第3話 グレン君のレパートリーはアブノーマル
――スパルタ。
神代初期に存在したという都市国家で、7歳の頃から始まる徹底した軍事・愛国教育により、当時最強の軍隊を保持していたという。
その強烈な個性は時代を経ても色褪せることなく、神代後期以降、若者に厳しい教育を施すことを、『スパルタ教育』と読んだそうな。
話は変わって、ノイングラート帝国皇立学園の体育だが、その内容は時に、『スパルタ教育』と言って差し支えないものとなる。
神代では、体育は健全な肉体を作ることを目的としていたそうだが、皇立学園の体育は『強靭』な肉体を作ることを目的としている。
理由は水泳と同じ、要人を死に難くするためだ。
マイナースポーツと化した球技など、一切取り入れない。
授業の中心となるのは、『現代のスパルタ』とも言うべきヴァングレイ皇国の鬼剣術師範、ロナルド・フルハートが提唱した『ロニーズ・ブートキャンプ』。
明らかの他の運動系科目の基準から逸脱した運動量に、体育が終わると約半数の生徒が、四肢の筋肉が崩壊したゾンビに変わる。
他には、常識的な運動量で、生徒達の心のオアシスとなっている器械体操、ゲロを吐くまでひたすら走らされる『ランニング』などがある。
本日の体育はそのランニング。生徒達は1時間、延々走り続けることになる。
曰く、『俊足と、1日中走り続けられる体力は、危機から身を遠ざけるための大きな武器になる』らしい。
これを聞いたグレンは、瞳を輝かせて『素晴らしいっ!』と叫んでいた。
なんでも彼に戦いを教えた師匠も、同じことを言っていたのだとか。
授業も半分を過ぎた頃、大半の生徒が死んだ魚のような目をしながら無心で足を動かす中、涼しい顔をして先頭を走る、アリア、エルナ、グレン。
アリア、エルナが前で、グレンは少し後ろから追走している。
尚、ロッタは遥か後方で死にかけていた。
「ぜぇっ……ひぃっ……ふぅ……げひぃっ……ぐへぇっ……」
ここで、先頭集団のペースが変わる。
アリアが速度を落とし、それにエルナ、グレンが続く。
そして、少しその速度で走ると、今度はアリアが一気にペースを上げて、また2人が続く。
先ほどから、これが何度も繰り返されている。
やがて、アリアが振り向き、お馴染みの、真っ赤になった顔をグレンに向けた。
「……グレン君」
「なんだ、アリア」
「そろそろ……並ぶか、前に行ってもらって、いいかしら?」
後ろからアリアの下半身を鑑賞するグレンの至福の時間、終了のお知らせである。
渋々スピードを上げ、エルナと挟み込むように、アリアの隣に付けるグレン。
「まったく……いつもいつもいつもいつもいつもいつも……っ!」
お叱りモードのアリア。
だが、グレンの視線は顔から胸(ばるんっ、ばるんっ)、そこからブルマ(ぴちっ)、そして太股(ぷりっ、ぷりっ)と移動する。
グレンは、ランニングの時間が大好きだった。
「グレン君っ!」
「はい、真面目に走ります」
真横で繰り広げられるやり取りに、エルナは一切干渉しない。
もう、数えるのも馬鹿らしい程に繰り返されてきた光景だ。
本当に嫌なら、アリアは30分近く好き放題後ろを走らせたりはしない。
プールの時と同じ、決して嫌ではないのだ。
だから恥ずかしさに耐えられる間は、グレンの好きにさせている。
更に言えば、アシュレイの件があってから沈み気味のアリアが、このグレンを相手に騒いでいる間だけは、以前のように活き活きとしているのだ。
エルナとしては、『構わん、もっとやれ』と言いたいところ。
「まったく、毎日毎日同じことを……飽きないの?」
「飽きない(キリッ)」
ノータイムで返すグレン。
いつもならここで、アリアが呆れつつも、エルナ達にだけわかる程度に上機嫌になるのだが、今日は違った。
なんだかんだで楽しげだったアリアの顔が、みるみる暗くなっていく。
「……本当に? 私の体……あの人に、好き放題されて……本当に、グレン君は……こんな体、まだ、見ていたいの……?」
アリアの声が震え、目尻に涙が浮かんでいく。
アリアとアシュレイは女同士だ。
純潔を散らされたわけではないし、そもそもインナーを脱がされてすらいない。
だがそれでも、脳が焼き切れる程の快楽を強制的に与えられ続けた恐怖、獣のような叫びを上げてしまった羞恥と屈辱は、アリアに『穢された』と思わせるには十分なショックだ。
自分の体だ……『穢い』なんて思いたくない。でも、どうしても、アシュレイに触れられた部分が黒く澱んで見える。
だから、アリアは聞かずにはいられなかった。
自分の体を楽しそうに見る、ある意味1番いい答えを返してくれそうなグレンに、『私は、汚れていないか』と。
本当は困らせて、気を遣わせるだけなのがわかっていたのに……。
対するグレンは――軽いパニックを起こしていた。
グレン・グランツマン、17歳、童貞。彼女いない歴は生意気にも5年。
荒事に関しては異様にメンタルが強く、普段からエロ根性を隠そうともしない男だが、男女の機微に関する経験は12歳で止まっている。
そんなグレン少年が、傷心の、憎からず思っている少女から『私の体、穢い?』的なことを聞かれて、まともな思考を維持できるわけがないのだ。
『もちろん綺麗だ』と言ってやることは簡単だが、そんなペラい言葉で彼女の気は晴れないだろう。
そっち方面ではゴミカスのような経験を何とか掘り返し、何とか絞り出した言葉が――
「上書きしましょうか?」
「「どうしてそうなった!?」」
手をワキワキさせながら答えたグレンに、当然のアリア&エルナのダブルツッコミ。
「あの、昔、そうゆうエロ本を……それしか状況に合致する知識がなくて」
「あ、うん、ごめん。グレン君に聞いた私が悪かったのはわかったから、戻ってきて、ね?」
とんでもないことを言い出したグレンを、アリアは怒らなかった。
何せ、完全にキャパシティを超え、瞳孔がグルングルン回っているのだ。
グレンが性に関してはお子ちゃまであることを、アリアは完全に忘れていた。
「俺、レパートリーは『お仕置き座薬プレイ』しかないけど、頑張るよ!」
「なんで唯一のレパートリーがそれっ!?」
「実家のメイドが熱出すとせがんでくるんで、仕方なく」
呪印(効果は催淫)を自分の意思で残している変態メイドさんは、かなりの上級者らしい。
メイド服を着て、グレンに尻を突き出す自分が頭をよぎってしまい、アリアの口がアワアワと動き出す。
「あとは妄想だけだけど、鎖に繋いで『くっころ女騎士プレイ』と……」
「落ち着いて! もういいからっ! ね!? お願い、許して……!」
「夜の街で『お散歩ニャンニャンプレイ』ならきっと――」
「いぃいいぃぃいいやああぁぁあぁああぁあぁぁっっっっ!!!!」
「ぷれしゃすっ!」
遠心力たっぷりの回し蹴りが、グレンの顔面に突き刺さった。
「あぁっ!? ごめんなさいっ! グレン君っ、しっかりして!」
「……ふへへ……どうした、アリア……そんなに震えて……あぁ……おしっこか……」
「っっっっ!!?!? ちょっと! 私に何をさせようとしているのっ!? グレン君!? ねぇ、グレン君!?」
「……ほら……脚を上げなさい……ふふ……手伝ってやろう……」
「起きてええええええええええええええええええええぇぇぇっっっ!!!」