第8話 親愛なる好敵手へ
「はぁ……これは失態ですわね……」
若干様変わりした周囲の様子に、リーザはいつまでも術式の中心にいた、自身の迂闊さを後悔した。
あの舞台は、転移装置だったのだろう。
『術式は機能しない』とうい前情報を鵜呑みにし、呑気に装置のど真ん中に突っ立っていた結果、リーザは1人、見知らぬ場所に転移させられることになった。
建築様式や意匠は今までいた遺跡と同じだが、損傷もなく、遺跡特有の埃っぽさやカビ臭さがない。
何より照明が完全に生きており、ここで生活ができるくらいには明るく照らされている。
(未開放領域……と、言うものですわね)
先史文明時代の遺跡には、稀にこうゆうものがある。
侵入に特異な条件があり、存在に気付かれることなく眠り続ける特殊エリア。
かつて、リーザが好敵手と認めるアリアも、別の遺跡で条件を満たし、未開放領域に迷い込んだことがあるという。
今の状況や周囲の様子は、アリアから聞いた未開放領域の話に通じるものがあった。
(本来なら、ここで救助を待つべき。ですが……)
バニフリックの宝物庫が『調査完了』とされたのは、もう何年も前の話だ。
偶然発見され、目撃者も殆どいなかった術式を再稼働させて救助が来るまで、どれほどの時間がかかるものか。
手持ちの水と携帯食糧で凌げるかと言えば、かなり望みは薄いだろう。
それに――
『客人よ』
「っ!?」
突如室内に響く声に、リーザの思考は中断させられた。
転移の時の、無機質な女の声ではない。感情を持った、少ししわがれた男の声だ。
『我が名はミータ・バニフリック。其方が力を求めるなら黒の扉を、平穏を求めるなら青の扉を開けられよ』
この声を信用するならば、黒い扉が何某かの遺産に、青い扉は帰還用の設備に通じている、ということだろうか。
普通に考えれば、青の扉を開けるべきだろう。
声は『平穏を求めるなら』、と言ったのだ。遺産に続く道には、危険があると見るべきだ。
だが――
「ミータ・バニフリック……天才魔導技師、エクエス・レヴィエムにただ1人挑み続けた生涯の好敵手……」
かつてアリアは、引き摺り込まれた未開放領域でレヴィエムの遺産を手にした。
現代の技術を遥かに超えた魔導戦闘服、『シャイニーティア』を。
そしてその力が故に、アールヴァイスとの戦いの最前線に立つことになった。
(私は……)
リーザは一度目を瞑り、その身を人々の盾にし続ける好敵手を思う。
再び目を開けたリーザは、迷いなく黒の扉を開いた。
◆◆
『私がここを作ってから、どれ程の時が経っているのだろうか。『ミータ・バニフリック』の名は、どの様に伝わっているのだろうな?』
『天才レヴィエムの好敵手』
『永遠の二番手』
『猿真似バニフリック』
『レヴィエムの光に目が眩み、道を踏み外した愚か者』
『そもそも、伝わってすらいないのか……』
黒の扉の先に足を踏み入れると、ミータ・バニフリック――その記録音声は饒舌に語り出した。
アリアから、魔導具の入手の際に『辛い試練』があったことを聞いていたリーザは、少々拍子抜けした様子でその声に耳を傾ける。
尚、本当に嫌な思い出なのだろうか、アリアは試練の詳細は頑として語らなかった。
バニフリックの言葉は、最後以外は概ねその通りだ。
掛け値無しの天才、エクエス・レヴィエムに唯一迫ることが出来た好敵手であり、ついぞ超えることができなかった、永遠の二番手。
そして辛口の歴史家は、レヴィエムを超えようと模倣に手を出したばかりに、正道を外れてしまった哀れな魔導技師、などと評したりもする。
『今にして思えば愚かな話だ。だが、当時の私は必死だったのだ。先を行くレヴィエムに置いて行かれまいとな』
『奴の作品を手に入れては、調べ、時に解体までし、その技術を盗もうとした』
エクエス・レヴィエムは天才である以上に、女体に並々ならぬ執着を抱く『変態』であった。
手掛けた魔導装具は、例外なく素肌やボディラインが大きく露出する若い女性専用。
他の追随を許さない性能には称賛が集まったが、彼個人の嗜好は常に非難や侮蔑を向けられてきた。
そしてバニフリックは、そんな男の模倣を始めてしまったのだ。
性能では一歩劣るが、男女共に着やすいデザインで確かな評価を得ていたバニフリックは、一転して『変態の猿真似』、『実はただのムッツリ』などの汚名を頂戴することになる。
