第12話 服だけ破けるように調整する匠の技
窓の奥から現れたピンク色の何かが、グレンの頭部を抜けて部屋の後方まで伸びる。
衝撃に押され、仰け反っていくグレン。
アリアの目には、それがスローモーションのように映っていた。
(そんな……嘘よ……グレ――)
「あひはっっ!!」
「はっ!?」
自身を呼ぶ声に、アリアが正気に戻る。
目を向けた先には、仰け反りながらピンクの槍に噛み付くグレンの姿。
「いへっっ!!」
硬直の解けたアリアは、すぐ様窓の中に飛び込んだ。
窓の先は大教室。
『思う存分戦え』と言わんばかりに、机や椅子は端に寄せられていた。
アリアの視線が、グレンを襲ったピンクの槍の出どころ追う。
そこにいたのは、人の体にカエルの頭部を乗せた異形。
今は、口を開けて舌を伸ばした間抜け面のまま、プルプルと全身を震わせている。
自慢の舌でグレンを貫こうとした怪人カエル男は、逆に舌を抑えられ、身動きが取れなくなっていた。
「こんのおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
心臓が止まる程に驚かされたアリアは、その頭へお返しとばかりに、宙返りの勢いを乗せた踵落としを叩き込んだ。
「ゴガッッ!!?」
脳天を貫く衝撃に、カエル男が大きくふらつく。
畳み掛けようとするアリア。
だがそんな彼女に、カエル男の背後から新たな影が迫る。
人や獣に比べ、かなり大きな目。
鋭い鎌のような両腕。
怪人カマキリ男だ。
カマキリ男は両腕を広げてアリアに襲いかかるが、アリアはそれに構わず、カエル男を標的に定める。
自身の背後から接近する気配に気付いたからだ。
アリアが体を沈め、カエル男の足を払うのと同時に、飛び込んできたグレンの蹴りが、カマキリ男の顔面に炸裂した。
吹っ飛んでいくカマキリ男。
アリアは、体勢を崩し倒れ込んでくるカエル男の顎に、脚をI字に広げての後ろ蹴りを放つ。
そのまま床に手をつき、後ろに2回転。
天井へと吹っ飛ぶカエル男と距離を取ると、グレンも隣に戻ってきた。
「もうっ! 死んじゃったかと思ったのよっ!?」
「わ、悪かったって。約束通り無傷だから……な? ほら、虫とカエル、どっちやる?」
涙を拭いながら睨むアリアに、グレンがたじたじになる。
さっさと話題を変えようという魂胆が丸わかりだが、実際敵は目の前だ。
アリアも今は追求をやめ、その話題に乗った。
「どっちも気色悪いけれど……カマキリの方がマシね」
「……そうか」
あからさまに残念そうなグレン。
アリアはそんなグレンに、じっとりとした視線を向ける。
「何を、期待したのかしら……?」
「舌と粘液を活かしたぬちょぬちょ緊縛――」
「本当に言わないでっ!」
「ゲエェェェッッ!!」
「「っ!」」
『戯れ合うのは後にしろ』と言わんばかりに、カエル男が2人に舌を伸ばす。
左右に分かれて回避し、グレンは渋々カエル男へ。
その様子にため息を吐きながら、アリアも迫るカマキリ男へ向き直る。
「ルミナスハンド、フープ!」
アリアの声に合わせ、光がその周囲を囲む。
『ルミナスハンド』
シャイニーティアが、アリア用に生み出した可変武装だ。
音声入力で起動し、4種のフェアリアの手具、リボン、フープ、クラブ、ボールに姿を変える。
今回アリアが選んだのはフープ。
光は、直径90cm弱の大きな輪に収束し、アリアの手に収まった。
高速回転するフープが、左右から迫る鎌を弾く。
そのまま距離を詰め接近戦に。
右の回し蹴りから、左足でフープを蹴り上げ、回転したフープが連続してカマキリ男の顎を打つ。
