第6話 水音は地獄の呼び声
◆アルヴィスの紅扉宮の仕様
対象となった範囲で、密閉された部屋にある全ての扉をランダムに接続。
扉、及び部屋の密閉に必要な壁は破壊不可能。
発動後に外部から侵入する場合、事前に用意された鍵が必要になる。
形状、大きさがある程度近い扉同士が接続される。
開き方、方向の違う扉同士は接続されないが、開き戸は外内どちらにも開く様になる。
同じ部屋に繋がる場合もある。
範囲内にランダム接続可能な扉が一つもない場合、紅扉宮は起動しない。
接続可能な扉が一つしかない部屋は、紅扉宮から除外される。
『廊下』と判別された区画も、紅扉宮からは除外される。
これらの区画にいた場合、紅扉宮クリアまで閉じ込められる可能性があるため、十分に注意すること。
扉が閉まった状態で放置すると、接続先が切り替わる。
放置時間もランダムで、1秒~15分。
15分に一度、開いたままの扉は自動的に閉まり、全ての扉と正しいルートが切り替わる。
障害物があった場合、部屋の方が動いて、可能な限り閉じようと試みる。
閉じられなかった場合、次の15分後まで接続先は変わらない。
一番大事なことだけを言うと――
紅扉宮にトイレはない。
もう何度目かの教室を、アリア達5人は次の扉を目指して歩く。
先頭は金髪クズイケメンのカレウスと、イライザ・ルーデルベルク公爵令嬢。
後ろにはキモデブのリプルに、腹黒小悪魔ピンクのシェリア。
そして――
「んんっ……くっ、ぅぅぅ……っ」
その4人に囲まれる形になったアリアが、険しい顔で、微かな呻きを漏らす。
(まずい……っ……まずい……っ!)
目を潤ませ、顔にびっしりと汗を浮かべ、両手をギュッと握り締める。
ブルマに包まれた腰は、アリアの意志に反し、時たまブルッと震える。
「んんっ、んん……っ……ぁぁぁぁ……っ」
(トイレに行きたい……っ! もう……っ……漏れそう……っ!)
イライザ達に見つかってから早30分。
アリアの尿意は、限界に近付きつつあった。
最早、平静を装うのは不可能。
せめて彼女達に気付かれないよう、直立の姿勢で、歩みを合わせるので精一杯だった。
「アリアちゃん、何か苦しそうだけど、大丈夫?」
「えっ!? あ、いや、な、何でもないわ……っ!」
「体調が悪いようなら、少し休憩を入れましょうか?」
「本当に、何でも、ないから……! い、急いで、出口を探しましょう……っ」
震える声で『何でもない』を繰り返すアリア。
尿意を悟られたくないのは勿論だが、休憩をさせるわけにもいかないのだ。
休憩などしても、ただトイレが遠のくだけ。
そんなことになれば、本当に手遅れになってしまう。
例え一歩踏み出す度に、振動が膀胱を揺らそうと、アリアは歩き続けるしかないのだ。
そして、そんなアリアの様子を、イライザ達は楽しげに観察していた。
イライザとシェリアは、アリアが尿意に対して強い羞恥心があり、トイレと言い出せない悪癖があることを知っている。
かつてはそれを利用し、全校生徒の前で失禁させようと目論んだことすらあるのだ。
今のアリアがどんな状況かは、それこそシャワー室で会話をしている間に勘づいていた。
シェリアと並び、後ろからアリアを眺めるリプルも、アリアの窮地に気付いている。
リプルは女性の機微に聡いタイプではないが、妄想と覗きを繰り返した結果、性的なことに関しては非常に鼻が効くようになったのだ。
そしてリプルは、マニアックな方面も粗方守備範囲だ。
尿意を堪え、モジモジと身をくねらせるアリアの姿は、リプルにとってこの上ない娯楽だった。
そしてカレウス。
この男だけは、アリアの状態には気付いていない。
カレウスはリプルとは逆で、恋愛感情などの細かい変化に聡いタイプだ。
性感の強弱もわかるが、流石に尿意まではわからない。
だが、アリアが何か、苦痛を抱えていることはわかる。
フラれた恨みは、まだカレウスの胸中に渦巻いている。
――思い知らせるいい機会。
カレウスの目には、明確な復讐心が宿っていた。
悪意に囲まれた道のりは続き、アリア達は少し様相の違う場所……食堂に足を踏み入れる。
