第9話 ゼフ先生のお悩み相談室・相談者人族Aさんの場合
「私の首筋には、呪印が刻まれております」
うん、君が来るってことは、その話題だよね。
この前の子猫のAさんは、甘酸っぱいウキウキしちゃう相談だったけど、このAさんの話は、ちょっと背筋を伸ばして聞かないといけないね。
「忌むべき物です。私はこれがある限り、呪印の持ち主であるフラウディーナ公爵家には逆らえません」
Aさんのお家は男爵家なんだけど、先日のEさんの実家に多額の借金があるみたいで、Aさんは担保としてあの家に仕えているらしいね。
呪印付きの奴隷待遇になったのは、借金が多すぎて、どんな条件でも飲まないわけにはいかなかった、って事情があるみたい。
ごめんね。貴族のお嬢さんに呪印なんて付いてたものだから、ビックリしてちょっと調べちゃった。
「ただ、『コレ』の持ち主は、いずれ私の本当の主人になります。高潔で、厳格で、でも実はお優しい、私のリーザ様……ふぅ」
おおっと! 重い話かと思ったら、ちょっとピンク色になってきたよ?
Aさんはそっちのタイプの子なのかな? いいよ、僕は愛の形は、人それぞれだと思ってる。
「いずれ彼女は、多くの者の上に立つ存在になるでしょう。その時、この呪印が、私をリーザ様の『唯一』にしてくれるのではないか……最近、そんなことを考えるようになりました」
「…………」
「ですが、呪印がそんな暖かなものでないことは、刻まれた私自身わかっております。私は……どうするべきなのでしょうか……」
呪印を『繋がり』と考える人は、一定数いる。
奴隷を買うのが、悪人ばかりというわけではないからね。
孤独だけどお金だけは持ってるような人は、寂しさを埋めるために奴隷を買うことがあるし、体が目当てだったとしても、征服欲ではなく、仮初とは言え情愛を求める人もいる。
そうゆう人達に買われた奴隷は、やはりいい暮らしをしているらしい。
まるで、家族や恋人のように扱われるんだって。
そして、一度落ちるところまで落ちてから、想像もしなかった高待遇を与えられた奴隷が、自分の主人を唯一無二の善人と錯覚してしまうことも、またよくある話だ。
悪いことと言うつもりはないよ?
奴隷が自由民になるケースの8割は、そういった擬似的な関係が、高じて本物の信頼関係になった結果の出来事だからね。
そしてその際、一部の元奴隷は、その身に刻まれた呪印を主人との『絆』のように考え、消すことを拒むんだ。
「消すべきだと思うよ」
下らない。
呪印は隷属の証。人とそうでないモノを分ける境界線だ。
そんなものは絆ではなく、鎖だ。
実際、一度呪印を残した元奴隷も、主人との間に子供ができれば、殆どの者が……特に女性は消すことを選ぶ。
お腹に我が子の存在を――本物の絆を感じて、呪印が紛い物だと気付くんだろう。
赤ちゃんは偉大だね。
別の宗教の話だけど、地母神マーテルは豊穣と出産を司るんだよ。
我らが聖神様は『全てを司る』、なんて言ってるから、イマイチご利益がよくわからないんだ。
そろそろ改宗しちゃおうかな?
「ゼフ先生?」
「あぁ、ごめんね。考え込んじゃって。繋がり、絆、そうゆう物を目に見える形で残したい、という気持ちはわかるよ。結婚指輪なんかも、本質はそうゆう物だし。でも……呪印は歪だ」
呪印は、必ず上下を付ける。支配する者、される者。
「将来、その時が来たら、君は呪印を消すべきだ。君とエリザベートさんには、そんな重たい枷なんかじゃなくて、お揃いのアクセサリーが似合うと思うんだけど……僕の見込み違いかな?」
「ゼフ先生……そうですね。私も、そうありたいと思っています」
うん、それでいい。
君たちは、2人の心の繋がりだけで、きっと、ずっと共にあれる。
やがて来る、最後の時まで。
「ありがとうございました。リーザ様とも、少し話してみます」
「そうしてあげて。君が催淫呪印に興味津々だったって、とても心配していたよ」
「うっ、そ、それは……!」
◆◆
これで、あの2人は大丈夫かな?
呪印――現代の人間にだけ刻むことのできる、隷属の証。
僕の、もう一つの研究の始まり。
僕は、これが大嫌いだ。
――呪印さえ見つからなければ。