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第8話 学者が『神代の常識』だって言えばお姫様にスク水だって着せられる

 皇立学園のプールは、開閉式の天井と大出力の室温・水温調節機能を備えた、全天候型だ。

 予算も、かなりかけられている。

 生徒達はこのプールで、概ね春から秋にかけて、泳ぎの練習をすることになる。


 剣と魔法の世界で、しかも上流階級の子女が何故そこまでして泳ぎを?

 と、思われるかもしれないが、これには帝国の地理上の問題が大きく絡んでいる。



 帝国は内陸国だが、内部にいくつもの川を抱える河川国家なのだ。

 天然、人工、幾つもの河川が国内を流れ、流通、貿易を支えている。


 が、そうなるとやはり切り離せないのは、河川の氾濫問題だ。

 治水にはかなり力を入れているものの、完璧とはいかない。


 帝都エルグラートから、ここベルンカイトまでを流れるシャーロット川も――まるでどこかのお姫様のように――毎年のように氾濫を引き起こしている。

 恐らく今年も、シャーロットちゃんはやらかすだろう。


 そのため、もしもの時に少しでも生存率を上げられる様にと、学園では水泳にも力を入れているのだ。

 内容も遠泳や潜水、隔月でのドレスや法衣を使った着衣水泳など、災害を意識したものが多い。

 高等部では、真冬に1度だけ、エアコンカット、天井フルオープンでの寒中水泳まで敢行される。


 水泳は皇立学園にとって、かなりの重要科目なのだ。



 さて、長い前置きになってしまったが、そろそろ一番重要な話に移りたいと思う。



 水着、学園指定水着の話だ。



 以前、体育着が『神代の特殊な資料(エロゲ)』を元にして作った、という話をしたのを覚えているだろうか。


 もちろん、水着もだ。


 学園指定水着――この時代でも通称『スク水』は、やはり神代の、R15ではとても表現できない創作物、その名も『ムチっとスク水パラダイスEx』を元に作られている。


 脚部分は、神代の実際のスク水に比べて少しばかりハイカット。

 胸元の開きも若干広く、豊かなものをお持ちの方は、谷間が見えてしまう程だ。

 生地は決して薄くないが、非常に伸縮性が高く、ボディラインは勿論、臍の形まで若干浮き出ている。


 素材の開発に関わった学者は、『臍と胸のラインの実現が最も困難な課題だった。厳しい戦いだったが、満足のいく成果を出せたと思う』と、とてもいい顔で語った。


 プールサイドに、これを纏った女子生徒達がゾロゾロと現れる。

 表情は羞恥、嫌悪、愉悦、期待、怒り、呆れ、嘲り等、十人十色。


 だが全員が共通して『男って馬鹿よね』、と思っている。


 そして、その馬鹿な男達は、ほぼ全員が股間にテントを設営し、前屈みで彼女達を向かい入れた。


 そんな中、変態脚フェチ男ことグレンは、何と一切の反応を見せず仁王立ちだ。

 何故か? 彼女が、出てきていなかったからだ。



「ほぅっ!?」



 直立を貫いていたグレンが、突如前屈みになり、生命波動を全開にする。

 表情は、打って変わって誰よりも切迫した様子だ。



「グレンが光り出したぞっ!」


「来たか……! みんな気をつけろっ!」



 騒然となる男子サイド。

 全員が視線を向けた先には、やはりスク水を纏った、アリアの姿があった。


 むっちりとはみ出す脚と尻の肉。ガッツリと存在を主張する谷間。

 制作スタッフが全力を注ぎ込んだ夢の生地が、豊かなボディラインを完璧にトレースする。

 グレン以外の直立を維持していた男子達も、全員が一瞬で撃墜された。


 全ての男子が、腰を引いて頭部を突き出す、不恰好なお辞儀をアリアに向ける。

 アリアにとっては、いつもと変わらぬ水泳の授業開始前の風景。

 親友達曰く『虫を見るような目』で一瞥して終わりだ。


 今までは。




(し、視線が……視線がぁぁぁ……っ!)




