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第3話 変わり者の左遷大司教様

 皇立学園には様々な科目が用意されているが、その中でも一際異彩を放つものが『神学』である。

 イーブリス大陸最大規模の宗教、『聖神教』の教義や成り立ちがテーマのこの授業は、『最も人気のない必修科目』として、生徒達に疎まれていた。


 そもそも帝国は自由宗教の国であり、他国からの留学生にはその国の宗教がある。

 そんな中、敢えて聖神教が必修という立場を得ているのは、100%政治的な思惑によるものだ。


 聖神教……中でも最大勢力の集団『聖導教会』は、布教活動がかなり強引なのだ。

 何日も玄関先に現れることなど日常茶飯事。

 取り囲んで行手を塞いだり、彼らは決して認めないが、誘拐沙汰を起こしたこともある。


 が、それに対し、各国はあまり強く出られない。

 聖導教会が、特級戦力『勇者』と『聖人』を保有しているからだ。


 イーヴリス大陸には、魔獣や邪神といった、危険な生物が多く生息している。

 教会は各地にそんな特級戦力を派遣し――多額の寄附金と引き換えにだが――特に危険な個体の討伐に力を入れているのだ。


 ノイングラート帝国程の大国なら『いらん』と切り捨てても問題はないが、そうもいかない国は多い。

 布教活動への厳しい制限は、正直難しいのだ。


 ここで神学の話に戻るが、帝国はそんな同盟国や友好国のため、学園での神学必修化と引き換えに、それらの国々における布教活動に、制限を儲けることにした。

 嫌な言い方をすれば、学園生の隔週1時間を生贄に捧げた、ということになる。


 生贄に捧げられた学生達は、大して興味のない時間を、何とか有効活用しようと手を尽くしたが、

 教師として教会から派遣された司祭は無駄に目ざとく、話を聞いていない学生がいれば、その場に立たせて、ひたすら口汚く罵り続けるのだ。

 上位貴族の子女が親の権力を傘に対抗しようとしたのだが、帝国貴族の不興は司祭の出世にはあまり関わらないため効果はなく、結局生徒達はこの1時間、死んだ目をしながら、静かにお経を聴き続けるようになった。


