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第5話 出た瞬間『こいつ噛ませっぽいな』と思った人は手を挙げて下さい

 『獅哮(しこう)』のガウリーオ、38歳。姓は16歳の時に捨てた。


 人間態の彼は、たてがみのようなボリューミーな茶髪の大柄な男で、怪人態と同様の獅子の獣人だ。

 首領からの絶対の信用を向けられた彼は、現在学園敷地内にて、潜入した『黒鎖(こくさ)』アシュレイからの合図を待っていた。


 ガウリーオの役目は、アシュレイが撤退するための揺動だ。

 先日、『斬裂(ざんれつ)』ヴァルハイトは単身で学園の包囲網を突破したが、それが原因で学園の警備が強化されている。

 敵を弱体化させるドミネートフィールド外では、万一のことがあるかも知れない。


 だが、ガウリーオは怪人態ともなれば、教会の最高戦力『勇者』と互角に戦える、イーヴリス大陸全土を見てもトップクラスに入る強者だ。

 例え万全の警備隊と例の少女が協力して挑んできても、敗北はあり得ない。

 故にガウリーオは、興味のない部隊指揮を免除される代わりに、こういった危険な仕事を任されることが多かった。



「あのー……」


「ん?」



 校舎を眺めていたガウリーオに、声をかける者がいた。

 制服を着ているから、学生だろう。


 人族(ひとぞく)にしては珍しい黒髪で、足運びや佇まいから、学生としては不必要な程に鍛えられていることがわかる。

 何より、ガウリーオを射抜くような強烈な視線。命のやりとりを経験したことのある者の目だ。


「ここ、学園敷地内ですよ? 入園証もないみたいですし。大きな迷子……ってわけじゃないですよね?」


「如何にも、迷子ではない」


 学生は、『大柄で強面の不審者』であるガウリーオに、躊躇いなく近付いてくる。

 余程、腕に自信があるのだろう。目の前の大男も、問題なく制圧できると考えているのだろう。

 ガウリーオから見ても、学生はかなり場数を踏んでいるように見えた。



 ――温室育ちのお坊ちゃま、お嬢様に囲まれていれば、ヒーロー気分になってしまうのは仕方がない程度には。



「じゃあ、ちょっと警備員の詰所まで来てもらえますか? あ、拒否権ないですよ」



 気負いなく近付いてくる学生に、ガウリーオは憐れみの視線を向けた。


 百歩譲って、彼が『今』のガウリーオの実力を、完全に把握した上でこの態度だとしよう。

 この学生が、人間としてのガウリーオより弱い保証はないのだ。


 だが、ガウリーオは人にあらず。怪人也。

 獣性を解き放ったガウリーオの力は、人間態の倍以上に跳ね上がる。

 それは、人類の頂点に届き得る力だ。


 『かなり場数を踏んだ少年』が太刀打ちできるものではない。


「一応聞くが、見逃してくれる気はないか?」


「ご冗談を」


 わかっていた返答に、ガウリーオが深い溜め息を吐く。



「そうか……残念だ」



 ――殺さずに無力化できるといいが。



 そんなことを考えながら、『獅哮』のガウリーオは、人の姿を捨てた。




 ◆◆




 ガウリーオが校舎付近で暴れて始めた頃、『黒鎖』のアシュレイは紅扉宮内部の制御ユニットまで辿り着いていた。

 2クラス合同の座学用に用意された大教室の中、数人の生徒達が、制御ユニットの周りで蹲っている。


「ア、アシュレイ様……っ!」


「あぁ、鍵を持ってるっ!」


「やったわ! 私達、助かったのねっ!」


 アシュレイが手にした鍵型の魔導具を見た途端、学生達が女神が現れたかのように歓声を上げる。


 鍵は、紅扉宮内の監視や術式の解除をするための、文字通りキーユニットだ。

 涙を流して崩れ落ちる彼らの様子に、アシュレイは、何故紅扉宮がすぐ解除されなかったのかを理解した。


「鍵が無いまま暴発するなんて……随分と危ない魔導具なのね。それはそれとして……貴方達、何か言い訳はある?」


 救いの女神からの冷気を帯びた視線に、安堵に緩んでいた学生達の顔が、一斉にこわばった。



「違うんです! 私が気付いたときには、もう術式が起動していて……っ!」


「貴方っ、何1人だけ助かろうとっ! わ、私もです! 発動時はまだ、部室にいて……し、信じて下さい!」



 口々に無実を訴える学生達。

 全力で、自分以外の誰かに、責任をなすり付けようとしている。

 アールヴァイスの一員としては何とも情けない姿。

 だが、アシュレイはそれに何を感じるでもなく、微笑を浮かべたまま彼らに言った。


「そうゆうのは、チームの中だけでやりましょうね。組織では連帯責任……もっとも、本当に責任を取らされるのは、イングリッドになるのだけど」


「そんなっ!?」


「私達のせいで……イングリッド様が……!」


 実際のところ、彼等とイングリッドに罰が下ることがない。

 首領が、そうゆう意向を示したからだ。

 だがそんなことは、ここに閉じ込められていた学生達の知るところでは無い。


 自己防衛で必死だった学生達の目に、強い罪悪感が宿る。


(随分と人望がおありのようで……羨ましいわね)


 アシュレイは、言葉を失った学生達から視線を外し、制御ユニットに鍵を差し込む。

 制御ユニットと、その上の停止用のボタンが光を帯び、空中にいくつものスクリーンが浮かび上がった。

 スクリーンに映るのは、紅扉宮に囚われた学生達だ。


「さて、本当はこの魔導具を止めにきたのだけれど……すぐに止めてしまうのは、勿体無いと思わない?」


 問いかけられた学生達は、何も返すことができない。

 自分達とイングリッドの進退で、頭がいっぱいなのだ。

 対するアシュレイは、宙に浮かぶスクリーンに目を向ける。


 放課後の高等部校舎、しかも廊下と体育館のアリーナを除外しているため、閉じ込められたのは僅か22名。

 それらが、3~5人ずつで5つのグループを作って、紅扉宮の中を彷徨い歩いている。

 アシュレイは、その中の1グループに目を付けた。


「貴方達、もう少しそこで待っていなさい。私は『あの子』と遊んでくるから」


 アシュレイは扇子で隠した口元を、ニンマリと歪めた。


 アシュレイが目をつけたのは男子2人、女子3人の5人組の一団。

 もじもじと太股をすり合わせ、必死に何か耐えている猫獣人の少女に、他の4人が獲物を見るような目を向けている。



「いいわ……あの


 このまま放っておけば、あの猫の少女は、彼等の前で大変なことになってしまうだろう。

 だが『そうはさせないと』と、アシュレイの目が怪しく光る。



「ダメよ……その娘を虐めるのは、わ、た、し」



 脳内に浮かび上がる少女の泣き顔に頬を上気させながら、『黒鎖』のアシュレイは再び紅扉宮に戻っていった。


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