第8話 その目で私を見つめないで
「グ、グランツマン……くん……んあぁっ!」
教室に現れた脚フェチの編入生、グレン・グランツマンは、その場の全員に一度目を向けると、フッと息を吐き出した。
直後、グレンの体を暗く青みがかった光が包み込む。
急変する事態にカレウスがたじろぎ、リプルは一瞬思考停止する。
対して、グレンは一瞬で距離を詰め、カレウスの顔面に拳を叩き込んだ。
「がぶふぁっっ!!?」
顔をぐしゃぐしゃにして、窓の方に吹っ飛ぶカレウス。
ここでようやく我に返ったリプルだが、もう手遅れだ。
「ほへ? おぶぅっっ!!?」
グレンは体を回転させ、左の回し蹴りでリプルを黒板まで蹴り飛ばした。
(この子……早い……!)
グレンの動きに、アシュレイが驚愕する。
捉えられない程の動きではないが、ここはドミネートフィールドの影響下だ。
ここでは、アールヴァイスの構成員以外の能力は、凡そ1/5に抑えられる。
にも関わらず、目の前の少年の戦いは、あの卑猥なレオタードの少女――シャイニーアリアと比べても、遜色ないレベルだ。
「貴方、体に異常はないの?」
「至って健康だが、何か?」
床を蹴ってアシュレイに迫るグレン。
アシュレイは黒鎖を生み出し身を守るが、グレンの拳が鎖に当たると、鎖はそこから、バキンと音を立てて砕け散った。
フィールド影響下でアシュレイの鎖を一撃で砕くなど、アールヴァイス最強のジャンパールですら不可能だ。
アシュレイは一瞬、紅扉宮によるフィールド展開の不具合を疑う。
紅扉宮の術式には、組織のオリジナルで、ドミネートフィールド展開用の術式が組み込まれている。
部屋ごとに空間が途切れるため、安全な別室に待機させた結界班にフィールドを展開させる、というやり方ができないためだ。
やはり結界班無しのフィールド展開は机上の空論だったか?
だがアシュレイは、アリアをはじめ、先ほどの学生たちが皆動きづらそうにしていたことも確認している。
フィールドは正常に展開された。ならば――
(フィールドが……効いていない……!?)
例の少女に加え、また1人、フィールドが効かない相手が現れた。
しかも、アシュレイと同等に戦える実力者だ。
アシュレイは、名残惜しそうにアリアを見ながら、撤退の算段を始めていた。
対して目を向けられたアリアは、2人の戦いを切実な思いで見守っていた。
(あぁぁっ……お願いっ……!)
グレンがこの場に現れた瞬間、アリアはあまりの不幸に、気を失いそうになった。
カレウスの一押しで始まるであろう最悪の醜態。
それが、あの強烈な視線に晒されることになる。
『このまま、気が狂って死んでしまえたら』
一瞬だが、そんなことを考えるほど、アリアは追い詰められていたのだ。
が、現れたグレンは一呼吸で男2人を昏倒させ、真剣な表情でアシュレイと戦い始めた。
アリアには、無事を確認するかのような一瞥をくれただけ。
そこには、先ほどの変態脚フェチ男の顔は存在しなかった。
だからこそ――
(早くっ……! 早く、倒してっ……! 私……も、もう、出ちゃうっっ!!)
アリアは、そう願わずにはいられなかった。
今のグレンは、アリアが、せめて人前でのお漏らしだけは免れるための、最後の希望なのだ。
一刻も早くアシュレイを倒すなり、撃退するなりしてもらい、更に鎖も壊してもらう。
その未来が訪れるまで、1分、5分、それとも10分?
考えるだけで折れてしまいそうになる心を懸命に奮い立たせ、アリアは最後の力を下腹部に注ぎ込んだ。
「い、いい、急いでっ……おねがいぃ……あぁぁっっ!! いそ……いでぇぇ……っ」
尿意の波が出口を叩くたび、自由にならない腰が跳ね上がる。
「うぅぅっ! んむぅぅっ! で……出る……あぁぁはぁぁっっ!!」
小水な代わりに涙と喘ぎ声を溢れさせながら、ただひたすらに解放の時を待つアリア。
(はやくっ……でちゃうっ……! はや、くうぅぅっ……!)
