第9話 本人は『私は人を見る目があるだけで決してチョロいわけではない』と供述しており――
「ぐずっ……ひぐっ……うぅ……っ」
グレンを殴り飛ばしたアリアは、我が身を襲った悲劇に、さめざめと泣き出した。
「すまない、精一杯抑えたつもりだったんだが」
「カケラも抑えられてないわよっ!」
「すまない」
実際、グレンはダダ漏れだった。
欲望も、鼻血も、白いのも。
何なら今も、視線はチラチラとアリアの下半身に向かっては、慌てて顔に戻している。
遠慮してるつもりなのだろうが出来てない視線に、アリアは涙の止まらぬ目で、キッとグレンを睨み返した。
「い、色々言いたいことはあると思うけど……先ずは『ソレ』何とかしないか?」
「な、何とかって、言っても……」
後片付けの話で、今の自分の姿を意識してしまい、アリアの脚が恥ずかしそうにもじもじと動く。
「んほうっ!?」
「ど、ど、どうしたのっ!?」
突如雄叫びを上げるグレン。
腰が引けた姿勢でプルプルと震え、カッと目を見開くという、先ほどまでアリアと同じ姿を見せている。
「いや、まぁ、あれだ」
――精一杯抑えたつもりだったんだが。
ピチョンッ。
「貴方……今までどうやって生きてきたのっ……!?」
「がんばっていきてきた」
アリアのもじもじだけで臨界点を超えてしまったグレンは、股間から、再び白いものを発射していた。
「気を取り直していこう! ここには水道も掃除用具もないから、隠蔽工作は手持ちでするしかない」
「い、隠蔽……?」
「任せておけ。何を隠そう、俺は夢精の隠蔽にはかなりの経験がある。合計20回以上。成功率も60%だ」
10回前後バレている。
全く頼りにならない戦績だが、グレンのあまりに真剣な様子に、アリアは『ぷっ』と吹き出してしまった。
まだ、恥ずかしさはある。
下半身もしきりに気にしているが、浮かべた表情には、もう先程の悲壮感はなかった。
「じゃあ……助けてくれる? グランツマン君」
潤んだ目を、上目遣いでグレンに向けるアリア。
顔面は真っ赤で、やはり脚はもじもじしている。
「おうっふっ!?」
「ぐ、ぐぐ、グランツマン君っ!?」
「……急ごう。俺が、干からびる前に……!」
グレンは三度ピチョンした。
◆◆
「まずそこの川と水溜りだが、こいつを使う」
「……その人を……?」
グレンの肩には、未だ意識を取り戻さないカレウスが担がれていた。
そのまま扉の前に広がる、大きな大きな水溜まりに近付いていく。
「名も無き金髪のクズよ。お前には勿体ない代物だが、この『聖水』は今からお前のものだ」
それっぽい口上を吐いたグレンは、その水溜まりの上に、そっとカレウスの尻を降ろした。
水溜まりを吸い上げ、じわじわと濡れていくカレウスのズボン。
仕上げにカレウスの靴を使って、股間にパシャパシャと小水をかけていく。
「これで、ここはコイツが吹っ飛ばされながら漏らしたと思われるだろう」
因みに、何故カレウスかというと、リプルはグレンに蹴られた箇所が腹だったため、既に自前の水溜まりに沈んでいたからだ。
「次は服とかだな。水の魔術って使えるか?」
「っ!?」
『水の魔術』と聞いて、アリアビクッと体を震わせた。
視線を落とし、顔には躊躇いと恐れを浮かべている。
「水の魔術は……使えないの……体の中で、暴発しちゃって……ごめんなさい」
「おおぅ、大分やばいな、それ……おーけー。大丈夫、なんとかするさ」
――えっ。
『大丈夫、なんとかするさ』
別に、何か特徴的なわけでは無い、ありふれた台詞。
だが何故か、そのトーンや声色が、アリアの大切な思い出と重なった。
アリアが呆けている間に、グレンはブレザー、シャツと脱いでいく。
シャツを丸めて両手に持ち、何やら集中し始めた。
「グランツマン君、何を……?」
「ちょっと……静かにしててくれ……! あんまし上手く使えねえんだ……!」
やがて、グレンの手の中のシャツが、じわじわと水で湿っていく。
グレンは持たざる者だ。
魔術が使えない筈の彼が水を生み出したことに、アリアは驚愕する。
「ふぅ……『錬金術』だ。友達からちょくちょく習ってるんだけどな……この程度の水出すだけで、このザマさ」
そう言ったグレンの顔にはびっしょりと汗が張り付いている。
『生身で使う魔導』、『ノービスの魔術』なんて呼ばれている錬金術。
それは、大部分をイメージで賄える魔術とは違う、少しでも曖昧さがあれば発動しない知識の結晶だ。
発動には、凄まじい集中力がいる。
「とりあえず、これで全部拭いちまえ。その、向こう、向いてるから」
「ありがとう……その、ごめんなさい、負担をかけて……それに、シャツも……」
アリアが、力無く項垂れる。
グレンの奇行で多少気は紛れたが、それだけで完全に立ち直れる程、この歳でのお漏らしのショックは、軽い物ではない。
「気にすんな。どうしても気に病むってんなら、俺に拭かせてくれ。勿論素手で、デリケートゾーンもな」
「蹴るわよ……ふふっ、ありがと」
だから今は、遠慮なく怒れるグレンのセクハラ発言を、ありがたいとアリアは感じていた。
グレンの背中を見ながら、アリアは靴と靴下を脱ぎ、ブルマに手をかける。
アリアとグレンの付き合いは短く、グレンは間違っても清廉な男ではない。
だがこうゆう時、決して振り向くようなことはしないと、不思議とアリアはそう思うことができた。
……かと言って、もちろん恥ずかしくないわけはない。
アリアは瞳を潤ませ、顔を真っ赤にしながら、震える手でブルマと下着をずり下ろした。
だから――
「あぁ、脱いだ服はこっちに渡してくれ」
グレンのこの発言で限界を超えてしまったのは、無理からぬことだった。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!?!?!」
「みえっっっ!!?!?」
グレンの後頭部に、全力の蹴りが炸裂した。