第1話 学園都市ベルンカイトの怪人対策事情
「キャアアアアァァァーーーーーーーーーっっ!!」
絹を裂くような悲鳴が、繁華街に隣接した公園に響き渡る。
今日は休日。
お昼時を過ぎた公園は、カップルや家族連れで賑わっていた。
そんな公園に、突如怪人を伴った『斬裂』のヴァルハイトが現れたのだ。
沢山の笑顔が生み出す楽しげな空気は、一瞬にして消し飛ばされた。
「ふん……適当に暴れろ」
あまり興味のなさそうなヴァルハイトの命令に、怪人が人々に向けて歩き出す。
今日の怪人はブタ男だ。
悪口ではない。
かなり恰幅のいい人間の体の上に、豚の顔が乗っている。
……どう言っても悪口に聞こえる気がするが、決して悪口ではない。
さて、怪人が暴れ出し、平和な公園は狂騒に包まれた。
ならばここは、我らが聖涙天使シャイニーアリアの出番!
……と、言うわけでもない。
アリアは学生の『協力員』という扱いだ。最優先で対処に当たる義務はない。
そもそも都合よく現場にいる、なんてこともごく稀だ。
今日は休日だが、平日ならアリアはこの時間は授業中である。
よって、即応するのは『彼ら』の仕事だ。
「各員散開! 距離を取って抑え込め!」
国が配備した、この街の警備兵である。
12人程度の警備兵が、ブタ男を取り囲む。
槍5人、剣3人、魔術師4人といった編成で、槍で距離を保ちつつ、魔術でダメージを与えていく作戦だ。
ヴァルハイトは基本的に、指示を出すだけで動かないので、警備兵は警戒はしつつも、怪人に戦力を集中する。
ヴァルハイトが学園に現れ、『アールヴァイス』の名を公表した少し後、怪人出現時の状況が大きく変わった。
指揮官としてヴァルハイトが同行するようになり、出現と同時に弱体化フィールドを使うことがなくなったのだ。
このため警備兵だけでも、チームを組めば対抗できるようになった。
尤も、怪人が負けそうになれば、結局フィールドが展開され、一気に逆転されてしまうわけだが。
だが、警備兵のやっていることも無駄ではない。
これも最近の変化だが、概ね30分くらい戦っていると、ヴァルハイトは怪人を引き上げさせ、その場から逃走するのだ。
よって、勝ち過ぎず、負け過ぎず、30分前後耐え抜けば、警備兵はシャイニーアリアに頼ることなく、街の人々を守ることができる。
さて、今日はと言うと……。
「ヒュゴオオオオオォォォォォッッ!!」
「「「ぐわあああああああぁぁぁぁっっ!!」」」
無理だった。
豚男は近距離でしか戦えないものの、その突進力は凄まじく、腹に刺さった槍ごと兵達を弾き飛ばしてしまう。
槍も脂肪に絡め取られ、致命傷には至らない。
近接特化のパワー型怪人との接近戦は、例え弱体化されていなくても、警備兵達には荷が重かったらしい。
彼らにできるのは、必死の形相で野次馬に逃げろと叫び、それを可能とする時間を稼ぐだけだ。
それすらままならず、怪我人や拉致被害者を出してしまうことも少なくないが……今日は運が良かった。
「そこまでよっ!」
「今日はリアル・オークか」
聖涙天使シャイニーアリア……と、愉快な仲間Gの登場だ。
アリアは認識阻害のバイザー・オン状態、グレンも一応仮面をつけている。
子供達と女性は安堵の表情を浮かべ、男共は相変わらず、アリアのコスチュームに色めき立つ。
所帯持ちや彼女持ちは、この後修羅場が待っているだろう。
因みに2人はパトロールとかしていた訳ではなく、偶然その辺にいただけだ。
「ふっ、現れたな……ならば、ここからは本気で行かせてもらう」
ここで漸くヴァルハイトがやる気を出す。
剣を抜き、同時にフィールドを展開。
アリア達に効かないことはわかっているので、警備兵に邪魔をされたくない、といったところだろう。
「いつも通りでいいな、ティア」
「……ええ、いいわよレン」
偽名だ。正体は秘密なので、お互い偽名で呼び合うことにしたのだ。
グレンの正体は敵にはモロバレなのだが、一般人や学生にはまだ知られていない。
尚、この偽名案はグレンが強烈にプッシュした。
『だって偽名無いと、『おい』とか、『ねえ』とか呼ぶことになるんだろ? やだぞ、そんな離婚直前の夫婦みたいなギスギスした呼び方』
とのことだ。
戦闘が開始すると、アリアは怪人に、グレンはヴァルハイトに向かっていく。
怪人の本体は、今のところ例外なく哀れな拉致被害者達だ。
殺傷、重傷無しで無力化できるアリアが、自然と怪人の相手をするようになった。
「ルミナスハンド、ボール!」
アリアの掛け声と共に、彼女の周囲に無数の光の球が現れる。
「行ってっ!」
球は次々と打ち出され、ブタ男の体を打ち付けていく。
基本的にはフェアリアの動きに合わせて使うルミナスハンドだが、このボールだけは演舞と戦闘の動きがどうにも重ならず、こういった使い方になっている。
尚、今回ボールが選択された理由だが――
(何か……この怪人、近付きたくないっ!)
