第13話 夜桜に囲まれて
「あれが怪人か……かなりキモかったな」
「ご希望のぬちょぬちょは楽しめたかしら?」
「もっと忌々しそうな感じで、『ぬちょぬちょ』もう一回頼む」
「すり潰すわよ」
すっかり日も暮れ、明かりの付いた校舎を歩くアリアとグレン。
アリアは制服に戻っている。
体育着、シャイニーティアといった露出度の高い服装から解放され、その表情はようやく落ち着いた感じだ。
尚、制服は制服で、エルナからの『お揃いにしようよぉ~』という全身を使ったおねだりに屈した結果、股下4.5cmという相当なミニ丈になっている。
グレンは、頑張って見ないようにしている。
「前はもっと、モフモフしてたのよ? 最近になって、ああゆうのが出てきたの」
「……やっぱり、アリアが噂の『魔法少女』なんだな」
「ええ、そうよ」
この事実を知るのは、本当にごく僅か。しかも、友人4名を除けば、全員がかなりの重役だ。
だが、答えるアリアの顔に、躊躇いはない。
「よかったのか、俺に教えちまっても。秘密なんだろ?」
――ゲシッ。
「ぁ痛っ」
アリアが軽くローキックを放つ。明かりに照らされた顔は、膨れっ面だが、若干赤くなっている。
「そのくらいには、信用してるわよ……もうっ、言わせないでよっ!」
「アリア……」
思いがけないデレ発言に、グレンの顔が綻ぶ。
「貴方は、本当にどぉーーーーーっしようも無いくらい、いやらしくて、変態で、自制の利かないダメ人間だけど……」
「アリアさんっ!?」
「決めるべき時に、しっかり決めてくれる人でしょ? それに、いざという時、誰よりも前に立てる人。少なくとも、私は今日の貴方を見て、そう感じたわ」
尊敬と仲間意識、そして結構な対抗心を瞳に込め、アリアはグレンを見つめる。
「私、人を見る目には自信があるんだけど、間違っていたかしら?」
「……いや、間違ってねえよ」
(ほら、やっぱり……って、ダメダメっ!)
アリアが真剣に思いをぶつければ、ちゃらけたりせず、ちゃんと答えが返ってくる。
綻びそうになる顔を、アリアは慌てて引き締めた。
まだ、心を許すには早い、と。
「言っておくけれど、ここぞって時以外、一っっっっ切信用してないんだからね? 調子に乗っていやらしい目で見てきたら、承知しないわよ!?」
「精一杯抑える所存」
「やっぱり……早まったかしら……」
アリアがジトぉっとした目を向けると、グレンはスッと目を逸らした。
2人はやがて玄関に辿り着き、校門から校舎までの広間に出る。
季節は春。
ライトアップされた桜並木が、ようやく現れた花見客を歓迎する。
その入り口に足を踏み入れたところで、アリアは足を止めた。
「グランツマン君」
「ん?」
「昼間は、蹴っ飛ばしちゃってごめんなさい」
両足を揃え、頭を下げるアリア。グレンも、体ごと振り返り、正面からアリアを見る。
「貴方の言動にも、問題はあったと思うけど……ちゃんと謝罪をした貴方に、暴力で応じたのは、本当に悪かったと思っているわ」
頭を下げたアリアからは、グレンの表情はわからない。
だが、頭を向けた方から、『ふっ』と小さな笑いが漏れた。
「真面目だな……昼間のは、完全に俺が悪いだろうに」
「それでもよ。私にも非があるのに、全部貴方のせいにするのは、私が納得できないのっ」
顔を上げ、頬を膨らませるアリア。対して、グレンの顔は徐々ににやけてくる。
「不器用って言われるだろ?」
「悪い……?」
「そんで、しなくてもいい損してる」
「わ、る、い!?」
グイッと顔を近付け、睨み上げるアリア。
グレンとの身長差は15cm強。
背伸びしても若干見下ろされる位置関係に、アリアの顔面が『ぐぬぬ』に染まる。
「いいや……俺は好きだぞ、そうゆう奴」
「ふにゅっっ!!?」
予想外の不意打ちに変な声が出るアリア。
真っ赤になって距離を取るアリアに、グレンは構わず続けた。
「俺も一緒に戦う。あのアールヴァイスって奴らと」
「なっ!? だ、ダメっ、危険よっ!」
「お前が言うか……?」
シャイニーアリアはもう2ヶ月、実質1人で怪人と戦い続けており、それはしっかり噂になっている。
一番危険に身を置く少女に『危険』と言われ、グレンも呆れ顔だ。
「なあ、アリア。今日、俺は邪魔だったか?」
「それは……確かに、助かったけど……でも……」
「よろしい。じゃあ、俺が引かねえのもわかるな? 人を見る目にゃ、自信があるんだろ」
――いざという時、誰よりも前に立てる人。
他でもない、たった今アリアが下した評価だ。
アリアが1人矢面に立ち続ける限り、この男が引き下がることはないだろう。
呆れと諦め、その中に嬉しさを隠し、アリアはもう一度、グレンと視線を合わせる。
「さっきも言ったけど、危険なことよ。命の保証だってないわ」
「だったら尚更、1人で突っ込ませるわけにはいかねえな」
「ホント、言っても聞かなそうね……じゃあ、一緒に戦ってくれる?」
「あぁ、任せろ」
風が吹く。
舞い散る花びらが光を受け、アリアの視界に移るグレンをキラキラと演出する。
――花びら、似合わないわね。
どこかミスマッチな様子に、アリアはブッと吹き出してしまった。
「どうした?」
「ううん、何でもないわ。ありがとう…………グレン君」
名を呼ばれ、グレンが驚きの表情を浮かべる。
アリアがこう呼ぶのは、初めてではない。
が、どれも切迫した状況でのことで、お互い気にしている余裕がなかった。
落ち着いて、面と向かって呼ぶのは、これが初めて。
「な、何よ? 自分は馴れ馴れしくアリアアリアって呼んでる癖に、私が呼ぶのはダメだって言うの?」
真っ赤になって膨れるアリア。
また早まったかと思ったが、子供のような笑みを浮かべたグレンを見て、その考えは、何処かに溶けて消えた。
「いいや。よろしくな、アリア」
「ええ、よろしく」
――グレン君。




