役目だ。
「わかったわ……ありがとう、グレン君」
そして、アリアは大きく息を吸い込んだ。
「みんな聞いて! 避難を始めるわよ!!」
◆◆
校舎に隣接した大きな木。
そこに身を隠し、混乱する校舎を楽しげに観察する者が1人。
秘密結社アールヴァイスの幹部が1人、『黒鎖』のアシュレイだ。
「ヴァルハイトは始めたようね。せっかくフィールドを張ってあげたんだから、精一杯暴れなさい」
ヴァルハイトの行動開始前に展開されたドミネートフィールド。これは、ヴァルハイトの予想通りアシュレイの仕業だった。
……実際に術式の準備をしたのは、イングリッドだが。
紅扉宮暴発で発覚、除去された、学園高等部を包む広域フィールド。
その復旧のため、イングリッドは先の水道管の交換業者に、アールヴァイスの構成員を潜り込ませていたのだ。
作業員に対する学園側の身辺調査はかなり厳しく、イングリッドは1日1人送り込むので精一杯。
その1人でもバレれば、術式の再構築は頓挫する。
そんな胃の痛くなるような裏工作を続け、ようやく復旧に至った広域フィールド。
それを、アシュレイに強奪されたわけだ。
――イングリッドが発動キーを渡すまで、延々尻を叩き続けて。
『わかった! 渡すっ! だからっ、ああああぁぁぁっっ!! もうっ、叩かないでくれっ! で、出てしまううぅぅっっ!!』
そんな、イングリッドの努力の結晶たるフィールドの成果は上々。
生徒達は、急に重たくなった我が身にパニック状態で、だがまともに走ることすらできていない。
怪人に遭遇していない生徒達も、押し合い、掴み合いで、かなりの怪我人が出ているようだ。
「さぁ、あの子はどこかしら? 騒ぎが大きくなるのはいいけれど、見つけ辛くなるのは問題ね」
アシュレイは今、『あの子』――アリアを探していた。
あの日、バニフリックの宝物庫に実習に来ていたのが、2年生だというところまでは調べが付いている。
視線を彼らの教室のある3階に向け、目を皿にして生徒達の顔を判別するアシュレイ。
ここで逃したら、ここまでの努力が全て水の泡だ。イングリッドの努力がだが。
更に言えば、こんなくだらないことに使われ、既に色々水の泡になったが。
「あれは……?」
アシュレイの目が、3階の一角に吸い込まれる。
混迷を極める校舎の中、その一角だけ、生徒達が多少早歩きながら、理路整然と避難しているのだ。
そして彼らに合流した生徒達もまた、統率を取り戻し、並んで階段を降りていく。
ヴァルハイトと怪人は、3階以下の各階に配置されているが、1階にはグレン少年、2階にはあの『パニッシャー』を名乗る新たな少女が向かっている。
恐らく、あの3階の一団は問題なく避難を完了するだろう。
「それは良くないわね。一体何が……あら? あらあら?」
少し妨害しようかと思った矢先、アシュレイは集団の中の一点に目を止めた。
声を張り上げ、手を大きく動かして集団を扇動する、猫耳の少女。
アシュレイが求めてやまない少女の姿が、そこにあった。
「見ぃつけた♪」
◆◆
一階。
我先にと玄関口を目指す生徒達、上階の生徒の救出に急ぐ教師達……そんな彼らの隙間を縫い、波に逆らい進むグレン。
目指すは一階東側の警備隊の詰所。
学園で唯一実剣が置いてある場所であり、一番最初に破壊音が聞こえてきた場所である。
喧騒を抜けると、詰所の扉の前には数人の教師が青い顔で並んでいる。
扉の奥からは、なんの音も聞こえてこない。それがまた、不気味なのだろう。
怪人がいればもっと騒がしいはずだし、そうでなくてもこの事態、警備隊が慌ただしく出てくるはずだ。
中がどうなっているかは不明だが、少なくとも、警備隊は全滅したと考えていいだろう。
「グレン・グランツマンだ。ここは俺が対処する。先生達は、上の増援に向かってくれ」
「あ、あぁ、すまない……!」
物事は適材適所。
殴り合いしかできないグレンは、殴ることに関しては、フィールドの有無に関わらず教師以上だ。
教師達がはけるのを待って、グレンは詰所に足を踏み入れた。
詰所の中は、ひどい有様だった。
机などの備品は瓦礫と化し、壁や床にはいくつもの焼け跡が刻まれている。
照明も死んでおり、小さな窓から差し込む光だけが。室内を照らしていた。
警備員の姿は……ない。
(人質……だとしたら、悪いが幸運を祈ってくれ)
仮に警備員が人質にされても、グレンは構わず敵を殲滅するつもりだ。
彼らも、荒事で日々の糧を得ることを選んだのだ。
覚悟があろうとなかろうと、その少なくない給金の中には、命の手当ても入っている。
可能な限り助けるつもりではあるが、『こいつらの命が惜しくば武器を捨てろ』などと言われれば、口上の途中で切り掛かるくらいはする。
生存者、敵……慎重に人の気配を探りながら歩くグレンに向けて、突如一本の剣が飛来した。
顔の横スレスレを通り過ぎるそれを、グレンは躱そうともしない。
剣が完全に通り過ぎる直前、何食わぬ顔で真横にきた柄を掴み取った。
「眉一つ動かさんか……相変わらず忌々しい小僧だ。待っていたぞ、グレン」
剣の飛んできた方向から現れる人物。
殆ど廃墟となった部屋には不釣り合いな一人仮面舞踏会に、無駄に煌びやかな細身剣。
「お前は毎回、眉間に皺寄ってんな。ヴァルハイト」
向かい合う男2人。喜色を滲ませるヴァルハイトに対し、グレンは『なんの感慨もない』といった感じだ。
「『待ってた』とか言ってやがったな……俺が来るのがわかったのか?」
「この学園は生徒に武装を許していない。なら、お前は必ずここにくる。唯一武器が置いてある、この詰所にな」
「なるほど、冴えてんじゃねえか。剣の方も、そんくらい冴えてるといいな」
グレンの軽口に、静かに口の端を吊り上げるヴァルハイト。
その様子に、グレンがピクリと眉を動かす。
ヴァルハイトは、今までならこの程度でも、挑発と受け取り激昂していたのだ。
漸く感情らしいものを見せたグレンに対し、ヴァルハイトが笑みを深めた。
「ああ、そうだ…それでこそお前だ。常に勝利する側にいた、強者の態度だ」
「あん?」
ヴァルハイトの全身がワナワナと震える。
怒り……ではない。迸る感情に、言葉に、一切の怒気は乗っていない。
「だが、それも今日までだ。剣の冴えと言ったな? 自分の目で確かめてみろ!」
仮面の奥に隠した目が、歓喜の光を放った。
◆◆
ところ変わって、2階で暴れていた再生怪人ブタ男に猛ラッシュを仕掛けるリーザ。
――予感が、しますわ。
その目は既に、目の前の怪人を捉えていなかった。
――大した出番もないのに、怪人残り2体も、押しつけられる予感が……!
大当たりです。