アリアは、将来母国ランドハウゼンで騎士になることを目指している。
女騎士だ。
見た目オークの怪人との接近戦に、本能的な嫌悪感を感じているのかも知れない。
対するグレン対ヴァルハイトは……まぁいつもの流れだ。
「くっ、貴様っ、今日こそはっ!」
「毎回言ってんぞ、それ」
グレンが完全にヴァルハイトを抑え込んでいる。
お互い剣を使うのだが、技量がまるで違うのだ。
パワーとスピードではヴァルハイトが勝るのだが、それでもひっくり返される。
『斬裂』のヴァルハイト、大した戦闘シーンもないまま、早くも小物化である。
「何故だあああぁぁぁっ!?」
「諦めろ、最初に出てきた悪の幹部の宿命だ」
頑張れ『斬裂』のヴァルハイト。
まだ、博士の改造による最終形態の可能性が残っているぞ。
男同士のむさ苦しい戦いはこれくらいして、視点をアリアに戻そう。
ボールの連発で、ブタ男はノックアウト寸前だ。
一発一発は大した威力では無いため、パワー系のブタ男なら食らいながらでもアリアに襲いかかれるのだが、真っ直ぐ突進しかできないため、ヒラヒラと躱されてしまうのだ。
そんなことを繰り返している間に、ブタ男の体力は尽き、全身は絶え間ないボールとの衝突で、赤く腫れ上がっている。
「どうしたブタ男っ!?」
「触れることすら出来ねーで、オークとして恥ずかしくないのかっ!?」
「せめて『くっ、殺せ』ぐらい言わせてみせろよぉぉぉっっ!!」
満身創痍のブタ男に、男達の悲鳴が突き刺さる。
よく見れば、彼らはタコ男の時にテラス席にいた学生達だ。
怪人は怖い。だがあの時のような、シャイニーアリアのエッチなピンチも目撃したい。
それが無理なら、せめて開脚キックくらいは!
男としては如何ともし難い欲望だ。
だが、アリアはそれを無表情で一刀両断する。
「チェンジ・リボン!」
ルミナスハンドをボールからリボンに。『浄化』ができるのは、リボンかフープだけなのだ。
ブタ男の突進を躱し、リボンを巻き付けるアリア。
「とどめよっ! 浄化」
断末魔の悲鳴をあげ、光を撒き散らすブタ男。
「あぁっ!? ブタ男おおおぉぉぉっっっ!!!」
「貴方もっ!?」
不甲斐ないオークもどきの姿に、悲痛な叫びを上げるグレン。
例えアリアに睨まれようと、男には抑えられない本能がある。
だが、しかし、男達の期待を一身に背負ったブタ男は、アリアから悲鳴の一つも引き出すことができないまま、ただのモブ男に戻っていった。
「くっ、今回はここまではしておいてやる!」
「そろそろ別の捨て台詞考えないか?」
「また会おうっっ!!」
怪人がやられると、いつもの捨て台詞を残してヴァルハイトが撤退。
以上、怪人が現れた時のよくある光景である。
因みに、アリア達はあっさりとヴァルハイトを逃したが、彼に関しては街の警備兵が追跡をしている。
アジトの位置を突き止めたいのだ。
毎回途中でまれてしまうが、徐々に気付かれにくくなってきている。
「俺達も行くぞ、人が多い」
「何もなくて残念だったわね、レン?」
「け、怪我がなくてよかったぞ、ティア」
「まったく……みんな目を閉じて! フラッシュボムっ!」
呆れ顔のアリアが大きく手をかざすと、強烈な光が公園を包む。
光がやむと、アリアとグレンも、公園から姿を消していた。