第2話 ドクター・ヘイゼルのちょっとした息抜き
「学園で騒ぎを、ですか?」
アールヴァイス本部の執務室。
イングリッドは、首領の指示に明らかな疑問を口にした。
彼らにとって、皇立学園は戦略上重要な施設だ。
生徒達は若く、優秀で、付け入りやすい欲もあると、怪人の素体には最適な素材。
また覚悟は足りないが、実力だけなら街の警備兵を上回る生徒はかなり多い。
怪人の実戦データの取得にも適している。
国内外の要人の子女でもあるため、人質にすれば、一斉蜂起の際に多少なりとも各国の動きを鈍らせることができる。
だからこそ、学園制圧を容易にするため、アルヴィスの紅扉宮なんてものを用意していたし、警戒を緩めさせるため、今まで学園には極力手を出さないようにしてきたのだ。
そして今は、まだ蜂起の時ではない。
タコ男は学園で暴れたが、あれは完全に、素体となったジョルジュの暴走だ。
「うんうん、不思議そうだね」
「このタイミングで学園に手を出すのは、悪手ではないかと思うのですが」
イングリッドは、首領に対し忠誠を誓っているが、この手の進言は躊躇わない。
首領が、この程度で怒るような狭量な人間でないことを知っているからだ。
対する首領は、ダメ出しをされたと言うのに、どこか嬉しそうだ。
「そのとおり。でも今回はちょっと、手を出しちゃおうかな、ってね。あの魔法少女さん、私は学園生じゃないかと思ってるんだ」
「確かに、学園での怪人暴走の際、彼女が駆けつけるのはかなり早かった、と聞いています」
そもそも怪人の話が学外にまで伝わったのは、ヴァルハイトが逃走を始めた辺りだ。
最低でも、学内に関係者はいるだろう。予想される年齢からしても、本人が学園生である可能性は高い。
「敵も増えてきたからね。彼女の正体……が、わかれば最高だけど、せめて学園内部の者かの確証が欲しいんだ。
もし学園生なら、アシュレイが会った男子生徒君と合わせて、学園のスケジュールから、ある程度行動範囲が予測できるようになる。
それに、外では結構騒ぎを起こしているからね。主要施設を無視し続けるのも逆に怪しまれるから、適度にちょっかいかけておこう」
「そこまでお考えで……承知致しました。調査に数日、お時間いただいても宜しいでしょうか」
イングリッドの返事に、首領は満面の笑みを浮かべる。
「うんうん、やっぱり君に頼んでよかったよ、イングリッド。すぐに飛び出しちゃう子だと、心配になるんだ。十分に調べて、刺激を与えすぎないようにしておくれ」
「はっ!」
「そろそろ、終わったかの?」
2人の会話がひと段落したところで、ドクター・ヘイゼルが執務室に現れる。
相変わらずのニヤニヤとした表情に、内心辟易するイングリッド。
だが、表情には出さない。
イングリッドは、基本的には無表情で通っている。
紅扉宮の時のようなことでもなければ、そうそう表情は崩れない。
「では、私はこれで失礼致します」
「まぁ待て、イングリッド」
もう用はないとばかりに退室しようとしたイングリッドを、ヘイゼルが引き止める。
「実はね、イングリッド。今回の件に合わせて、博士から実験生物のテストを頼まれているんだ。少女が現れたら、使ってみて欲しいらしい」
「これが資料じゃ。よく読んでおくように。それで、実際使ってみて違いがあったら、報告書にまとめておいてくれ」
受け取った資料に、軽く目を通すイングリッド。
その内容に、氷の様な表情がピクリと動く。
「悪趣味な……」
「すまないね、変な仕事を頼んでしまって」
「2人とも心外じゃな。儂は実用を目指して、真剣に開発をしているんじゃぞ?」
心外と言いつつ、ヘイゼルは相変わらずニヤニヤと笑ったまま。
他人の評価など気にしない、と言わんばかりだ。
「制御はできるのだろうな?」
「くっくっくっ……それも含めてテストじゃよ」
「何?」
「ちょっと息抜きでな? 『呪印』のようなものを使っておる」
ヘイゼルの言葉に、イングリッドが僅かに目を丸くする。
「人間以外に使えるのか?」
「培養槽の中では、制御できていた。その辺りも書いてあるぞ? 外に出ても使えるかは……確認してきてもらえるかの?」
改めて、イングリッドが資料に目を落とす。
『こんな生物』の実験に、首領まで乗り気でいた理由を、イングリッドはようやく理解することができた。