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第5話 アリアとグレンの授業風景

 ――パン!パン!パン!パン!


 リズミカルな手拍子に合わせ、体育着に身を包んだ生徒達がステップを踏む。

 貴族も商家も、従者すら主人の格を示すために踊ることもある昨今、学園でも舞踏は必修科目として取り上げられている。


 多くの生徒が額に汗をかき、真剣な表情でパートナーの手足に集中する中、一部の余裕のある生徒達は、一組のペアに注目していた。



 視線の先には本日の主役、とばかりにホール中央に陣取る、アリア&レイモンドペア。

 担当教師の手拍子に合わせながらも、大きく鋭いステップで、明らかに授業のレベルを超えたダンスに興じていた。


 アリアはフェアリア(新体操)以外でも、ダンスは趣味で幅広く習得している。

 上流階級では必須スキルでもある社交ダンスなど、ワルツからジャイブまで競技レベルだ。

 4月の授業開始から1ヶ月強、アリアはダンスの授業の中で、その技術を惜しみなく披露してきた。


 アリア自身は、授業を逸脱してまで腕前をひけらかすようなことは、極力したくないと思っている。

 が、年度の初めは、そうも言っていられないのだ。


 脚フェチ魔王グレン大絶賛のブルマ体育着だが、勿論他の男子生徒からも、大なり小なり好評である。

 そしてそれに身を包むのが、スタイルも顔面偏差値も抜群のアリアなら尚のこと。


 ダンスの授業は、そんなアリアに公然と肌を寄せられる絶好の機会。

 数人の男子は、我先にとアリアのパートナーに立候補する。


 そして、抑えきれない欲望を込め、腰に手を回し――





 ――全力でブン回される。




 そんな浅はかな魂胆は、アリアとてお見通しだ。

 虫が這うような感覚に精神のリミッターを外した彼女は、己が持てる技術を駆使して踊り狂い、自身に下卑た視線を向ける不届き者を、嘔吐寸前に追い込んでいく。

 一度その洗礼を受けた者は、二度と彼女のダンスパートナーに名乗り出ることはない。


 アリアにダンスを申し込むのが『数人』に留まるのは、既に高等部1年までで、殆どの生徒が洗礼の餌食になっていたからだ。

 最終的にアリアのダンスパートナーとして残るのは、大人しく、紳士の振る舞いを貫く者か、本日のお相手レイモンドのような、ダンス上級者だけになる。



「はぁっ、はぁっ……流石だねっ、アリアさん……! ここまでっ、振り回されたのはっ、入学してからっ、はじめてだよ……!」



 肩で息をするレイモンドに対し、汗一つかいていないアリア。

 だが、本気のアリアの相手をして両の足で立っている彼は、学生としては飛び抜けて優秀と言える。



「貴方こそ、ここまでついて来れる人は珍しいわ。『オースティン』君」



 だからと言って、気軽に名前を呼ぶことを許すわけではない。

 少し強調して姓を呼ぶアリアに、レイモンドの顔が一瞬引き攣る。


「い、一曲を共にした仲じゃないか。そんな他人行儀な……」


「一曲で心を許していたら、私の恋人は1,000人を超えてしまうわ。私は、そんな節操のない女ではないつもりよ」


 レイモンドが次の言葉を紡ぐ前に、一礼して背中を向けるアリア。


 一曲が終わり、何組かはパートナーの入れ替えを行なっている。

 フリーになったアリアにも、幾つもの視線が突き刺さる。


 だが、そんなアリアの視線が向かうのは――



「ふひぃ……」


「あははっ! グレン君、動きかっったいね!」



 パートナーの女子生徒と、親しげに話すグレン。


 グレンは、アリアとしては意外なことに、平民から下級貴族の間で、そこそこモテる。

 素の顔面偏差値は決して高くないのだが、体付きと佇まい、そして鋭い眼光により、大幅なブーストがかかっているのだ。


 態度もかなり気安く、話しかけるハードルも低いのだろう。


 更に、それらを全て台無しにするはずの、あの尻乳太股への(よこしま)熱視線は、アリア以外には控えめだ。

 チラ見くらいなら大体の男子がしているため、弱体化したグレンの視線も許容範囲に入るらしい。


 結果、女子生徒から見たグレンは『お手軽でカッコ良すぎない、ちょうどいい枠』、ということになっている。


 実際、隣の女子は『固い』、『ぎこちない』と文句を言いながら、随分と機嫌が良さそうだ。



(ふんっ、おモテになって結構ね……って違う違うっ! 別に、私が怒るようなことなんて、何もないんだからっ!)



 湧き上がる怒りを、必死で否定するアリア。


『グレンが誰にモテようと、自分には関係ない』


 そう言い聞かせ、慎重に笑みを作って2人に声をかける。




 ――ゴメんナさイ、いイカしラ?


