第1話 Dear Shiny Lady.
「「「「「ハッピーバースデイ!」」」」」
「みんな……ありがとう!」
今日は統一歴832年6月7日。
記念すべき、アリア姫17回目の誕生日だ。
学園入学後のアリアの誕生パーティは、毎年友人達だけでひっそりと行われてきた。
最初はエルナと2人きりのデート形式だったものが、中等部からはロッタ、続いてリーザとアネットが加り、今年は新たにグレンが呼ばれている。
「面白いお店ね。上品だけど、どこかアウトローな感じもする……グレン君が見つけてくれたんでしょ?」
「まぁな。遥か南東の大海を越えた先、エルドラン海域の様式を取り入れてるらしい。海賊風レストランってやつだ」
グレンは、初めは女子達の誕生パーティに混ざるつもりはなかったのだが――
『今さら、除け者になんて出来ないわよ! まぁ、嫌なら……来なくても……いい……けど……』
などと徐々に涙目になられては、選択肢などある筈もない。
だったらとことん参加してやろうと、店選びに悩むエルナに、お勧めの店を幾つか紹介してみたのだ。
エルナも行動範囲は広いが、やはり中心は学生街。対してグレンは、1人の時は繁華街や歓楽街で食事をすることが多い。
エルナは自身のリストにない店に大いに興味を示し、全員の好みを考えた上で、この『パイレーツ・テーブル』を選択したのだ。
「ありがとう。ちょっと冒険してるみたいで、ワクワクするわ!」
アリアの声も弾んでいる。
店自体を気に入ったのもあるが、やはりグレンが準備からガッツリ参加していたことが、嬉しいのだ。
未だ最後の『ツン1割』を死守するアリアだが、少なくとも『この輪の中にいて欲しい』という仲間意識は認めていた。
グレンが性癖暴走モードにならない限り、当たりもかなり柔らかくなっている。
尚、グレンもいるこの場で、わざわざそれを茶化す者は1人もいない。
それは、この後の楽しみだ。
仲間は仲間として……グレンが気にした通り、異性がいるとしにくい話というものは、やはりある。
この後、女子達は寮に帰ってパジャマパーティの予定なのだ。
アリアが浮かれている間に、包囲網は出来上がっていた。
「んじゃ、お酒が回る前に、プレゼント渡そっか」
「去年はアリアさんと私以外、ベロンベロンの酷い状態でしたものね」
「「「うっ」」」
エルナ、ロッタ、アネットが胸を抑える。
成人後、初めての誕生パーティーとなった去年は、エルナが先輩達にリサーチを重ね選出した『お酒が美味しいお店』で行われたのだが、
本当に美味しく、飲みやすく、そして少々強い酒が売りの店で、酔いにくいアリアとペース配分に慣れたリーザ以外、3人が泥酔する中での惨憺たるプレゼントタイムになったのだ。
「気を取り直していこう」
「今年は、私とロッタは合同なんだ。ちっとばかし予算オーバーでね。はい、アリア!」
「おめでとう」
因みに、プレゼントの予算は高くても大銀貨3枚まで、というルールがある。
あまり高額なものは買えないアネットへの配慮でもあるが、上限を設けないと、主にリーザ、たまにアリアも目を剥くようなものを持ってくるのだ。
「これ……リストバンド?」
エルナとロッタが持ってきたのは、シンプルな革製のリストバンドだ。
中央にはハートに猫耳という、特徴的なカットの石が入っている。
「ふっふっふっ……ただのリストバンドじゃないよ?」
「それには、かの『錬金術師』ライル・アウリード発案の『魔力波形パターンによる人物特定理論』が使われていて――」
「ぶっ!?」
「どったの、グレン?」
「何でもない、続けてくれ」
「……? まぁ簡単に言うと、これを付けていれば、いつでも私かエルナが、アリアの居場所を把握できる、ということだね」
「「「!?」」」
要は、発信機だ。
さらっと超束縛彼氏のようなプレゼントを用意した2人に、アリアはもちろん、リーザとアネットもドン引き。
確かに、最近も学園にアールヴァイスの襲撃があった。
もしシャイニーアリアの正体がアリアだと知られたら、ピンポイントで彼女が襲われる可能性もある。
防犯グッズは、あるに越したことはない。
……ないが、これはどうかと思う、と言うのがプレゼンターの2人以外の共通認識だ。
「あ、ありが、とう」
アリアは、引き攣った笑みを浮かべながら、そのストーキングアイテムを受け取った。
(後で、オフにする方法調べよう)
「おほん……! で、では次は私が。少し大きいですが、こちらを進呈致しますわ」
「これは……チェス……?」
リーザが渡したのは、黒縁に緑色の盤面のチェス盤の様なもの。
ただ、駒の様なものは1つもない。
「『リバーシ』というらしいですわ。最近交易が盛んになった、アウローラの遊戯です。来週、早速勝負致しましょう!」
「リーザはブレないわね。いいわ、返り討ちにしてあげるっ!」
常に勝負事に繋げてくるリーザに苦笑はしつつも、最後は笑顔で受けて立つアリア。
尚、練習台として、既にアネットがボコボコにやられている。
「では、次は私ですね。こちらは……いわゆる『ハウツー本』というものです。袋から出すのは、お部屋にお戻りになってからが、宜しいかと」
「そうなの? じゃあ、今はチラッととだけ――っっ!!?」
タイトルをチラ見した途端、真っ赤になって袋を閉じるアリア。
そのまま、動揺しまくった顔をアネットに向けた。
「あ、あああ、あね、あ、あね、アネットっ!?」
「本年中に、必要になるかもしれないと思いまして」
「なななならならななっ、ならないわよっ!」
尚、タイトルは『脚フェチ彼氏が泣いて喜ぶ夜の108テクニック』である。
(ほほう? これは……)
(パジャマパーティのネタが……)
(増えましたわねっ!)