 今日も、そんな無の1時間に挑むアリア達だが、その面持ちはいつもとは少し違っていた。


 今回の神学は特別講座。

 なんと、ベルンカイトに派遣されている大司教が、直々に講演会形式で授業をすると言うのだ。


 司祭が大司教に変わったところで、何か変わるのか? という疑問は、誰もが抱いている。

 が、本日講演を行うゼフ大司教は、結構な変わり者として知られており、噂では『左遷扱いでベルンカイトに来た』なんて言われていたりする。

 ならば逆に、いつもの偉そうな司祭より少しはマシな話を聞けるかもしれないと、密かに期待する生徒は少なくない。


 尚、大司教様は多忙なため、講演は大教室を使って2クラスずつで行われる。

 普段使わない大教室で、生徒達は思い思いの席に座る。

 そして、そんな彼らの前に、ついに大司教様が姿を現した。



「こんにちは。今から1時間、みんなと一緒の時間を過ごす、ゼフ・ディーマンです。よろしくね」


 柔らかい口調に、フレンドリーな言葉使い。

 高圧的な司祭達とは違う雰囲気に、生徒達の期待が高まる。



「折角こんな機会をもらったわけだし、僕にとっても、みんなにとっても、実りのある時間にしよう。

 お昼を食べて、眠くなってる子はいないかい? 寝てる子の名前は、神様に報告しちゃうよ」



 なんと神官ジョークまで飛び出した。

 そこそこ笑いも起こり、教室の空気が温まったところで、ゼフ大司教は改めて教室を見渡す。


「今、名前の話をしたけど……実はね、顔写真付きの名簿を用意して貰ったんだ。だから、みんなの名前も、ちゃんと呼べるんだよ? と、言うわけで……グレン君」


「え? あ、はい」


 まさか一発目で指名されるとは思わなかったのだろう。グレンが慌てた様子で返事をする。


「神学において、我々人類は『何』と定義されていたかな?」


「我々は神代の人類から進化した種であり、神代の人類は神の写身。よって、我々もまた神の写身である……教典では、そうゆうことになっていたかと」

「貴様っ!」


 グレンの答えに、ゼフの補佐に回った司祭が目を剥いて怒り出した。


 彼らにとって教典は絶対で、しかも今話題になった一節は、特に重要視されているところだ。

 『そうゆうことになっている』などと言う、如何にも『疑わしい』と言わんばかりの物言いなど、決して許すことはできないだろう。


 立ち上がり、喉元まで怒声と罵声を迫り上げる司祭。

 対してゼフは――



「その通り。教典では、そうなっているね」

「なっ!?」



 グレンの答えを肯定し、加えて少し厳しめの視線で、怒り心頭の司祭を黙らせる。



「でも、そこに学術的な根拠はない。神代の人類のルーツも、我々と神代の人類の繋がりも、本当のことは誰にもわからないんだ。

 『ミッシングリンク』なんて呼ばれているね。僕はこの言葉、ロマンティックで好きなんだ」



 生徒達がざわめき出す。

 ゼフの言葉と、怒る司祭を止めたことに驚愕しているのだ。


 グレンも呆気に取られたのだろう。

 『は、ははっ』と曖昧に笑いながら、そっと着席した。


 その後頭部を、後ろの席のアリアが指で弾く。


「こらっ」

「あてっ」


 頭を押さえて振り返るグレンを、アリアはムッと睨み返した。


「初対面の先生を挑発しないのっ」


「へーい」


 挑発――アリアの言葉通り、グレンが返答に込めた『教典への疑念』は、ゼフへの挑発を兼ねた意図的なものだ。

 対してゼフは、許すどころか、自らの口でハッキリと『根拠がない』と言い放った。



『変わり者』


 ゼフが何故このように呼ばれるのか、生徒たちはハッキリと理解した。



「というわけで、今日の講演のテーマは『ミッシングリンク』だ。この答えのないテーマに関し、時間の許す限り語り合おう」



 理解したら、生徒達の切り替えは早い。目の色を輝かせ、ゼフの話に耳を傾ける。



「では、先ずは今の人類と神代の人類の違いについて。魔力以外にも大きな違いがあるんだけど……じゃあ、アリアさん、わかるかな?」


「はい。身体能力の上限です。限界まで体を鍛えた際の身体能力において、私達は神代の人類を大きく上回る、と言われています」


「その通り! よく勉強しているね」



 神代の人間は、どれだけ鍛えても一般人のレベルを大きく離れることはない。

 かの時代では、素手で熊を倒せる者すらいたかどうか、と言うのが、多くの専門家達の共通意見だ。


 対して現代の人類は、例えば『最強』に名を連ねる者達ならば、一切の魔法技術無しでも、水中でシャチ5匹を圧倒できる。

 その差は歴然だ。


「因みに、教会の教典では、神代でも一握りの人物は、超人的な力を持っていた、とされているよ。なんでも、パンチ一発で大岩を粉々にしたり、光と同じ速さで動いたりしたんだって。ホントかな?

 では、次。今度はもっと難しいよ。この両人類の能力差だけど、根拠となったものは何だと思う? さっきの2人以外で、誰かわかる人」


 ざわめき出す生徒達。

 『お前、わかる?』と言った視線が飛び交う中、1人の女子生徒が手を挙げた。


「おっ、ではエリザベートさん」


 ウェーブのかかった長い金髪を靡かせる、眼光鋭い馬獣人の美女。

 エリザベート・フラウディーナ公爵令嬢だ。


 彼女は、斜め前に座るアリアを一瞥すると、ゼフに視線を戻して口を開く。



「スポーツですわ。両時代で興行として成功したスポーツの違いから、神代の人類の身体能力は、ある程度予想が可能です」


「正解! これは、授業では習わない知識だと思うけど、よく知っていたね」



 神代の文献から復興させたスポーツは、かなり多い。

 が、その大半は、興行としては失敗し、姿を消していった。

 その理由の最たるものが、身体能力のバラつきだ。


 神代のスポーツは、ある程度は身体能力が近しい者達が集うことを前提とされていたようで、復興させた様々なスポーツで、これを原因とした『客離れ』がおきた。


 中でも特に消えるのが早かったのが、サッカーのような団体の球技だ。

 1人のスーパースタープレイヤーが、20人のカカシを貫き、ボールを破裂させながら超ロングシュートを決める試合運びは、僅か1試合と持たずに全ての客が飽きた。


 学者達はこのサッカーの他、野球、バスケットボールにも焦点を当て、用具の強度や客の動体視力まで予想し、

 更には他の資料(マンガ)の描写まで参考にし、神代の人類の身体能力の限界を割り出したのだ。


 得意げな顔を、アリアに向けるエリザベート。

 対するアリアは振り返り、『目から鱗』と言った顔で、小さく拍手した。


「ぐっ……!」


(そうゆう反応を求めたわけでは、ありませんのよっ!)


 アリアの肩透かしな反応に、エリザベートはその笑みを大いに引き攣らせ、席に着いた。


 こんな感じで、ゼフの講演は進んでいく。

 文化や兵器から見た両時代の人類の差、解剖学的に見た体内構造の類似点。

 それらを交え展開される彼の自説に、生徒達は時間を忘れ、耳を傾ける、考えを巡らせた。


 最後は、彼お勧めの安眠グッズの紹介で笑いを取り、体感ではかなり短く凝縮された1時間が幕を閉じた。


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