「「ひいいぃっ!?」」



 失敗した。


 能面のような笑みと謎の圧のこもった声音に、2人は怨霊にでも遭ったかの様な悲鳴を上げる。

 やがて女子の方は何かを察し、『わわわ私っ、そろそろ、パートナー変えよっかなぁっ!』と、顔面を真っ青にして逃げていった。


 『違うからあぁぁっ!』と叫びたかったアリアだが、言及されてない以上は何も言うことはできない。

 引き止めようと伸ばした手を引っ込め、一人取り残されたグレンに向き直る。

 ポカンとしていたグレンだが、アリアの仏頂面を見て、クスリと笑った。


「何よ……」


「いいや。よろしくお願いします、アリア先生」


「……よろしい」


 手拍子に合わせて踊り出す2人。

 アリアも今度は振り回すようなことはせず、ゆっくりと、小さくステップを踏む。



「まぁまぁ、マシになったんじゃない?」


「先生がおっかないからな……ぁ痛っ」


「何か言ったかしら?」



 ステップとステップの間で、アリアが器用にグレンの脛を蹴る。


 アリアがグレンと踊るのは、これが初めてではない。

 と言うより、グレンが編入してから今日までの3回の舞踏の授業で、毎回最低でも、一度はグレンをパートナーにしている。



 グレンのダンスは、ハッキリ言ってド下手だった。


 運動神経と武術で鍛えた足捌きで、パートナーの足を踏むことだけはなかったが、リズムは取れず、動きはガチガチな癖に大雑把。

 初日のパートナーの女子は早々に根を上げ、『仕方なく』上級者のアリアがマンツーマンで動きを矯正することになったのだ。


 アリアが教え始めると、グレンは順調に上達していった。

 相当に苦労していたが、やる気だけはあったらしい。

 アリアの教えを真面目に聞き、何度も反復して練習した。

 たまに油断して、下半身に熱視線が飛んでくるが、そんな時はローキックだ。


 そして、3回目の授業となる今日、ついにパートナーから救援要請が飛ばない程度には、まともな動きをするまでに成長した。

 そのせいで、先程の和やかな空気が生まれてしまったわけだが、それはそれ。

 アリアとしては、グレンの成長は素直に嬉しいものであった。


「居残りで練習した成果が出たわね」



 グレンのダンス下手の原因は、人体の最大効率を突き詰めたかのような戦闘スタイルだ。

 体得するまでに削ぎ落とした動きの中には、ダンスに必要な動作も含まれていた。


 既に無意識が排除するそれを取り戻すのは、並大抵のことではない。

 2回目の授業の後から、グレンは放課後を使って、居残り練習をしていたのだ。

 そしてアリアも、時間がある時はそれに付き合った。


「貴方は、ダンスなんて適当にやると思っていたんだけど……どうして?」


「やー……アリア、毎回教えに来てくれるだろ……?」


「?」


 若干、言い淀むグレン。

 射精すら臆面もなく告げるこの男に、いったいどんな言い辛いことがあるというのか。



「でもさ、ホントはもっと、思いっきり動きたいだろうなー、って思って」




 ――あっ。



『早く、俺のお守りが終わりにできるように』



 予想できてしまった答えが、アリアの表情に影を差す。

 純粋にダンスを楽しみたいアリアにとっても、それは願ったりな答えの筈なのに。



(そうよ、私は……他の子の迷惑にならないように……『仕方なく』――)


「だから、ちょっとでも上手くなって、アリアにブン回されても死なないようにって……」


「えっ?」



 が、グレンの答えは、アリアの想像とは真逆のものだった。

 一瞬で思考停止するアリア。表情も言葉も固まる中、体だけが勝手にステップを刻んでいく。

 そんなアリアの様子に、グレンの顔色が見る見るうちに悪くなる。


「え、あれ? もしかして、俺が踊れるようになったら、終わりのつもりだった……? うっそぉ!? え、ちょ、マジでっっ!!?」


 盛大に慌て出すグレン。まだぎこちないステップは、一瞬でガタガタになる。


「ステップ、崩れてるわよ」

「はいっ!」


 既にアリアの表情に暗い影はない。

 浮かべるのは、グレンを試すような余裕の、だがどこか安堵も混ざった笑みだ。


「でもそうねぇ、どうしようかしら? グレン君、相変わらず視線がいやらしいし」


「精一杯っ! 精一杯抑えるからっ! てか、ちょっとステップ早くね!?」


「グレン君が硬いのよ。この分じゃ、どのみち卒業はまだまだ先ね♪」


「足がっ、足がもつれるぅぅぅっっ!!?」



 この日、アリアのステップは、5割増しで軽やかだった。


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