その願いが届いたのか、グレンとアシュレイの戦いが始まって1分が過ぎた頃、決着の瞬間が訪れた。
グレンの蹴りが、鎖ごとアシュレイを吹き飛ばす。
飛んでいく先にあるのは、教室の扉だ。
衝突の直前、アシュレイは鎖でドアノブを回し、体で扉を開いてその先に消えていった。
「ちっ! 逃すかっ!」
扉が閉まっても、常に一瞬でその先が切り替わるわけではない。
アシュレイに危険な気配を感じたグレンは、ここで仕留めようと追いかける――が。
「グランツマンくんんんっっ!!」
アリアが、必死の形相でそれを引き止めた。
「ご、ご、ごめんなさいっ! でもっ、助けてっ! 鎖、壊してっ! はは、早くぅぅっ!」
鎖は影属性の魔術の産物。術者のアシュレイがこの場を去った以上、いずれは崩れて無に帰る。
が、それにはいったい、どれ程の時間を要するか。
アシュレイが操る鎖は、本当に意志を持った生き物のようだった。
それほど精通した術者の魔術なら、恐らくは10分前後はこの世界に留まることだろう。
だが、アリアにその10分を耐え抜くことは、100%不可能だ。
紅茶とスポーツドリンクを飲み干してからの長時間に渡る我慢で、膀胱にはもう一滴の隙間もない。
そして、食堂でのカレウスの暴挙から始まる、度重なる膀胱への刺激で、括約筋もボロボロだ。
アリアの我慢は、もう肉体の限界を超え、今、精神の限界も超えようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってろ! すぐ行く!」
そうとは知らないグレンは、アリアが何か、重篤な体調不良に襲われているとでも思ったのだろう。
深刻な顔をして駆け寄り、先程の青黒い光を手に纏わせ、アリアを絡めとる鎖を引きちぎっていく。
「お、おねが、んああっ!? だ、だめっ! いそいでっ! わたし、もうっ……もう……!」
「大丈夫、もうちょっとだ! すぐぶっ壊してやる!!」
「ああぁあぁっ!? は、早くっ! わたし、もうっ、だめっ! 私ぃっっ!!」
「アリアっ!?」
「もう漏れちゃうっっっ!!!」
「へ?」
一瞬、グレンの時間が完全に停止。
1秒後、その目がぐしゃぐしゃの顔からブルブルと震える全身、最後にグッショリと濡れたブルマの、その部分に移動し――
ジョォォォォォォォォォッッ!!
「ん゛はあ゛あ゛ぁぁぁあぁああぁぁっっっ!!?!? い、いい、急いでええぇっっ!!」
「おおぉわああぁああぁああぁっっっっ!!?!? わかった! わかったから、もうちょっとだけ我慢しろっ!」
「我慢できないぃっ! おしっこっ、もう、止めていられないぃぃっっ!!」
ジョッ、ジョォォッ! ジョォォォォッ! ジョジョッ、ジョォォッ!
「もぅ、だめぇ……っ……ぐれん、くん……っ!」
「おぅらああああぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
気合一声。
咆哮と共に、グレンが残りの鎖を引きちぎった。
解放されたアリアは、即座に机から床に着地。
「ああああぁぁあぁっっ!!?」
その衝撃は、限界まで疲弊した括約筋への、トドメの一撃となってしまった。
「嫌あああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!! 出るうううううううぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ジョォォォォォォッ! バチャバチャバチャバチャッッ!!
力は抜いていない筈なのに、括約筋は易々と小水の通過を許してしまう。
全力で出口を抑える両手の隙間から、バシャバシャと尿が溢れ落ちた。
それでもアリアは懸命に、生まれたての子鹿のような歩みで、教室の扉を目覚す。
もう止められない。ならばせめて、人目のない場所で、と。
「え、ちょ、アリアっ!?」
「ごめんなさいっ、止まらないっ! 止まらないのっ! 嫌あああぁぁぁぁああぁあぁぁぁっっっ!!!」
彼女の歩いた後には、金色の川ができていた。
(ごめんなさいっ! 後でちゃんとお礼も言うし、蹴ったことも謝るからっ! 今は許してっ!)
「でるっっ!! でるでるでるっ! もうっ、だめええええええええぇぇぇぇぇっっ!!」
心の中でグレンに詫び、目の前の扉を開け放ち――
「「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」」
敷居を跨ぐことなく、動きを止めた。
扉を開けた先に広がるのは、逃げ出したはずの自分の教室。
「「えっ」」
洞窟で反響したときのように、他方から聞こえる自分の声。
視線を右に移せば、教卓と、さっきまで自分が縛られていた机。
キョロキョロと2つの扉を見比べるグレン。
もう少し前に出ていれば、右手側の扉の前に、情けない屁っ放り腰で、ジョロッ、ジョロッと小水を溢れさせる自分の姿が見えただろう。
扉は、教室をループするように繋がっていた。
最後の、ほんの小さな望みすら打ち砕かれ、アリアの我慢の糸が完全に断ち切られる。
「「ん゛あ゛あ゛ぁはぁっ!? だめ゛え゛ぇぇっっ!!」」
教室内に、前後の扉からアリアの断末魔がこだました。
ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!
