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第1話 ヒーローに会った日

 ――始まりは、いったい何処だったのか。



 遡ればキリがないけれど、多分2年半前、公務で訪れた街のギルドで、その……紅茶を6杯も飲んでしまったことだと思う。

 大陸最高の工房都市レガルタ。その建築の美しさに、完全に飲まれてしまったのだ。


 そのまま、数人の護衛を連れて街を散策。

 トイレに行きたくなるのは当然だった。

 どんどんしたくなって、トイレのことしか考えられなくなって……でも言い出せなくて。

 もう、どうにも我慢が出来なくなってしまった私は、護衛達の目を盗んで逃げ出した。


 それが、どれだけの人に迷惑をかけるか考えもせずに。

 ただ、『トイレに行きたい』と言い出せないがために。



 そんな愚かで身勝手な私に、救いが訪れるわけもない。



(どうして……っ!? どうしてないの……っっ!!?)



 迷路のようなレガルタ工房区をどれだけ走っても、トイレを見つけることはできなかった。


 我慢は限界。


 浮かれて選んだキツめのホットパンツが、膀胱を締め付ける。

 耐えきれず、下着にシミができた。



(嫌よ……っ……私っ、こんな所で……っ……あ、あ、あっ! 誰かっ……誰か、助けて……たす……け……)





『あの~、どうかされました?』

『っ!?』



 だから、ギルドですれ違っただけの職員に、『最寄りの診療所にお連れしましょうか?』と言われた私は、一も二もなく縋り付いてしまった。

 人気(ひとけ)のない裏路地に入り込んでも、怪しげな地下道に通されても、『我々職員は、こうゆう抜け道を使ううのです』と言われれば、何の疑いもなく受け入れた。


 信じるしかなかった。

 その言葉を信じる以外に、私が街中での大失態を回避する術がなかったから。


 彼は、人に化けた悍ましい怪物だったというのに。


 地下に連れ込まれ、正体を明かした怪物の恐ろしさに私は……なんて話だったら、まだマシだった。

 正体が明かされる前、その怪物すら予想もしなかったタイミングで、呆気なく、私の我慢の糸は切れた。



『ん゛あ゛ぁはぁあ゛っ!? もうっ、だめぇぇぇぇぇっっっ!!!』


 ブジョォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!



 ――私は、ただ堪えられなくなって、漏らした。


 静かな、地下に造られた大空洞に、水音と私の悲鳴だけが響き渡った。


 それが、怪物の琴線に触れたらしい。

 それは人の姿を捨て、首から8本の触手を生やす正体を曝け出した。


 後で知ったことだけど、怪物の正体は、当時人類を脅かしていた天敵『邪神』

 その中でも、かなり高位の存在だったらしい。


 その姿、そして内に秘めた力の恐ろしさに、私は……また漏らした。

 我慢できずに漏らして、怖くて漏らして……惨めな『お漏らし女』として、怪物に食べられる筈だった私の前に――彼が、現れた。



 物語の中から飛び出した、『銀色の英雄(ヒーロー)



 ――ギリギリになっちまった。『ワクワク都市伝説シリーズ』を披露する暇もねえじゃねえか。


 ――『俺、魔人くん。君の後ろにいるよ』ってな。



 母国ランドハウゼンを、魔王の侵攻から守ってくれた英雄。

 『(しろがね)の魔人』グレン・グリフィス・アルザード様。



 初めて聞いた彼の声は、彼の言葉は、英雄譚のように芝居がかったものではなくて、驚くほど普通の男の子のものだった。

 当たり前だよね……貴方は架空の英雄(ヒーロー)じゃなくて、現実に存在する、私と同い年の男の子なんだから。


 理想とのギャップに、がっかりしたわけじゃない。

 寧ろ、それでも私の前に立ってくれる背中が、より眩しく見えた。



猫娘(ねこむすめ)ちゃん!』


『はっ、はいっ!』


『これから、ちょっとばかし激しい戦闘になる。1人で逃げられるか?』


 グレン様の問いに、私は、震える脚に必死に力を込めた。



『だ……だい……じょ……っ……だい……だい……っ……』



 意地だった。

 化け物に怯える姿、それに……お漏らし。

 情けない姿をたくさん見せてしまった。

 これ以上はダメだ。ただ一言、『大丈夫です』という為、私は全力を振り絞って――




『……ごめんなさい……っ……怖くて……動けない……っ』



 結局、彼に縋る言葉しか出てこなかった。

 脚には一切の力が入らず、『私に構わず戦って』とすら言えず。

 これまでも、恥ずかしい思いは多くしてきたけれど、この時ほど、自分を情けないと思ったことはない。


 怖くて、強がることも出ない、臆病な私。

 けれど――




『頑張ったな』



 彼は、そう言ってくれた。

 恐怖に負けた私の、ただ少しだけ立ち向かおうとした思いを汲んで、それを認めてくれた。




『大丈夫、なんとかするさ』




 ――この日『銀の魔人』は、どんな英雄譚の主人公でも敵わない、私の1番のヒーローになった。


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