先制を許した怪人が、反撃の鎌を振り下ろす。
アリアは手首で回したフープでそれを防ぎ、そのままフープを腕から体まで落とす。
腰で回転に勢いをつけ、もう一方の鎌も弾き飛ばした。
この攻防一体の接近戦こそ、フープの真骨頂だ。
格闘に合わせ手数を増し、タイミングをずらし隙を埋める。
もちろんフープの扱いに長けた、アリア達フェアリアの選手でなければ、不可能な芸当ではあるが。
まるで、鎌を自動追尾するかのように回るフープ。
――その隙間を、カマキリ男は通した。
「あっ!?」
大きく後ろに蹴り飛ばされたカマキリ男は、その場で鎌を大振り。
実は折り畳んでいた腕を伸ばし、突然射程を広げたのだ。
予想外の反撃にアリアは反応が遅れ、何とか体を反らせて回避するが、胸の辺りを切り裂かれてしまう。
後方に回転し距離を取ったアリアは、無事に立ってはいるものの、胸の辺りを手で押さえている。
「アリアっ!」
傷が深ければ、心臓にも届く致命傷になる。
グレンが血相を変え、カエル男を殴り飛ばしてアリアに駆け寄る。
「ぐぐぐグランツマン君っ!? 大丈夫っ! 大丈夫だから、来ないでっ!」
「大丈夫って……ちっ、コイツっ!」
距離が開いたのをいいことに、カエル男が雨の様に舌を突き出してきた。
防御に足を止めるグレン。
「傷口押さえてんじゃねえかっ! 無理すんな、俺と変われっ! カエルは殺傷力は大してねえ!」
「や、だ、だから、これは、違くてっ!」
アリアも片手で巧みにフープを回し、距離感が変わった鎌を防いでいる。
が、その顔は真っ赤で、またしても目が潤んでいる。
(この人は……こうゆう時に限って、深刻になるんだからっ! あぁ、もうっ!)
「手を放したら……み、み、見えちゃうでしょっっ!!?」
「へ?」
「防護膜は、服の下なのよっ! でも、服は、あんまり丈夫じゃなくて……! だから傷はないけど、その、だから、切れちゃって……!」
改めて、アリアをジッと見るグレン。
実際、アリアはどこからも出血などはしていない。
そしてよく見ると、押さえた手の隙間からピンク――
「グランツマン君んんんっっ!!」
「はい真面目にやりますっ!」
この柔すぎず、でもちょっと破れちゃう程度の防御力も、理想のコスチューム・ブレイクに対する、エクエス・レヴィエム拘りの調整だ。
尚、コスチュームは自動修復されるのだが、修復を早める手段はない。
これで命の危機でもあれば開き直れたが、間合いがわかればカマキリ男は大した脅威ではなく、グレンも優勢。
結局アリアは、30秒ほど胸から手が離せなかった。
やがてコスチュームの修復が終わり、グレンが相手をしていたカエル男は満身創痍。
アリアが勝負を決めに、カマキリ男へと駆け出す。
「グランツマン君! カエル男をこっちに投げて!」
「あいよぉぉぉっ!」
突き出された舌を掴み取り、背負い投げのようなフォームでカエル男を投げるグレン。
カエル男は、アリアに抑え込まれたカマキリ男に勢いよくぶつかり、2体揃って大きく体勢を崩した。
「ここよっ!」
アリアは揉み合う2体の上を、宙返りで飛び越えながらフープを落とす。
「捕縛!」
プープはその直径を大きく広げ2体を囲い込み、続いて半分以下にまで縮まり、怪人達を拘束した。
「観念しなさい! 浄化!」
「ギィィイイィィイイイィイィッッッ!!?」
「ゲエェェエエエエェェエエェエェッッ!!」
フープが強く光り輝き、怪人達の体から光の粒子が溢れ出す。
シャイニーティアの浄化の光に晒された怪人達は、異形の姿を失い、ただの人間となって床に崩れ落ちた。