バヂャヂャヂャヂャヂャバシャバシャバシャバシャバシャッッ!! ビヂャヂャヂャヂャヂャヂャヂャッッッッ!!!! ジャバババババババッッ!! ジャババババババババババババババババババババッッッッ!!!!
ジョビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!!!!
「「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」」
下着もブルマも突き破り、大量の小水が教室の床に迸る。
下腹から脚全体を濡らしていく生温かい感触が、アリアに高等部の2年にもなって、小水を漏らしてしまったという事実を突きつける。
残酷な現実に溢れ出る、舌を噛み切りそうになる程の羞恥と屈辱。
だが、そんな心とは裏腹に、下半身は解放の快感に打ち震えていた。
幾つもの激情に脳が焼き切れる寸前のアリア。
そんな彼女はふと、自身に向けられる視線に気が付いた。
それは、つい最近感じたばかりの、ある種の強烈な意志を込めた視線。
振り向くと、グレンが鼻血をダクダクと流しながら、『精一杯抑えているつもり』の方の目で、アリアの激流が迸る下半身を凝視していた。
ブジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!
「―――――――――っっっ!!?」
極限の羞恥に、アリアの思考が停止する。
それは、キャパシティを超えた感情が、脳に異常を与えないための安全装置か。
この状況で、一瞬の凪を与えられたアリアの脳が、グレンの視線を冷静に受け止めた。
――なる程。
アリアは理解した。
自分が、視線で体を舐め回してきたグレンを『人間扱い』した理由を。
今までアリアに邪な視線を向けてきた男は、皆『その先』も脳裏に浮かべた、まさに虫が這うような悍ましいものだったのだ。
対して、グレンの視線はよく言えば『純粋』、悪く言えば『幼稚』。
小さな男の子が、偶然歳上のお姉さんのスカートの中を見てしまった時の、『ダメだとわかっていても目が離せない』という幼いエロ根性に満ちた視線。
アレが性質を変えず、力だけは何倍にも高めたものが、グレンの放つ視線なのだ。
子供に胸や脚を見られても、気持ち悪いとは思わない。
ただ、恥ずかしいだけだ。
そして今、アリアは子供何人分もの力を凝縮した視線で、お漏らしを凝視されている。
それに、対する感情もまた――とにかく、恥ずかしいだけだ。
「嫌あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!! 見ないでえええええええええええぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」
思考が再び時を刻み、今度こそ、強烈な視線に対する羞恥が全身を駆け巡る。
グレンが頑張って抑えているのはわかっている。
何せ、アリアはつい数時間前に『本気』を向けられたばかりだ。
もちろん、だからと言って到底受け入れられるものではないが。
「お願いっ! 向こうを向いてぇぇっっ!! その目でっ、私を見ないでええええええええええええぇぇぇっっっっ!!!!」
ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッッッ!!!!!
「嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
泣き叫び、『見ないで』と懇願するアリア。
その度にグレンの首がギリギリと動こうとするが、何度やっても、視線が外れることはない。
お姉さんのパンチラを見たエロガキが決して目を逸らさないように、グレンは、アリアの失禁の一部始終を、余すところなく視界に収め続けた。
◆◆
「あぁぁっ」
長い長い決壊が終わり、アリアの膝が力無く折れ曲がる。
そのまま、自らが作り上げた黄金の湖に落ちていくアリア。
だが、完全にへたり込む直前、その体が何かに支えられる。
「ぐらんつまん……くん……?」
ある意味、アリアをここまで疲弊させた一端を担う男なのだが、カレウスやリプルに見られるという、最悪の事態から助けられたせいか、怒りはあるが、不思議と嫌悪感は無い。
「1つ、提案があるんだ」
「いったい、な……ぶっ!?」
至近距離まで迫ったグレンの顔は真剣そのものだ。
ただ一点、未だ鼻血が止まっていないことを除けば。
そして――
――ピチョンッ。
音に釣られて、アリアが視線を落とす。
「あ……あ……あ……あ……!」
「このことは、お互い、見なかったことにしないか?」
アリアの目に映ったのは、ギンギンに盛り上がったグレンの股間。
そして、その先端からズボンを突き抜けて溢れる、白くねっとりした何か。
白い何かはやがてこぼれ落ち、アリアの湖に波紋を作った。
――ピチョンッ。
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!?!?!」
アリアの渾身の右ストレートが、グレンの顔面に炸裂した。
「すパしーバっっ!!」