第8話 追い詰められた幹部の最後の手段
「お主……正気かの?」
アールヴァイス本部、ドクター・ヘイゼルの研究室。
『神代のものを模倣した』という、何とも色彩に欠ける無機質な部屋の中、2人の幹部が向かい合っていた。
1人はこの部屋の主、アールヴァイスが誇る狂気の魔導学者、ドクター・ヘイゼル。
そしてもう1人は――
「あぁ……俺にはもう、その手段しか残されていない」
仮面舞踏会にでも出るような出立ちの20代程の青年――『斬裂』のヴァルハイト。
その整った顔立ちは焦りと屈辱に歪んでおり、ヘイゼルに向けられた眼差しには、縋るような必死さがあった。
「この俺を……怪人にしてくれ!」
ヴァルハイトがこの考えを持ち始めたのは、前回の戦いより少し前。
アリアが変身に失敗し、グレンが1人で戦うことになった時だ。
怪人と2人がかりで戦闘を優位に進めてはいたが、結局グレンを倒すには至らなかった。
寧ろ、2対1でも押し切れなかった事実に、改めて実力の差を思い知らされ、ヴァルハイトの中の何かが折れた。
今の自分では、1対1では絶対に勝てないと、心の深いところで認めてしまったのだ。
だが、ヴァルハイトはプライドの高い男だ。
表面上は、素直に敗北を認めることなどできはしない。
どうにかして、正面からグレンを打ち破る方法はないかと考えを巡らせ、自身の怪人化に思い至ったのだ。
今は捕獲されてしまったが、かつてアールヴァイスには、『獅哮』のガウリーオという幹部がいた。
偶然が重なった結果生まれた、完全に知性を残したまま変異できる怪人で、『正義』のジャンパールと共に、アールヴァイスの2強に位置していた男だ。
怪人態のガウリーオは、ヴァルハイトでは戦いにすらならない強者だったが、人間態の方はギリギリ食い下がれなくはない、あわよくば勝利をもぎ取れる程度の実力差だった。
ならば自分も怪人化すれば、ガウリーオほどでは無くても、グレンを上回る力を得られるのではないか……そう、ヴァルハイトは考えたのだ。
目だけ怪人の物を移植したアシュレイの話も、ヴァルハイトの決断を後押しした。
なんでも、自前の目と静止視力を調整しつつ、動体視力は格段に上がったのだとか。
――怪人化は、力を与えてくれる。
ヴァルハイトは、ヘイゼルへの直談判を決めた。
「ガウリーオのようなケースは稀じゃぞ? それに成功したとして、お主の次の仕事は『城』の探索じゃ。あの小僧と戦う機会はないのではないか?」
「怪人が知性を失う最大の理由は、同時に行う洗脳処理なのだろう? 俺なら洗脳の必要はない。それに……戦う機会ならある。『城』が見つかれば、いよいよ一斉蜂起なのだからな」
「うーむ……」
ヴァルハイトの言う通り、怪人が知性を失う原因の最たるものは洗脳処理だ。
怪人の素体は、基本的には誘拐した一般人なので、この処理は絶対に必要だ。
そして、首領に対して高い忠誠心を持つヴァルハイトなら、確かに洗脳の必要はない。
怪人に知性を残す研究も進んでいるし、ガウリーオのときより成功率も上がっているだろう。
問題は、力を得たヴァルハイトが、本当に一斉蜂起まで待てるのかだが……。
「博士っ……頼む! このままではいられないのだ! なんとしても、奴に一矢報いねば……」
「……よかろう。重ねて言うが、頭の状態は保証しかねるぞ?」
「覚悟の上だ……! 感謝する!」
『やった方が面白そう』
その好奇心のまま、ヘイゼルはヴァルハイトの改造を決めた。
ヴァルハイトはガウリーオ程ではないが、素体としては優秀だ。
どうせやるなら徹底的に。
ヘイゼルのヴァルハイトを見る目が、徐々に実験体に向けられるそれに変わっていく。
だが、既にグレンとの再戦しか頭にないヴァルハイトが、それに気付くことはなかった。
◆◆
「ふふっ……単純な人ね」
時間を少し遡って、ヴァルハイトがヘイゼルの研究室に乗り込んだ直後。
物陰からその様子を見ていた『黒鎖』のアシュレイは、満足そうに微笑んだ。
ヴァルハイトを焚き付けたのは、アシュレイだ。
思い詰めたようにアシュレイの目のこと……主に『性能』について聞いてきた彼に対し、かなり誇張して怪人の力を伝えていた。
何故か。
アシュレイもまた、このまま大人しく『城』の探索に注力するつもりがなかったからだ。
遺跡で自身に煮湯を飲ませた少女達。
特に、1番手に入れたいオモチャであり、アシュレイの右目を奪った猫と闇の獣霊の少女に、愛憎入り混じった思いをぶつけなければ、どうにも気が治らない。
アシュレイは、首領に咎められずに、何とか彼女を襲う手立てがないかと考えていた。
そこで、度重なる敗北で、プライドを傷つけられたヴァルハイトに目を付けた。
ヴァルハイトが怪人の力を手にすれば、十中八九、グレンとの再戦の欲求を抑えられなくなるはずだ。
力を得て気が大きくなるのもあるが、怪人手術後は、人間態のままでも精神が高揚しやすくなる。
完璧と言われたガウリーオも、以前より好戦的になったと溢していたのを、アシュレイは聞いたことがあった。
激情に駆られたヴァルハイトなら、『学園を狙えば、グレンは逃げられない』とでも言ってやれば、あっさりと矛先をそちらに向けるだろう。
その後は『ヴァルハイトを止める』という名目で、アシュレイ自身も学園に乗り込めばいい。
ヴァルハイトが起こした騒ぎに乗じて、今度こそあの少女を……。
「ふっ……ふふふっ……楽しみね。とても楽しみ」
――せめて、話を聞く理性くらいは残してちょうだいね、ヴァルハイト。