 約20匹の虫の眼差しを焼き払い、全身に叩きつけられる灼熱視線。


 もちろん、グレンである。


 アリアが、どうしても冷徹に処理することのできない、純粋なエロ根性を乗せた視線。

 本来なら、氷点下まで落ちる感情の温度は、今はぐつぐつと沸騰している。



(もうっ! 調子狂うのよっ、それっ!)


 平静を装いたいのに、どうしても顔は赤くなり、手が本能的に胸と脚の付け根を隠してしまう。


 男子達が騒然となった理由がこれだ。

 高等部2年になってから、突如アリアが見せるようになった、恥じらいの反応。

 『冷たい視線の方が好き』という猛者もいるにはいるが、大体の男子はこっちの顔にやられ、数人は鼻血を流している。


 グレンに蹴散らされた筈の虫の視線は、何倍にも力を増して蘇った。

 ただでさえ憂鬱だった水泳の恒例行事が、より過酷な環境になってアリアに襲いかかる。

 元凶となったグレンを、涙目でキッと睨みつけるアリア。


「っっ!!? 先生! ウンコ漏れそうなんでトイレ行ってきます!!」


「白いウンコじゃないだろうね? ……って、もういないし」


 そんなグレンは、生命波動を全開にしても尚、尊厳崩壊の寸前まで追い詰められる。

 担当教師の許可を待たず、一目散に駆け出すグレン。

 ビクンビクンと腰を震わせながら、トイレへと続く更衣室に消えていった。




 ◆◆




「グレン君っ! 貴方、またいやらしい目でっ!」


「すまない、せ――」

「精一杯でも、結果が伴ってないっ!」



 これでもかと言うほど眉を吊り上げ、グレンに詰め寄るアリア。

 グレンの編入から約1ヶ月、早くも恒例行事となった、アリアからグレンへのお叱りタイムである。


 男子達は、一人で全ての罪を被るグレンに感謝しつつ、巻き添えは御免だと距離を取る。

 そして一部の女子は、そろそろアリアが、実はそれ程怒っていないことを察し始めていた。


 舞踏の授業でアリアの威圧を受けた生徒など、微笑ましそうに見守っている。



「いつもいつもいつもいつもっ! 私、本当に困ってるんだからっ! わかってるのっ!?」


「勿論、よーーくわかっては、いるん……だけど……」


「『だけど』……何っ!?」



 親友2人も、アリアに加勢したりはしない。

 何せアリアは一言も、『嫌だ』とは言っていないのだ。

 少なくともグレンが、共にアールヴァイスと戦う仲間になった日からは、一度も。


「五感が、勝手に……ね?」


「ちょっと!? 水の中まで見ないでよっ!」


 視線を感じ、慌てて水をバチャバチャさせるアリア。


「バレたか」


「まったく……気が休まる瞬間がないわ……」


 因みに、アリアはグレンの視線を遮るため、肩まで水に浸かっている。

 かなり低い位置から、顔だけがちょこんと出ている状態なので、怒っていても全く迫力はない。



『そんなに見られたくないなら、近付かなきゃいいのに』



 などとは、エルナもロッタも決して口にしない。

 自由遊泳の時間になるや否や、全力のクロールでグレンの元へと飛んでいった、親友の健気さに涙するだけだ。



「そうだ、グレン君」


「ん?」


「泳ぐの、最初から上手かったわよね。どこかでやっていたの?」



 帝国では重要視されているが、世間的には、泳ぎはあまりメジャーな運動ではない。

 スポーツとして認知されているのは、精々飛び込みとシンクロくらい。

 付近に安全な水場があったり、船関連の仕事に就けば触れる機会もあるが、そうゆう環境、事情がない者は、一生を泳ぎと無縁のまま過ごすことだってある。


 対してグレンの泳ぎは、アリアの見る限り、その身体能力に見合った、相当に洗練されたものだった。


「あぁ、ガキの頃だけど、3年くらい、週1で5km泳いでた」


「5kmっ!?」