『私の愚行は止まらなかった。名声を失い焦っていたこともある。だが何より、あの天才が、私がそこに辿り着くのを待っている様な気がしたのだ』
(孤独な天才。前にも隣にも誰もいない。世間の声も思いも、その身一つで全て受け止めなければならない)
さすがに、買い被りだと自覚はしているが、リーザには、以前のアリアがそんな風に見えていた。
決して全教科で突出していた訳ではないが、初等部から今日まで、総合成績では誰も寄せ付けなかったアリアの見ている景色は、実は殺風景なのではないかと。
そして更に、アリアはシャイニーティアを手に入れた。
アールヴァイスの正体不明の弱体化フィールドを、やはり正体不明の力で打ち消す彼女は、人々を守るため、孤独な戦いに身を投じた。
『この転移システムもレヴィエムの模倣だ。奴が作った、奴が好む容姿の少女に反応する、破廉恥な、だが恐ろしいまでに高度な技術』
『だが私はそこに、もう1つの拘りを加えた。私の思考に近い、私に似た悩みを持つ者を選ぶ様にしたのだ』
「なっ!? 冗談も程々にして下さいませ!」
何が悲しくて、変態ライバルに迫るため、変態魔導具に手を出したおっさんと『思考が近い』などと言われなければならないのか。
記録音声とわかっていても、非難の声が抑えられない。
『もっとも、私にレヴィエムの様な技術はない。功名心しかない表層だけを拾ってしまったかもしれないし、そもそも動きもせず、ただ見た目だけでここに通してしまったかもしれない』
『が、私がこの結果を知ることはないだろう。故に、うまく動いたとして話を進める』
『客人よ。其方は、本当に勝ちたいだけか?』
「っ!?」
――エリザベートさんは、『勝利』を求めているのかな?
バニフリックの問いが、先日のゼフの言葉と重なる。
その問いの答えは出ていない。
なのにバニフリックは、リーザ自身でもわからない、彼女の内側を見透かしているかのようだ。
リーザの胸に、気恥ずかしさと、土足で踏み込まれた不快感、そして、答えに繋がる何かへの期待が渦巻く。
『私は……そうではなかった。名声を失ってまで求めたものは勝利ではなかったのだ』
『ただ奴が囚われた、たった1人だけの世界に声を届けてやりたかった』
『上から見下ろすのではなく、隣で肩を並べて歩いてやりたかった』
『孤独な天才を、孤独のままにさせたくはなかったのだ』
『だが、愚かな私が気付いた時には、奴は病でこの世を去っていた。結局、何も伝えてやることはできなかった』
『客人よ。其方は、本当に勝ちたいだけか?』
再びの問い。リーザは、それを瞑目して受け止める。
『もし、それだけではないと言うなら、其方は間違えないで欲しい』
『その相手を、何処から見ていたいのか、よく考えて欲しい』
『考え、答えを見つけ、だが力が足りないと言うなら、最後の扉を開けてみなさい』
『そこにあるのは、ただの闘争の道具だ。もしかしたら、何の役にも立たないかもしれない。
だが、ないよりはマシだと思ったのなら、私の愚かさの結晶を、其方達が歩む道のりに、連れて行ってやってはくれないか?』
『我が生涯最高の傑作にして、愚行の極みとなった、恥ずべくも誇らしい、その『一着』を』
リーザがゆっくりと目を開く。
視線の先には最後の扉。
「私は……貴方とは違います」
――自分のライバルは、孤独ではない。
――笑い合う友がいて、肩を並べる仲間がいる。
――自分が何もしなくても、彼女の周りは、声に満ち溢れることだろう。
「だから貴方のように、ただ『友』のため、などとはとても口にできません。ですから……これは私の我儘」
――『頼れる友』として、彼女の隣にあり続けるため。
「貴方の『生涯の恥』、受け取らせていただきますわ」
前話の続きで、アシュレイがアリアを虐めるシーンだけをカットしたものを、ノクターンノベルズに掲載しています。
『聖涙天使シャイニーアリアR18~アシュレイお姉さんの至福のお楽しみタイム』
Nコード:N4153HX
こちら、私のメインの性癖であるおしっこ我慢描写がない、スタンダードなものになっているかと思います。
18歳以上の大きなお友達の方は、興味があれば是非!