第4話 春によくある食堂トラブル
どうやらトラブルらしい。
男子のグループが、食堂のスタッフに掴みかかっている。
タイの色が黄色いから、1年生だ。
「エルナ、私カルボナーラ」
「はいはい、行ってらっしゃい」
こうゆうトラブルに、自ら首を突っ込んでいくのも、アリアのアリアたる所以だ。
「平民がいるではないかっ!? 私に、家畜とテーブルを囲めと言うつもりかっ!?」
学園では、全ての生徒が学内数カ所に設けられた食堂で、昼食を摂ることになっている。
学生の権利の平等を示すためでもあるが、個別に決まった場所で食事をされ続けると、暗殺リスクが高くなるという事情もある。
設立当初は反発も多かったが、もう100年も前の話だ。
今では貴族が大好きな『伝統』とやらになってしまい、表立って不平を述べる者は少ない。
が、あくまで少ないだけ。毎年一定数は、こうゆうことを言う輩は現れる。
特に、高等部からの入学になった者達は、変な方向に自尊心を育んでしまったのか、こうゆう傾向が強い。
よく見れば、周りの取り巻き達は、彼に同調しているようには見えない。
彼等は、少なくとも中等部から上がってきたのだろう。
宥めたいが、矛先が自分に向くのが怖い、と言った感じだ。
やがて、その内の1人が、まっすぐ彼等に歩み寄るアリアに気付き、天を仰いだ。
「失礼。でも、少し騒ぎすぎよ」
「女が口を挟むなっ!」
食堂の空気が凍りつく。
ここにいるほぼ全員が、アリアの顔を知っているのだ。
取り巻きの1人が、『私は仲間でははないですよ』と言った趣きの顔で、ゆっくりと側を離れていく。
「これは男女が関係ある話なのかしら? それと、一応私は先輩よ。言葉遣いは気を付けなさい」
「なん……だと、貴様っ! まさか、この私を知らないとでも言うのか!?」
取り巻きがもう1人剥がれる。残り4人。
「知らないわね、初対面だと思うわ」
「~~~~~~っっ!!」
男子生徒は、怒りで声も出ないといった感じで、アリアを睨みつける。
取り巻きが、また2人剥がれた。
「ジョ、ジョルジュ様……っ」
「五月蝿いっ!」
「こ、こちらはっ、ランドハウゼン皇国の、アリア皇女殿下ですっっ!!」
「それがどうし………………え?」
ついに問題の男子生徒――ジョルジュと言うらしいが、その彼まで凍りついた。
取り巻きは更に剥がれる。
残るは、意を決してアリアの名を教えた1人のみ。
食堂にいる全員の心が一つになる。
『こいつ、終わったな』
そんな緊迫した空気の中、アリアは、一つため息を吐いて口を開いた。
「ここは、リチャード3世陛下もお食事をなさった場所よ。校舎中の食堂を連れ回されたと、父から聞かされたわ」
帝国の現皇帝リチャード3世と、アリアの父ランドハウゼン皇王は、中等部時代からの親友同士だ。
そして、そのとき連れ回された仲間には、今の帝国の宰相や、名だたる大臣達もいたと言う。
「私は、偉大な先達が過ごした日常を感じられて、嬉しく思うけれど……貴方はそうではないようね?」
「いや、その、私は……!」
アリアは笑顔だ。笑顔だが、その奥から猛烈な威圧感が溢れている。
対するジョルジュは、もう顔面蒼白だ。
仕方ない。
最大の同盟国の皇女に暴言を吐きまくった上、現皇帝が若き日を過ごした場所を侮辱してしまったのだ。
泡を吹いて倒れないだけ、胆力はあるそうなのだろう。
だが、それで限界だった。
「も、申し訳ありませんがっ、気分がすぐれないので、しし、失礼致しますっ!」
「ジョルジュ様!?」
最後に残った取り巻きも置き去りにして、ジョルジュは食堂から逃げていった。
「まったく……お騒がせして、まことに申し訳ありませんでしたっ!」
「私は構わないけれど……このまま彼に従い続けるのは、苦労が多いと思うわよ?」
アリアとしては、分別を弁え、最後まで逃げず、勇気を持って進言したこの生徒に不快感はない。
むしろ、今後の心配をするくらいには好感を覚えた。
「いえ……ジョルジュ様には、中等部の頃から、色々と目をかけていただいていまして……」
「中等部から? てっきり、高等部からの新入生かと思ったわ」
ジョルジュの発言は、計略に長けた者なら、皇族への不敬罪に繋げることもできる危ういものだ。
中等部の二、三年でそんな生徒がいれば、かなり悪目立ちしたはずだが、先程も言った通り、アリアは彼を知らない。
「ジョルジュ様は確かにご気性の荒い方ですが、昔はもっと、考えて発言をなされていたのです。ですが最近、不用意な発言が増えてきまして……」
困惑した様子の男子生徒。
考えてみれば、ジョルジュがどんな家柄かは知らないが、あんな迂闊な生徒に6人も取り巻きが付くのはおかしい。
高等部になってから何かあったのか……。
アリアが思案顔になったところで、取り巻きの男子は改めて頭を下げた。
「みなさんも、本当に申し訳ありませんでした。私も、これで失礼致します」
そう言って、彼もジョルジュを探しに食堂を出た。
彼等の姿が見えなくなると、食堂中から歓声が湧き上がる。
今日は平民や下位貴族の家の生徒が多いのだろう。
上位の貴族の子女は、皇帝が下々と机を並べ、食卓を囲んだ話をあまり好まない。
彼等の多くは、大なり小なり先ほどのジョルジュと同じ考えを持っているからだ。
『平民と同じ空間で食事など』、と。
「ありがとうございました。こちらでは、どうしても対処が難しくて……」
「4月はどうしても、ああいった生徒が出てきますね。お役に立てたなら、何よりです」
ともあれ、騒ぎが収まったのなら、いつまでも注目を集めていたくはない。
それに、せっかくの食事も冷めてしまう。
アリアはオーディエンスに軽く手を振ると、そそくさと友人達の元に戻っていった。
「お待たせっ! 私の分は?」
「あるわよ。お疲れ様」
「今回も容赦なく潰したね」
「失礼ね。私はお父様と陛下の話をしただけよ」
彼女達の待つテーブルには、ビーフシチューランチ、ハンバーグランチ、そしてカルボナーラ。
どれもまだ熱々だ。
「「「いただきます」」」
子爵家の娘のエルナとロッタはともかく、他国の皇族であるアリアも、こういった大衆向けの食事も好んで食べる。
この手の料理は、本来平民の生徒向けの低価格メニューとして用意されているのだが、アリアがこうゆう姿を見せることで、懐事情が厳しい貴族の子女が、気兼ねなく低価格の食事を選ぶことができるようになっている。
本人はそこまで狙っているわけではなく、ただ、その時食べたいものを選んでいるだけだが。
皿の上を平らげ、満足した面持ちのアリア達。
「じゃあ、そろそろ戻りま――」
――キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!
突如響き渡る、絹を裂くような悲鳴。声色には、強い危機感と恐怖が滲んでいる。
親友2人と戯れあっていたアリアも、表情を改める。
そして――
「怪人だぁぁぁっっ!! 怪人が出たぞぉぉぉぉぉっっ!!」
顔を覆って、テーブルに突っ伏した。
――学園にまで出てこないでよっっ!!
怪人は、時と場所を選ばない。