「最近は全然だったけどな。体が覚えてたっぽい」


 アリアの予想通り――単位はおかしいが――グレンは相当に泳ぎ込んでいた。

 実際、泳いでいる時の顔も楽しそうだ。


「本当に、ダンス以外は何でもできるわね……ねえ……やっぱり、練習嫌だったりする……?」


 だからこそだろう。運動系で唯一、グレンの顔から笑顔が消えるダンスの練習をさせ続けることに、アリアが戸惑いを見せる。

 表情は、どこか寂しげだ。


「まぁ、ダンス自体が楽しくなるかは、正直わかんねえけど……」


「けど……?」


「アリアと踊るのは楽しいぞ? 顔は強張っちゃうけど」

「ふにゅっ!?」


 ニカっと笑うグレンに、アリアの顔が、怒りや羞恥とは別の理由で瞬間沸騰する。

 赤くなる顔を隠そうと、目だけを残して水に潜ってしまった。


ぼんばぼぼびっばっべ(そんなこといったって)べっびばびべんば(エッチな視線は)ぶぶばばびんばばば(許さないんだから)


「や、何言ってっかわかんねえし……あ、なんなら今、踊ってみるか?」


 何とも突然な提案に、アリアは一瞬、目だけで嬉しそうな表情を見せる。

 が、すぐにジト目になり、ブクブクと水面を泡立てながら立ち上がった。


「ぶはっ! 体、触ろうとしてるでしょ……?」


「バレたか」


「もうっ……でも、ありが――っ!?」



 流れ出した甘ったるい空気は、天井からの駆動音に消し飛ばされた。

 上に目を向ければ、開閉式の天井がゆっくりと開いていく。


 天井を開くのは、気温の上がる夏と、地獄の寒中水泳の時だけだ。

 春も気温次第で開けることはあるが、今はまだ5月の頭。

 水に濡れた体を晒すには、まだまだ肌寒い。


「これは、いったい……ぐっ!?」


 直後、アリアを襲う、体が何倍にも重くなるような感覚。

 周りを見れば、他の生徒や教師も同じようで、皆体を動かすのに難儀している。


「弱体化……っ!」


 プール全体を、アールヴァイスの弱体化フィールドが包んでいた。


 シャイニーティアは、例によって更衣室だ。

 取りに戻るか迷い、一旦上を警戒したアリアの目が、開いた天井から落ちてくる、小さな筒状の物体を捉えた。


 目を凝らし、それが何かを見定めようとし――



「ちょっと、グレン君何をっ!?」


「オゥラアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

「キャアアアアアアアアアアアアアァァァァッッ!!?」



 突然グレンに担ぎ上げられ、次の瞬間、勢いよく更衣室側のプールサイドに放り投げられた。



「うひゃああああああああああああああっっ!!?」


「おおおおおおおおおおおおおおおっっ!!?」



 近くにいたエルナとロッタも、アリアの後を追うように宙を舞う。


 そして――




「フリージング」



 静かな、だがよく通る声が、プール内に響いた。

 同時に、空から氷の魔術が筒を貫き、筒は強烈な冷気を撒き散らしながら爆散。

 プールは、一面氷に包まれた――取り残された生徒達を巻き込んで。



「グレン君っ!?」



 アリア達を投げ飛ばしたグレンは脱出が間に合わず、哀れな氷像の1つとなる。

 そんなグレンの少し前あたりに、水色の髪をした、アリアより少し上くらいの女性が舞い降りる。



「1人は片付いてしまったようだが……まぁいい、名乗っておこう」



 氷の床に立つ彼女は、難を逃れ、警戒の視線を向ける生徒達を一瞥する。





「我が名はイングリッド。秘密結社アールヴァイスの幹部が1人。『氷華』のイングリッドだ」



 その目は、氷のような冷たさを放っていた。


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