そして、半ばあたりまで歩いたところで、先頭を行くイライザが足を止めた。
「ど、どうしたの? こんな、ところで、と、止まって……っ」
そんなイライザに、アリアが非難めいた声を上げる。
アリアの尿意は、もう一刻の猶予もないところまで来ている。
擦り合わせる脚は止まらず、腰の震えの感覚も短くなってきた。
両手は、少しでも体を温めようと、腕をさすり続けている。
「何もないなら、い、い急ぐわよっ! 一刻も早くトイっ……出口を、探さないと……!」
『一刻も早くトイレに』
危うく本音が溢れそうになる程に、アリアは追い詰められていた。
トイレか、出口か、本当に一刻も早く見つけなければ、アリアは彼等の目の前で、最悪の事態に陥ってしまう。
『つまらない理由なら置いていく』
そんな、切迫した空気を放つアリア。
だが、対するイライザの返事は、極めて真っ当なものだった。
「いえ、ここで食糧と飲み物を調達しようと思いまして。皆さんも、よろしいですわね?」
有無を言わさぬ『よろしいですわね?』に、アリア以外の全員が頷く。
いつまでここに閉じ込められるかわからない以上、食糧の確保は必須だ。
運良く食堂を見つけたチャンスを逃す手はない。
イライザ達は厨房に入り込み、それぞれに物色を始めた。
「あっ……くぅぅっ……!」
アリアも、苦悶の表情を浮かべながら彼等に続く。
この状況は、アリアにとっては絶望的だ。
食糧調達となれば、暫くは食堂に留まることになる。
1時間か、2時間か……仮に30分であっても、アリアの忍耐が尽きるには、十分過ぎる時間だ。
(い、いつまで……っ……ここにいればいいの……? 私、もう、が、我慢が……っ)
脚が弱々しく『く』の字に曲がり、とうとう直立も保てなくなる。
尻を突き出しブルブルと震えるアリアは、誰が見てもトイレが我慢できなくなった、憐れな少女でしかなかった。
アリアを取り囲む視線が、邪悪さを増していく。
「おっと」
――ドンッ。
「うあぁっ!?」
仕掛けたのは、カレウスだ。
ようやくアリアの状態に気付いたカレウスは、食糧を探すフリをして、アリアに体からぶつかっていった。
衝撃が膀胱を揺らし、シェイクされた中身が、固く閉ざされた出口を刺激する。
バランスを取ろうと脚を開いたのも、下半身に余計な力を入れてしまったのも致命傷だ。
一気に我慢が効かなくなり、アリアの震えは、より一層大きくなる。
「ごめんごめん、大丈夫かい?」
悪意をにこやかな笑顔に隠し、手を差し伸べるカレウス。
対してアリアは、その手から逃れるようにヨタヨタと距離を取る。
「だ、大丈夫、です、んんっ! 構わないで、下さい……!」
「そんなこと言ったって、フラフラじゃないか」
「本当に、大丈夫ですからっ! お願いだから、くぅっ! 私のことはっ、放って――」
――ジャーーーーーーーーーーーッッ!!
「あぁああぁぁっっ!!?」
「あ、水出ますよーっ!」
突如響き渡る水音。
シェリアが水道の蛇口を思い切り捻ったのだ。
ジャバジャバと洗い場を撥ねる水の音は、否が応にもアリアに放尿を連想させる。
脳内で再生されるのは、白い便器に跨り、勢いよく熱水を噴き出す自分の姿。
そのイメージに、未だ抵抗を続ける括約筋が力を抜いていく。
(ダメぇぇっ、止めてぇっ! 出口が、開いちゃう……!)
「あら、本当ですわね」
「不思議なもんだねぇ」
――ザーーーーーーーーッ!
――ジャババババババババッッ!!
水音に反応するアリアに気付き、イライザとリプルも水道の栓を開けた。
3方向から響く水音に触発され、パンパンに膨らんだアリアの膀胱が、しきりに排出を要求する。
(あぁぁっ、漏れるぅぅっ! ダメよっ、まだ、出しちゃ……! お願いっ、出ないでぇぇっ!)
容赦ない仕打ちに、アリアの目から涙がこぼれる。
下の涙も、もう表面張力いっぱいだ。
そんなアリアに、カレウスは更なる暴挙に出る。
「ほら、支えてあげるから」
そう言って、右手でアリアの肩を、左手で下腹を支える。
そして、外からでもわかるほどに膨らんだそこを、僅かに押し込んだ。
「ん゛あ゛ぁああぁあっっ!!?」
ジョロロッ!