女子3人の目が、ギラリと光った。
「じゃあ、最後は俺か」
「ふぇ!? あ、は、はいっ!」
「どした、アリア?」
「う、ううん、何でもないわっ!」
まだ、アネットが放り込んだ爆弾のダメージは回復していない。
そんなところに問題の脚フェチ男から声をかけられれば、アリアの心も、先程とは違う感じでざわつくと言うものだ。
今なら、何を贈られても喜んでしまいそうな、そんなフワッフワした気持ちでプレゼントを待つアリア。
渡すなら絶好のタイミング。
グレンは、満を持して『ソレ』を取り出した。
――ゴトッ。
沈黙、沈黙、もういっちょ沈黙。
グレンがテーブルに置いた謎の球体――無駄に可愛らしいリボンが巻かれている――に、少女達が一気に冷静になる。
「これは?」
「遥か北西の人域、ガイラストラード統一帝国で作られた軍用閃光弾だ」
「ぐんようせんこうだん」
アリアの表情は、無だ。
壊れた人形の様に、グレンの言葉を繰り返す。
「至近距離で見ると、最悪失明するレベルの光量が出るから、取り扱い注意だぞ?」
「しつめい、ちゅうい」
「アリアは、あのヤバいお姉さんに目をつけられてる可能性があるからな。バッタリ会っちまったら、躊躇なくぶっ放せ」
なる程、これも防犯グッズかと、アリアが僅かに思考を取り戻す。
確かにアシュレイは、シャイニーしてない方のアリアで対峙した相手だ。
あの興奮ぶりなら、変な執着を持たれた可能性は十分にある。
グレンはあくまで、自分を心配してコレを選んだのだろうことは、アリアも理解できた。
できたが、やはり誕生日プレゼントにこのチョイスは如何なものだろうか?
怒るべきか、呆れるべきか、それとも、そのセンスを憐れむべきか。
アリアが反応を決めかねていると――
「悪い、冗談だ。本物はこっち」
そう言って、グレンはもう一つ、謎の物体をテーブルに置いた。
「これは……?」
台座の上に、数えきれないほどの小さな穴が空いた球体が乗っている。
見たこともない贈り物に、アリアが純粋な興味を示す。
それを見て、グレンは悪戯の結果を見守るような、楽しげな笑みを浮かべた。
「そいつはな――」
◆◆
「~♪」
パジャマパーティ会場となったアリアとエルナの合部屋は、普段とは違う様相を呈していた。
照明を落とした部屋の中央に鎮座するのは、グレンから贈られた謎の魔導具。
球体部分に空いた穴から光を放ち、部屋の壁に無数の光の点を描く。
それはまるで、満点の星空に包まれているよう。
『プラネタリウムって言うらしい』
最近資料だけが見つかった神代の娯楽で、屋内で星空を再現するという、何とも幻想的な魔導具だ。
本来はもっと大きいらしく、これはグレンの友人の魔導技師が、息抜きに小型化したものをお友達価格で買い取ったのだとか。
「~♪」
グレンにしては洒落たプレゼントに、アリアはとにかく上機嫌だ。
先程からずっと本体と部屋の壁を見比べながら、楽しげな鼻歌を歌っている。
「あんまり近付くと、影ができるよ」
「あっ、ごめんロッタ。……~♪」
その幸せそうな様子に、グレンとの進捗を確認しようとした少女達も、水を差せずに見守るばかり。
「よかったわねぇ? 閃光弾じゃなくて」
「危うく、私のプレゼントが無駄になるところでした」
「別に、コレも嫌ではなかったのよ? その、心配してくれてるのは、伝わったし……ね?」
『コレ』と言われた軍用閃光弾も、回収はされずにアリアの物となった。
防犯グッズを渡しておきたいというのも、それはそれで本音だった様だ。
その閃光弾君は今、リボンを付けたまま、テーブルの上でアリアにツンツンされている。
尚、これで暴発したら、全員失明確定だ。
「さぁ、皆さん。そろそろパーティを再会しませんこと? ちょうど、お酒の準備も整いましてよ」
そんな中、リーザが今まで氷で冷やしていた、如何にも高そうなボトルを手に視線を集める。
度数の高い果実酒なのだが、飲み口が柔らかく、キンキンに冷やしているため、気をつけないとハイペースで空けてしまう危険な逸品だ。
これこそが、この日のため、リーザが実家から取り寄せた秘蔵の一本。
(仕掛けますわよ)
(ホイきた)
交わされるアイコンタクトに、少女達が動き出す。
あのプールでの戦闘の後、グレンとどんな話をしたのか。
そもそも現在の『進捗』は?
アネットのプレゼント使う?
この辺りを洗いざらい吐かせようというのが、このパジャマパーティ本来の目的だ。
普段は頑なに自分の気持ちを認めようとしないアリアだが、誕生日という特別な日、日常から離れたパジャマパーティという空間なら、多少は口も軽くなる筈。
プラネタリウムが醸し出す幻想的な雰囲気も好都合。
先程も、アネットの『私のプレゼントが~』発言に関して、特に否定はしなかったほど心のガードが緩んでいる。
後は、アルコールの力で一気に押し切るだけだ。
アリアは酔いにくい体質だが、これだけ気持ちが緩んでいれば、ほろ酔い程度には持っていける。
手ずからグラスに酒を注ぐリーザ。
テーブルに集まる少女達。
彼女達の意図など露知らず、幸せそうに閃光弾をつつくアリア。
少女達の夜は、まだ始まったばかりだ。