第2話 噂の魔法少女の正体はどこにでもいる普通の女の子じゃなかった
「ねぇ、また出たみたいよ」
「例の怪人?」
「そうそう、今度はオオカミ男だって」
「じゃあ、あの子も出てきた? 噂の魔法少女!」
ここは、様々な家の子女が机を並べる巨大教育機関、ノイングラート帝国皇立学園。
その最高学府、ベルンカイト校。
4時限目を終えた教室では、少女達が自然と集まり、昼食前の噂話に花を咲かせている。
平民、下位貴族の少女達の話題の中心は、最近街を騒がせている『怪人』と、それと戦う謎の少女だ。
「出たわよ。怪人が出たのって、私が働いてる繁華街なんだけど、騒ぎが治まった後、その子がお店に入ってきの」
「えっ! じゃあ実物見たの!? どんなカッコしてた?」
「やっぱり、噂通り……?」
「ええ……ピッチピチのレオタードだったわ!」
――キャアーーーーーーッ!
少女達の桃色の悲鳴。
その声に、離れた席で聞いていた、別の少女の耳――頭についた猫耳の方がピクッと動く。
「凄いよねぇ……めちゃくちゃスタイルいいんでしょ? 貧相な体の私にゃ、恥ずかしくて着れないわ」
「でも、何で店の中に? アンタが働いてるのって、あのちょっとお高い酒場でしょ? 祝杯でもあげに来たの?」
「ううん、トイレ借りに来たの」
「ぶっ! 何それぇ?」
色めきだっていた少女達の表情が、微妙なものに変わっていく。
怪人と戦う魔法少女が、戦闘後に酒場にトイレを借りにくる……確かに、中々想像し辛い光景だ。
「衣装のまま来たってことよね? 戦ってる間、ずっと我慢してたってこと?」
「うひぃ~、可哀想~」
「実際、ヤバかったわよ? 店長と話してる間もずっともじもじしてて、トイレに行く時なんてもう、両手で前押さえて、それでもちょっとずつ出ちゃってたし」
その時の魔法少女の真似だろうか。少女は両手を股の間に挟み込んで、もじもじと身を揺する。
「限界超えてるじゃない!? 間に合ったの?」
「あれ、間に合ったのかな……? その時トイレに先客いてさ、待ってる間にかなり漏らしちゃってたから。もう、レオタードも脚もびっちょびちょ」
「うわっ、悲惨……」
「アレは可哀想だったわね……。店のおじさま達にも、ガン見されちゃって……顔隠してたから、まだマシかもしれないけど……」
「正体バレたら、私なら生きていけないわ……」
大勢の前で痴態を晒してしまった少女への同情か、少女達の表情が曇り、一旦会話が途切れる。
やがて、酒場で働いているという少女が、口を開いた。
「正体、誰なんだろうね?」
「今のところ、ネコ科の獣人で、すんごいスタイルいい、ってことぐらいしかわからないみたい」
「猫獣人で……」
「スタイルがいい……」
ふと、少女達の視線が、先程猫耳を動かした少女に集まり――
「「「まさかね~!」」」
その視線は、すぐに霧散した。
その後、少女達の話題は昼食に移り、彼女達は連れ立って食堂に向かった。
「ふぅ……くぅ~~~~っ!」
少女達がいなくなると、視線を向けられていた猫耳少女が安堵の溜息を漏らし、だがすぐに苦悶の呻き声を上げた。
彼女の名は、アリア。
この皇立学園高等部の生徒で、この春から2年生になった。
そして世間を騒がす魔法少女、『聖涙天使シャイニーアリア』その人である。
……勿論、本人は名乗っていないし、人々もそんな呼び方はしていないが。
とにかく、彼女が噂の魔法少女なのである。
怪人が現れれば、ちょっと……割と? エッチなコスチュームを見に纏い、巧みにリボンを操り凛々しく戦うアリア。
でも変身を解けば、どこにでもいる普通の女の子……とは、いかなかった。
彼女のフルネームは、アリア・リアナ・ランドハウゼン。
ここノイングラート帝国最大の同盟国、ランドハウゼン皇国の第二皇女だ。
更に座学、魔術、武術、舞踏、その他諸々の教科全てで、学年5位以内をキープする才媛であり、少し吊り目気味の、大きな瞳を持つ美少女でもある。
スタイルは、噂の通り生唾もののナイスバディ。
一つ致命的な弱点があったりして、そのせいで先日も酷い目にあったのだが……それはいずれ語るとしよう。
噂のスーパーヒロインは、生身でもちょっとあんまりいない、スペシャルな女の子だった。
が、そんなスペシャル猫娘ちゃんは、今は机に突っ伏して、涙目になって震えている。
「あー、災難だったわね……アリア」
「ぐすっ……やめて……その話題に触れないで……っ」
そんなアリアを気遣う、赤い髪をサイドテールにした、犬獣人の少女。
アリアの親友の1人で、初等部からの付き合いのエルナだ。
彼女は、アリアが『シャイニーアリア』であることを知っている。
と言うより、『シャイニーアリア』の名付け親が、このエルナだ。
「そういえば、今回は野次馬も多かったみたいだね。やっぱりこの前、昼間に『参上』したのが、痛かったのかな、シャイニーアリア」
「もう、最悪よっ……体中ジロジロ見られて。あと、その名前はヤメテ、ロッタ」
今度は水色ショートカットの、小柄なイルカ獣人の少女。
もう1人の親友、ロッタだ。こちらは中等部からの付き合い。
ロッタの言葉に、アリアが頭を抱え込む。
しばらくの間、夜間に人目を偲んで怪人を倒していたアリアだったが、少し前、昼間の公園に怪人が現れたのだ。
周りには小さな子供や、家族連れ。戦える者はいなかった。
アリアはシャイニーアリアとして戦わざるを得ず、あのコスチューム姿を白日の元に晒してしまった。
幸い、バイザーには頭部限定で認識阻害の効果があり、正体がアリアだとバレることはなかった。
が、その戦いぶりと、お昼の家族団欒には些か刺激的な姿が大きな話題となり、正体不明の魔法少女は、割とエッチなヒロインとして人々に認識されてしまった。
「もう……やめたい……」
「はいはい、愚痴なら聞くから、さっさと食堂行くよ」
「急いで。私、今日ビーフシチューセットが食べたい。出遅れると無くなる」
友人達は知っている。
こんな事を言ってはいるが、誰かが助けを求めるとき、アリアが躊躇いなくあの姿で戦う事を。
『アリア!? ここ真昼間の公園だよ!?』
『ここには、小さい子供や、戦えない人が沢山いるの! ホーリーライズ!』
そして、心に決めている。
アリアが本当に辞めたいと思った時は、誰が犠牲になろうと、絶対にもう変身はさせないと。
なので、今最優先なのは、食堂で腹を満たし、午後の授業のために英気を養うことだ。
2人は泣き言はサラッと流し、フラフラのアリアを引きずって、食堂に急いだ。