その暴挙は、アリアの堤防に小さな、だが確かな穴を開けてしまった。
疲労困憊の括約筋は、突如跳ね上がった水圧に押し負け、少量の浸水を許してしまう。
まだブルマは無事だが、下着にはしっかりと染みができてしまった。
出口を濡らす生温い感覚が、アリアに最悪の事態を想起させる。
「嫌ああぁぁあぁぁあぁっっ!! 離してえええぇぇぇぇっっっ!!!」
「うわっっ!!?」
アリアは再び膀胱を押そうとするカレウスを突き飛ばし、悲鳴を上げて駆け出した。
カレウスが明確にアリアの膀胱を狙ったことで、アリアはようやく、イライザ達に、トイレを我慢していることがバレていたことに気が付いた。
そして、この食糧調達も、半分はアリアをここに縛り付け、我慢を長引かせるための口実だということも。
厨房を飛び出し、一番近い扉を目指すアリア。
奇しくもそこは、極力視界に入れないようにしていた、目の毒でしかないトイレの扉だった。
イライザ達もまた、アリアに一歩遅れて厨房を飛び出した。
扉に先に逃げられたら、折角の機会を逃してしまう。
仮に逃げられたとしても、アリアはおそらく失禁するだろう。
が、決定的瞬間を押さえられなければ、例えどこかの部屋で水溜りを見つけたとしても、強国の姫であるアリアの醜聞として広めることは不可能だ。
スタートが遅れたことで、かなり離されてしまったイライザ達だが、アリアの走りは、膀胱を庇った不恰好なもの。
足の遅いリプルとシェリア、突き飛ばされ、初動が遅れたカレウスでは無理だが、運動能力に優れ、反応も早かったイライザなら、ギリギリ追いつける。
扉を開け、次の部屋に逃げ込むアリア。
イライザは引き戻すこともできたが、扉の先の部屋に興味を抱き、敢えて自らもそこに飛び込んだ。
そこは、アリア、そしてシェリアのクラスの教室だった。
同じような構造の教室だが、そこを使う生徒達によって、やはり若干雰囲気が変わる。
シェリアに会いに、何度かそこを訪れていたイライザは、何となく特徴を掴んでいた。
イライザは、アリアが毎日を過ごす教室で、最後の瞬間を迎えさせようとしたのだ。
「そんなに慌てて、どうなされたのかしら?」
後ろからアリアの肩を抱き、右の掌をそっと膀胱に添える。
「あ、あ、あ、あ……っ!」
無理に振り解こうとすれば、その手は容赦なく内側へと押し込まれるだろう。
それはつまり、公人としてのアリアの終わりを意味する。
「ご説明あそばせ。『何を』、なさりたいのかを、ね? ほら、皆さんもいらっしゃったことですし」
イライザはそう言うと、ゆっくりとアリアの体を、扉の方に向ける。
アリアの目に、教室に入ってくる3人の姿が映った。
「ちゃんと、『何が』したいかを、おっしゃってくださいね」
言葉と同時に、下腹をそっとさする。
アリアからすれば、首筋にナイフを突き立てられているようなものだ。
膀胱を人質に取られたアリアは、ポロポロと涙を零しながら、敗北を告げるため口を開いた
「わ、私は、お、お、おし――」
――が、その口は、最後まで言葉を紡ぐことはなかった。
「なっ!?」
突如、教室後方から、アリア達に向けて真っ黒な鎖が飛んできたのだ。
イライザは、咄嗟にアリアから手を離し、何とか鎖を回避。
だが尿意で動きの鈍ったアリアは、あっさりと鎖に絡め取られ、宙に持ち上げられてしまった。
そして――
「「「「っ!?」」」」
その場にいた全員に、ズンッと、何かが体にのしかかるような感覚が襲いかかる。
「とてもいい趣向ね。でも、ダメよ。それは、私にやらせて頂戴」
声の出どころは、教室の後方。黒い鎖が飛んできた方向だ。
そこには立つのは、真っ黒なロリータ服に身を包み、紫色のロングヘアを靡かせる、危険な香りを撒き散らす闇精霊の女。
「はじめまして。私はアシュレイ。秘密結社アールヴァイス、幹部の一角を務める、『黒鎖』のアシュレイよ」
何がとは言わないけど、あと2話。